side C 跳躍弾頭

 一課第五アーメイドは応戦しながら後退する。だが、神経接続が行われていないため従来の機動速度が出せず、また簡単には異重力収束点に当てられない。


 二号機アーメイドプラスのコクピット。

 ヒトは下方を見渡す。彼らの勢力圏外海上に休止したペルセウスウィル、近くに一課第四アーメイド二号機が浮かんでいるのが見える。同三号機はすでに離脱した後なので探す必要はない。

 そしてメタストラクチャーAが侵攻するコース上の海面に漂っている一課第四の一号機、墜落したカイの機体を発見した。


「セリとリコは、先に戻って」


 ヒトは通信で短く告げると二号機アーメイドプラスを旋回させ、カイの機体へと向ける。

 彼らに踏み潰されれば、カイはエルもろとも摂取されてしまう。


 ヒトはアーメイド管制システムを手動モードに切り替え、加速スラスター全開の鞭を打つ。

 目まぐるしくタッチディスプレイの上で踊るのはヒトの両の五指だ。

 何体かのメタスクイドを掻い潜り、海面すれすれに二号機アーメイドプラスを飛ばす。

 蛇行する白い飛沫が機体の後を追う。


 今のヒトは神経接続と知覚共有の恩恵を受けていない。応戦してもプラズマ射線は虚しく曲げられ、追手の攻撃を躱すのが精一杯である。

 加えて、二号機アーメイドプラスは思考装甲を持たないため、直撃すれば大破は免れない。


 ON/OFFの断続を繰り返す加速スラスターの爆音、イ重力制御の重低音。

 追撃を躱し、先を急ぐヒトの二号機アーメイドプラス。

 幾重にも組み重なる複雑な骨格、その運動が生み出す奇怪な稼動音。

 漆黒の巨体をじわじわと前に押し出すメタストラクチャー。

 それ目前に浮かぶカイの機体は、再び飛び立つことも許されない。


 カイの機体がメタストラクチャーAの目前、百メートルを切った。

 直後、二号機アーメイドプラスは一気に減速の逆噴射、轟音と強烈な減速G。

 T字型機体の両翼下、電磁アンカーをカイの機体に目がけて放つ。


「当たれっ」


 これも神経接続無しのため、肉眼による目視照準である。

 電磁アンカーはワイヤーの黒い軌跡を描き、鈍い金属の打突音を発してカイの機体に命中。

 二号機アーメイドプラスと繋がった。


 ヒトは連結を確認した後、二号機アーメイドプラスを旋回させ、カイの機体をペルセウスウィルが浮かぶ方向に全力で牽引する。

 張り詰めるワイヤー、大爆音と重低音が二重に大気を震わせる。

 加速スラスターと共にイ重力制御エンジンの推進重力も加速方向に振り向けた。

 そして二号機アーメイドプラスは、カイの機体をメタストラクチャーAの侵攻コースからギリギリで外した直後、電磁アンカーを切断する。

 ヒトは機体の勢いそのまま、彼らの勢力圏の外へと舵を切った。




***




 一課第四アーメイド一号機、カイの機体のコクピット。

 カイとエルは、機体の真横を通り過ぎる巨大な彼らを息を殺してやり過ごす。

 メインモニタの反対側には、飛び去る二号機アーメイドプラスの後ろ姿があった。


 通信が断絶しているので、ヒトには何も伝えることができない。


「もう大丈夫だエル。じっとしていれば『スルメども』は襲ってこない」


 エルは後席を離れ、前席のカイに身を寄せている。


「ヒト君、助けてくれたんだね……」

「動けてはいるけど本調子じゃない。よくやる」


 カイの肩に回されたエルの両腕は徐々に力が抜けていった。

 現在のカイの機体は損傷が激しく、海面を漂うことしかできない。


 コクピット内は右に左にゆっくりと揺れている。


 しばらく沈黙して、カイはエルの顔を見る。

 ずれた黒縁眼鏡、まだ硬さが残る表情、僅かに潤んだ瞳。


「エル……あのさ」


 カイの口ぶりには僅かな葛藤が窺える。


「なに? カイ」

「それはそれ、これはこれって言ったら……また殴る?」

「もちろんっ!」


 エルは自らのヘッドセットをカイのそれに「ごつんっ」とぶつける。




***




 途中、二号機アーメイドプラスは左アームに被弾するも逃げ切りに成功。ヘパイストスも一課第五アーメイド一号機、三号機を回収した後に勢力圏を出た。

 結局メタスクイドは、リコ・ニュクス組の三号機が辛うじて一体を撃破した。

 ヘパイストスクルーは、二体のメタストラクチャーと四体のメタスクイドがじわじわと歩みを進める姿を、ただ茫然と見届けるしかない。




 二号機アーメイドプラスのコクピット。

 ヒトは手動モードからアーメイド管制システムを復帰させ、再び後席のイオに振り返る。


「キミは、誰だ?」


『我は演算思考体エプシロン・フェーズv11。君達が八年前から探している〔三番目のイレヴン〕セカンダリコアだ。〔一番目のイレヴン〕の行動阻止を目的とし、我が半身と共に行動を開始する』


 イオの中の『それ』、その合成音声はへピイATiを介して全ヘパイストスクルーに伝わっている。だが、合成音声の発信元を正しく把握しているのは、今イオの目の前に居るヒトだけである。




 動揺が広がるヘパイストスブリッジ。


「おいおい、何者だよ? つうか十一段階目の演算思考体、都市伝説じゃなかったのか」

「半身ってなに? セカンダリってことはプライマリも居るってこと?」

「ファーストとかサードとか、サッパリ意味が分からナイ、頭痛がイタイみたいネ」


 ヒライの口調は驚きの興奮を隠し切れていない。

 アレサとエドも揃って首を傾げている。

 現行法、即ちATiワールドオーダーにおいて、演算思考体の能力段階は国家の中枢を担うフェーズv10、つまり十段階までしか許されておらず、その規制下が二十年続いていたからである。



「ついに、アストレアも動く……」


 アンダーソンはブリッジ前面モニタに映る帰艦する二号機を見ながら呟く。

 クライトンは艦長を一瞥するが沈黙をしている。


 そして、一号機コクピットのエリックもまた、硬い表情で押し黙ったままだ。

 セリは一瞬後席のエリックを振り向くが、何かを言おうとして止めた。




 再び二号機アーメイドプラスのコクピット。

 ヒトはただイオを見つめている。

 演算思考体フェーズv11、〔三番目のイレヴン〕セカンダリコアは再び沈黙する。

 と、同時にイオは意識を取り戻した。


 イオは右を見て、次に上、左へと視線を移動し、前を見るとヒトと視線が合う。

 俯いて視線を落とすと、手に持ったガンナープラグにNDポートから生え出る銀糸。

 そしてバックウェアごと大きく広げられた胸元。

 またしてもマスキングポリマー製のブラが丸出しである。


「はあっ? えっ、ちょっ、なんなのこれっ? なーんで私、胸おっ広げてるのっ!」


 驚かない方が無理がある。

 イオは状況が全く掴めず、みるみる頭に血が昇って怒りの声を上げ始める。


「ちょっとヒトッ! まじまじ見てるんじゃないよっ、あなたまた何か私にしたの? ねえっ! これどういうことか説明してっ!」


 イオはようやく大騒ぎを始めた。




***




 イ重力研究科学局、地上五十階。アダム・ブレインズのオフィスにハスラーCEOの秘書、トオイ・イブキがブリーフケースを携えて訪れている。


「ブレインズさん。この度は『こんな時に』お時間を頂き、ありがとうございます」


 トオイは先日、ブレインズに紹介された時と同じ表情で挨拶の言葉を口にする。

 前と違うのはスーツが黒一色のパンツから、胸元が開いた明るいベージュのミニに変わり、印象が随分と柔らかくなっている。

 対するブレインズはいつもと変わらない濃茶のスーツだ。


『こんな時』とは、現在、世界規模でフェーズv9以上の演算思考体が全て停止し、各地に大きな混乱を巻き起こしているからである。


「ここまで来るのに苦労なさったでしょう、交通機関は大幅に遅延続き、道路はどこも渋滞。ここからでも良く見えますよ」


 ブレインズはそう口にしながらトオイをソファに誘導する。

 だが、窓のブラインドは朝から固く閉じられている。

 地上五十階、階下の喧騒はもちろん届かない。


「渋滞が酷くて電車を選んでみたのですが、クシャクシャにされちゃいました」


 トオイはゆっくりソファに腰を降ろし、にっこりと微笑んだ。

 確かに後ろにまとめられた髪が僅かに乱れている。

 座った拍子にスカートの裾がずり上がり、艶かしく脚の露出が増える。

 ブレインズの視線はトオイの顔に向けられたままだ。


「ああ、それはそれは。この辺りは平時も朝は大変ですから……」


 ブレインズがそう言いかけた時、ドアをノックする音。

 お茶を運んできた事務職員だが、オフィスの主はそれを無視する。


「それでは、例の受領書類一式を……」


 トオイは微笑みながらマットブラックのブリーフケースに手を伸ばす。


「CEOのノスタルジーに付き合うのも大変ですね」

「これでも私、楽しんでるんですよ、あの方の趣味には」


 ドアのノックは収まらず、ブレインズはまだ無視を続けている。


「それにしても、よく私共の……製品をクラックできましたね」


 ブレインズは目を細めて呟く。


「そうですね。御社の製品でないと…………ここまで持ち込めないからな」


 トオイの表情は消え、『中身』が入れ替わった。

 それはトオイの頭上五十センチほど上の空間から放たれた。


 パシュッ……と消音が効いた小さな擦過音。


 ブレインズは眉間に小さな穴を空け、ソファの背に倒れ込んだ。

 ドアを叩く音は強くなり、ブレインズの名を呼ぶ声が次第に激しくなる。

 イ重研製の対人攻撃ドローンである。

 姿は見えないが、それが存在している空間が僅かに歪んでいる。

 もちろん制御システムはクラックされ、枷は外されている。


 トオイはブレインズの亡骸を一瞥する。

 数秒後、大きな爆発音。硬い壁とガラスの砕ける音が入り混じる。


 トオイはブリーフケースを広げて爆破の破片から身を守っている。

 ケースの中の書類はオフィス中に舞った。

 丁度ブレインズが座っていた真横の窓が床ごと吹き飛び、ポッカリと大穴が空いた。それは何者かによって外部から爆破されたことを意味している。

 視線を下に向けると左の腿に拳ほどのガラス片が突き刺さっている。

 トオイはガラス片を無造作に引き抜くと、傷口はたっぷりと血を吐き出した。


 トオイはお構いなしに立ち上がり、開いた大穴に向かって走る。

 そして外へ向かって跳んだ。

 まとめ髪は落下の強風でほどけ、直後に上空から飛来した巨大な物体が彼女を受け止める。

 イカロス粒子重力場干渉制御、その丸い重低音がイ重力研究科学局ビルを震わせた。

 物体の正体はワインレッドで塗装されたアーメイドAMD176である。


 トオイはアーメイドの両翼下から伸びるマニピュレータに掴まっている。

 左腿は傷口から生え出した金色の触手が修復を始めていた。




***




 今まさに、静岡県富士市に上陸せんとする二体のメタストラクチャー。

 ヘパイストスは再出動に向け、アーメイドの修理とナーヴス達の神経メンテナンスを急がせる。だが、間に合いそうにはない。

 超研対は他のどの課も艦の基幹システムATiが停止し出動ままならず、ブリッジクルーは偵察ドローンの映像で二つの巨体を苦々しく睨みつけていた。


 そこへ、突如現れたワインレッドの新型強襲揚陸艦が立ち塞いだ。

 富士市上空一万メートルの雲間から急速降下する姿を偵察ドローンが捉える。

 ブリッジ前面のメインモニタにミニウィンドウが開き、その様子がズームアップされる。


「あれは、シュペール・ラグナ、ではないか?」


 アンダーソン艦長は目を大きく見開いて呟いた。

 その姿はヘパイストスよりも大柄で、イ重力制御エンジンは八基、磁界殻密封型プラズマカノンの砲身も合計十六門とハリネズミのように突き出している。

 陰気なボディカラーも相まって、彼らとはまた違う意味での異形の怪物に見えなくもない。


 そのシュペール・ラグナの上部ゲートから、同じくワインレッドのアーメイドが二機、いやアーメイドプラスAMD176が発進した。

 甲高い加速スラスターの爆音を響かせて加速、緩い放物線を描きながらメタストラクチャー勢力圏に二機揃って突入した。


「イナロク? アーメイドプラスにしちゃなんか変だ……」

「あーっ、アレ、メインカメラとコクピットが無いネ!」


 ヒライが首を傾げると、エドが思わず声を上げた。

 アーメイドプラスのコクピットがメインカメラごとごっそり省かれ、メクラ蓋で強引に塞いでいる。詳しく観察すると電磁レールガンも無く、両肩にロケットポッドを装備している。

 自律起動による無人のアーメイドである。


「ん? 無人兵器? 誰かが遠隔操作でもしてんの?」

「そうだネ、一次使用者が居れば合法、なんだけどネ」

「なんでお前知らないの? マニアの癖に」

「ミーはあんなの聞いてナイヨッ!」


 ヒライとエドは顔を見合わせた。


 対するメタスクイドは自らの勢力圏に浸入した新参者に即座に反応する。

 自律アーメイドは二手に分かれると、メタスクイドに目がけてプラズマガンではなく、両肩のロケットポッドから『誘導弾のようなもの』を放った。

 真っ白い尾を引く『誘導弾のようなもの』はIVシールド影響範囲の手前で「ふわっ」と消失、直後に彼らの至近距離に現れて爆発。時限信管式の炸裂弾である。

 胴体の大半を失ったメタスクイドは硝子のように砕け散り、海に堕ちる前に消滅した。


 偵察ドローンからの一部始終をスロー映像で確認するクルー達。

 ヒライは感嘆混じりの声を上げる。


「ちょっと待て。ありゃ跳躍弾頭そのものじゃんよっ! 完成してたのか?」


『誘導弾のようなもの』が全てのメタスクイドを撃破し終わると、今度はシュペール・ラグナ後部から二発の『限定可変核のようなもの』が怒号と共に撃ち放たれた。

 同じくIVシールド影響範囲目前で消え、直後に時限爆破の大轟音を上げる。

 二体のメタストラクチャーは富士市上陸を目前にして二つの巨大な火柱を生んだ。


 時空歪曲防壁IVシールドを超空間接続によって飛び越える、対メタストラクチャー直接打撃兵器。通称『跳躍弾頭』である。


「あんなの聞いてナイヨ……」


 再び茫然とするヘパイストスクルーを尻目に、シュペール・ラグナは自律アーメイドを回収、急速に高度を上げてジャミング――― 欺瞞波電子妨害を開始する。


 ヘパイストスの哨戒システムはシュペール・ラグナを見失った。

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