side B 覚醒

 メインモニタに駿河湾を挟んだ向かい側、超研対一課第四のアーメイド専用揚陸艦ペルセウスウィルの姿が映し出された。

 基本構成はヘパイストスと同じだが、ライトオレンジをベースに艦底をブラックに塗り分けたその外観はやや幅広で艦表面に凹凸が少なく、洗練された印象である。

 そして、甲高い航空機音と共に飛来するのは艦と同じカラーリングの機体、一課第四所属のアーメイド三機が合流する。全機AMD171のままだ。


 今まさに着水せんとする二体の超常知性構造体ことメタストラクチャー。

 その上空で大きな円を描き、旋回待機する合計六機のアーメイド。


 《アーメイド管制システムは各艦ATiからガンナーに動作優先権移行、神経接続開始、知覚共有システム起動、プラズマガンセーフティ解除承認、アンチグラヴィテッド専用電磁レールガン冷却開始、思考装甲射出展開》


 コクピットのモニタ表記は、ピー音と共にブルー基調からアンバー基調に切り変わり、アーメイドは攻撃準備が整った。


 イオは知覚共有の開始時に起こる、例の感覚に注意を向ける。

 右腕のザラつきは変わらないが、ヒリヒリと熱い感覚は前回より収まっている。

 その代わり、ボコボコと身体中に太い棍棒をいくつも押し当てられたような感覚が増えた。

 大して痛くはないが、少しだけ居た堪れない気分になる。

 それは紛れもなく、先日ヒトが受けた暴行の痕跡だからだ。


 ――― これはヒトの痛み、そしてカイの痛みだ。


 イオは言いようもないもどかしさを感じる。

 だが、今は視界同期ゴーグルに映るヒトの視線に集中するしかない。




 二体の彼ら、その複雑に組み合わさった骨格の隙間から、メタスクイドが身を捩りながら這い出す様子が見える。いつ見てもあまり気持ちのいい眺めではない。

 一課第四のアーメイドが一号機から順番に横ロール。対する一課第五は縦ロールをそれぞれ一度ずつ行うと、下方の担当メタストラクチャーに向けて一斉に垂直降下を開始する。


 爆音を背に、天空から溢れ落ちるように流れる六機の軌跡。


 最初に口火を切ったのはヒト・イオ組の二号機アーメイドプラスである。

 ヒトはメタスクイドが視界に入った瞬間にターゲットポインタに捕捉する。

 亜音速で降下する機体をロール回転、減速はしない。

 左右のプラズマガンを閃かせ、二体連続で異重力収束点を撃ち抜いた。


 負けじと一課第四カイの一号機が垂直降下から転身し、逆噴射の狭角Uターン。

 接近するメタスクイドに銛状触手を放つ暇を与えずバイブレード起動、両断そして撃破。

 直下から突進する二体目を躱し、プラズマガンの一撃必中、これも仕留めた。


 一課第五セリ・エリック組の一号機、リコ・ニュクス組の三号機もメタスクイドの磁界殻密封型プラズマ砲、プラズマ擬きを掻い潜って一体ずつ撃破する。


 両課ともメタスクイド掃討を優先するための三機編成であり、被射線予測プラグインのアップデートも共有している。撃破が進んで神経接続開始から二分で計八体を片づける。

 だが、彼らも射撃精度を上げ、一課第四の二号機の思考装甲に直撃する。

 これが皮切りとなり、他の機体の思考装甲も一枚、また一枚と剥ぎ取るように落とされ始めた。


 二号機のメインモニタには一号機と三号機の状況がミニウィンドウに映し出されている。

 すると、一号機の青いアイコンがポップアップした。


『もうっ、レディに対してなんて仕打ちかしら? いやらしいっ!』


 二枚目の思考装甲を落とされたセリの文句である。


『レディって言うなら、少し恥じらいってものを学んで欲しいね』


 一号機後席のエリックがぼそっと呟く。

 以前に二人が遭難した時のことを言っているのだ。


『あらエリック、脱ぐのと脱がされるのとは違うわ』

『ちょっとっ、アンタまた所構わず脱いだの?』


 エリックの呟きにセリが返すと、黄緑のアイコン、三号機のニュクスが割り込んだ。

 セリは一号機を急上昇させてバイブレードを起動、格闘モードに移行する。

 機体をぐるりと転身し加速スラスターの逆噴射、追い迫る彼らを真横に撫で斬った。

 構造崩壊を起こし砕け散る保守防衛装置。


『そう言えば最近、誰かさんが脱がしてくれないから』


 それを尻目にしれっと返すセリ。

 二号機のメインモニタの端に、三号機が別の彼らをプラズマガンで射抜く姿が映る。


『分かった、降参』

『ねえ、セリ、自分でぬぐのが、いやなの?』ブツッ


 リコの言葉を遮るように、ニュクスは通信を切った。


『アイアム、ウィナーッ、ヒューッ!』

『…………』


 青いアイコンは勝ち名乗りを上げ、エリックは呆れて言葉を失っている。


 ――― うーむ、この人達、なーんでこんなに緊張感がないわけ?


 イオが率直な疑問を抱いている間、ヒトはまた二体連続でメタスクイドを撃破した。

 この時点で一課第五は八体、一課第四は七体撃破して残りの彼らは三体のはずである。だが、一課第四は三号機に被弾を許して一機戦線を離脱。


 ここで神経接続開始五分が経過した。




***




 ヘパイストス、戦況を見守るブリッジクルー。艦長、副艦長を含む。


「アーメイドプラスの優位性がはっきりしましたね」


 クライトン副艦長はそう口にすると、鎖付きの眼鏡を押し上げる。

 AMD176のパフォーマンスに対して、あまり喜んでいる様子ではない。


「現在の仕様では、ヒト君しか扱えないジャジャ馬ですからね」

「そんなに…… 違うのかね?」


 ヒライ機関統制官が吐露すると、不意にアンダーソン艦長が端末から顔を上げる。

 左隣に座るエド兵装統制官に小さな紙ゴミを投げつけるヒライ。

 何か言え、の催促だ。


「エ、えっと、あのですネ、実はその、ヒトは帰還制御の調整、拒んでいましテ……」


 しどろもどろにエドが言葉を濁すと、クライトンが追って問いただした。


「と、言うと?」




 その時、ヘパイストスATiが突如停止した。




 ブリッジ壁面の全てのモニタに表示されていたダイアログが次々と消失し、それまで艦内に聞こえていた稼働音が一斉に減衰を開始する。


 静まるブリッジ、そして艦内。顔を見合すブリッジクルー。


「ちょっ、待てよっ! 待て、何が起こったっ?」

「全レーダー並びにセンサー哨戒システムッ! 全て応答ありませんっ!」

「オゥマイガーッ、コッチも兵装管制システム応答無しっ! ダウンしてるネっ!」

「端末は生きてるのにシステムが応答しないっ、なんで?」


 次々と混乱の声を上げるヒライ、エド、アレサ

 ブリッジ壁面のモニタは艦の外側の景観をそのまま映し出している。その中には侵撃する一対のメタストラクチャーの姿も見える。

 だが、各クルーの端末からの入力に、ヘピイATiは何も反応を示さない。


「どういうことだっ! へピイATiがフリーズしたのか?」

「わ、分かりません、いや、これは……」


 クライトンの怒声に近い問いかけ。

 端末ディスプレイの時計を凝視しながら、ヒライは苦々しく呟いた。


「これはフリーズじゃない。へピイは乗っ取られてる…… ハッキングです」




***




 じわじわと高度を下げる一課第五ヘパイストスと三機のアーメイド。一課第四ペルセウスウィルのアーメイドも同様だ。

 イ重力制御推進を採用する艦船は翼を持たないため、安全機構として制御が途絶しても即時停止せず、アイドリング状態を維持して緩やかに出力を絞る設定が施されている。



 二号機アーメイドプラスのコクピット。

 神経接続を強制的に切断され、ヒトは鋭い痛みに襲われていた。

 首筋に長い針を深々と差し込まれたような。


「う……な、何が……?」


 アーメイド管制システムも演算思考体ATiを実装している。たとえ上位支配ATiとの接続が途切れても制御不能に陥らないよう設計されているはずなのに、である。

 コクピット内のモニタ類は死んでいない。タッチディスプレイも同様だ。だが、管制システムは何も入力を受け付けず、通信も途絶した。

 メインモニタには、高度を維持できないヘパイストスと各アーメイドの姿。


 一課第五は二号機を含め全機が無事海面に着水した。

 だが、一課第四カイの一号機は落ちる途中でプラズマ擬きの直撃。

 朱の炎と黒煙を吹きつつ錐揉み回転しながら、堕ちた。


「くっ、くそっ!」


 マニュアルモード用の操縦桿も試すが、同じく反応を返さない。

 ヒトはジリジリと焦燥感を募らせる。

 メタスクイドはメタストラクチャー保守防衛装置のため、動かない敵は襲わない。だが、このまま彼らを放置すれば、いずれ本土に上陸し甚大な被害は避けられない。

 通信機能が麻痺しているため、他の課も基地の状況も不明である。


 ふと、この状況なら間違いなく大騒ぎする人が静かなことに気がついた。



「ヒト・クロガネ」



 イオはゆっくりと立ち上がり、ヒトの名を呟く。

 ヒトはゆっくりと後席を振り返り、視界同期ゴーグルを上げ肉眼でイオを直視した。


「ナーヴス第9期、登録コードEJ2117121288、超研対一課第五所属」

「なに、何を言ってる?」


 イオは知るはずがないヒトの登録コードを口にする。

 後席に座っていたのはイオのはずだ。


「我にヘパイストスATi、エプシロン・フェーズv9のアクセス権を渡せ」


 目を剥いて驚愕するヒト。

 だが、混乱して思うように言葉を選べない。


「説明はいずれ行う。我にアクセス権を渡せ」


 イオも視界同期ゴーグルを上げる。

 目は見開いているが瞳孔も完全に開いている。

 言葉に合わせ、唇が腹話術の人形のように動いている。

 アクセス権を渡そうにも、アーメイド管制システムは入力を受け付けないままだ。


「どう…… どうやって?」


 絞り出すように口にするヒト。応えてイオは自らのヘッドセットの左側を指差した。

 ガンナー用ヘッドセットのガンナープラグが差し込まれている場所。

 ヒトはガンナープラグを外し、プラグ先端をイオに手渡す。

 するとイオは胸の知覚プラグを外し、ガンナースーツのジッパーを胸元まで下げる。

 バックウェアを捲って露出したNDポートに先端を近づけた。


「なっ………」


 NDポートから触手のようにするすると伸びる銀色の糸。

 ナノマシンの集積が紡ぎ上げた無数の接続触手。既製のニューメディカには存在しない機能だ。

 ふるふると震えながらガンナープラグに絡みつき、プラグ先端の接触面にそっと触れる。

 その瞬間、へピイATiの再起動を告げるサインがメインモニタに映し出された。



『我の攻性ウィルスプログラムによりへピイATiは〔一番目のイレヴン〕の支配から独立性を回復した。今は時期ではない。ヘパイストスは速やかにこの場を撤退せよ』



 今度は合成音声でイオの中の『それ』の言葉が響き渡る。

 それはへピイATi制御下の全ヘパイストスクルーへと伝わった。


 アーメイド管制システムは入力可能となり、イオは目を見開いたまま着座する。

 ヒトはイオの中のそれが何をどうしたのか、皆目見当が付かない。

 だが、疑問に考えあぐねている場合ではない。すぐさま、やれることから手を付ける。


「セリ、リコ、ヘパイストス、大丈夫か?」


 ヒトは手元のタッチディスプレイを操り、イ重力制御エンジンの再始動をかける。

 続いて回復した通信回線を開いた。


『こっちはなんとか。すっごく痛かったけどっ!』

『わたし、大丈夫だよ、ヒトっ』

『一体何が起こっているのか分からないが、ヘパイストスも回復したっ!』


 三つのアイコンが揃ってメインモニタ下端にポップアップする。

 セリ、リコ、そしてヒライの通信が返ってきた。


「やむを得ない、撤退しよう」


 ヒトは決断した。神経メンテナンスを経ずに二度目の神経接続は危険だからである。

 己れはともかく、セリやリコにリスクを強いられない上に、神経接続なくしてアンチグラヴィテッド狙撃はおろかメタスクイド撃破もままならない。

 ましてや、ヒトのパートナーたるイオもまだ意識が戻っていないのだ。


『なんでよっ、まだできるってばっ!』

『ヒト君の言う通りだよ、セリちゃん。ここは一旦退くのが懸命だ』

『その通りネッ! 撤退するまでヘパイストスも援護するナリッ!』


 不満を口にするセリ、なだめるエリック、そしてエド。

 この異常事態である。超研対全体の状況確認を行わないまま無理を続けて、二体のメタストラクチャーと相対するは無謀が過ぎる。


 一課第五のアーメイド三機は、イ重力制御エンジンの丸い重低音と共に海面を離れ、再び機体を舞い上がらせる。一号機と三号機の残りの思考装甲もそれに追随した。


 それらに呼応したメタスクイドは、再び自らの脅威に鋭い先端を向ける。




***




 ヘパイストスは彼らの勢力圏内に僅かに侵入し、毎分七千発、有効射程二千メートルと高速大出力の磁界殻密封型プラズマカノンで牽制砲撃を開始する。

 烏賊擬き相手なら一定以上の砲撃量で時間稼ぎが可能だ。

 対するメタストラクチャーも浸入したヘパイストスに即座に反応、その骨格の隙間から新たに這い出る烏賊擬き達の姿が見える。

 へピイATiは残存メタスクイドを三体から五体に修正した。

 またしても予測が外れたのだ。


「おいおい二連敗かよっ、へピイ?」


 ヒライが文句を口走った矢先、ヘパイストスの右舷脇を掠めるプラズマ擬きの射線。

 爆発音が鳴り響き、艦内に鋭い振動が走る。

 艦はアーメイドより分厚いジュラミック積層装甲を持つが、高密度プラズマ弾は想定しておらず、被弾耐性は五十歩百歩だ。

 ヘパイストスは銛状触手以外の被弾は今回が初めてである。


 アンダーソンは無言のまま、目の前の戦況を睨みつけている。

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