EP2 日野青葉は隠したいことがある

日野青葉の隠し事

 あたし、日野青葉の1日は決まって6時半から始まる。目覚ましもかけているけど、もう習慣的に休みの日とか関係なくこの時間に起きてる。


 起きてまずすることは2階の洗面所へいって顔を洗う。その他、寝癖がついてるなら直すとかの至って普通の身支度。次にすることは朝食作りを手伝う。ついでに弁当も作ったり作ってもらったりする。そのまま朝食を食べたら最後に学校に行く前にすることは――部屋に置いてある特大ぬいぐるみを抱きしめる。


 あたしの部屋は普通に考えるとアンバランスと言われるかもしれない状態になっている。掃除ができないとかじゃなくぬいぐるみとかの可愛いものが好きなあたしとギターやロック系のバンドのCDが並ぶ棚というあたしが混在しているのだ。そして極めつけは机の上に設置してあるパソコンとそれに繋ぎっぱなしにしているVRゲーム用のヘッドギアだ。結果的になんかアンバランスになっている。まあ誰かを入れることはないからいいんだけどね。

 最後の可愛い成分の補給が終わったら後はうちに帰るまではロックが好きなあたしになる。別にキャラ作りしてるとかじゃなくてどっちも好きでどっちかに絞れないだけ。


「いってきます」

「いってらっしゃい~」


 おっとりしたお母さんに見送られながら家を出る。これがあたしの1日の始まりだ。




 朝練の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた頃にあたしは学校に到着する。この後朝のHRまではかなり時間があって部活がない人にしては早い登校だ。ただ、あたしは少しだけ粘って練習している吹奏楽部の楽器の音や運動部が片付けやストレッチをしている風景が広がるこの時間が嫌いじゃない。


「あ、おはよう日野さん」

「おはよ」


 日直だけがいるクラスにたどり着いて自分の席に荷物を置く。そして一時静かな時間が訪れたと思えば朝練が終わった人に登校してきた人が徐々にクラスを賑わせて廊下を賑わせ始める。


「よおっす、青葉」

「おはよう」


 そして朝のHRのチャイムにはまだ少し早い頃に、幼馴染である鷲宮夏樹が教室へと入ってきた。顔はまあまあ良い気がするけど無頓着だからか髪はわりと長めのときが多い。今も水かぶったら目を隠すんじゃないかってくらいの長さだ。

 いつもならこの後はなんでもない話だったり、夏樹がプレイしているゲームの話を聞かされる形になるけど、今日からは少し変わるんだろうな。


「昨日は驚いたぞ。いきなり、ゲームに来るんだからな」

「まあ誘われたから」


 そう。昨日私はクラスメイトの女子の大川光莉に誘われてゲームを始めた――否。ゲームを始めた風にプレイしていた。実際には幼馴染である夏樹にも腐れ縁である金田にもバレてはないはずだけど筋金入りのゲーマーだと自負している。


「そうかそうか。そういやお前は剣士で行く感じか? それともそれも付き合いでとりあえず最初は選んだ感じなのか?」

「えっと……」


 あたしは手元でスマホをいじりながら少しだけ返事を焦らす。これはなにも意地悪しているとかではない。あたしはこの度ゲーマーであることを隠す以上のもうひとつの秘密を作ってしまったのだ。

 会話中にスマホをいじったりするのは少なくとも夏樹との間では軽い話をするぶんにはよくあることだ。あたしはそのままチャットアプリをチェックする。


『ピカリ:昨日は最後にギルドで報酬を受けとったよ! 会話的には説明色々聞いてただけだからよほどのことがないなら大丈夫なはず!』


 ピカリ――チャットアプリ上での大川光莉からのそのメッセージを確認した。


「まあそんな感じ。剣士はだめ?」

「いや、だめじゃないぞ。だがあのゲームはクラスによってやれることが限られる代わりにクラスの数が多いからな。好きなの探してこうぜって話で、なんかこういうのやってみたいとかあるかなってな」


 普段よりも声色が楽しそうだ。よくよく考えると今までも一緒にゲームなんてファミリーゲームぐらいしかしたことがなかったから、こういうのを共有することもなかった。

 ただ、だからこそ返事を間違ってはいけない。

 夏樹からはおそらくあたしはロック系の音楽が好きな淡白というか冷たい雰囲気もある女子みたいな印象のはずだ。だからこそ、バレるわけにはいかない。


「そう……まあ、でもそこらへんはプレイしながら探すのもいいかなって」

「ほう、わかっているな。たしかにそれもゲームの楽しみ方として正しい」

「嫌という程あんたから聞かされてるからね」

「それもそうか」


 あたしが実はかなりのヘビー級ゲーマーであること。


「しかし、銀髪に剣士ってお前らしいというかなんというかだわ。たまにはこう可愛いものをゲームなら身につけてみたいとか、なってみたいとかなかったのか?」

「今更あたしがそんな事したらあんたどう思うの?」

「いや、まあ多分戸惑いはするが……どう思うだろうな?」

「なにそれ」


 そしてあたしがアオではなく金髪ツインテールのヒカリであるということを――。

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