第八話 再び丸出しで大騒ぎする。Bパート

 じわじわと落ちる一課第五ヘパイストスと三機のアーメイド。一課第四ペルセウスウィルと所属アーメイドも同様に高度を下げていく。

 イ重力制御推進を採用する艦船は翼を持たないため、安全機構として制御が途絶しても即時停止せず、アイドリング状態を維持して緩やかに出力を絞る設定が施されている。


 二号機アーメイドプラスのコクピット。ヒトは強制的に神経接続を切断されていた。そして首筋に長い針を差し込まれたような鋭い痛みに襲われる。


「う……な、何が……?」


 アーメイド管制システムも演算思考体ATiを実装している。たとえ上位支配ATiとの接続が途切れても制御不能に陥らない設計となっている、はずである。

 モニタ類は死んでいない。だが、管制システムは何も入力を受け付けず、通信も途絶した。メインモニタにはヘパイストスと各アーメイドが高度を落とす様子が映し出されている。

 一課第五は二号機含め全機が無事海面に着水したが、一課第四はカイの一号機が落ちる途中でプラズマモドキの直撃を受け、黒煙を吹きつつ錐揉み回転しながら堕ちた。


「くっ、くそっ!」


 ヒトはマニュアルモード用の操縦桿を必死に試し、焦燥感を募らせる。

 メタスクイドはあくまでも保守防衛装置のため、攻撃意志がない敵は襲わない。だが、このまま彼らを放置すればいずれ本土に上陸して甚大な被害は避けられない。通信機能が麻痺しているので他の課の状況も不明である。


 ふと、ヒトはこの状況で大騒ぎするはずの人物が静かなことに気がついた。



「ヒト・クロガネ」



 イオはゆっくりと立ち上がり、宙を見つめながらヒトの名を呟く。

 ヒトはゆっくりと後席を振り返り、視界同期ゴーグルを上げて肉眼でイオを直視する。


「ナーヴス第9期、登録コードEJ2117121288、超研対一課第五所属」

「なに、何を言ってる?」


 イオはイオが知るはずがないヒトの登録コードを口にする。


「我にヘパイストスATi、イプシロン・フェーズv9のアクセス権を渡せ」


 ヒトは驚く。混乱して思うように発する言葉を選べない。


「説明はいずれ行う。我にアクセス権を渡せ」


 イオも視界同期ゴーグルを上げて目を見開いているが瞳孔も完全に開いている。イオの唇が腹話術の人形のように言葉に合わせて動いているだけである。

 アクセス権を渡そうにもアーメイド管制システムは入力を受け付けないままだ。


「どう……どうやって?」


 ヒトが絞り出すように疑問を口にすると、イオは自らのヘッドセットの左側を指差した。分析官用には無いガンナープラグが差し込まれている場所だ。


 ヒトはヘッドセットに繋がれたガンナープラグを外してイオに手渡す。

 するとイオは胸の知覚プラグを外し、ガンナースーツ胸元のジッパーを開く。バックウェアを捲って露出したNDポートにそれを近づけた。

 現れたのはNDポートから触手のように伸びる銀色の糸。ナノマシンの集積が紡ぎ上げた無数の接続触手である。既製のニューメディカにはない機能だ。

 ふるふると震えながらガンナープラグに絡みつき、プラグ先端の接触面に触れる。その瞬間、へピイATiの再起動を告げるサインがメインモニタに映し出された。


『我の攻性ウィルスプログラムによりへピイATiは〔一番目のイレヴン〕の支配から独立性を回復した。今は時期ではない。ヘパイストスは速やかにこの場を撤退せよ』


 今度は合成音声でイオの中の『それ』の言葉が響き渡る。それはへピイATi制御下の全ヘパイストスクルーへと伝わった。

 アーメイド管制システムは入力可能となり、イオは目を見開いたまま着座する。

 ヒトはイオの中のそれが何をどうしたのか皆目見当が付かない。だが、今は疑問に考えあぐねている場合ではない。


「セリ、リコ、ヘパイストス、大丈夫か?」


 ヒトはイ重力制御エンジンの再始動をかける。続いて回復した通信回線を開いた。


『こっちはなんとか。すっごく痛かったけど!』

『わたし、大丈夫だよ、ヒト』

『一体何が起こっているのか分からないがヘパイストスも回復した!』


 セリ、リコ、そしてヒライの通信が返ってきた。三つのアイコンが仲良くメインモニタ下端にポップアップする。


「やむを得ない、撤退しよう」


 ヒトは決断した。神経メンテナンスを経ずに二度目の神経接続は危険だからである。自らはともかくセリやリコにリスクを強いられない上に、神経接続なくしてアンチグラヴィテッド狙撃はおろかメタスクイド撃破もままならない。ましてやイオもまだ意識が戻っていないのだ。


『なんでよっ、まだできるってば!』

『ヒト君の言う通りだよ、セリちゃん。ここは一旦退くのが懸命だ』

『その通りネ! 撤退するまでヘパイストスも援護するナリ!』


 セリは決断に不満を口にする。なだめるエリック、そしてエド。

 この異常事態である。超研対全体の状況確認を行わないまま停止を続けてメタストラクチャーをやり過ごす訳にはいかない。

 一課第五のアーメイド三機はイ重力制御エンジンの丸い重低音と共に海面を離れ、再び機体を空へと舞い上がらせた。一号機と三号機の残りの思考装甲もそれに追随する。


・・・


 ヘパイストスはメタストラクチャー勢力圏内に僅かに侵入し、毎分7000発、有効射程2000mとアーメイドのそれより高速大出力の磁殻投射プラズマカノンで牽制砲撃を開始。メタスクイドが相手なら一定以上の砲撃量で時間稼ぎが可能だ。

 対する彼らも浸入したヘパイストスに即座に反応、その骨格の隙間から新たに這い出る保守防衛装置の姿が見える。へピイATiは残存メタスクイドを三体から五体に修正した。またしても予測が外れたのだ。


 メタスクイドが放つプラズマモドキの射線がヘパイストスの右舷脇を掠める。艦内に爆発音が鳴り響き、鋭い振動がブリッジにまで届く。

 ヘパイストスはアーメイドより分厚いジュラミック積層装甲を持つが、プラズマモドキ、磁殻投射プラズマガンは想定しておらず、被弾耐性は五十歩百歩である。

 一課第五アーメイドは応戦しながら後退する。だが、神経接続が行われていないため従来の機動速度が出せず、また簡単には異重力収束点に当てられない。


 ヒトは下方を見渡す。メタストラクチャー勢力圏外海上に休止したペルセウスウィル、近くに一課第四アーメイド二号機が浮かんでいるのが見える。同三号機は既に離脱しているので探す必要はない。そしてメタストラクチャーAが侵攻するコース上の海面に漂っている一課第四の一号機、墜落したカイの機体を発見した。


「セリとリコは、先に戻って」


 ヒトは通信で短く告げると二号機アーメイドプラスを旋回させ、カイの機体へと向ける。彼らに踏み潰されれば、カイはエル分析官もろとも摂取されてしまう。

 ヒトはアーメイド管制システムをマニュアルモードに切り替え、加速スラスターにフルブーストの鞭を打つ。何体かのメタスクイドを掻い潜り、海面すれすれに二号機を飛ばす。

 今のヒトは神経接続と知覚共有の恩恵を受けていない。応戦してもプラズマ射線は虚しく曲げられ、追手の攻撃を躱すのが精一杯である。加えてアーメイドプラスは思考装甲を持たないため、直撃すれば大破は免れない。


 ON/OFFの断続を繰り返す加速スラスターの爆音、イ重力制御の重低音。追撃を躱し、先を急ぐヒトの二号機アーメイドプラス。

 幾重にも組み重なる複雑な骨格、その運動が生み出す奇怪な稼動音。漆黒の巨体をじわじわと前に押し出すメタストラクチャー。

 それ目前に浮かぶカイの機体は再び飛び立つことも許されない


 カイの機体がメタストラクチャーAの目前100mを切った直後、二号機アーメイドプラスは一気に減速、機体両翼下の電磁アンカーをカイの機体目がけて放つ。

 黒い軌跡のワイヤーを引いて伸びる電磁アンカー。鈍い金属の打突音を発してカイの機体に命中、二号機と接続した。ヒトは二号機を旋回させ、カイの機体を全力で牽引する。

 加速スラスターと共にイ重力制御エンジンの推進重力も加速方向に振り向けた。張り詰めるワイヤー、二重に響き渡る大爆音と重低音。

 そして二号機アーメイドプラスはカイの機体をメタストラクチャーAの侵攻コースからぎりぎりで外した直後、電磁アンカーを切断する。

 ヒトは機体の勢いそのまま、メタストラクチャー勢力圏外へと舵を切った。


・・・


 一課第四アーメイド一号機、カイの機体のコクピット。

 カイとエルは機体の真横を通り過ぎるメタストラクチャーを息を殺して見届ける。そして別ウィンドウには、飛び去る二号機アーメイドプラスの後ろ姿があった。


「もう大丈夫だエル。じっとしていれば『スルメども』は襲ってこない」


 エルは後席を離れ、前席のカイに身を寄せている。


「ヒト君、助けてくれたんだね……」

「動けてはいるけど本調子じゃない。よくやる」


 カイの肩に回されたエルの両腕は徐々に力が抜けていった。

 現在のカイの機体は損傷が激しく、海面を漂うことしかできない。

 コクピット内は右に左にゆっくりと揺れている。


「エル……あのさ」


 カイの口ぶりには僅かな葛藤が浮かぶ。


「なに? カイ」

「それはそれ、これはこれって言ったら……また殴る?」

「もちろん!」


 エルは自らのヘッドセットをカイのそれに「ごつんっ」とぶつけた。


・・・


 二号機アーメイドプラスは逃げ切りに成功。ヘパイストスは所属機を回収した後に勢力圏を出た。結局メタスクイドはリコ・ニュクス組の三号機が辛うじて一体を撃破に留まる。

 ヒトはアーメイド管制システムをマニュアルモードから復帰させて再び後席のイオに振り返る。


「キミは、誰だ?」


『我は演算思考体イプシロン・フェーズv11。君達が八年前から探している〔三番目のイレヴン〕セカンダリコアだ。〔一番目のイレヴン〕の行動阻止を目的とし、我が半身と共に行動を開始する』


 イオの中の『それ』、その合成音声はへピイATiを介して全クルーに伝わっている。だが、合成音声の発信元を正しく把握しているのは、今イオの目の前に居るヒトだけである。

 演算思考体フェーズv11、〔三番目のイレヴン〕セカンダリコアは再び沈黙する。


 そして、イオは意識を取り戻した。

 イオは右を見て、上を見て、そして左へと視線を動かし、前を見るとヒトと視線が合う。俯いて視線を落とすと、手に持ったガンナープラグにNDポートから生え出る銀糸、そしてバックウェアごと大きく広げられた胸元。

 またしても下着丸出しである。


「はあっ? えっ、ちょっ、なんなのこれ? なーんで私、胸おっ広げてるの!」


 驚かない方が無理がある。

 イオは状況が全く掴めず、みるみる頭に血が昇り怒りの声を上げる。


「ちょっとヒト! まじまじ見てるんじゃないよっ、あなたまた何か私にしたの? ねえ! これどういうことか説明して!」


 イオはようやく大騒ぎを始めた。


・・・


 イ重力研究科学局、地上50階。アダム・ブレインズのオフィスにハスラーCEOの秘書、トオイ・イブキが黒いブリーフケースを携えて訪れている


「ブレインズさん。この度は『こんな時に』お時間を頂き、ありがとうございます」


 トオイは先日、ブレインズに紹介された時と同じ表情で挨拶の言葉を口にする。前と違うのはスーツが黒一色から胸元が開いた明るいベージュに変わり、印象が随分柔らかくなっている。

 対するブレインズはいつもと変わらない濃茶のスーツだ。

『こんな時』とは、現在、世界規模でフェーズv9以上の演算思考体が全て停止し、各地に混乱を巻き起こしているからである。


「ここまで来るのに苦労なさったでしょう、交通機関は大幅遅延、道路はどこも渋滞。ここからでも良く見えますよ」


 ブレインズはそう口にしながらトオイをソファに誘導する。だが、窓のブラインドは朝から固く閉じられている。地上50階、階下の喧騒は届かない。


「渋滞が酷くて電車を選んでみたのですが、くしゃくしゃにされちゃいました」


 トオイはゆっくりソファに腰を降ろし、にっこりと微笑む。確かにまとめられた髪が僅かに乱れている。座った拍子にスカートの裾がずり上がり、艶かしく脚の露出が増えるがブレインズの視線はトオイの顔に向けられたままだ。


「ああ、それはそれは。この辺りは平時も朝は大変ですから……」


 ブレインズがそう言いかけた時、オフィスのドアがノックされる。事務職員がお茶を運んできたのだ。だが、ブレインズはそれを無視する。


「それでは、例の受領書類一式を……」

「CEOのノスタルジーに付き合うのも大変ですね」

「これでも私、楽しんでるんですよ、あの方の趣味には」


 トオイはそう口にして、ブリーフケースに手を伸ばす。

 ドアのノックは収まらず、ブレインズはまだ無視を続けている。


「それにしても、よく私共の製品をクラックできましたね」


 ブレインズは目を細めて呟く。


「そうですね。御社の製品でないと……ここまで持ち込めないからな」


 トオイの表情は消え、中身が入れ替わった。

 それはトオイの頭上50cmほど上の空間から放たれた。

 消音が効いた小さな擦過音。


 ブレインズは眉間を撃ち抜かれてソファの背に倒れ込んだ。ドアを叩く音は強くなり、ブレインズの名を呼ぶ声が次第に激しくなる。

 イ重研製の対人攻撃ドローンである。もちろん枷は外されている。姿は見えないが、それが存在している空間が僅かに歪んでいた。


 数秒後、大きな爆発音、硬い壁とガラスの砕ける音が入り混じる。

 トオイはブリーフケースを広げて破片から身を守っている。ブレインズが座っていた真横の窓が床ごと吹き飛び、大穴が空いている。外部から爆破されたのだ。

 視線を下に向けると左の腿に拳ほどのガラス片が突き刺さっている。ガラス片を無造作に引き抜くと傷口はたっぷりと血を吐き出す。


 トオイはお構いなしに立ち上がり、開いた大穴から外へ走って飛んだ。


 まとめ髪は落下の強風でほどけ、直後に上空から垂直降下するそれが彼女を受け止める。ワインレッドで塗られたアーメイドだ。イ重力制御の稼動音がイ重力研究科学局ビルを震わせる。

 トオイはアーメイドの両翼下から伸びるマニピュレータに掴まっている。その左腿は傷口から生え出した金色の触手が修復を始めていた。


・・・


 今まさに、静岡県富士市に上陸せんとする二体のメタストラクチャー。

 ヘパイストスはアーメイドの整備とナーヴス達の神経メンテナンスを急がせるが間に合いそうになく、また超研対は他のどの艦も基幹システムが停止し出動ままならない状況である。

 そこへ、突如ワインレッド、深紅の新型揚陸艦が現れ、富士市上空10000mの雲間から急速降下する姿を偵察ドローンが捉えた。


「あれは、シュペール・ラグナ、ではないか?」


 アンダーソンは目を大きく見開いて呟いた。

 その姿はヘパイストスよりも大柄で、イ重力制御エンジンは八基、磁殻投射プラズマカノンの砲身も十六門突き出している。陰気なボディカラーも相まってメタストラクチャーとは趣きが異なる異形の怪物に見えなくもない。

 その怪物の上部ゲートから、同じくワインレッドに塗装された二機のアーメイド、いやアーメイドプラスが発進し、甲高い加速スラスターの爆音を響かせて加速する。緩い放物線を描きながらメタストラクチャー勢力圏に突入した。


「イナロク? アーメイドプラスにしちゃなんか変だ……」

「あーっ、アレ、メインカメラとコクピットが無いネ!」


 ヒライが首を傾げると、エドが思わず声を上げた。

 アーメイドプラスのコクピットがメインカメラごとごっそり省かれている。電磁レールガンも無く、両肩にロケットポッドを装備している。自律起動による無人アーメイドである。


「ん? 無人兵器? 誰かが遠隔操作でもしてんの?」

「そうだネ、一次使用者が居れば合法、なんだけどネ」

「なんでお前知らないの? マニアの癖に」

「ミーはあんなの聞いてナイヨ」


 ヒライとエドは顔を見合わせた。


 対するメタスクイドは自らの勢力圏に浸入した新たな脅威に反応する。

 深紅の自律アーメイドは二手に分かれると、メタスクイドに目がけてプラズマガンではなく、両肩のロケットポッドから『誘導弾のようなもの』を放った。

 真っ白な尾を引く誘導弾のようなものはIVシールド影響範囲の手前で「ふわっ」と消失。直後に至近距離で爆発する。胴体の大半を失ったメタスクイドは残りもガラスのように砕け散った。時限信管式の炸裂弾である。

 ブリッジクルーは偵察ドローンの映像をスロー再生してその正体を知る。


「ありゃ跳躍弾頭そのものじゃんよ! 完成してたのか?」


 ヒライは驚愕と感嘆混じりの声を上げる。

『誘導弾のようなもの』が全てのメタスクイドを撃破し終わると、今度はシュペール・ラグナ後部から二発の『可変限定核のようなもの』が怒号と共に撃ち放たれた。

 先の炸裂弾と同様にIVシールド影響範囲の目前で消え、直後に時限爆破の大轟音を上げる。二体のメタストラクチャーは富士市上陸を目前にして二つの巨大な火柱を生み、構造崩壊を開始した。

 IVシールドを超空間接続によって飛び越える、対メタストラクチャー直接打撃兵器。通称『跳躍弾頭』である。


「あんなの聞いてナイヨ……」


 再び茫然とするヘパイストスクルーを尻目に、シュペール・ラグナは深紅の僚機を回収、急速に高度を上げてジャミング、欺瞞波電子妨害を開始する。

 ヘパイストスの哨戒システムは深紅の怪物を見失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます