第十話 流血して困惑する。Bパート

 朝の澄んだ空気の中、陽を浴びるそれは薄く内側から発光して見える。

 現在のヘパイストスとアストレアは八丈島近海の上空20m付近に静止している。イ重力制御エンジンは両艦ともアイドリング状態を維持したままだ。


 横付けしたアストレアの姿を見て、最初に声を上げたのはアレサである。


「ちょっと、あれ……『イカくん」じゃない?」


 そう指差す先にはアストレアの艦首に銛状触手を食い込ませ、纏わりついたメタスクイドの姿があった。黒かった外観は乳白色に変貌し、動く様子が見られない。

 アストレアはヘパイストスとよく似ているが全長は僅かに長くなだらかで、展望室に当たる箱状の突起がない。ボディカラーは僚艦と同じく白だが、こちらは胴体に水色のピンストライプが前後に二本貫いているのみである。


「あの、IVシールド、超空間接続はこいつのおかげか……?」


 ヒライとエリックは艦外カメラの映像をズームアップして見ている。

 現在のヘパイストスブリッジには艦長、副艦長、ヒライ、アレサ、エリックが居残っている。ニュクスとエドはリコの救助に向かっている。

 ヒト・イオ組とセリはリコの生存確認の後、自力でヘパイストスに帰艦した。


「どうやらあの噂は本当だったようだ」

「噂、ですか?」

「いや、誰が流した噂かは分からないが『アストレアは彼らと対話した』、と」

「おかしな話ですね。アストレア消失事件、目撃者は皆無なはず……」


 アンダーソンの視線は前面メインモニタに映るアストレア張り付いたままだ。

 クライトンが怪訝そうな顔をしたところで映像付きの通信が入る。


「アルヴィー……」


 エリックはそこに映し出された女性の姿を見て声を漏らす。


『私は一課第二アストレアの医療管理官、アルヴィナ・ブレインズ。そして、あなた達が探している〔三番目のイレヴン〕プライマリコアそのもの』


 その女性、アルヴィーは告げる。一様に驚くブリッジクルー。


「プライマリコア、そのものって……」


 エリックは皆の驚きの要点を言葉にする。

 セカンダリコアは、あくまでイオの中のニュースメディカに擬態していただけの存在だが、『そのもの』とはどういう意味なのか。

 映像で見るアルヴィーはまさしくエリックの自室に度々現れ、セリが知覚共有中に見た人物と同一の存在である。だが、髪は黄金に輝くそれへと変わり、顔のそばかすが消えている。


「はじめまして、ミス・アルヴィナ。私が超常知性構造体研究対策局一課第五ヘパイストスの艦長、ジェイムス・アンダーソンです」


『はじめまして、アンダーソンさん。ブレインズから聞いていたわ。先ずはお詫びを申し上げます。駆けつけるのが遅れたのは、〔一番目のイレヴン〕の能力解析に手間取っていたから』


 滑舌がよく、やや低い落ち着いた声である。

 長い髪の隙間から素肌の肩や胸元が覗く。何も身に纏っていないように見える。


「それはやむを得ない。彼らの脅威は我々も十分認識していることだ」


 アルヴィーはアンダーソンと会話を続けるが、その表情には変化がない。


『私の最優先課題はセカンダリコアとの接触。でも、先ずはそちらに伺ってお話しをさせていただきたいの。よろしいかしら?』


「それは構いません。ぜひ」


 アンダーソンは即答でアルヴィーの要請に応える。


『それと、最初に私を出迎えてくれる人を指定させていただきたいのだけど。エリック、そこにいるんでしょ?』


 映像の中のアルヴィーは初めて表情を崩し、ふふっと笑って小首を傾げた。


・・・


 イオは帰艦後にブリッジに上がると、その血まみれ姿を見たアレサが卒倒した。


 先にメディカルルームに行きたかったが、混んでいると聞いて後回し。ヒトをブリッジに上がらせて化粧室に向かったものの、今度は鏡を見るのが怖くなり再び後回しにした結果である。


「イオ・ミナミ分析官、あなたは本当に女の子なのか?」


 クライトンの第一声にイオはぐうの音も出ない。一通り叱られた後、イオはヒトに付き添われてメディカルルームへと向かった。


 治療はリウ医療管理官がリコに付きっきりのため、医療ロボットが代行する。

 ニューメディカ、イオにとっては〔三番目のイレヴン〕だが、体内のナノマシンは傷口を塞いで治癒を早めるが、傷によっては時間がかかり過ぎるためあまり現実的ではない。但し鎮痛機能は優秀で先のイオの無頓着さもこの機能が効いている所為でもある。

 以前にイオがメディカルルームに訪れた時は全部で五体あった医療ロボットだが、ヘパイストスも被弾して負傷者が出たため、今は全て出払っている。イオは一時間ほど待たされてようやく一台が割り当てられた。


 現在、イオはカーテンで仕切られた一画で細長い施術用チェアに横たわっていた。血だらけのガンナースーツは気が滅入るので脱いでいる。バックウェアは実質ほぼ下着なので恥ずかしかったが、六歳年下相手にしのごの言っても始まらないと居直った。

 イオはある理由でヒトを一時遠ざけたかったが、それを『拒絶』と受け取って欲しくなかったため、何らかのポーズが必要だと考えたからである。



「リコの方、気になるんでしょ。あっちの方が大怪我だもん」


 イオは瞼上の消毒の最中に言う。ヒトが逡巡している様子が窺える。彼は責任を感じているからこそ、この場を離れられないのである。

 イオがリコの三号機の撃墜を知ったのは、ヘパイストスに戻ってからだ。リコは左腕と左足首を骨折、いくつかの挫創と火傷、ガンナープラグが引きちぎれてNDポートが破損。

 命に別状はなく意識もはっきりしているが、NDポートの損傷は深刻でヨコスカ基地に戻らなければガンナーとしての復帰は叶わない。

 イオは待たされている間、ヘパイストス共有サーバからリコの情報を取得をしていた。メディカルルーム奥の手術室の方をチラ見した時は、セリとニュクスが神経メンテナンス装置に腰を下ろして治療の終了を待つ姿も見ている。


「ほら、私のは『自爆』だから。さっさと行ってきなさいよ」

「ごめん」


 ヒトはそう口にするとカーテンの外へ出て行く。

 自爆と言ったのはヒトが出て行きそうになかったからだ。実はイオは自身が三号機撃墜に気づけなかったことが釈然とせず、その気不味さからヒトを遠ざけたかったのである。


 ――― ああ、私、色々と酷いことを言ったような気がするなあ。


 無我夢中だったから覚えていない……そういうことにしたいイオである。

 結果としてアストレアがシュペール・ラグナを追い払って事態は好転した。だがヒトが暴走を続けていれば、彼自身の肉体も神経接続の帰還負荷により大きく損傷していた可能性がある。

 仮にイオ自身も三号機撃墜に気づいていれば、同じようにパニックを起こしてヒトを止められなかったかもしれない、そう考えて身震いをしているのだ。


 ――― それにしても、ヒトは益々顔色が悪くなってないか? それにあの時、降ってきた血はなんだ? もしかしてリミッターをバイパスした影響?


 その時、カーテンの向こうで歓声が上がった。リコの治療が終了したのである。

 イオはほっと胸を撫で下ろす反面、ヒトが傍らに居ないことに僅かな苛立ちを覚えた。


 ――― 自分で追い出しておいて、何を考えているの?


 イオはつい首を傾げて、医療ロボットが抗議の警告音を上げる。パネルには『患部を動かさないでください』と日本語で表示されている。

 イオにはそれが自分の勝手を咎めているように聞こえた。


・・・


 アルヴィーは一糸纏わぬ姿である。だが、その表現は間違っているとも言える。

 赤く長かった髪は黄金の輝きへと変貌し、柔らかく身体に纏わり付いて主人の身体を隠している。それは規則性を保ちながら揺らめき、黄金のドレスがたなびいているようにも見える。


「あの、ごめんなさい……服を、貸していただけないかしら?」


 アルヴィーはヘパイストスの搭乗口に姿を現した時、開口一番に口にした言葉だ。

 一番に出迎えたエリックは再会の喜びもつかの間、驚きの声を上げる。


「え……そ、その身体は?」


 エリックは尋ねながら、一先ず自分のジャケットを脱いで手渡す。

 アルヴィーの身体は左腕は二の腕まで、右脚は膝下、左脚は腿の中辺りまでが人のそれではなく、金色の糸、接続触手の集積がその形を成していた。

 アルヴィーは背伸びをしてエリックの顔を覗き込む。研究室時代からの癖で当時は目が極端に悪かったからだが、今は眼鏡をかけていない。


「驚かないわけないよね。私、一度は彼らに取り込まれちゃったの」

「ええっ、と、取り込まれたって……?」

「彼らにね、メタビーイング。再生が間に合わなかった」


 エリックの愕然とした顔を眺めながら、アルヴィーはふふっと笑う。


「今更だけど、降りろって言ったのは姿を見られたくなかったから」


 アルヴィーは少し不満げに呟く。エリックに背を向けてジャケットに袖を通す直前、纏りつく黄金のそれが自らの意思で身体から離れたように見えた。


「ご、ごめん……」


 再びエリックに向くアルヴィー。


「そうやって乙女心を解せないから、いつまでたっても私に拘っちゃう」

「ええっ、そりゃ違うよ、アルヴィー!」


 困惑するエリックにアルヴィーは明るく戯けてみせる。


「冗談よ、エリック。会えて嬉しいわ」


 そして抱擁を交わす二人。アルヴィーはエリックの胸の中で呟く。


「ずっとこうしていたいけど、時間がないから早くクルーを集めて欲しいの」


・・・


 イオは医療ロボットの治療を終え、鏡を見ると大きな絆創膏がほぼ左眉を隠している。


 ――― 我ながら酷い顔だ。嫁入り前の娘になんてことだ。


 と、イオは一部心にもないことを思いつつも、メディカルルームのカーディガンとスリッパを借りてリコのベッドに顔を出す。

 カーテンを開けて踏み入れると、手前に蝉のようにリコにしがみつくセリが見える。そしてリコを挟んで向かいにはにはニュクス、ヒトが立っている。

 ヒトは微妙な視線をイオに向ける。


「セリったら、わたし、もう平気だから……」


 リコはそう口にするが、イオの目にはどう見ても平気には見えない。

 ブランケットとセリの所為で首から下の様子が確認できないが、顔と右手指以外は包帯と絆創膏だらけ。その姿は先日のヒトのようだ。

 NDポートの破損の酷さは額に巻かれた包帯からも見て取れる。


 セリはリコの胸に顔を埋めて嫌々しながら、ぼそっと呟いた。


「リコと……ヒトを二人っきりにさせない作戦」

「んもうっ、セリ!」


 リコは怒って声を上げようとした時、イオの来訪に気がついた。


「あ、イオ、その顔、どうしたの?」


 イオが声をかけるタイミングを推し量っているうちに、リコが先に声をかけた。目を見開いて驚くが、傷に触って少しだけ顔を顰めた。


「ええっ、ああ……これは、えーと、転んだ!」


 イオがそう告げた瞬間、ヒトの片眉が吊り上がる。

 セリも振り向き、その美しい顔を酷く歪ませた。

 イオの中である予感が閃き、身体を右に大きく一歩ずらす。その横を両手を前に差し出したセリが勢いよく通過する。


「ちょっとっ、イオったら、なんで避けるの!」


 セリは振り返りざま、今度は後ろからイオを羽交い締めにする。どさくさに紛れてイオのうなじの匂いを「すぅーっ」と嗅ぐ。


「リ、リコちゃん、大変だったね。大丈夫……じゃないよねえ」


 イオは羽交い締めにされながらも、リコへの言葉を口にする。

 セリはまだ「くんくん」と匂いを嗅いでいる。


「ううん、見た目ほど、いたくないよ。ニューメディカ、がんばってるから」


 イオにはリコが強がっているようにしか見えない。次に何を言おうか考えているうちに、後ろのセリが口を開いた。


「さあて、イオも来たことだし、我々も撤収しよう。ニュクス」


 セリはそう言いながら、羽交い締めしたイオを後ろへ引き摺り始める。


「へ? 私、今来たとこ、なんだけど?」

「ああ、そうね。ここから先は王子様と水入らずで」

「ええっ、にゅ、ニュクスまで!」


 ニュクスはイオの訴えにも関わらずセリに同調。その顔はにやにやと笑っている。

 包帯の隙間を真っ赤にしたリコは動かせる右手でブランケットをぽんぽんと叩く。

 ヒトは腕を組んで難しい顔をしているが、押し黙ったままだ。


「また来るわ、リコ。ごゆっくりぃ」


 セリとニュクス、セリに引き摺られたイオは、ヒトを残してメディカルルームを後にした。


「二人っきりにしちゃったら、中に入れなくなっちゃうから。ごめんね」


 セリはイオの羽交い締めを解いて呟いた。

 イオにリコと一目会わせるために、セリは時間稼ぎをしていたのである。リコはヒトと二人っきりになってしまえば、気を張っていられないと踏んでいたのだ。

 そしてセリは「ふうっ」と小さく溜息を吐くと、通路の真ん中でしゃがみこんだ。


「んん……ワタシも、もう無理。ニュクス、肩貸してくれない?」

「ああ、いいよ」


 ニュクスはそう返すとセリの脇と膝裏に手を差し入れ、軽々と抱え上げた。セリの自称に合わせてお姫様抱っこである。


「ニュクス、それはやり過ぎ」

「あはは、イオ、十四時にブリーフィングルーム集合だから」

「りょ、了解……」


 3Fの女性居住区まで降りると、そのまま二人はセリの自室に入った。

 イオは自室に戻って時計を見ると八時前である。目覚ましを十二時にセットし、ベッドに勢いよく倒れ込んだ。


・・・


 ヘパイストスのブリーフィングルームには残った二十二名のクルーと来客一名が集う。

 壇上にはイスが三脚用意され、左からクライトン、アンダーソン、そして超研対一課第五の制服を着たアルヴィーが座っている。

 六人掛けの最前列には左からブリッジクルー三名、ニュクス、セリ、イオが右端である。イオの後ろにはエリック、そしてイオの右側にはヒトが壁にもたれかかって立っている。以降は他が続き、リウとリコ他、先の負傷者四名はメディカルルームである。

 イオはアルヴィーとももちろん顔馴染みである。再会の喜びを分かち合いたかったが、状況を考えて今は我慢することを優先した。それはエリックも同じとイオは考える。


「シュペール・ラグナ、〔一番目のイレヴン〕は私達の能力を正確に評価できているとすれば、再び襲撃を選択することは無いでしょう」


 インカムを付けたアルヴィーは座ったまま話し始める。

 ブリーフィングルームは水を打ったように静まりかえっている。


「恐らく別のプランを実行に移すはず。それはある『究極の目的』のためメタストラクチャー襲来拠点、超空間接続ゲートに向かうこと。……私達に時間は無いけれど、あなた方には選択して貰わなければならないの」


 アルヴィーはそう口にすると最前列右端のイオに向いた。


「その前に、一旦セカンダリコアと共有するわ。イオ、くすぐったいけど我慢してね」

「う、うん……」


 イオが頷くと、アルヴィーの差し出した左掌からするすると黄金糸が伸び始めた。それに呼応するかのようにイオのブラウスの隙間からも一本の銀糸が顔を出す。

 ナノマシンの集積が紡いだ髪のように細い糸、〔三番目のイレヴン〕の接続触手である。

 それは2m近い距離をふわふわとさまよい空中で交わると、アルヴィーのプライマリコアとイオの中のセカンダリコアとの共有を始める。

 イオは自らの身体が一瞬火照ったような熱を感じた。


「先ずは今の私たち、一課第二アストレアがどういう存在か、お話ししますね」


 アルヴィーはブリーフィングルームを一度見渡してから再び切り出した。

 アンダーソンの咳払いをする音が響く。静まり返っている。


「八年前、ここよりさらに南へ80kmほど先、超研対一課第二のアストレアはメタストラクチャー対応で出動し、一体のパラスクイドの鹵獲に成功した。……そして当時、医療管理官としてアストレアに乗艦していた私、〔三番目のイレヴン〕はアストレアATiとハワード・コリンズ艦長とともに対話を試みた」


 僅かにどよめきが起こるが、構わず続ける。


「コリンズ艦長はある繋がりから、私の正体を知っていたのよ」


 アルヴィーはアンダーソンを一瞥し、彼は浅く頷く。

 構わない、という意思表示である。


「だけど、その対話は結果的にアストレアクルーもろとも融合という事態を招いてしまった。今の私たちはアストレア艦本体にクルーとパラスクイド、〔三番目のイレヴン〕の存在が同時に重なりあった状態とも言えるの」


 再び静まり返るブリーフィングルーム。イオは黙ってアルヴィーと二人を繋ぐ接続触手を見つめている。隣に座るセリやニュクスも同様だ。


「つまり、あなた方の目の前にいる私は便宜上、アルヴィナ・ブレインズ個人を優先して形成しているけれど、アストレアクルーであり、パラスクイドでもある」


 アルヴィーはここまで告げるとクライトンに向き、そして口を開いた。


「あなたのお父さん、コリンズ艦長もここに居るけれど、直接は会わせてあげられないの。ごめんなさいね、クライトンさん」


 クライトンはその言葉にただ愕然とするしかなかった。

 アルヴィーとは軽い自己紹介をしただけである。仮に父から聞いて知っていたとしても、姓が変わっているので直ぐにそれと気づくとは思えない。


 イオの後ろに座るエリックもまた驚いている。

 だが、これはまだ序の口である。アルヴィーは再び一同に向き直った。


「でも、ここで立ち止まる訳にはいかない。ことの始まり。長い話になる」

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