第六話 新型機AMD176
side A またやりやがったな、こいつ
八月初旬某日、第四世代の航空砲撃機AMD176 通称〈アーメイドプラス〉が搬入後、初期調整と機体の塗装が終了し、いよいよ最初の稼動テストである。
エド兵装統制官から機体の説明を受けるヒト。
ヒトはいつもと変わらないが、エドは明らかに心が踊っている。興奮が隠せないようだ。
隣りのヒライ機関統制官は『コレジャナイ』という渋い顔。
AMD171と比べて一番大きく変わった外観上の特徴は、本体下部に備えるイ重力制御エンジンが一基から二基に変更され、その代わり僅かに小型化されている。
他に高周波振動ブレードが左アームにしか装着されておらず、使用頻度が高い右のプラズマガンが大容量化されている。思考装甲を収めるケースは見当たらない。
「チョーカッコイイッ! 加速性能は三割増し、出力は驚きの五割増しっ! 旋回性能はなんとイナイチから据え置きっ!」
「通販かよ。出力はいいけど、過渡特性とか分かる資料あんの? せっかくクライトン女史に内緒で急いでもらったんだからさあ、フェーズv9との同期をじっくり詰めたいんだよね」
「ヒライさんムチャばっかり言うよネー。早めに入れた日数分の整備コスト、ドリルサージェントと折衝するの、ミーなんだけどっ!」
エドは生々しい文句を口にしつつ、デスク端末から諸元データの該当頁を開く。
それを後ろから覗き込むヒライ。
「そういう文句はv9の運用資格取ってから言ってよね……って」
「グヌヌ……」
「ああっ、なんだよこの二次曲線っ! くっそピーキーじゃん。ご丁寧に谷まであるし、二段ロケットなんて今時流行らねーよっ!」
と、ヒライはこつこつと人差し指をディスプレイに差す。
「ナニ言ってんのっ、スピードこそジャスティスッ! チカラこそパワーッ!」
だが、エドはマッスルポーズを決めてご満悦。もはや聞く耳は持たない。
「お前アメリカ人……だったわ。俺はバランスを重視したいの。つうか二機あるんだろ、こんな極端なもんにリコちゃん達を乗せられないよ」
「ウッ、そこでリコチャン、引き合いに出すのはズルいナリ……」
ヒトはアーメイドプラスを見上げ、ぽつりと口を開く。
「思考装甲、無いですね」
「いやこれは俺も無くていいと思うよ。この運動性を生かすなら思考装甲は邪魔でしかない。バイブレードも減らしてプラズマガンに振るのも正解かな。ま、ヒト君しか活かせない仕様とも言えるけど」
「でしょでしょーっ! ほぼヒト専用ダヨ!」
勝ちを誇るかのように満足げなエド。やれやれと肩を竦めるヒライ。
「お前最初っからそのつもりだろ。で、フィードバック、帰還制御はどうなってんの?」
「そのくらいちゃんと対応してるヨ! でも帰還制御は個人で差が出るから、運用しながらセッティングで詰めるしかないけどネ」
「ヒト君それでいい?」
「ボクは問題ないです」
ヒライはアーメイドプラスの『脚元』をコンコンと小突きながら呟く。
「確か、イナイチ(AMD171)が回ってきた時も、あのイカ野郎共は手を変えてきたんだよな……まーたマージンを削られそうな気がするわ」
***
情報管制室のディスプレイをエリックとニュクス、エドが見入っている。
新しく配備されたAMD176アーメイドプラスの慣熟飛行で、公式では初お披露目だがヒトにとっては三回目だ。
慣熟飛行はガンナーのみで異重力分析官は搭乗していない。
知覚共有や異重力知覚マップのシステム自体はAMD171から据え置きで、機体の運動性向上に沿った小変更しか行われていないためである。
加減速の減り張りを付けながら、縦横無尽に雲間を飛行するアーメイドプラス、そしてヒト。
その機動には危なげな挙動は一切見られない。
白い機体も相まって、獲物の狙って空を舞う海鳥のようだ。
「ほぉー、ヒト君は流石だな、出力が五割も上がってるのに」
「昔のゲームのスーパーロボットみたい、男の子はみんなこんなの好きだよね」
エリックは目を丸くしながら感嘆し、ニュクスは感慨深く呟く。
二人とも視線はアーメイドプラスの姿に釘づけだ。
二基に増えたイ重力制御エンジンが、まるで『脚』のように見えるからだ。脚元に見える発光現象、一対の光輪が眩い光を放っている。
「中身はイ重力制御エンジンだから『脚』のつもりでイカ野郎を蹴っちゃダメだヨ」
「へえ、蹴るとどうなるの?」
「普通に壊れるネ。自重を支える程度の剛性しか確保されてないヨ。重力制御と言っても、常時稼働させるワケにはいかないからネ」
「ふーん、思ったよりロマンがないねえ……」
エドの言葉に、エリックは見るからに肩を落とした。
「シンパイなのは神経接続だけど、本人は『慣れた』って言ってるネ」
「慣れた、ってやっぱり勝手が違うの?」
ニュクスはエドの言葉の引っ掛かりの意味を確認する。
「運動性向上に伴って負荷が大きくなる分、フツウは帰還制御を強めてバランスを取るけど、それじゃ動作遅延が発生してイミ無いってヒトが嫌がってネ」
「もちろんリミッターはちゃんとかけてるよね? あのドMはそういうの際限ないから」
ニュクスは手に持っていたコーヒー缶を「グシャッ」と縦に潰す。
さすが肉体派、有無を言わせない威圧効果である。
「モチロンッ! ガンナーは壊すと治せないからネッ! そんなコトしたらリコチャンに嫌われるヨッ! ……と、そう言えば、リコチャンの成績もここ最近かなり上がってるネー」
エドは別のデータを開き、二人に得意げに見せる。ヒライが作る会議資料だ。
「へー、反応速度はセリちゃんとそんなに変わらないんだ」
「うーん、逆にセリが落ちてきてるせいもあるけどねえ……」
ニュクスは言葉を濁すと、潰れたコーヒー缶をゴミ箱に投げ入れる。
「彼女とのパートナーシップは去年からだから、まだ僕には良く分からないけど」
「多分去年辺りがピークで、後は落ちるだけ。もう五年だから」
「そうだね。ナーヴスの子ども達は普通の人と過ごす時間に比例して『普通の人』に近くなる。ま、人なんだけどさ」
ニュクスは五年、エリックは六年と異重力分析官を経験した上での実感である。
「そう。もう普通のあの歳頃の子達とそんなに変わらないのよ」
「彼女は来年に引退だけど何か聞いてる? クライトン女史も知らないみたいだけど?」
少し意地悪な口調で、エリックは含みある質問。
「あはは、どうするんだろうねえ、あの子」
一方、ヘパイストス展望室にて。よく晴れているがサングラスが要るほど日差しは強くない。
真っ白な雲の合間を縫って飛ぶアーメイドプラスがよく見える。
「さすが我が弟、やることにソツがない。愛想もないけど」
セリは変わらない美しさだが、その横顔は何かを諦めたような憂いが滲む。
「え、えーと、そ、そだね、ヒトは優秀……」
イオはどちらに共感するべきか大いに悩む。
「わたしも、あれに乗るの? やっとイナイチくん、なれたところなのに」
不安げなリコ。セリは明るい顔を取り戻してリコの頭に手を乗せる。
「あら、リコの大好きなお兄さんと『お揃い』なのに」
彼女の髪を弄びながら、セリは揶揄うように囁く。
リコは顔を真っ赤に染めて俯いた。
その横でリコの愛くるしさに悶絶するイオ。
「ワタシはもう時間がないんだから、贅沢言わないの。ねえ、イオ」
そう言うとセリは身を翻し、今度はイオの背中にしがみつく。
「すぅーっ」とイオのうなじに顔を埋ずめながら、何度も深呼吸を繰り返す。
「ええっ、な、なにを?」
「ぷはぁっ、ううーん、今日もイオ、いい匂い……」
「えぇ……」
――― セリは来年のガンナー引退を控えて寂しいのだろう。
と、イオは解釈して多少のことは目を瞑ることにする。
もう一機のアーメイドプラスはすでに誰が乗るのか決まっているのだ。
「ああっ、セリ、ずるいっ!」
喜び勇んでリコのイオの胸にダイブする。
「ごすっ」と鈍い音を立て、めり込んだのはリコの額。
「うぐっ……き、君たち、ヒトはどうでもいいのっ? つか、匂いってどゆこと?」
裏返った声で抗議するイオ。
「…………」
「えっ、セリなに? 何か言った?」
風切り音にかき消され、セリの呟きが届かない。
彼女の初めての挨拶、その時の—— と、イオは遠い記憶を探る。
***
《アーメイド管制システムはヘパイストスATiからガンナーに動作優先権移行、神経接続開始、知覚共有システム起動、プラズマガンセーフティ解除承認、アンチグラヴィテッド専用電磁レールガン冷却開始、思考装甲射出展開》
コクピットのモニタ表記はピー音と共にブルー基調からアンバー基調に切り変わり、アーメイドは攻撃準備が整った。
「あっちっ!」
イオは思わず声に出してしまう。
知覚共有システムの起動直後、また例の感覚。
右腕にザラつき、今までヒリヒリと感じていた部分の中で新しく増えた『ひときわ高い熱』。
まるで、火で炙った棒を右腕に強く押し当てられたかのようだ。
前回は目立った変化がなかったので油断していた。
AMD176アーメイドプラスの知覚共有システムは基本的にはAMD171と同じもので、機体性能に合わせた設定の変更程度しか行われていない。
個体差の可能性も捨て切れないが、今のイオに心当たりは一つしかない。
それは、ヒトの自傷癖。
――― またやりやがったな、こいつ。
前の席を左脚で軽く蹴飛ばした。
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