第二話 生地が余って困惑する。Aパート

 東アジア相互防衛条約機構とは、メタストラクチャーの脅威から人類生存圏防衛を目的に設立された組織である。日本を含む東アジア諸国からの委任を受け、ATi開発企業体イプシロン・テクノロジーが主導し、限定自衛隊とイカロス・インダストリーの協力によって成り立っている。

 その内訳は、実行組織である超常知性構造体研究対策局、通称〈超研対〉、開発組織であるイ重力研究科学局、通称〈イ重研〉の二局によって構成されている。


 同様の組織は北米、南太平洋、ヨーロッパ、インド洋に同じくイプシロン・テクノロジーと該当諸国軍事組織と共同で設立、イ重研から技術供与する形で運営されている。

 因みにイ重研はイカロス・インダストリー傘下のイカロス粒子重力干渉技術研究所をそのまま接収した組織であるため、名にその痕跡を残す。


 メタストラクチャー対策の核心技術であるアンチグラヴィテッド狙撃。

 イプシロン・テクノロジーの演算思考体、同イプシロン傘下ニュークシーのNERVS、イカロス・インダストリーのアーメイド、この三社とイ重研の異重力位相変換弾頭によるものであり、それらを先行した結果が現在の組織編成を生んだ経緯でもある。


・・・


 四月下旬某日、高度を上げ南西に進路を取る超研対一課第五アーメイド専用揚陸艦ヘパイストス。艦胴体に並ぶ大型イ重力制御エンジンの先端に発生する光輪が煌々と輝いて見える。高い出力を維持している証拠と言えるが、快晴下ではここまではっきりとは見えない。

 イオ二回目の出動は生憎の曇天となった。


 静岡県駿河湾より南50km付近に降下予測の600m級メタストラクチャー、多数のメタスクイド出現が予測されるため、一課第四ペルセウスウィルとの共同作戦となる。本日早朝の午前四時頃に重力震が観測されたため、メタストラクチャー地表到達時刻は午後二時頃が予測される。今回はアーメイド一号機セリ・エリック組が待機となる。



 3F女子ロッカールームにて。初出動時は敢えて無視したが、イオはアーメイド搭乗に義務付けられているガンナースーツの『ある部分』がどうしても気に入らない。

 申告サイズに忠実に成型されたスーツはぴったり過ぎるだけでも恥ずかしいのに、胸の部分だけやけに生地が余っている。


「あの、やっぱりこれ着ないとダメ?」

「だめだよ、調律のじゃまになるし。さいあく、骨折しちゃうよ」


 セリが居ないことを確かめて、イオは隣で着替えるリコに小声で話しかける。

 スーツには慣性制御に必要な反慣性繊維AIFが織り込まれているので搭乗時は必ず着用しなければならない。余計な負荷要素は慣性制御に影響し、正確な異重力マップ作成を阻害する恐れがある。前回調律に失敗したイオには返す言葉がない。


「え、余っちゃったの? へピイがそんなミスするなんて……」


 ――― 実は盛りました、ごめんなさい。申告時は合格直後で浮かれてました!


「ふうーん……」

「え、あの、そんな、まじまじ見ないで……」


 リコは眉間に皺を寄せながら『ある部分』に顔を寄せて凝視する。

 イオが居心地の悪い時間を過ごしていると、リコは何か閃いたのか手を叩いた。


「そうだテープ! テープでひっぱればいいよ!」


 リコは一番端の備品ロッカーから得意げに補修テープを用意する。

 イオは血の気がさーっと引いた。


「エリックも苦労して絞ってるんだからさあ、着なきゃダメよーっ」


 後ろから声がして振り返ると、イオに背を向けたニュクスの肩が震えている。

 着用を終えたイオはヘッドセットを抱え、凹みながら格納庫へと向かう。幸い、テープはスーツの上に着るガンナーベストで隠せた。それはサバイバルキットを内蔵したコンパクトなライフジャケットで、万一の遭難事故に備えたものである。


 基本的にアーメイドガンナーと異重力分析官は同じガンナースーツを着用するが、帽体型情報端末のヘッドセットはそれぞれで仕様に違いがある。

 神経接続と知覚共有はNDポートを介してアーメイド管制システムと接続するが、ナーヴスのNDポートは神経接続を優先した特別仕様のため額に備わっており、それに接続する有線の〈ガンナープラグ〉がヘッドセットにまとめられている。

 対する分析官は神経接続を行わないためガンナーのそれは省かれている。NDポートは個々で位置が違うため、同じく有線の〈知覚プラグ〉を各々取り出し口を設けて接続する。


 イオは手に持ったヘッドセットを自らの胸に押し当て、反発する感触を確かめる。


 ――― いや、分析官の仕事にはなーんにも関係ないんだけどさ。


 アーメイド二号機を見上げながら長い溜息を吐いた。

 誤解を恐れずに言うとすれば、イオのそれはリコのものと大差がない。差があるとすれば、それは将来性のみである。


・・・


 フォワードの二号機ヒト・イオ組、アシストの三号機リコ・ニュクス組の体制でヘパイストスを後にし、海上を高速飛行する二機のアーメイド。後方にはその衝撃波が生む爆音と高さがある白い飛沫。そして遅れて後を追うヘパイストスの姿が見える。


 今作戦は一課第四ペルセウスウィルと共同展開するが、初手のアンチグラヴィテッド狙撃権は一課第五ヘパイストス側で受け持っている。それは一課第四ペルシイATiとへピイATiが協議した結果であり、初手で失敗した場合は一課第四に狙撃権が移る

 今回の600m級メタストラクチャーは進行方向に対して前後にやや長い形状で、前回トーキョーエリアで撃破した500m級と質量自体は大きく変わらない。メタスクイドの出現予測は十二体である。前回は先に東京湾で交戦した一課第三テーセウスが、数を減らした結果の四体だった。


 イオは前回アンチグラヴィテッド調律を失敗している身である。初手を任されているのはヒトの実績からだが、そのパートナーはイオ自身だ。おまけにメタスクイドの数は前回の三倍、明らかに成功難易度が上がっている。


 一発一億円。その言葉がイオの頭の中で、ぐるぐると回って離れない。


 ――― 前回の楽な時に成功体験をしておけば良かった。なんで選りに選って私が初手なのか。そもそも前回は条件が容易だったから、出動許可が下りたのではないのか。


 イオは先から後ろ向きなことばかり考えている。頰でも殴って気合いを入れようと思い立つが、視界同期ゴーグルが邪魔をして平手では上手く殴れない。ならばとグーで殴ってみたら思いのほか痛かった。殴ったことを少し後悔をしていたら、ヒトが後付けのルームミラー越しに首を傾げている(ように見える)。


 ――― ああ、アホな子だと思ってるんだろうなあ。


 イオは再び落ち込むが、ようやく気持ちの切り替えスイッチを探し当てた。


 ――― 前回失敗の原因はパラメータの入力ミスと把握している。同じミスは繰り返さなければいい。今度こそ頑張ろう。



 先行する偵察ドローンが600m級メタストラクチャーと主人の周りを周回するメタスクイドの姿を捉えた。メタストラクチャーは既に降下を終えているが、海面には僅かに接触しておらず、その足元に飛沫が上がっている様子はない。その巨体を北北東に向けて、時速20kmほどでじわじわと脚を進めている。


『お魚さんはもう食べ飽きたんじゃない?』


 黄緑アイコンがポップアップ。ニュクスがジョークを言う。

 メタストラクチャーが駿河湾に入り込めば陸地に到達する時間は稼げるが、そこからの進路予測が難しい。結果、避難勧告を駿河湾に接する全地域に出さざるを得なくなり、一時的とは言え経済損失も少なくなく、何より上陸を許せば人的被害も避けられない。


 ――― 決して笑えるジョークではないが、気を紛らわすには丁度いい。


「うーん、おすすめは伊勢海老かな……って海の幸か」

『あはは、あの辺りの名産は海産物ばかりだから。お茶を勧めるのも変だよね』


 イオはお茶を啜る彼らを想像して少しだけ愉快な気分になった。

 数分後、一課第四ペルセウスウィル所属のアーメイド二機と合流、総勢四機での行動開始である。


 《アーメイド管制システムは各艦ATiからガンナーに動作優先権移行、神経接続開始、知覚共有システム起動、磁殻投射プラズマガンセーフティ解除承認、アンチグラヴィテッド専用電磁レールガン冷却開始、思考装甲射出展開》


 コクピットのモニタ表示はピー音と共にブルー基調からアンバー基調に変え、一課第四及び第五アーメイドは攻撃を開始した。


 ――― またあの感覚だ。


 イオは訝しげに思った。再び右腕にザラついた感覚。前回と同じくひりひりと熱く感じていた部分が、今度ははっきりと線状を成しているように思える。胸のNDポートに繋がれた知覚プラグの接触不良を疑い、かちゃかちゃと触るが特に異常は見受けられない。

 既に作戦は始まっている。余計な疑念を振り払い、イオは異重力知覚に集中した。


 

 結果から言うと、イオの心配は杞憂に終わった。

 ライトオレンジ&ブラックで塗られた一課第四アーメイドの二機は、アンチグラヴィテッド狙撃に拘る必要がない。そのため八面六臂の活躍でメタスクイドを次々と撃破し、思考装甲の損耗も僅かである。特に一課第四の一号機はバイブレードを好んで使い、アーメイドを格闘モードのまま縦横無尽に空中戦をこなしている。

 後方から接近するメタスクイドの銛状触手を横ロールで躱し、垂直上昇から一瞬静止。そのまま真横に失速反転、背後に回ってバイブレードを突き立てる。流れるようにプラズマガンでとどめを刺す姿はまるでハンターのようだ。

 三号機リコ・ニュクス組が目立たないが、狙撃軌道に探る二号機ヒト・イオ組の後方で援護を優先しているためである。


 コクピットから見るメタストラクチャーは巨大で尚且つ不気味だ。IVシールドの『像の揺らぎ』ではっきり焦点が合わないが、無数の黒い『骨』が幾重にも折り重なって、ざわざわと奇妙な動きを繰り返している。機械的にも生物的にも見える挙動である。

 彼らの呼称に用いられる全長は基本的に目視による推定サイズである。正確なサイズはIVシールドに阻まれて測ることができない。

 現時点での観測機器では目視サイズより三~四倍は大きく観測されてしまう。つまりカメラで言うピンボケ状態で認識するため、誘導兵器の有用性を下げる理由の一つにもなっている。


 ヒトは狙撃軌道を確立して二号機を乗せる。視界に介入する六つの航空計器と重力加速度計に集中して一切の加減速を止め、機体を周回ラインに固定する。

 その時、突如前方に一体のメタスクイドが立ち塞がる。だが、放射状に放たれた銛状触手が二号機に触れることはなく、ヒトはプラズマガンを一閃し、ことも無さげに撃ち抜いた。

 そのままイオに次の言葉を告げる。


「アンチグラヴィテッド狙撃シーケンスに入る」

「了解」


 イオは今回は素直に返事をする。


 ――― 余計なことは考えるな、とにかく集中しろ。


 イオは自分にそう言い聞かせながら、異重力マップボードに浮かび上がる位相ホログラムに両手を伸ばす。アンバー照明の中で一際目立つグリーンの光、自らの異重力知覚で掴み取ったパターンの成形に全力を注ぐ。


「アンチグラヴィテッド調律完了、どうぞ!」


 前回同様、イオの返事を聞くと同時にヒトは電磁レールガンにアンチグラヴィテッドを装填した。質量が大きい金属同士の噛み合う音。「ヴン……」と微振動と共に電磁レールガンのポジトロンキャパシタが始動する。そしてセーフティ解除。

 ヒトは呼吸を止めてターゲットポインタを異重力収束点に合わせる。

 そしてトリガーを引く。


 低く鈍い金属音、異重力収束点に着弾。


 一瞬、着弾点からメタストラクチャー全体が波紋のように波打ち、悲鳴のような高周波と共に『像の揺らぎ』が失われていく。IVシールドが消失した瞬間である。

 すぐさまヘパイストスは艦後部のミサイルスロットより可変限定核を発射。怒号を上げ、白い尾を引くそれは緩やかなカーブを描いて主目標に命中。辺り一面を照らす閃光、続く大爆音と構造崩壊に伴う耳障りな高周波を撒き散らした。


 異重力位相変換弾頭、通称〈アンチグラヴィテッド〉狙撃によりIVシールドを解除した後、ミューオン触媒核融合型純粋核である対メタストラクチャー限定出力可変核弾頭、通称〈可変限定核〉を用いて熱破壊する。

 超常知性構造体研究対策局、通称〈超研対〉メタストラクチャー撃破プロセスである。


 最後のメタスクイドを一課第四アーメイドの一号機が撃破した。

 一課第四アーメイドは順番にぐるっと左ロール回転を行い、ペルセウスウィルの方向に機首を向けた。彼らの作戦終了のセレモニーである。ヒトも彼らの真似をして縦ロール、二号機を前転させる。それに続く三号機。

 恐らく相手方はバックモニタで見ている。ヒトの視線も頭の向きから一課第四アーメイドに向けられている。イオにはそう思えた。


「うわーっ、やった! 私、やった! やーりましたよほーっ!」


 イオは調律を成功させて大喜び、コクピットで一人大騒ぎである。シートに縛りつけられていなければ、3センチほど宙に浮いていたに違いない。


 ――― 奴らをやっつけると気負う必要はない、事務処理のように淡々とこなせばいいのだ!


 イオはそう思いながら前席に視線を向けると、ヒトは相変わらずヒトのままだ。


 ――― ま、そうだよねえ。


・・・


 イ重力研究科学局、開発統括責任者アダム・ブレインズのオフィス。地上50階の窓の外には、建造中の新型揚陸艦シュペール・ラグナが見える。ヘパイストスより倍近く大きく、イ重力制御エンジンは八基、露出するプラズマカノンも十六門と倍である。

 イプシロン・テクノロジーのロベルト・ハスラーCEO、内々の要請にイカロス・インダストリーが応じたものだ。ワインレッドに塗られたその姿はどこか禍々しく、曇天の鈍い光が明暗の境界をぼかし、その精彩を削ぎ落としている。


 窓際に立ち、濃茶のスーツにグレーのネクタイをしたブレインズは、やや長く緩い髪とフレームレスの眼鏡で立場が示す研究者には見えない。

 程なく内線ではなく、ブレインズ個人のカード端末に着信が入る。ロベルト・ハスラーCEOの秘書、トオイ・イブキからの個人通話である。

 相手の女性は朗らかな声でお決まりの挨拶を終えると早速切り出した。


『それでは、CEOとお繋ぎしますね。少々お待ちくださいませ』


 待ち受けに流れるのはサティのジムノペディ一番である。もの憂げな天気にはどこか似つかわしい。しばらくサティが流れた後、ハスラーが通話に出る。


『いつもすまないね、記録に残せない話だからな。で、話は例の件かな?』

「はい、例の『跳躍弾頭』の件ですが、やはりフェーズv9の処理能力では、計画目標値に達しないと結論に至りまして」

『無い袖は振れぬのだから仕方なかろう、二十年前に人類自らが課した禁忌だ。実際、演算思考体の運用はATiワールドオーダーに於いて事細かく決められている。機構本部のv10は、如何に人類防衛の大義名文があろうと動かす訳にはいかん』


 ハスラーは明らかに老人の声だが滑舌も良く、決して弱々しくはない。


「まるでお試しになられたかのように聞こえますが……」


 ブレインズは目を細めて訝しげに窺う。

 通話口の相手は不敵に笑う。


『ははっ、君も食えん男よな、無いものは無い。確かに我々イプシロン・テクノロジーは東アジア相互防衛条約機構の中枢を担っているが、本体はあくまでも外の組織であり、一民間企業に過ぎん。それ以上のことは言えんしできんよ』

「かしこまりました。ではもう少しお時間を頂きたく。あと、追加予算と」


 ブレインズは予め用意した結論のように言う。


『いつまでもアンチグラヴィテッド一本と言う訳にはいかんしな』

「それから、シュペール・ラグナの件。本当に例の仕様でよろしいのでしょうか?」

『ああ、構わんよ。『あれ』はこちらで用意する』

「では、来月の会議にでも進捗報告書と、暫定の、稟議書をお持ちします」

『ほう、暫定か。君がそう言う時は本当に怖い。ではまたよろしく頼むよ……トオイ君ありが(プツッ』


 ハスラーは大袈裟に戯けて締めの言葉を口にする。

 ブレインズは通話終了を確認して、カード端末を胸ポケットに収める。良好な関係を示唆する会話だった割にその表情は硬い。そして独り言を呟いた。


「時間稼ぎはあちらも同じか」

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