第3話 紙一重
ロンドン海軍軍縮条約の体制下──
日本は本来軽巡洋艦に充てるべき枠を、重巡洋艦の建造の為に使ってしまった。
条約で
驚いたのがアメリカである。どう考えてもオーバースペックだったからだ。日本海軍の意図などわからなかったアメリカは、最上型に匹敵する軽巡洋艦の建造に乗り出した。それがブルックリン級であり、続くセントルイス級、アトランタ級であった。
そのアトランタ級軽巡『アトランタ』の砲撃を一身に受けた川内型軽巡『神通』が、炎上していた。
軽巡洋艦の枠を重巡洋艦に使ってしまった日本海軍の軽巡洋艦は、更新が滞り、旧態化した、球磨型から川内型までの5,500トン級で戦争に突入することになる。
4万トンに満たないサウスダコタが6万トン超の大和に及ばないように、アトランタの半分のサイズでしかも旧式化している神通がアトランタに対抗する術はなかった。
この時の状況はと言うと──
大和・武蔵とサウスダコタ・ワシントンの砲戦が交わされる最中、第二水雷戦隊は第七戦隊とともに肉薄攻撃を試み、突撃していた。
第一〇駆逐隊、第一五駆逐隊、第一六駆逐隊、第一七駆逐隊が神通に続いて突入していたが、一六駆、一七駆は乱戦の中で先行隊とはぐれてしまっていた。
神通がアトランタに滅多打ちにされている間、第七戦隊の重巡『鈴谷』と『熊野』は、アトランタの後方に位置していた重巡『ポートランド』と撃ち合いになっていた。
炎上する戦艦サウスダコタが明かりとなって、鈴谷と熊野の射撃はポートランドの艦尾付近に集中した。
まだ、鈴谷と熊野にまで二式水上電探は行き届いていない。
ポートランドも応射する。
お互い乱打戦になったが、2対1でもポートランドは敢闘し、熊野に命中弾を与えて第4砲塔を使用不能にした。
だが、ポートランド、それに先行するアトランタも、あるミスを犯していた。
そのミスとは────
ド・ド・ド・ドーッ
ポートランドとアトランタの左舷側に、無数の水柱が上がる。
先行隊とはぐれていた一六駆、一七駆は、七戦隊に航続する形で突入していた。そして、二水戦と七戦隊は敵艦隊を挟撃するように動いていた。
アトランタとポートランドは見る見る船足が落ち、七戦隊の砲撃に晒される。
アトランタは急速に傾いており、もはや射撃もままならなかった。ポートランドはそれでもまだ応射し続けていたが、左舷側の缶室に大量の浸水が発生していた。身動きの取れなくなりつつあったポートランドに鈴谷の砲弾が襲いかかる。甲板を抉って弾薬庫を誘爆させた。ポートランドの第2砲塔が文字通り吹き飛んだ。
その頃、一〇駆と一五駆はアメリカ駆逐隊との撃ち合いになっていた。
一〇駆と一五駆は魚雷を放ったが、米駆逐群は反航しようとする日本駆逐隊に対し、一斉に右に転舵した。魚雷に対する被雷の可能性を少しでも下げるためである。
「敵さんもわかってるな……」
如月の板倉艦長が呟く。
だが、舳先を日本駆逐隊に向けたことで、米駆逐群の火力は相対的に減ってしまう。米軍では、伝統的に5インチ単装砲が採用されていた。
米駆逐群はいずれもポーター級・マハン級駆逐艦で、前方の砲塔は2門に過ぎない。
これに対し、日本は秋雲型の5門、陽炎型の6門ともに米駆逐群に指向させることができる体勢だ。如月ですら3門を向けられる。
この時点で、ショーがそれでも魚雷を受け、艦首を吹き飛ばされて急速に沈むところだった。
ポーター、マハンが命中弾複数を受けて炎上する。
だが、米駆逐群もやられっぱなしではない。黒潮が命中弾を受けて、第2煙突をなぎ倒されてしまう。黒潮は射撃不可能となり、単艦で離脱した。
この時、一七駆と一六駆が米駆逐群の艦尾側に回り込んできた。
米駆逐群はこの海域に留まっていられないと判断したのか、煙幕を展開し始める。
「魚雷が来るぞ!」
一〇駆の駆逐隊司令、阿部俊雄大佐が怒鳴る。
「転舵、右90°回避運動せよ!」
一〇駆、それに続く一五駆も回避運動をとって右に回頭する。
日本の魚雷と違い、白い航跡を引く米軍の魚雷は、暗闇で戦うために目を鍛えた日本の見張員には、星明りの中でも容易に発見できた。
だが、それでも親潮が艦首に魚雷を受けてしまう。水柱が上がるとともに、親潮の艦首水面下に大穴が空いてしまい、親潮は急速に沈み始めた。
「くそっ、みすみす逃がすか」
板倉艦長が下令する。
「右方魚雷戦用意!」
再装填を行った如月の発射管が、煙幕の中を狙う。
「転舵、右15°、全速」
「宜候」
「主砲、盲撃ちでいい、撃ち続けろ!」
「諒解!」
アメリカはすでに駆逐艦にもレーダー射撃装置を搭載しているのか、単艦で突撃してくる如月に砲弾が集まってくる。が、双方とも高速で移動しているために、当たらない。
「魚雷、
如月の4連装発射管から、展開された煙幕の中に向かって4本の九三式魚雷が放たれた。
ド・ド・ド・ドーッ
「おい、4本しか撃ってないぞ」
板倉は、煙幕の中から複数の水柱が上がるのを見て、呆れたような口調でそう言った。
反対側の一六駆、一七駆も魚雷を発射していたのだ。
そのうち、1隻の駆逐艦が煙幕の中から飛び出してきた。魚雷で舵をやられ、右に転舵した状態になってしまっていた。
「あの駆逐艦を狙え!」
秋雲の吉川艦長が下令する。
一〇駆、一五駆から無数の砲弾を受けて、その駆逐艦、モーレーは炎上、直後に爆発した。自身の魚雷に誘爆したのだ。マハン級は4連装発射管を4基搭載しているが、そのうち2基は、艦後部の両舷に分けて配置している。発射していない左舷側の魚雷が日本軍の駆逐艦に撃ち抜かれてしまったのだ。
結局、8隻いた米駆逐艦のうち、離脱に成功したのは3隻のみだった。
22時10分頃。
スゴォォォォン!!
閃光と大音響とともに、サウスダコタが大爆発した。
ワシントンは大和の第9斉射をまともに受け、艦橋構造物がなくなっていた。指揮能力を失い、すでに応射もできない。
「撃ち方止め!」
「諒解、撃ち方止め!」
宇垣の言葉に、高柳艦長が応える。
「大したものだよ、この
山本が苦笑しながら言ったが、宇垣の表情はあまり晴れやかではなかった。
確かに大和の実力は証明された。だが同時に、月月火水木金金、鍛錬で磨いてきたはずの射撃技術が、電探射撃、しかも日本のそれがあっさり上回ってしまったことも同時に証明されたのだ。旧い大砲屋の宇垣としては、嬉しさ半分、悔しさ半分、と言ったところだった。
暗闇の向こうで、煌々と燃え上がるワシントンの船体がくの字に折れ曲がり、一気に沈み始めるのが見えた。
ウエワク沖海戦──
この海戦において、米軍は巡洋艦以上のすべての軍艦を喪失し、生存は駆逐艦3隻のみだった。
日本は軽巡神通、駆逐艦親潮を喪失、重巡熊野と駆逐艦黒潮が中破、戦艦大和が小破した。
しかし、米軍の当初の目的だったウエワク基地砲撃は阻止され、損害の差から言っても日本の大勝であった。
それもこれも、戦艦という兵器の突破力に賭けた米軍に対して、日本軍が更に上回る戦艦で成し遂げた防衛戦だった。
「危なかったわね……」
陸軍省、ディステニアの部屋。
執務机に東部ニューギニアの海図を広げながら、ディステニアは呟くように言う。
「ビスマーク海側から侵入してくるとは想定外だったからね」
畑参謀総長が言う。
「と言っても、戦艦が3隻も動けば、隠しようはないんだが……」
「まぁね……」
畑のフォローするような言葉に、ディステニアはまだ緊張したまま言う。
大和田海軍電波監視所が、戦艦3隻が動き始めたことを突き止めた時点で、おおよその襲来のタイミングはつかめた。
旧式戦艦はサンディエゴで修理待ちの行列を作っている。と、すれば動いているのはノースカロライナ級以降の新型戦艦であることは間違いなかった。
しかし正確な襲来を予見できたのは、たまたまだった。
伊二五一潜がトラックに引き上げる途中、偶然発見していたのである。
もっとも、仮にソロモン海側から侵入されたとしても、邀撃は可能だったとは思えるが。
むしろアメリカは、日本側の注意をソロモン海側に引き寄せようとして、戦力を分散するという愚策を犯してしまった。大和型戦艦であっても、2:3の数的有利に立たれたら、もう少し苦戦していただろう。だが、結果としてノースカロライナと護衛空母群をソロモン方面に分散してしまい、各個撃破される結果になった。ノースカロライナは伊一九潜の雷撃で沈み、護衛空母も4隻中3隻が大攻隊の攻撃で沈んだ。大攻隊の損失は3機だった。
イギリスやオーストラリアの手前、ポートモレスビーを放置できなかったということもあるだろう。本来であれば、ウエワク基地を沈黙させた上でポートモレスビーに物資を陸揚げするはずだったのが、その予定が狂ってしまった。
当然、ポートモレスビーへの陸揚げは延期されるはず────
「おい、敵さんいるぞ」
ポートモレスビー爆撃に向かった独立飛行第七戦隊の戦隊長、大西豊吉少佐は、ポートモレスビーの沿岸部に連合軍の輸送船が停泊しているのを発見した。
「よし、あの輸送船団を攻撃する」
「よろしいのでありますか?」
部下である操縦手が訊ねる。
「陸軍の爆弾で船が沈まないってことはないだろう」
そう言いながら、大西は爆撃嚮導機に輸送船団を狙うように指示した。
九九双軽が急降下爆撃で輸送船を狙う。搭載されていた焼夷弾は、見事輸送船に命中して炎を上げた。
その炎めがけて、30機の一〇〇式重爆が、合計120発の250kg爆弾を投下した。
爆弾の雨に包まれた輸送船団は、その半数が沈み、残りも大半が損傷した。物資の揚陸は叶わなくなっていた。
なぜこんな事になってしまったのか────
「本日中に揚陸可能になると、海軍は約束しただろう」
作戦中止を伝える太平洋艦隊司令部に対し、そう言い出したのは、ブリスベンにいるマッカーサーだった。
「上陸部隊の物資はすでに限界に達している。是が非でも輸送作戦は実施してもらう」
マッカーサーは海軍に輸送作戦の実施を強要した。
「今、マッカーサーにワシントンD.C.に直談判に来られても困る」
ホワイトハウスのこの意志もあり、輸送作戦は決行された。
黎明を狙って物資を揚陸、日本軍の爆撃が来襲する前に引き上げる、という作戦は立てられたものの、実際港湾施設が使えるわけでもなく、揚陸艇が輸送船と岸辺を行ったり来たりしている間に、空はすっかり明るくなってしまった。一〇〇式重爆はまさにその現場に出くわし、攻撃を加えた。
「ワシントンのバカどもはここに来て実情を見ろってんだ」
ハーバー少佐はそう言って憮然とした。目の前で、上陸部隊のひと月分にはなろうかという物資が、みすみす爆撃にさらされて沈められていった。
12月1日。アレキサンドリア。
マルセイユ少佐の部隊に、新たな機材が与えられた。
フォッケウルフFw190B-6。
このFw190もまた、Dw152同様、ドイツ製ではない。
東部戦線ではフルシチョフ政権とスターリン政権の内戦状態になっているが、支援するドイツ空軍としては、ソ連機に飛ばれると反射的に敵と認識してしまう。
また、ソ連機は大なり小なり欠陥を抱えた機体が多いのも問題だった。
そこでフルシチョフ政権に供与するため、ウクライナの工場でFw190とJu88が生産されることになった。
エンジンは現地製のシュベツォフASh-82F。プロペラ内径の2門の20mm機銃は廃止され、外翼に20mm機銃、7.62mm機銃各2丁ずつを装備する。
しかしこれが意外な高性能を発揮した為、大量に生産された一部が、武装をドイツ製のMG151/20 20mm機銃とMG151 15mm機銃に変更した上で北アフリカに回されてきた。無論、P-38が出現したこととも無縁ではない。マルセイユたちがDw152ではP-38に対抗し得ないと上奏した結果でもあった。
その日、マルセイユはカイロに対する航空作戦を展開するJu88の直掩任務を受けた。このJu88Aa-7もエンジンにJumo211ではなくフランス製のイスパノスイザ12Y-50を使った機体だ。無いよりマシだが、アフリカにはこんな機体ばかり回されてくる。
──カイロの爆撃は避けるんじゃなかったのか?
マルセイユは怪訝に思いながらも、Ju88を狙おうとすると阻害する位置にFw190の編隊を占めさせた。
カイロの市街地が見えてきた時、前上方に芥子粒のようなそれを発見した。
「来たぞ!」
スロットルを戦闘出力に叩き込む。ソ連製のエンジンに少し不安はあったが、果たしてエンジンは一気に吹け上がり、Fw190B-6を加速させる。
前上方を占める敵に対して、Ju88との間を妨害するように躍り出る。
焦れたのか、相手が見越し射撃をしてくるが、Fw190にもJu88にも当たらない。
「P-40か」
冷却器を収めた顎の出っ張った特徴的な液冷機。
──これなら普通のFw190の方が良かったな。
マルセイユはそう思いつつも、フラップ、更にスロットルを絞り込んでまでの急旋回で、P-40のバックを取る。
普通、空戦中にスロットルを絞る者はいない。マルセイユが例外中の例外だった。
トリガーを押し込む。P-40に火線が吸い込まれていったかと思うと、煙を吹き出しながら墜ちていった。
P-40はまだまだいた。国籍表示は青丸に白い星。それまでは英国の
──今日は久々にスコアが稼げそうだ。
マルセイユがそう思いながら、別の獲物を探すその下で、Ju88は積載物の投下を始めた。
それは爆弾ではなく、大量のビラだった。
「イギリスの手先、アメリカの最新鋭戦艦が日本の超巨大戦艦の前に手も足も出ず」
「エジプトの同志たちよ、立ち上がるのは今だ」
そんなキャッチコピーと共に、ウエワク沖海戦で米海軍が日本軍に大敗したニュースが書かれていた。
アレキサンドリアからラジオによる謀略放送も行われていた。また、地続きなので工作員の侵入も──あくまで比較的に──容易だった。
エジプトは形式上、1922年に独立したことになっているが、実態はイギリスの属国だった。この為、特に軍部には強い反英感情があった。
ゲッベルスは、それを最大限に利用することをヒトラーに提案し、ヒトラーの承認の下、エジプト“攻撃”作戦は始まったのである。
─※─※─※─
2019/02/05 22:48 一部改訂
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