第五話 ナンパされて困惑する。Bパート

 見えるはずがない、爆けるナーヴスの兄弟の姿がフラッシュバックする。

 ヒトはあの日、へピイATiの指示を無視して僅かにトリガーを引く瞬間を遅らせた。


 絶対の自信があった。軽い気持ちで自分の力を誇示しようと思った。

 メタスクイドに追われる兄弟機を救うため、真上から亜音速で降下してギリギリのタイミングで右プラズマガンを撃つ。


 だが、射線はIVシールド異重力収束点を逸れ、兄弟機のコクピットを直撃した。

 見たのは兄弟の遺体だけだ。その瞬間を見たはずがない。

 でも目の前に現れるのは、兄弟の右半身が焼け、蒸発していく姿だ。そして猛烈に漂う死肉が焼ける匂い。


 ヒトは悪夢にうなされ、汗だくで目を醒ます。

 身体を起こし右手の包帯を解く。ベッド横カウンターの引き出しを開けて、隠してあった小さなナイフを取り出した。


 左手に持ったナイフの切っ先を右腕の上に滑らせて、傷が無いところを探す。

 そしてゆっくりナイフを手前に引く。

 ヒトはふつふつと膨れ上がる血の玉を見つめながら、時間をかけて息を吐き出す。

 キオ、それが兄弟の名だ。


 痛みが消えれば、また、キオの夢を見る。

 眼差しは傷口に止まったままだ。


・・・


 イオは目を醒ますと、そこは自室のベッドの上だった。時計を見ると平時の時間より早い。目を擦りながら昨日のことをぼんやり思い出す。


 ――― 確かホテルでナンパされた後、突然睡魔に襲われて……その後なんだっけ?


 イオは寝返りを打つと違和感。何も着ていないことに気がついた。タオルケットの下でまさぐって何度も確認する。下肢装具はもちろん、下着の「シ」の字もない。


 ――― え? もしかしてまた夢遊病? やらかした私? いや、やられちゃった私?


 イオは一瞬パニックに陥るも、辺りを見回すと制服はクローゼットに掛けられ、下肢装具は外されて傍らで充電中だ。杖は壁に立て掛けられている。


 ――― 誰かが送ってくれたに違いない、自分で脱いだことを覚えてないだけ。


 そう自分に言い聞かせて、イオは出勤することにした。



 イオはヘパイストス食堂でニュクス達を見つけて空いている席に着くと、アレサ哨戒管理官がテーブルに突っ伏して何やら物騒なことを呟いている。


「据え膳食わぬは男の恥だろ、あんにゃろう。次会ったら絶対ブッ●す……」


 ――― ああ、ここにも大変だった人が居たんだ……


 イオは仲間を見つけた気分に浸っていると、ニュクスが衝撃的な言葉を口にした。


「あっ、そうそう、昨日アンタおぶって帰ったのヒトだからね」


 ――― は、はあああーっ? ちょっ、ちょっとぉ! えっ? どういうこと?


 イオは再びパニックに陥り、思わずテーブルを叩いて立ち上がった。驚きのあまり、ぱくぱくと口だけが動いて言葉にならない。


「あ、ごめんごめん。着替えさせたのはリコとセリだから」


 ニュクスは察してフォローを入れる。

 イオはその言葉にやや落ち着きを取り戻すが、それでも腑に落ちない顔をする。


「ええっ、着替えってマッパでしたけど……」

「は? ちょっとセリっ、マッパって、イオが起きたらびっくりするじゃない」


 セリは今日も変わらない美しさで口元を押さえながらクフフッと笑う。


「あら、ごちそうさま。眼福、眼福」


 ――― え。


 リコはセリの隣でにこにこと笑っている。

 イオは少しずつ昨晩のことを思い出す。


 ――― ああ、昨日この子は私のために頑張ってくれたんだよなあ。


「えと、ごちそうさまでしたっ、イオ、いいにおい!」


 ――― え、えぇ。二人して私を弄んだに違いない! もうヤダこの職場っ



 と、そこへ、ヒトは昨日のことなど何事もなかったかのような表情で現れた。


「今日、パーソナルデータの更新日だから、忘れないで」


 ヒトはパートナーのイオに対して言っているのだが、イオは昨日の今日で返事をする気にはなれない。普段と変わらず、ヒトは用件を伝えると直ぐその場を後にした。

 ニュクスはむくれて明後日の方を向いているイオを見て、再び察する。


「もしかして、ヒトと何かあった?」


 イオはしばらく考え、昨日のことを一通り話すことにした。

 その場の空気が変わる。


「ごめん、もうちょっと詳しく話しとけば良かった」

「ワタシ、その話キライだから」


 ニュクスはテーブルに手を突いて謝罪の言葉を口にする。

 セリは先までの上機嫌が嘘のような顔をして席を立つ。

 リコは神妙な顔をして強張った。

 アレサもいつの間にか気を遣って席を外したようだ。


 訥々と話すニュクス。


 ヒトの増長が原因で起った事故、ヒトの自傷行為。その後、分析官が次々と代わるようになったこと。三人目の分析官は無意識のうちに自傷行為が伝染ってしまったこと。


 イオは自問自答する。


 ――― ヒトが言った「ボクを気味悪がる」とはこのことだったのか。朝から重い話で気が滅入る。だが、どうする? 確かに彼はムカつくが、決して悪い人間ではないし、どうしても嫌いにはなれない。何よりヒトは弟達と一つしか変わらないのだ。


 ――― 私が逃げてどうする。


・・・


 リコは新しい射撃シミュレーションの合間に格納庫の階段を降りるヒトを見かけた。ガンナースーツのままコクピットを降りて走って追いかける。格納庫は下りとは言え、四階建ビルほど深さがある。一気に駆け下りるとスーツの重さで息が切れる。


 ヒトは最下層まで降りた。

 リコは肩で息をしながら左手を伸ばし、ヒトの包帯だらけの右の手を掴む。

 ヒトは一瞬ギョッとするが、すぐ破顔してリコに合わせてその身を屈める。


「どうしたの?」

「ヒト……」


 ヒトの右腕の包帯は昨晩付けた傷辺りに薄っすらと血が滲んでいる。

 リコは上がった息がまだ治らない。額には汗も薄っすら浮いている。


「どうしたの?」


 同じ言葉を繰り返し、何か言いたげなリコを遮ってヒトは左の手でリコの頭を撫でる。

 リコはまだヒトの右の手を離さないし、ヒトは絶対にリコの手を振り解いたりしない。


「大丈夫だよ、何も問題はない。心配も、要らない」


 ヒトはじっとリコの目を見つめながら、どこか空々しく、うわ言のように囁く。


「ボクは罰を、受けているだけだよ」



 実はリコはニュクスの話は初耳だった。

 リコにとっては自分だけのヒトだ。だから誰にも聞けない。


 ナーヴスの兄弟の一人が事故で亡くなったとは聞いていたが、その加害者がまさかヒトだとは知る由もない。養成施設を卒業し、胸いっぱいにヘパイストスに来てみれば、そこにはリコが知るヒトは居なかった。


 人一倍引っ込み思案だったリコを常に構ってくれたヒト。

 シミュレーションが更新される度に上手に扱えなくて、夜通しでコツを教えてくれたヒト。そして、ようやく上手くできた時に褒めてくれたヒト。

 自信に満ち溢れ、よく笑いよく戯けて、何かにつけてリコに触れてくれたヒト。

 今のリコが笑えるのは全部ヒトのおかげだ。


 ナーヴスの兄弟達はみんな優しかったが、リコにはヒトは特別だった。

 リコは何故ヒトが変わってしまったのか腑に落ちた。

 でもリコは、自分はまだ子どもだからきっと何もできない、と考える。


「どうしたらいい?」


 リコはその言葉を今この瞬間も飲み込んでしまう。


・・・


 ヘパイストスブリッジにて残業中のいつもの三名、そしてエリック。

 ヒライ機関統制官とアレサ哨戒管理官、各々のシミュレーションを黙々と繰り返している。エド兵装統制官は床下に潜り込んで、何やら物理メンテナンスの真っ只中だ。


「ああもうっ、来る日も来る日も、シミュとメンテの繰り返しっ、発狂しそう!」


 今日に限ってアレサは自慢のお嬢様ヘアがくしゃくしゃである。地雷の可能性が高い。


「ATiと我々のシミュが大きく違っちまえば査定に響くんだから我慢しなよ」


 ヒライは端末に向かったまま、鬱陶しいそうに声をかける。

 アレサは大きな溜息を吐くと、ふと思い出して切り出した。


「そう言えばさ、前に言ってた『ほぼ人間』ってどういうこと?」

「またその話? 例えば俺や君から見て、それが人間かATiか区別つかないってこと」

「いまいち意味分かんない。それ客体の話?」

「えっ、君の口から『客体』なんて言葉が出てきたから、おじさんビックリしちゃった」

「ヒドいなあ、一応大学は理系だったんだけど、ってなにその顔!」

「そういや『驚く』とか『喜怒哀楽』の感情もないね。よし『半分人間』に訂正しよう」


(ハヤくニンゲンになりたーい!)


 エドの床下から響く声。どうやら手が離せないらしい。


「あいつよく統制官になれたな……そうそう客体の話、哲学的ゾンビみたいなもん。主体のATi側からすれば違うんだけどね」

「学習して、学習結果に含まれない『閃き』もする、他に足りないもの?」

「自由意思、ですかね?」


 たまたまブリッジに居合わせたエリックがここで会話に割って入る。時々彼らの雑談に混じっているが決して暇な訳ではない。


「そうそれ。『こっちが好き』とか『あっちは嫌い』とか自由意思。特定の価値観に依存すること。『自己認知』の一部と言っても差し障りない」


(ミーはリコチャンがダイスキー!)


「ちょっとは黙ってろ、オモシロガイジン枠!」


(ジャァアアァァァァッッップッ!)


 エドはまだ手が離せない。ヒライは少しエドの反応を楽しんでいる。


「そんなものまで獲得しちゃったら、『ほぼほぼ人間』と言っても言い過ぎじゃねえなあ」

「うーん、そうなったら……人権とか、発生しちゃうのかな?」


 アレサはしれっと呟く。

 エリックとヒライは顔を見合わせてぎょっとする。


「いきなり恐い話に持っていくよね。そっちは色々ややこしいから僕はパスで」

「ははは、俺もパスで。でももし仮に自由意思を獲得したら……」

「人類の手に負えなくなるでしょうね。まあ、現状でも手に負えているとは言えないですが」


 エリックはそう言葉にすると、ヒライは話の方向を別ベクトルに誘導する。


「でもそれってさ、当の彼らは自由意思なんか欲しがるのかって言ったら、また別の話だよねえ」

「自己保全する機能さえあれば実質彼らは寿命に縛られない訳だから、より豊かにとか、より幸せにとか、経験として必要とは思っても、特定の価値観に依存はしないと思いますけどね」


 ふーむ、と考えてエリックは呟き、ヒライは楽観的な言葉を口にした。


「依存するとしたら自らのより原初的な機能に基づいたもんじゃない? 彼らは合理の塊だもん、寄り道なんかしねーよって」


 方やアレサはすっかり飽きた様子。再び大きな溜息。


「あーあっ、つまんない。『ほぼ人間』だったら、オトコは別にATiでいいじゃんって」


(今日の一番恐い話ネ……)


 エドが床下で呟いた。


・・・


 再び現れた例の人影。自室で一人エリックはそれを待っていたようだ。

 ぼんやりと宙に浮かぶそれはただ白くゆらゆらと揺れている。


「そうやって煙にまくのは君の悪い癖だよ。一体何を伝えようとしてるんだい?」


 エリックは穏やかな口調でそれに問いかける。


 それは指先で何かを宙に描こうして、迷っているかのように止めてしまった。

 そして寂しく、ふふっと笑った。

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