第二話 生地が余って困惑する。Bパート

 ヘパイストスブリッジは天井の半分と背面除く壁の三面に配された窓、その全てがモニタである。前方に向けて端末と一体になったデスクが前に三台、後ろ一段高く嵩上げされたフロアに二台並んでいる。デスクの数にしては余裕がある空間である。

 ブリッジに入って右奥のヒライ機関統制官がイオの調律データ作成履歴を検証し、エリックがそれを覗き込んでいた。


「あのお嬢さん、異重力深度だけ二回トチってる。異重力マップは完璧だけどね」


 ヒライは素で感心している様子である。

 アーメイド関係は分析官のエリックはともかく、本来はエド兵装統制官の管轄範囲だがヒライは個人的興味で首を突っ込んでいる。統制官同士でシミュレーションを共有する必要があるため、管轄範囲外のデータ閲覧権限も持っている。


「うーん、そそっかしいのは変わってないなあ、イオちゃん」

「それにしてもヒトはやっぱり凄い。一課のエースと言っちゃってもいいくらい」

「彼が凄いとは思ってたけど、そんなに?」

「多分ね、成績上はもう彼に対抗できるガンナーはいないと思うよ」


 ヒライはディスプレイ上端のフェイスカムから網膜IDをスキャン、パスワードを入力して基幹システムに接続する。開いたのは半期でまとめた一課全体の実戦記録である。


「これ、お偉いさんの会議用」

「へえ、こんなの見せちゃっていいんですか?」

「いーの、いーの。資料作ってるの俺だから」

「えっ、へピイATiは作ってくれないんですか?」

「彼らは無駄に頭いいから人間様に優しいUIを理解してくれないのよ、特におじさま方には」


 ヒライはさり気におじさま方を下げる。苦笑いのエリック。


「もうね、ヒトだけ思考装甲を外したいくらい。質量が減って電費も良くなるし、被射線予測の演算リソースを射撃システムに回せる」

「あ、ダメですよそれ、思考装甲は大事な保険なんだから」


 エリックは慌ててヒライに釘を刺した。


「絶対に本人に提案しないでくださいね、彼は呑むに決まってる」

「へいへい。ま、彼は危なっかしいからね……」


・・・


 二号機ヒト・イオ組、三号機リコ・ニュクス組の順でヘパイストスに帰還する。

 ヘパイストスでは全長の前1/3を占める格納庫より後方がブリッジほか居住区となっている。艦上部の突起部分、1F展望室を基準に下方向へ2F、3Fと続き、全部で5Fある。

 因みにブリッジは2Fで便宜上『艦橋』と呼ばれているが、実際は五階建てのワンフロアに過ぎない。艦の管制系統が集中した言わばオフィスである。


 格納庫からブリッジに、ヒト、イオ、ニュクス、リコの順で向かう。

 真っ先にブリッジに向かうのは、作戦の経過確認と終了の承認を行うためである。ガンナーはそれが終わればメディカルルームで行う神経メンテナンスが待っている。

 通路の先に待ち構えていたのは、細く長い腕を大きく前に差し出したセリだ。


「みんな、おっかえりなさーいっ」


 セリは先ず先頭のヒトに駆け寄ると、ヒトは見事なフットワークでそれを躱した。

 差し出したセリの両腕は虚しく弧を描く。


「ちょっとヒトっ、いい加減逃げないでよ!」


 イオは先日、ヒトに軽くスウェーで平手打ちを躱されたことを思い出す。


 ――― あ、彼はこういうの躱し慣れているんだ……


 セリはイオを飛ばしてニュクスとハイタッチ。そしてリコを背後から抱きつき、首に左手を回して右手で髪を弄ぶ。リコは嫌がっている様子はない。

 イオは調律を成功させて緊張も解け、ようやくそれを伝える気構えができた。意を決して先を行くヒトに声をかける。


「あの、杖。見つけてくれたの、ヒト君、だよね?」

「もう、失くさないことだ」

「え、ああ、うん……」


 ヒトはにべもない。相変わらず朴念仁っぷりである。

 イオは立ち止まってしまう。

 空気を読んだのか、ニュクスはイオの肩を叩いて声をかけた。


「やればできるじゃーんっ」

「あら、できて当たり前よ、ヒトが優秀なだけ」


 後ろのセリ、リコの髪を弄びながら上から目線で言い放つ。

 少し鼻にかかったハスキーな声。口調に抑揚がないので本当に嫌味なのか、ただ思ったことを口にしただけなのか、イオにはそれが分からない。


 ――― きーっ、美人は何を言ってもサマになるのが腹たつ!


 苦笑いのニュクス、セリに「先にブリッジ、上がっといて」と一声かける。

 ヒト、不満気なセリ、リコが立ち去るのを待って、ニュクスは3F女子ロッカールーム横の自販機でペットボトルのドリンクを二本買う。


「ここへ来た時は明るくていい子だったのよ」


 ニュクスは自販機の隣にあるベンチに腰を下ろして、ドリンクを開ける。目の前をアーメイドの整備に向かうクルーと冷蔵庫のようなロボットが通り過ぎる。女子ロッカールーム横のベンチは広大な格納庫を一望できるベストな休憩場所である。


「と、その前に、『NERVS〈ナーヴス〉』、どんな子達か聞いてるよね?」

「えーと、アーメイドガンナーとして、卓越した狙撃技能を持って生み出された調整クローンであり、圧縮学習による高い知能と、優れた任務遂行能力を備えた……」


 イオは研修に使った教科書の概要をそのままを口にする。三回も試験を受けたので流石によく覚えている。もちろん自慢できることではない。


「そういうことじゃなくって、人間性のこと」

「人間性って、性格?」

「うんそう、性格。人格形成とか」

「極めて合理的思考であり、知的で落ち着きがあって従順……」

「そうなの。最初は皆そう。でもね、みんな賢くて素直なんだけど、それぞれ個性があるのよ」


 ――― いやいや、有り過ぎでしょ。


「でね、普通の人と過ごす時間が長くなると変わるのよ。元が真っ白だから影響され易いの。セリなんか最初は髪も短くて男の子みたいだったんだから」


 ――― へえー、それはちょっと意外。


「それとね、これはあまり研修では教えてないことなんだけど、あの子達って仲間意識がすっごく強いのよ、ホント血を分けた兄弟みたい」

「ああ成る程、それでセリはあんな風に……」

「多分これは他所でも一緒だと思う。で、ヒトのことなんだけど」

「昔はあんなに無愛想で、無神経で、根暗なヤツじゃなかったと」


 イオ、意外と根に持つ。


「あんまり悪く言わないで。あの子があんな感じなのは理由があるのよ」


 ニュクスはその容姿からは想像もできないほど落ち着いた口調である。


「ヒトはね、まだガンナーに着任して一年目の頃かな。仲間を自分のミスで失くしちゃったのよ。どうやら今でも自分を責め続けてるみたいなのね」


 ニュクスはそう呟くと何かを思い出したかのように遠い目をする。

 イオはニュクスのそれがあまり良いことではなさそうだと思った。


 ――― 本質的に嫌な奴ではないのは分かる。杖も探してくれたし、難しい歳頃だ。


 イオは二人の弟の顔を思い出す。ヒトと弟達は一歳違いである。


「以来すっかり変わっちゃって、分析官とも上手くやれなくなって、アンタで四人目」

「はあ、何となく分かりました……」

「アンタに上手くやってもらわないと困るのよね」


 ニュクスは一通り話したいことを口にしてドリンクを口にする。

 イオはドリンクを開けるタイミングが掴めず、黙って頷くだけである。

 重くなった空気を変えようとニュクスは違う話題を切り出した。


「でもあの子、取っつき難いけど結構モテるのよ」

「え、誰に?」

「リコの髪、実はあれヒトを真似してるの。セリがヘタクソだからアタシが切って上げてるんだけど、恥ずかしそうに真似してくれって言ってきた時は萌え死ぬかと思った」

「ほほぉ、それは相当な破壊力。いやはや実に興味深い……」


 その時、ブリッジからクライトン副艦長が荒々しい靴音を立てて現れた。


「さっさと上に顔を出せっ、二人共!」


・・・


 ヘパイストスブリッジにて残業中の三名。主にヘパイストスATi及び運行機関管理担当テルツグ・ヒライ機関統制官、同兵器及び兵装システム管理担当エド・ブルーワー兵装統制官、同レーダー等哨戒システム管理担当アレサ・ケイ哨戒管理官。

 現在のヘパイストスは巡回任務から外れており、デイタイム勤務である。主任作戦統制官のジェイムス・アンダーソン艦長、副作戦統制官のミハル・クライトン副艦長はオフに入っている。


「いつも思うんだけど、このATiワールドオーダーってホント効率悪いよねえ。要するにATiがやることは全部人間様がケツ持てってことでしょ?」

「ケツってあなた……それで生まれた雇用もあるんだし、我々だってシミュレーション手当、結構貰ってるんだから文句言うなよ」


 アレサは可憐な見かけとは裏腹に俗な言葉で不平を漏らす。

 ヒライが面倒くさそうにそれに返した。


「ま、演算思考体がやらかしたら誰の責任って、二十一世紀から続いてる議論だけどさ」

「貰ってるんだったらもっといい格好しなさいよ。何そのヘビメタTシャツ?」


 アレサは理不尽な物言いをつける。

 ヒライのワイシャツの下に「KING CRIMSON」の文字が透けて見える。


「ヘビメタじゃねーよっ、プログレ! クラシックロックは大英帝国の偉大な遺産だ!」

「ちっがーうヨッ、ロケンローッはアメリカ発祥ダヨッ、ジョニビグーッ!」


 エドは立ち上がり、ギターを掻き鳴らす振り真似をする。

 しれっと無視するヒライとアレサ。


「そう言えば、ジョニーBグッドって二十世紀の宇宙進出時代に異星人へのメッセージとして選ばれた、唯一のロックミュージックなんだよな」

「その異星人で思い出したけど、メタストラクチャーって実際どうやって地球くんだりまでやって来るの?」

「なに藪から棒に。んなもん超空間接続でどっかのクッソ僻地からに決まってるだろ」


 ヒライは憮然として答える。


「へえ、超空間接続ってワープみたいなもの? なんかSFって感じ」

「人類だって一応理屈の上では可能だよ。流行ってないけどね」

「えっ、人類にもできるの? じゃ、なんでやらないの?」


 アレサは意外とばかりに食いついた。

 ヒライは少し考えて口を開く。


「えーと、イカロス粒子のおかげで人類に重力制御が可能になったのは知ってるよね」

「発見者が匿名で、小洒落た名前を付けたんだよね、略して『イ重力』」

「俺は因果な名前だと思うけどねえ。で、何らかの干渉力によって、性質が変えられた重力の総称を『異重力』って呼ぶんだから紛らわしい……」

「異重力とイ重力、発音が一緒だもんね」

「あ、話が逸れた。で、正しくは『異重力制御』の延長技術が超空間接続なんだけど、凄く簡単に言うと、入口を開けるだけだったら出口が何処に繋がるか分からない」

「えっ、どゆこと?」


 アレサは大きく首を傾げ、それを横目にヒライは続ける。


「紙に点と点を描いて折って点同士を合わせるってやつ、あれ目を瞑ってやるようなもんだ」

「アニメとかワープの説明でよく出てくるやつ?」

「要するに出入口の座標演算が大変なのよ。例えば静止してるようで地球は時速1600kmくらいで自転してるし、太陽の周りを時速108000kmで公転してる。太陽系まで話を広げるとなんと時速86万4000km」


 ヒライは懇々と説明を続ける。

 アレサは「ふーん」と話半分に聞く。

 エドは飽きてリコとのツーショット画像を眺め始めた。


「別々に運動する入口と出口の座標、二つを割り出すのに膨大な演算が必要な訳。そもそも出入口の運動を正確に観測できなきゃ話にならないし、現状では何万kmの誤差とか馬鹿過ぎるよ」

「えー、ワタシ達、そんなに動いてるの? メタストラクチャーって凄いんだ」

「入口を開けるだけでも膨大な電力が要るし、結果が芳しくなけりゃ誰も出資してくれない。だから流行らない」


 アレサは指先でくるくると髪を弄び始める。


「そんな面倒な超空間接続なんだけどね、入口を基準にちょっとずらすだけだったらなんとかなるらしいのよ、演算思考体ならね。五、六年前から噂に上っては消える『跳躍弾頭』ってのがこの技術の応用なんだけど、いまだ完成してないっていう……」


 ヒライ、そろそろ目の前の仕事に戻りたい。少し喋り疲れたと様子だ。


「IVシールドを飛び越すんだから、収束点狙撃なんて要らないし、ナーヴスの子ども達も分析官も危険な仕事から解放されるんだけどさ」

「そしたらリコちゃんを独り占めできるナリ! ワッハハーイッ!」

「せんせー、ここにロリコンがいまーす!」

「やだキモーい!」

「ワ……」


・・・


 深夜、午前零時頃。イオはふと目を醒ますと、自室前の廊下で壁側に背を向けて丸まっていた。辺りを見回すが誰も居ない。


 ――― へ? なんで私、こんなところで寝ているの?


 イオは目を擦りながら訝しんだが、何かが分かる訳もない。

 硬い床に寝転がっていたので僅かに身体が痛む。


 ――― ちぇ、なに? もう。


 大きな欠伸をして、自室に戻って再び眠った。


 同時刻、エリックは自室で一人、デスク端末に向かって報告書を書いている。

 ふと横に向くと人影が見える。ゆらゆら揺れて境界がはっきりしない。

 内側からほんのりと明かりを灯したように薄い光を放っている。


「こんばんはアルヴィー、今日もご機嫌だね」


 エリックはまるで旧い知り合いのように人影に声をかける。

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