第二話 お姉さんはやればできる子

side A なーんにも関係ないんだけどさ

 四月下旬某日、高度を上げ南西に進路を取る超研対一課第五ヘパイストス。

 艦胴体に並ぶ大型イ重力制御エンジン、その先端に発生する光輪が煌々と輝いて見える。高い出力を維持している証拠と言えるが快晴下ではここまではっきりとは見えない。

 イオの二回目のメタストラクチャー対応は生憎の曇天となった。


 静岡県駿河湾より南、五十キロメートル付近に降下予測の六百メートル級メタストラクチャー。多数のメタスクイド出現が予測されるため、一課第四ペルセウスウィルとの共同作戦となる。

 本日早朝の午前四時頃に重力震が観測されたため、メタストラクチャー地表到達時刻は午後二時頃が予測される。今回はアーメイド一号機のセリ・エリック組が待機となる。



 3F女子ロッカールームにて出動準備をするイオ。

 初出動時は余裕も無く敢えて無視したが、イオはアーメイド搭乗に義務付けられているガンナースーツの『ある部分』がどうしても気に入らない。

 申告サイズに忠実に成型されたスーツは身体にピッタリ過ぎるだけでも恥ずかしいのに、胸のカップの部分だけ不自然に生地が余っている。


「あの、やっぱりこれ、着ないとダメ?」


 現在のロッカールームはイオの他にリコとニュクスの三名だけ。念入りにセリが居ないことを確かめ、隣で着替え始めたリコに囁き声で話しかける。


「だめだよ、調律のじゃまになるし。さいあく、骨折しちゃうよ」


 ガンナースーツには慣性制御に必要な反慣性繊維AIFが織り込まれている。アーメイド搭乗時は必ず着用しなければならない。

 余計な負荷要素は慣性制御に影響し、正確な異重力マップ作成を阻害する可能性もある。前回の出動でアンチグラヴィテッド調律に失敗したイオには返す言葉がない。

 グレイの薄いバックウェア姿になったリコは、好奇心いっぱいの目をさらに丸くして首を傾げる。その低い背丈と髪の短さも相まってまるで小さな男の子のよう。


「え、足りないの? 胸」

「ええと、あの、それ、逆ぅ……」


 リコは躊躇いなくそれを口にするが、決して悪意がある訳ではない。

 イオ、涙目。


「へピイ、そんなミスするなんて……」


 ――― 実は盛りました、ごめんなさい。申告時は合格直後で浮かれてましたっ!


 イオ、悲痛な心の叫び。


「ふぅーん……」

「あのっ、そんな、その、まじまじ見ないで……」


 リコは眉間に皺を寄せ、様々な角度からイオの『ある部分』の観察を始める。

 イオは何とも言えない居心地の悪さを感じていると、リコは何かを閃いたのか手を叩いた。


「そうだっ、テープ、テープで貼って、ひっぱるといいよ」

「は?」


 リコは一番端の備品ロッカーから補修テープを用意する。そして、ベーっとテープを引き伸ばす音。顔には満面の笑みが浮かんでいる。

 イオはその無慈悲な反応にこの上なく強い眩暈を覚えた。


「はい、イオ。ばんざいして」

「え、ええええええっ、リ、リコちゃん、本気? ホンキなの?」

「前からぐるっと、せなかまで貼れば、だいじょうぶ」

「いや、そう言う問題じゃなくて……」


 伸ばしたテープを手ににじり寄るリコ、思わず腕で胸を隠し、後退りするイオ。

 すると、後ろから野太く低い声が。


「エリックも苦労して絞ってるんだからさあ、着なきゃダメよーっ」


 振り返ると、二人に背を向けて着替えているニュクスの肩が震えている。

 必死に笑いを堪えているのは言うまでもない。


 結局、イオのガンナースーツは他より横一本のストライプが増えた。

 着用を終えたイオはヘッドセットを抱え、凹みながら格納庫へと向かう。幸い、テープはスーツの上に着る防護ジャケットで隠れたので、直ぐにそれとは分からない。

 イオは手に持ったヘッドセットを自らの胸に押し当て、反発する感触を確かめる。


 ――― いや、分析官の仕事にはなーんにも関係ないんだけどさぁ。


 アーメイド二号機を見上げながら、長い長い溜息を吐いた。

 誤解を恐れずに言うとすれば、イオのそれはリコのものと大差がない。

 差があるとすれば、それは将来性のみである。


 ——— ちぇ。(ぐすん)




***




 フォワードの二号機ヒト・イオ組、アシストの三号機リコ・ニュクス組の体制でヘパイストスを後にし、海上数メートルの高さを亜音速で低空飛行する二機のアーメイド。

 曇天による鈍い陽光の下、アーメイド後方には衝撃波が生む爆音と高度より高さがある白い飛沫、そして遅れて後を追うヘパイストスの姿が見える。

 超常知性構造体メタストラクチャーの降下出現により、洋上には他の艦船の姿はない。


 今作戦は一課第四ペルセウスウィルと共同で展開するが、初手のアンチグラヴィテッド狙撃権は一課第五ヘパイストス側で受け持っている。

 それは一課第四ペルシイATiとへピイATiの演算思考体同士が協議した結果であり、初手で狙撃に失敗した場合は一課第四に狙撃権が移る

 今回の六百メートル級メタストラクチャーは進行方向に対して前後にやや長い形状で、前回トーキョーエリアで撃破した五百メートル級と質量自体は大きく変わらない。

 メタスクイドの出現予測は十二体である。前回は先に東京湾で交戦した一課第三テーセウスが数を減らした結果の四体だった。


 イオは前回アンチグラヴィテッド調律を失敗している身である。

 初手を任されているのはヒトの実績からだが、そのパートナーはイオ自身だ。おまけにメタスクイドの数は前回の三倍、明らかに成功難易度が上がっている。

 一発一億円。その言葉がイオの頭の中でぐるぐる回って離れない。


 ――― 前回の楽な時に成功体験をしておけば良かった。なんで選りに選って私が初手なのか。そもそも前回は条件が容易だったから、出動許可が下りたのではないのか。


 イオは先から後ろ向きなことばかり考えている。

 頰でも殴って気合いを入れようと思い立つが、視界同期ゴーグルが邪魔をして平手では上手く殴れない。そこでグーで殴ってみたら思いのほか痛かった。

 イオは殴ったことを少し後悔をしながら視線を上げると、ヒトが後付けのルームミラー越しに首を傾げている(ように見える)。


 ――― ああ、絶対アホな子だと思ってるんだろうなあ……


 はあ、とため息を吐いて再び深く落ち込むものの、異重力マップボード上のパラメータ入力欄が目に入る。はたと気持ちの切り替えスイッチを探し当てた。


 ――― 前回失敗の原因はパラメータの入力ミスと把握している。同じミスは繰り返さなければいい。今度こそ頑張ろう。


 イオは気を取り直し、目の前のことに集中する。




 先行する偵察ドローンが六百メートル級メタストラクチャーと、主人の周りを泳ぐように周回している十二体のメタスクイドの姿を捉えた。

 メタストラクチャーは通常なら、着水した後に侵攻を開始する。だが、今回は海面には僅かに接触しておらず、その足元には飛沫が上がっている様子はない。意図は不明である。

 そしてその巨体を北北東に向け、時速二十キロメートル程度でじわじわと脚を進めている。

 ほぼ真横からの映像なので、イオには前回と形状が違うようには見えない。


「あれ、なんで海面と接触してないんだろう……?」


 前席のヒトに反応する気配はない。イオの独り言だ。


『お魚さんはもう食べ飽きたんじゃない?』


 すると、黄緑アイコンがメインモニタ下端にポップアップ。ニュクスがジョークを言う。

 メタストラクチャーが駿河湾に入り込めば、湾の奥行き距離分だけ本土に到達する時間が稼げる。だが、そこからの彼らの進路予測が難しい。

 結果、避難勧告を伊豆半島を含む駿河湾に接する全地域に出さざるを得なくなり、一時的とは言え経済損失も少なくない。何より上陸を許せば人的被害も避けられない。

 彼らはあらゆる生命体、つまり『人も』食らう存在なのだ。


 ――― 決して笑えるジョークではないが、気を紛らわすには丁度いい。


 イオは頓知が利いた返事を考える。


「うーん、おすすめは桜エビかな……ってエビも海の幸か」

『あはは、あの辺りの名産は海産物ばかりだから。静岡茶を勧めるのも変だよね』


 イオはお茶を啜るメタストラクチャーを想像し、少しだけ愉快な気分になった。

 と、ここでリコが会話に混じる。


『お茶? おいしいの?』

「そうだなあ、私はお茶菓子次第かな。羊羹とか、御萩とか」

『ああ、アタシもお茶より先に饅頭が怖いね……って落語か』


 ニュクスは他愛のない会話を続けようとしている。さり気なくイオに気を遣っているのだ。

 すると、リコが再び口を開いた。


『こわい? お茶、こわいの? ニュクスがこわいのは、セ……

『あぁーっ! ゲフンゲフン、ええっと、そろそろお仕事の時間かなぁって』

「ん?」


 リコの言葉をニュクスは慌てて遮った。

 イオは不審に思うがここで会話は終了する。その理由を知るのはもう少し先の話である。

 そして数分後、一課第四ペルセウスウィル所属のアーメイド二機と合流する。超研対一課第四及び第五、総勢四機のアーメイドによる作戦行動の開始である。


《アーメイド管制システムは各艦ATiからガンナーに動作優先権移行、神経接続開始、知覚共有システム起動、プラズマガンセーフティ解除承認、アンチグラヴィテッド専用電磁レールガン冷却開始、思考装甲射出展開》


 へピイATiの硬いアナウンスが終わり、コクピットのモニタ表示はピー音と共にブルー基調からアンバー基調に変わる。一課第四とそして第五アーメイドは攻撃を開始した。


 ――― また、あの感覚だ。


 イオは訝しげに思った。再び右腕にザラついた感覚。前回と同じくヒリヒリと熱く感じていた部分、今度ははっきりと線状を成しているように思える。

 イオは胸のNDポートに繋がれた知覚プラグの接触不良を疑うが、カチャカチャと触ってみても感覚は変わらない。取り立てて異常は見受けられなかった。


 ——— ちょっと、もうっ、なんなのこれ…… ?


 既に作戦は始まっている。余計な疑念を振り払い、イオは異重力知覚に集中した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます