side B ヒトの戦闘

 八月中旬某日、午後一時三十分頃に重力震発生。

 メタストラクチャー降下地点は伊豆大島と三宅島のほぼ中間地点、東京都の本州島側南海上百五十キロメートル付近。地表到達時刻は同日午後十一時十分となった。

 今回の出動はフォワード二号機ヒト・イオ組、アシストは三号機リコ・ニュクス組が出動。一号機セリ・エリック組は待機である。

 降下したメタストラクチャーの推定サイズは五百メートル級、へピイATiが予測するメタスクイド出現数は八体で、今回は深夜の対応となった。

 尚、アーメイドプラスは二号機のみ入れ替え、三号機は様子見のために見送られた。



「エド・ブルーワー兵装統制官。今回のプラン、へピイATiは妙に消極的な数字を出しているとは思わんかね」


へピイATiのプラン実行承認の直後、アンダーソン艦長の一声。


「ソウ、そうですネ、ワタクシのシミュレーションとほぼ同じですが、作戦成功率は全プランとも八割切ってますネ。トップとボトムの差も小さいデス」

「イヤな予感がしますね。いつもの五百メートル級のはずなんですが」


 クライトン副艦長が訝しげな言葉を口にする。

 鬼軍曹の異名をとるクライトンだが、いつになく険しい表情だ。

 アレサ哨戒管理官が偵察ドローンの暗視映像をブリッジクルーの各端末に繋ぐ。


「これ、いつもの『イカくん』とは、ちょっと違いませんかね?」

「暗視映像だと解像度が不足して分かり難い。なんかこう、いつものとバランスが違う」


 クライトンは暗視映像をスローのリピート再生を見ながら首を傾げる。


「あっ、へピイATiが作戦プランの更新に入った。何かヤバいんじゃないのこれ」


 へピイATiの挙動を見て声を上げるヒライ機関統制官。

 端末のディスプレイには《Updating Strategy......》の文字と共に、時計を模したアイコンのアニメーションが現れた。


 その時、偵察ドローンの暗視映像に閃光が走った。

 アレサが慌ててブリッジ前面メインモニタに拡大する。そしてスーパースロー再生。

 閃光が走った後、新たなメタスクイドの姿がはっきりと浮かび上がる。


「ちょっとナニこれ、こんなの初めて……」


 と、呟いたのはエド兵装統制官。


 それはメタスクイドの形状、進化段階C型と呼ばれていたものとは明らかに異なっていた。

 鋭い三角錐の本体に六本の銛状触手の基本形状は変わらないが、本体部分が横にやや幅広になり上部に何か長い箱状のものが増えている。無論、過去に類似するデータはない。


「か、荷電粒子……砲? いやプラズマガン? あの射線の特徴は……」

「オゥッ、まさか飛び道具ネ? ファッ●ッ!」


 ヒライとエドが次々と驚きの言葉を口にする。

 メタスクイドの上部に追加されているものは『磁界殻密封型プラズマ砲』と断定され、進化段階の呼称は『D型』に移行にした。

 アーメイドが装備するプラズマガンと同様の特徴を見せながらプラズマ射線を放っている。幸い、射撃傾向が銛状触手と同じく、まだ特性に見合ったコントロールができていない。

 だが、これまで五百メートルほどだった銛状触手の攻撃距離と違い、有効射程が大幅に伸びた上に秒速約五キロメートルのプラズマ射線は迎撃が事実上不可能。

 作戦の遂行に困難が予想される。




***




 今までの烏賊擬き—— メタスクイドと勝手が違うのはアーメイド側も把握していた。

 基本的に知覚共有システム起動中は異重力知覚で『彼らを見ている』ので、夜間による作戦行動への影響は微々たるものである。

 また、攻撃中はガンナーにアーメイド管制システムの優先権があるので、演算思考体ATiの作戦プランから外れた行動も融通が利く。

 ヒトは特に慌てた様子もなく、淡々とヘパイストスに通信を入れる。


「現在、高度三千メートル。ヘピイATi、プラン更新を待つ」


 二号機ヒト・イオ組は三号機リコ・ニュクス組と共にメタストラクチャー勢力圏外へ退避していた。現在アーメイド二機はその直上、暗い真夜中の上空でゆっくりと旋回待機している。


『ヒト、リコチャン、へピイATiはファッ●ン野郎の被射線予測をやり直してるヨッ! チョットだけ待ってネッ!』


 二号機メインモニタ下端に、ヘパイストスを模した白いアイコンがポップアップ。


『もうっ、エド。汚い言葉使わないで。リコも聞いてるのよ』


 割り込む黄緑のアーメイドアイコン。ニュクスの苦情である。


『ヒィーッ! 今のヒライさんだから、ミーじゃないネッ!』

『おい、誰がヒライさんだって?』


 エドの慌てぶりが喫緊の事態を物語っているが、通信の向こうでリコはクスクスと笑い、『ま、いっか』とニュクスの妥協する声が入る。

 ヒトは二つのアイコンのお喋りをただ黙って見つめている。

 そして、白いヘパイストスアイコンが言葉を続ける。


『二号機、三号機聞こえるか? 基本的に銛状触手の被射線予測を修正したものだから、完璧に対応できるとは限らない。それとリコちゃん、思考装甲はできるだけ密集させて。銛状触手より凄く速いから……よっしゃっ、計算終わったっ!』


 今度はヒライからの通信である。

 アーメイド管制システムは通信の直後にへピイATi共有サーバにアクセス、被射線予測プラグインのアップデートを開始する。

 被射線予測とは相手の攻撃の始点、つまり発射口を観測し、天候や移動速度、重力の影響等の歪曲条件を加味して敵攻撃の弾道を予測するものである。


 ヒトは静かに《Loading.......》バーがじわじわと進む様を見ている。

 知覚共有開始からすでに六分が経過した。一旦アーメイドを退く選択肢もある。だが、へピイATiは一号機セリ・エリック組の追加出動を提案した。




「先に勢力圏内に入る。リコ、セリが来るのを、待て」


 続いて、ヒトは二号機アーメイドプラスの機首を下げ、加速スラスターをフルブースト。

 機体は「どんっ」と弾かれるように垂直降下、明らかにアーメイドプラスは加速力を増している。

 だが、イオは少し怒っているので、気に止める気は更々ない。

 先から押し黙っているのはその所為だ。


 ――― なんだよ、こいつ。ナイト気取りかよ、ぺっ


 イオはより重くなった加速Gに耐えながら、女の子が口にしてはいけない悪態を吐く。

 加速スラスターの轟音で掻き消されるので言いたい放題である。


 二号機は下方のメタストラクチャーに向けて急降下する。

 途中、進路に割り込んだメタスクイドをすれ違いざまバイブレード起動、瞬く刃で両断。

 目前に迫った巨大な脅威を衝突寸前で九十度旋回。

 回避した後にロール回転で捻りを加え、クルビットに似た機動で二号機を転身。

 振り返りざまにプラズマガンの光弾で後方の二体を撃破した。

 ヒトは一瞬にして三体の保守防衛装置を片づける。


 ――― は? ……って、う、うそでしょ?


 今度はヴィデオゲームのデモムービーを通り越して、まるでメタスクイドがヒトの攻撃に合わせて都合よく吸い寄せられているかのように見えた。

 確かに二号機アーメイドプラスは額面通りにパフォーマンスが増強されているが、彼が真新しい機体に戸惑う様子は微塵も感じられない。

 イオは歴代の優秀なガンナーを映像アーカイヴで何度も観ている。だが、それらと比べてもヒトほどスマートでキレがあるガンナーは観たことがない。


 因みに何度もアーカイヴを観たのは、同じ研修を三年繰り返したからである。※余計


『あーら、さすがリコの王子様っ! やっるーっ』

『ちょっとセリッ! リコが固まっちゃうじゃないのっ!』


 イオがヒトの戦闘スキルに度肝を抜かれている間、ニュクスは戯けたセリを嗜める。

 まるで、メインモニタ下端で青と黄緑のアイコンが喧嘩しているようだ。


 残りの五体のメタスクイドが二号機アーメイドプラスに群がり始めるも、勢力圏内に入った三号機と、現場に到着した一号機に反応して再び分散を始めた。


「不意をついただけ。一号機にフォワードを譲る。リコ、一号機のフォローを」


 ヒトは謙遜する。これは「油断するな」と言っているのである。

 二号機のモニタサイン《Forward》が《Assist》に切り替わった。ヒトの判断だ。


『ヒト、わかったっ!』

『あぁん、ワタシだけ名前を呼んでくれないなんて、酷い王子様っ!』


 青いアイコンは不満を口にしながら、一号機の狙撃軌道の確立にかかる。

 ご機嫌のリコはプラズマ擬きをすり抜け、本家プラズマガンを一閃し一体撃破。

 残り四体だが、ここで二号機、三号機の神経接続の継続制限は七分を切る。


 二号機アーメイドプラスは漆黒の巨体側面をギリギリに飛行し、追う後方のメタスクイドはプラズマ擬きを立て続けに掃射する。

 だが、蛇行しながら躱す二号機の行く手に、突如もう一体の追跡者が現れた。

 袈裟切りに放たれるプラズマ擬き、それを読んでいたヒト。

 前方メタスクイドの直進機動を紙一重で躱し、後方の一体と同士討ちへと誘う。

 衝突、自らのIVシールドに弾かれた二体に、転身した二号機がプラズマ光弾を叩き込む。

 二体もろとも砕け散り、夜の闇へと葬り去った。

 残りは二体、継続制限はあと五分。




***




 一号機セリ・エリック組のコクピット。セリがエリックに声をかける。


「エリックっ! アンチグラヴィテッド狙撃シーケンスに入るわ」

「りょーかいっ!」


 セリは狙撃軌道を確立して一号機を乗せ、エリックは異重力マップ作成を開始する。

 ほぼ無防備となる一号機をフォローする三号機。

 だが、後を追うメタスクイドのプラズマ擬きが三号機の思考装甲に直撃する。

 貫通した射線が三号機の左アームを粉砕した。

 三号機は一瞬、機体の安定を失い、赤い瞬きを伴いながら黒煙を引く。


「あっ、リコッ! ニュクスッ!」


 セリが驚きの声を上げた。



 三号機リコ・ニュクス組のコクピット。一号機に通信を入れるリコ。


「集中してセリ、まだだいじょうぶっ!」


 リコが声を発した瞬間、狙撃軌道を往く一号機の前方にもう一体のメタスクイドが出現する。

 だが、目の前で瞬く超高熱の一閃、何することなく粉々に砕け散る。

 既のところでヒトの二号機アーメイドプラスが退けた。


『リコ、下がれ。後はボクが、フォローする』


 三号機コクピットのメインモニタ下端にポップアップする黄色いアイコン。


「で、でも、ヒト……」


 機体の安定を取り戻し、リコがヒトの通信に言い淀んだその時、二号機アーメイドプラスが八体目も粉砕する様子が三号機のメインモニタに映る。

 渋々リコは三号機をメタストラクチャー勢力圏外へ舵を切った。

 継続制限はあと三分。



 再び一号機セリ・エリック組のコクピット。エリックが調律の完了を告げる。


「セリちゃん、アンチグラヴィテッドよろしくっ!」

「わおっ、余裕だっ! 前回の雪辱ぅっ!」


 エリックの合図と共にアンチグラヴィテッドを電磁レールガンに装填、マグネトロンキャパシタの微振動を感じた直後にセーフティ解除を承認する。

 視界のターゲットポインタに異重力収束点を合わせ、セリは流れるようにトリガーを引く。


 鈍い金属音を発してアンチグラヴィテッドは着弾。

 不意に、それは一号機の前に現れた。

 骨格の隙間から這い出てきた九体目の烏賊擬き、メタスクイドだ。



 二号機ヒト・イオ組のコクピット。戸惑いの声を上げるイオ。


「えええっ、な、なんでよっ! なんでまだ居るのっ?」


 三号機のリコとニュクスは唖然として声も出ない。

 九体目の彼らが放ったプラズマ擬きが一号機イ重力制御エンジンに直撃。いくつかの破裂音の後、制御不能に陥った一号機は無秩序な飛行を余儀なくされ、暗闇の彼方へと消え去った。

 時空歪曲防壁IVシールドは消失を開始し、二号機アーメイドプラスは九体目の彼らもプラズマガンで射抜いて撃破、そして緊急離脱を開始する。


 漆黒の巨影は限定可変核の閃光と共に轟音を上げ、大火球に包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る