side B セリの戦闘

 ヒトは視界に介入するターゲットポインタに前方のメタスクイドを捕えた。

 いざトリガーを引き絞る瞬間、右下方から死角から新手の銛状触手が二号機に襲いかかる。

 メタストラクチャー底面から隠れた攻撃。本体は見えない。

 ヒトは機体を蛇行からロール回転させて漆黒の脅威を全て回避するが、今度は前方のターゲットが急減速し、二号機の背後を奪って銛状触手を放つ。

 二号機周囲の空間ごと掴み取るかの如く、拡がりつつ伸びる六本の楔。

 ヒトは止むを得ず機体を百八十度旋回、減速の逆噴射。断続する爆音を背に三本の銛状触手をプラズマガンで撃ち落とし、三本を横ロール回転して躱す。

 二号機の体勢を立て直す頃には、彼らは再び死角へと消えていた。


 攻撃開始十分を経過した時点で、アーメイド二機はやはり下方向からの被攻撃に苦戦していた。一号機セリ・エリック組は狙撃軌道は確立したが、『乗せられない』状態が続いている。

 前方に見えるメタスクイドの撃破を狙うも、メタストラクチャー底面の『死角』から別の彼らが現れ、銛状触手で邪魔をして再び死角へと消える。

 まるで相手を撃破する気がなく、時間稼ぎをしているかのようだ。

 二号機ヒト・イオ組も逃げ隠れするメタスクイドに手間取り、一号機の後ろに張り付いていられない状況である。



 一号機セリ・エリック組のコクピット。エリックはセリに提案する。


「分かっちゃいたけど厳しいな。セリちゃん、まずはイカくん掃討に専念しない?」


 苦々しく呟いて、メインモニタにメタスクイドの位置予測のウィンドウを開く。

 セリは一号機を微減速し、蛇行飛行させて後方メタスクイドの隙を窺う。だが、IVシールドに正確な予測を阻まれ、死角の彼らが位置予測と大幅にずれている。


「そうしたいけど、あと五分もない……」


 セリのその口調から焦りがエリックに伝わる。

 現時点で二号機ヒト・イオ組はすでに四体、一号機セリ・エリック組は二体メタスクイドを撃破しているが、一号機は思考装甲を二枚失っている。

 彼らをまだ四体を残し、この状況で狙撃軌道に乗るのはリスクが大きい。


 セリとエリックが会話を交わした直後、後方の右下から一号機を追うメタスクイドが左上へと機動を変え、横薙ぎに流れながら銛状触手の放つ。

 一号機の背後に放射状に伸びる六本の黒い魔の手。


「あっ!」


 対衝撃アラートが鳴り響き、一時騒然とする一号機コクピット。

 セリは思わず驚きの声を漏らしたが、思考装甲が瞬時に捨て身の盾となり、漆黒のそれを弾き返した。硬い物質同士の衝突音、そして残響。

 その身を砕かれ、役目を終えた思考装甲は落下。残りの盾は三枚になった。


《三号機は待機を解除、緊急出動。一号機、二号機はメタスクイド掃討に専念》


 この時点でへピイATiは追加出動を判断。

 アンチグラヴィテッド狙撃は神経接続の残り時間を鑑み、リコ・ニュクス組に変更された。

 メインモニタ下端にへピイATiの指示がテロップで流れる。

 セリはそれを苦々しく見届ける。


「あーん、せっかく狙撃軌道を確立したのに……」

「しょうがないよ。五分切っちゃったけど、頑張ろう」


 悔しさをそのまま口にするセリをエリックがなだめる。

 モニタサイン《Forward》が《Assist》に切り替わり、セリは加速スラスターのスロットルを煽って狙撃軌道を離れ、周回方向とは逆に一号機を飛ばす。


 その白い軌跡はセリの落胆とは裏腹に美しい弧を描いた。




***




 ヘパイストスブリッジ。戦況を見守るアンダーソン艦長とクライトン副艦長。

 席を離れ、ヒライ機関統制官らが座る前列の後ろに立っている。


「あと五分もありませんから、妥当な判断だと思います」

「無理させて、貴重なガンナーを寝かせる訳にはいかんからな」


 クライトンの言葉にアンダーソンは目を細めて返した。

 ブリッジの前面にあたる壁面いっぱいのメインモニタは画面分割され、アーメイド各機の状況が偵察ドローンにより映し出されている。


「彼らは何か、試しているんでしょうか?」


 クライトンは鎖付きの眼鏡を押し上げ、訝しげに言う。

『彼ら』とはもちろんメタストラクチャーのことだ。


「ふむ、分からん。そう言えば、新型のあれはいつ頃だったかな?」


 一瞬、エド兵装統制官が口を挟もうとするが、ヒライが人差し指を口元に当てている。

 黙っていろ、のジェスチャーだ。


「来月ロールアウト、だったと思いますが。それが何か?」


 クライトンは怪訝そうに伺う。

 しばらく開く間。


「いや、なんでもない。気にせんでくれ」


 アンダーソンは含みを残して押し黙る。




***




 一号機セリ・エリック組のコクピット。黄緑のアイコンがポップアップする。


『ヒト、セリ、おまたせっ!』

「あっ、真打ち登場っ! はやーいっ」


 リコが発する鈴鳴りの声とは裏腹に、三号機は撒き散らすようにプラズマガンを連射する。

 放射状に放たれる閃光、マズルフラッシュと共に放たれる轟音。

 メタスクイドの時空歪曲防壁IVシールドは、プラズマガンの射線を飴のように曲げて直撃は叶わないが、それらの注意を引くには効果がある。

 そして三号機の加速スラスターはフルブーストの怒号へと変え、メタスクイドの合間を縫って機動を撹乱、彼らの連携を突き崩した。


「ちょっとリコっ! こっちに当たったらどうするのっ!」

『だいじょーぶ、だいじょーぶ、ATiでちゃんと曲率計算して撃ってるよっ!』


 セリは思わず文句を言うが、返ってきた声の主はニュクスである。


「んもうっ、知らないっ!」


 セリの目元はゴーグルで隠れて見えないが、少し口角が上がっているようにも見える。

 二分かからず現場に到着した三号機は、死角に潜むメタスクイドを担当し、残り四体を掃討する。

 二号機は二体、一号機と三号機はそれぞれ一体ずつ撃破した。



 三号機リコ・ニュクス組のコクピット。リコはニュクスに告げる。


「アンチグラヴィテッド狙撃シーケンス、はいってニュクス」

「リコ、待ってましたっ!」


 そのやり取りを合図に三号機はへピイATiを経由して一号機が確立した狙撃軌道に乗り、アンチグラヴィテッド狙撃シーケンスを開始した。


「調律完了っ! リコ、よろしくっ!」


 ニュクスの威勢のよい声と共に、リコはアンチグラヴィテッドを電磁レールガンに装填。

 砲身が帯電する音を聞き分けながらセーフティ解除を承認する。

 リコは息を殺してトリガーを引く。


 砲弾運動エネルギー約六十メガジュールで放たれた異重力位相変換弾頭アンチグラヴィテッドは、異重力収束点に吸い込まれるように着弾した。

 IVシールドの解除に成功し、『像の揺らぎ』は徐々に失われる。

 奇怪な姿を晒したメタストラクチャーに向け、ヘパイストスは限定可変核を即時発射。

 真っ白い水蒸気の弧を描く一本の矢は彼らのど真ん中に命中、構造崩壊の断末魔と大火球を生む大爆音を轟かせ、これを撃破した。

 ここで一号機、二号機のアーメイド管制システムは神経接続を解除し、両機ともコクピットのアンバーの拘束は解かれた。



 二号機ヒト・イオ組のコクピット。青いアイコンがポップアップした。

 ヒトはすでにセリの通信モードを元に戻している。


『一課第五、アーメイド一号機セリ、作戦終了っ、帰艦しますっ!』


 セリの不機嫌な通信が入ると、二号機コクピットのメインモニタに鬱憤を晴らすが如く四回転ロールする一号機の白い機影が映る。

 彼女は自分でも接続制限ギリギリで狙撃が可能だったことが不満なのだ。


『いつもより多めに回しておりますぅー』

『もうっ、茶化さないでよっ! ニュクスったらっ』


 メインモニタの下端で、上下に弾んでいる青と黄緑の二つのアーメイドアイコン。

 今度はセリとニュクスのやりとりを聞いてイオは羨ましく思った。

 前席のヒトと言えば、この後に及んでも無反応である。

 態度が硬いのはイオだけに限った話ではない。


 ――― ううーん、前の席の地蔵には一体何を供えれば良いのだろう?


 一課第五のアーメイド三機は仲良く並んでヘパイストスへ帰艦進路を取った。




***




「ヒト君、まだ気になるかい? イナイチ(AMD171)の動作遅延」


 帰艦してヒトが搭乗橋に降り立った直後、格納庫で待っていたヒライが声をかけた。


「僅かですが、もたつきはなくなって、ないですね」


 ――― うわっ、地蔵が喋ったっ!


 と、イオの感想はさて置いて、ヒトはアーメイド二号機を眺めながら呟いた。


「えっ、ヒト君、二号機をまたイジってるの? 懲りないねえ」


 エリックもリコを連れて現れた。

 その言葉からヒトの二号機カスタマイズが常習化していることが分かる。二号機コクピットの内装パネルに痛みが目立つのも、ヒトの『改造癖』の所為である。


「これ以上は『ただの人』じゃ体感できない、計測機でしか測れないレベルだよ」


 ヒライは両の手のひらを天井に向け、お手上げのジェスチャー。

 ふーむ、と考え込むヒト。


「正直、もうATiを入れ替えるしかないんだよね。でも、それやっちゃうと俺以外触われなくなるから。エドもフェーズv9の運用資格持ってないしさ」

「あれっ、ヒライさん持ってるんだフェーズv9ッ! すごーいっ!」


 イオは目を丸くして驚きの声を上げる。

 リコも一緒に目を丸くする。イオが何に驚いているかは理解していない。

 ヒトは先からアーメイドに視線を外していない。


「ふふん、凄かろう。機関統制官は伊達ではない、持ってないとへピイATi触れないからね……ってエリック、君も持ってるだろ」

「いやいや、僕のは研究使用限定ですよ、ヒライさんみたいに限定解除じゃないし」


 そうエリックが返したところでヒトが口を開いた。


「アーム二番の関節、アクチュエータだけ、S規格に変えてもらっていいですか?」

「あ、やっぱりそこ触わる? さすがヒト先生、お目が高い。三番はいいのかい?」


 ヒライに向いてヒトは頷く。

 リコもヒトの真似をして頷く。


「それだと、冷却が追いつかないから水回りも変えなきゃダメだけど、重くなるよ?」

「もたつきが解消できないなら、立ち上がりを、速くしたい」


 ヒトはうわ言のように口にする。

 リコは二人の会話のキャッチボールを首を振って追いかける。

 もちろん内容は理解していない。


「速くすること自体は簡単だけど、イナーシャが増えてプラズマガンの砲身がブレる。射撃システムで補正するとなると、結局イタチごっこだよ」

「その分、駆動シャフトの、第二ギアを二丁ローに、振ってください」

「えーっ、関節周り一回降ろさなきゃダメじゃん。無茶を言うねえヒト先生……」


 イオとエリックは話が専門的過ぎてついて行けない。リコを置いて退散する。

 ヒライは二人が去ったのを見計らって話題を変える。


「ところでさあ、ヒト君。内緒なんだけど、来週辺りにイイ娘が入ってくるんだけどね、イナロクっていう……」


 クックック、と不敵に笑うヒライ。


「い、いいこ……?」


 リコ、それは勘違いである。




***




 ヒトより先にブリッジに上がるイオとエリック。

 途中の階段、ブリッジより上の展望室から何かの諍いをしている声が聞こえる。

 声の主はセリとニュクスだ。

 展望室から漏れる風切り音と艦の稼働音が邪魔をして内容までは分からない。

 淡いブラウンの髪を振り乱して階段を駆け下りるセリ。踊り場でイオ達とすれ違う。

 直後、「ガシャンッ」とイスを蹴飛ばす音が狭い階段に響き渡った。


「え……」


 イオは突然のことにしばらく考える。


「さっきのあれ……セリ、泣いて、なかった?」


 イオが恐る恐る口にすると、エリックは「はあっ」と小さな溜息を吐く。

 そしてぼそりと呟いた。


「リコちゃんが着任する去年まで、セリちゃんはニュクスと組んでたんだよ」


 ――― え、どういうこと?

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