side B アンチグラヴィテッド狙撃成功
結果から言うと、イオの心配は杞憂に終わった。
ライトオレンジ/ブラックで塗られた一課第四ペルセウスウィル所属の航空砲撃機は、アンチグラヴィテッド狙撃に拘る必要がない。
八面六臂の活躍でメタスクイドを次々と撃破し、思考装甲の損耗も僅かだ。
特に一課第四の一号機は機体両翼のロボットアームに備わる大剣、バイブレードを好んで使い、格闘モードのまま縦横無尽に空中戦をこなしている。
後方から接近する銛状触手をバレルロールで躱し、垂直上昇から一瞬機体を静止。
そのまま真横に反転、メタスクイドの背後を奪ってバイブレード一瞬の斬撃。
異重力収束点に突き刺した刃を後尾まで切り裂き、プラズマガンでとどめを刺す。
一連の攻撃後、バイブレードを何度も格納位置までスイングさせ、弄ぶ余裕すらある。
まるで狩りを楽しんでいるかのようだ。
一課第四の戦果に比べてリコ・ニュクス組が目立たないが、狙撃軌道を探る二号機ヒト・イオ組の後方で援護を優先しているためである。
「近くで見ると『動くジャングルジム』だな……」
イオの拙い喩えの通り、メタストラクチャーは巨大且つ不気味だ。
時空歪曲防壁IVシールドの『像の揺らぎ』の影響ではっきりと焦点が合わないが、人骨のような黒いフレームが無数に組み重なり、ザワザワと機械的な動きを繰り返している。
メタストラクチャーの呼称に用いられる全長は、基本的に目視による推定サイズである。正確なサイズはIVシールドに阻まれて測ることができない。
機械的な観測手段では、目視サイズより三~四倍も大きく観測されてしまう。つまり、カメラで言うピンボケ状態のため、誘導兵器の有用性を下げる理由の一つにもなっている。
今回もヒトは黙々と狙撃軌道を確立する。
視界に介入する六つの航空計器と重力加速度計に集中して一切の加減速を停止、機体を周回ラインに固定する。イ重力制御エンジンの稼動音のみがコクピットに残った。
すると、突如前方に一体のメタスクイドが二号機の進路に出現した。
だが、放射状に放たれた彼らの攻撃が二号機に触れることはなく、ヒトはプラズマガンの一撃で烏賊擬きを退けた。思考装甲はまだ一枚も失っていない。
砕け散るメタスクイドの撃破を確認し、次の言葉を告げる。
「アンチグラヴィテッド、狙撃シーケンスに入る」
「了解」
今度は素直に返事をする。
――― 余計なことは考えるな、とにかく集中しろ。
自らを言い聞かせ、異重力マップボードに浮かび上がる位相ホログラムに向かう。
アンバー照明の中で一際目立つグリーンの基本ホログラム。
異重力知覚で感じ取った変動パターンを両手のグローブトラッカーで反映する。
「アンチグラヴィテッド調律完了、どうぞっ!」
前回同様、返事と同時にヒトはアンチグラヴィテッドを装填した。
重い金属の塊が擦れ合う軋み音、微振動を合図にマグネトロンキャパシタが始動。
続いて電磁レールガンのセーフティ解除を承認キーを押す。
ジリジリとレールガンの砲身が帯電する音。
ターゲットポインタをイオから借りた知覚を以って『盾に空いた穴』に固定する。
呼吸を止め、そしてトリガーを引く。
低く鈍い金属音、異重力収束点に着弾。
一瞬、メタストラクチャー全体が波紋のように波打ち、着弾点から徐々に『像の揺らぎ』が失われていく。そして悲鳴のような重低音と共にその姿をさらけ出した。
IVシールドが消失した瞬間である。
すぐさまヘパイストスは艦後部のミサイルスロットより一発の限定可変核を発射。
怒号を上げ、緩やかな放物線を描く白い巨弾が漆黒の脅威に命中する。
可変核の辺り一面を照らす大火球の閃光。
続く大爆音、構造崩壊に伴う耳障りな高周波を撒き散らす。
メタストラクチャーを撃破した。
異重力位相変換弾頭ことアンチグラヴィテッド狙撃によりIVシールドを解除した後、ミューオン触媒核融合型純粋核である対メタストラクチャー限定出力可変核弾頭、通称『限定可変核』を用いて熱破壊する。
超常知性構造体研究対策局、メタストラクチャー撃破プロセスである。
一課第四のアーメイドが最後のメタスクイドを撃破した。同時に今回襲来したメタストラクチャーから暴走メタスクイドの発生リスクも消滅する。
一課第四アーメイド二機は順番にぐるっと左ロール回転を行い、ペルセウスウィルの方向に機首を向けた。彼ら流の作戦終了のセレモニーである。
ヒトも彼らの真似をして右ロール、二号機を横転させる。続くリコ・ニュクス組の三号機。
一課第四の彼らは、背面モニタで一課第五の私達を見ている。
ヒトも一課第四の兄弟達を見送っている―― と、その時のイオは、そう思った。
かくして一課第五のアーメイドは無事任務を終え、帰艦進路を取る。
「うわーっ、やったっ! 私、やったっ! やーりましたよほーっ!」
イオは調律を成功させて大喜び。
シートベルトがなければ、三センチほど宙に浮いていたに違いない。
続いて黄緑のアイコン、リコとニュクスの祝いの言葉。
『良かったね、イオ!』
『イオ、超研対一課第五にようこそ!』
「あ、あ、ありがとぉーっ!」
――― 何も奴らをやっつけようと気負う必要はない、OL時代の事務処理のように、ただ淡々とこなせばいいのだっ!
と、思いながら前席の相棒に視線を向ける。
ヒトは相変わらずヒトのままだ。
――― ま、そうだよねえ…… ほんと可愛くない。
***
東アジア相互防衛条約機構(East Asian Mutual Defense Treaty Organization)とは、メタストラクチャーの脅威から人類生存圏防衛を目的に設立された組織である。
日本を含む東アジア諸国からの委任を受け、民間企業であるATi開発企業体エプシロン・テクノロジーが主導し、限定特殊自衛隊とイカロス・インダストリーの協力によって成り立っている。
その内訳は以下の二局によって構成されている。
実行組織である超常知性構造体研究対策局、通称『超研対』
開発組織であるイ重力研究科学局、通称『イ重研』
同様の組織は北米、南太平洋、ヨーロッパ、インド洋に同じくエプシロン・テクノロジーと該当諸国軍事組織と共同で設立、イ重研から技術供与する形で運営されている。
因みにイ重研はイカロス・インダストリー傘下だったイカロス粒子重力干渉技術研究所をそのまま接収した組織であるため、名にその痕跡を残す。
メタストラクチャー対策の核心技術であるアンチグラヴィテッド狙撃。
エプシロン・テクノロジーの『演算思考体』。
エプシロン・テクノロジー傘下ニュークシーの『NERVES』。
イカロス・インダストリーの『航空砲撃機動兵器アーメイド』。
これらにイ重研の『異重力位相変換弾頭アンチグラヴィテッド』に加え、技術先行した結果が現在の組織編成を生んだ経緯でもある。
***
イ重力研究科学局、開発統括責任者アダム・ブレインズのオフィス。
ブラインドを開けているが曇天の所為で外光は乏しく、まだ昼間にも関わらず煌々と灯りを点けている。あまり居心地がいい調光とは言えない。
地上五十階の窓の外には、建造中の新型揚陸艦シュペール・ラグナが見える。
ヘパイストスよりも倍近く大きい巨体、胴体横のイ重力制御エンジンは八基、露出するプラズマカノンの砲身も全十六門とこちらも倍である。
全体をワインレッドに塗られたその巨体はどこか禍々しく、曇天の鈍い光が明暗の境界をぼかし、精彩を一層削ぎ落としている。
演算思考体の世界トップシェアを誇る巨大企業体、エプシロン・テクノロジーの最高経営責任者、ロベルト・ハスラーの内々の要請にイカロス・インダストリーが応じたものだ。
窓際に立ち、濃茶のスーツにグレーのネクタイをしたブレインズは、やや長く緩い髪とフレームレスの眼鏡で年齢の割に若く見える。肩書きが示す研究者には見えない。
程なくして、ブレインズ個人のカード端末に着信。ロベルト・ハスラーCEOの秘書、トオイ・イブキからの個人通話である。
通話相手は朗らかにお決まりの挨拶を終えると、早速要件を切り出した。
『それでは、CEOとお繋ぎしますね。少々お待ちくださいませ』
待ち受けに流れるのはサティのジムノペディ。もの憂げな天気にはどこか似つかわしい。
しばらくサティが流れた後、ハスラーに代わる。
『いつもすまないね、記録に残せない話だからな。で、話は例の件かな?』
明らかに老人の声だが滑舌も良く、決して弱々しくはない。
その言葉から、同じやり取りを何度も繰り返していることが分かる。
「はい、例の『跳躍弾頭』の件ですが、やはりフェーズv9の処理能力では、計画目標値に達しないと結論に至りまして。フェーズv10以上でなければ、達成は難しいかと」
『無い袖は振れぬのだから仕方なかろう、二十年前に人類自らが課した禁忌だ。実際、演算思考体の運用はATiワールドオーダーに於いて事細かく決められている。機構本部のフェーズv10は、如何に人類防衛の大義名文があろうと動かす訳にはいかん』
通話口の老人は、台本を読み上げるかのような口ぶりである。
「それはまるで、お試しになられたかのように聞こえますが……」
ブレインズは目を細めて訝しげに窺う。
だが、通話口の相手はくぐもった声を上げ、不敵に笑った。
『ははっ、君も食えん男よな、無いものは無い。確かに我々エプシロン・テクノロジーは東アジア相互防衛条約機構の中枢を担っているが、本体はあくまでも外の組織であり、一民間企業に過ぎん。それ以上のことは言えんしできんよ』
「……かしこまりました。ではもう少しお時間を頂きたく。あと、追加の予算と」
予め用意した結論のように言う。
『いつまでも君のところのアンチグラヴィテッド一本、と言う訳にはいかんからな』
「それから、シュペール・ラグナの件。本当に例の仕様でよろしいのでしょうか?」
『ああ、構わんよ。『あれ』はこちらで用意する』
「では、来月の会議にでも進捗報告書と、暫定の、稟議書をお持ちします」
老人は大袈裟に戯け、締めの言葉を口にする。
『ほう、暫定か。君がそう言う時は本当に怖い。ではまたよろしく頼むよ……トオイ君ありが(プツッ』
最後にハスラーが個人端末を秘書に返す声が入る。
ブレインズは通話終了を確認し、カード端末を胸ポケットに収める。
良好な関係を示唆する通話だった割にその表情は硬い。
そして独り言を呟いた。
「ふん、時間稼ぎはあちらも同じか」
***
超研対一課第五、アーメイド専用揚陸艦ヘパイストスのブリッジは、天井の半分と背面除く壁の三面、その全てを巨大なモニタが覆っている。
艦の進行方向、前方に向けてディスプレイと一体になったデスクが前に三台、後ろ一段高く嵩上げされたフロアには二台が並ぶ。
広さはおよそ十五平方メートルほど。デスクの数からすれば余裕がある空間である。基本的に艦の制御は全て演算思考体が執り行う為、余計なものは極力省かれている。
入って右奥のデスク、ヒライ機関統制官がイオの調律データ作成履歴を検証し、エリックがそれを覗き込んでいた。
「あのお嬢さん、イカロス係数だけ二回トチってる。異重力マップは完璧だね」
ヒライは素で感心している様子である。
アーメイド関係は異重力分析官のエリックはともかく、本来はエド兵装統制官の管轄範囲だが、ヒライは個人的興味で首を突っ込んでいる。
統制官同士でもシミュレーションを共有するため、管轄範囲外のデータ閲覧も許可されている。
「うーん、そそっかしいのは変わってないなあ、イオちゃん」
エリックはそれを聞き、天井を仰ぎながら顔を覆う。
「それにしてもヒト君はやっぱり凄い。一課全体のエースと言っちゃってもいいくらい」
「彼が凄いとは思ってたけど、そんなに?」
「多分ね、成績上は彼に対抗できるガンナーは居ないと思うよ」
ヒライは引き出しからウエスを取り出し、ディスプレイ上端の小さな穴を拭き始める。
フェイスカムを兼ねた網膜スキャナである。
「あ、ごめん。最近調子悪いのよ、これ」
そう呟いて網膜IDをスキャン。パスワードを入力後、ヘパイストス基幹システムに接続。
開いたのは一課全体を半期でまとめた交戦記録、そのガンナー版である。
アーメイドガンナー、即ちNERVESの管理情報はニュークシーの管轄である。基本的には公開を許可された資料ではない。
「これ、お偉いさんの会議用」
「へえ、いいんですか? こんなの見せちゃって」
エリックは感心した様子でスクロールするデータを覗き込む。
「いーの、いーの。資料作ってるの俺だから」
「えっ、へピイATiは作ってくれないんですか?」
「あいつら無駄に頭がいいから、人間様に優しいUIを理解してくれないのよ、特におじさま方にはね。そのためだけの論理アルゴリズムなんて組んでられないしさ」
ヒライはさり気におじさま方をサゲる。
スクロールしたデータの中にヒトの項目を見つけ、そこで止めた。
「もうね、ヒトだけ思考装甲を外したいくらい。質量が減って電費も良くなるし、被射線予測の演算リソースを射撃システムに回せる」
「あ、ダメですよそれ、思考装甲は大事な保険なんだから」
エリックは慌てて釘を刺した。
「絶対にそんなこと提案しないでくださいね、彼は呑むに決まってる」
「へいへい。ま、彼は危なっかしいからね……」
不満気なヒライ、含みある物言いである。
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