side B セリの戦闘
ヒトはターゲットポインタに前方の保守防衛装置、メタスクイドを捕える。
トリガーを引き絞る瞬間、右下方から死角から新手。襲いかかる漆黒の触手。
メタストラクチャー底面の死角から攻撃。本体は見えない。
機体を蛇行から左へロール回転、銛状触手を全て回避する。だが、今度は前方のターゲットが急減速、背後を奪われ同じく銛状の触手が放たれる。
周囲の空間ごと掴むように拡がり、伸びる六本の魔の矢。
止むを得ず機体を百八十度旋回、減速の逆噴射。爆音を背に三本の銛状触手をプラズマガンで撃ち落とし、残りを右に急旋回して躱す。
ヒトが機体を立て直すと、彼らは再び死角へと消えた。
「たくっ、あいつらヤル気あるの? もうっ!」
イオの独り言—— それを文句と呼べないのは、ヒトが反応しないからである。
ちらと視線を向けるが、彼に焦る様子は見られない。
——— うぅむ、こいつのヤル気も怪しい……
とは言え、今回の出動は両機とも苦戦していると言えた。攻撃開始十分を経過し一号機のセリ・エリック組が狙撃軌道を確立したが、機体を乗せる条件が揃わない。
彼らの撃破を狙うも底面の死角から別の彼らが現れ、妨害後に死角へと消える。二号機のヒト・イオ組も撃破が滞り、一号機の後方支援に就けない状況である。
まるでナーヴス達のリミットを推し量るため、時間稼ぎをしているかのようだ。
*
一号機セリ・エリック組のコクピット。
「厳しいなあ。セリちゃん、まずはイカくん掃討に専念しない?」
と、苦々しく呟き、メインモニタにメタスクイドの位置予測ウィンドウを開く。
セリは一号機を微減速、蛇行させ後方のメタスクイドの様子を窺う。だが、IVシールドに正確な予測を阻まれ、死角の彼らが位置予測と大幅にずれている。
「そうしたいけど、あと五分もない……」
その口調からセリの焦りが見える。
現時点で二号機ヒト・イオ組は四体、一号機セリ・エリック組は二体メタスクイドを撃破しているが、一号機は思考装甲を二枚失っている。
彼らをまだ四体を残し、この状況で狙撃軌道に乗るのはリスクが大きい。
会話を交わした直後、一号機を後方右下から追うメタスクイドが左上に機動を変え、流れながら横薙ぎに銛状触手の放つ。
一号機の背後、放射状に忍び寄る六本の黒い楔。
轟音の加速スラスター。機体をロール・ピッチ方向に回転、次々と触手を躱す。
だが、残り一本が間に合わない。
「あっ!」
セリの驚きの声。対衝撃アラートが鳴り響き、一時騒然とするコクピット。
だが、思考装甲の一枚が瞬時に捨て身の盾となり、漆黒のそれを弾き返した。硬い物質同士の衝突音、そして残響。
役目を終えた思考装甲は落下。残りの盾は三枚になった。
《三号機は待機を解除、緊急出動。一号機、二号機はメタスクイド掃討に専念》
この時点でへピイATiは追加出動を判断。アンチグラヴィテッド狙撃は神経接続の残り時間を鑑み、リコ・ニュクス組に変更された。
メインモニタ下端にへピイATiの指示がテロップで流れる。
セリは苦々しくそれを見届ける。
「あーん、せっかく狙撃軌道を確立したのに……」
「しょうがないよ。五分切っちゃったけど、頑張ろう」
セリを諭すようにエリックはなだめた。
モニタサイン《Forward》が《Assist》に切り替わり、セリは加速スラスターのスロットルを煽って狙撃軌道を離れ、周回方向とは逆に一号機を飛ばす。
その白い軌跡はセリの落胆とは裏腹に、美しい弧を描いた。
***
ヘパイストスブリッジ。戦況を見守るアンダーソン艦長とクライトン副艦長。
席を離れ、ヒライ機関統制官らが座る前列の真後ろに立っている。
「あと五分もありませんから、妥当な判断だと思います」
「無理させて、貴重なガンナーを寝かせる訳にはいかんからな」
副艦長の言葉にアンダーソンは目を細めて返した。
ブリッジ前面にあたる壁全面を覆うメインモニタは画面分割され、アーメイド各機の状況が偵察ドローンにより映し出されている。
「彼らは何か、試しているんでしょうか?」
クライトンは訝しげに鎖付きの眼鏡を押し上げる。
彼らとはもちろんメタストラクチャーのことだ。
「分からん。そう言えば、新型のあれはいつ頃だったかな?」
艦長の言葉に、エド兵装統制官が口を開きかける。
だが、隣りのヒライが立てた人差し指を口元に当てた。
黙ってろ、のジェスチャーだ。
「来月ロールアウト、だったと思いますが。それが何か?」
意図を掴みかねたのか、言葉に僅かな困惑が滲む。
しばらく開く間。
「いや、なんでもない。気にせんでくれ」
アンダーソンは含みを残して押し黙った。
***
一号機セリ・エリック組のコクピット。
ポンッと軽快な電子音、黄緑のアイコンがポップアップ。
『ヒト、セリ、おまたせっ!』
「あっ、真打ち登場っ! はやーいっ」
リコの鈴鳴りとは裏腹に、三号機は撒き散らすようにプラズマガンを連射する。
放射状に放たれる閃光、マズルフラッシュと共に放たれる燃焼音。
IVシールドこと時空歪曲防壁は、文字通りプラズマ射線を飴のように曲げて直撃を回避するが、それらの注意を引くには効果がある。
三号機の加速スラスターはフルブーストの怒号へと変え、メタスクイドの合間を縫って機動を撹乱、彼らの連携を突き崩した。
「ちょっとリコっ! こっちに当たったらどうするのよっ!」
『だいじょーぶ、だいじょーぶ、ちゃんと曲率計算して撃ってるよっ!』
セリは思わず文句を言うが、返ってきた声の主はニュクスである。
「んもうっ、知らないっ!」
セリの目元はゴーグルで隠れて見えないが、少し口角が上がっているようにも見える。
二分かからず現場に到着した三号機は、死角に潜むメタスクイドを担当し、残り四体を掃討する。
二号機は二体、一号機と三号機はそれぞれ一体ずつ撃破した。
*
三号機リコ・ニュクス組のコクピット。
「アンチグラヴィテッド狙撃シーケンス。はいって、ニュクス」
「リコ、待ってましたっ!」
そのやり取りを合図に三号機はへピイATiを経由、一号機が確立した狙撃軌道に乗り、アンチグラヴィテッド狙撃シーケンスを開始した。
「調律完了っ! リコ、よろしくっ!」
ニュクスの威勢のよい声と共に、リコはアンチグラヴィテッドを電磁レールガンに装填。
砲身が帯電する音を聞き分けつつ、セーフティ解除を承認する。
リコは息を殺してトリガーを引く。
砲弾運動エネルギー約六十メガジュールで放たれた異重力位相変換弾頭アンチグラヴィテッドは、異重力収束点に吸い込まれるように着弾した。
IVシールドの解除に成功し、『像の揺らぎ』は徐々に失われる。
奇怪な姿を晒したメタストラクチャーに向け、ヘパイストスは限定可変核を即時発射。
真っ白い水蒸気の弧を描く一本の軌跡は彼らのど真ん中に着弾。
構造崩壊の断末魔、大火球を生む大爆音を轟かせ、これを撃破した。
ここで一号機、二号機のアーメイド管制システムは神経接続を解除し、両機ともコクピットのアンバーの拘束は解かれた。
*
二号機ヒト・イオ組のコクピット。
青いアイコンがポップアップ。ヒトはセリの通信モードを戻している。
『一課第五、アーメイド一号機セリ、作戦終了っ、帰艦しますっ!』
セリの不機嫌な通信が入ると、二号機コクピットのメインモニタに鬱憤を晴らすが如く四回転ロールする一号機の白い機影が映る。
彼女は自分でも接続制限ギリギリで狙撃可能だったことが不満なのだ。
『いつもより多めに回しておりますぅー』
『もうっ、茶化さないでよっ! ニュクスったらっ』
メインモニタの下端で、上下に弾んでいる青と黄緑の二つのアーメイドアイコン。
今度はセリとニュクスのやりとりを聞き、イオは羨ましく思った。
前席のヒトと言えば、この後に及んでも無反応である。
何も態度が硬いのはイオに限った話ではない。
――― 前の席の地蔵には、一体何を供えれば良いのだろう?
一課第五のアーメイドは、仲良く三機並んで帰艦進路を取った。
***
「ヒト君、まだ気になるかい? イナイチ(AMD171)の動作遅延」
帰艦してヒトが搭乗橋に降り立った直後、格納庫で待っていたヒライである。
「僅かですが、もたつきはなくなって、ないですね」
――― うわっ、地蔵が喋ったっ!
と、イオの驚愕はさて置き、ヒトはアーメイド二号機を眺めながら呟いた。
「えっ、ヒト君、二号機をまたイジってるの? 懲りないねえ」
エリックもリコを連れて現れる。
その言葉からヒトの二号機カスタマイズが常習化していることが分かる。二号機コクピットの内装パネルに小傷が目立つのも、ヒトの『改造癖』の所為である。
「これ以上は『ただの人』じゃ体感できない、計測機でしか測れないレベルだよ」
ヒライは両の手のひらを天井に向け、お手上げのジェスチャー。
ふーむ、と考え込むヒト。
「正直、もうATiを入れ替えるしかないんだよね。でも、それやっちゃうと俺以外触われなくなるから。エドもフェーズv9の運用資格持ってないしさ」
「あれっ、ヒライさん持ってるんだフェーズv9ッ! すごーいっ!」
目を丸くして驚きの声を上げたのはイオである。
リコも一緒に目を丸くするが、イオが何に驚いたかは理解していない。
ヒトは先からアーメイドに視線を向けたままだ。
「ふふん、凄かろう。機関統制官は伊達ではない、持ってないとへピイATi触れないからね……ってエリック、君も持ってるだろ」
「いやいや、僕のは研究用途限定ですよ、ヒライさんみたいに限定解除じゃないし」
そうエリックが返すと、ヒトが口を開いた。
「アーム二番の関節、アクチュエータだけ、S規格に変えてもらっていいですか?」
「あ、やっぱりそこ触わる? さすがヒト先生、お目が高い。三番はいいのかい?」
ヒライに向いてヒトは頷く。
リコもヒトの真似をして頷く。
「それだと、冷却が追いつかないから水回りも変えなきゃダメだけど、重くなるよ?」
「もたつきが解消できないなら、立ち上がりを、速くしたい」
渋い顔をするヒライ。対するヒトはうわ言のよう。
リコは二人の会話のキャッチボールを首を振って追いかける。
もちろん内容は理解していない。
「速くすること自体は簡単だけど、イナーシャが増えてプラズマガンの砲身がブレる。射撃システムで補正するとなると、結局イタチごっこだよ」
「その分、駆動シャフトの、第二ギアを二丁ローに、振ってください」
「えーっ、関節周り一回降ろさなきゃダメじゃん。無茶を言うねえヒト先生……」
イオとエリックは話が専門的過ぎてついて行けず、リコを置いて退散する。
ヒライは二人が去ったのを見計らって話題を変えた。
「ところでさあ、ヒト君。内緒なんだけど、来週辺りにイイ娘が入ってくるんだけどね、イナロクっていう……」
クックック、と不敵に笑うヒライ。
「い、いいこ……?」
リコ、それは勘違いである。
***
ヒトより先にブリッジに上がるイオとエリック。
途中の階段で何やら諍いの声が聞こえる。
場所は展望室、声の主はセリとニュクスの二人だ。
漏れ伝わる風切り音と艦の稼働音が響いて内容までは分からない。
すると、淡いブラウンの髪を振り乱して階段を駆け下りるセリ。
踊り場でイオ達とすれ違った直後、「ガシャンッ」とイスを蹴り飛ばす音。
「え……?」
イオは突然のことにしばらく考える。
「さっきのあれ……セリ、泣いて、なかった?」
恐る恐る口にすると、エリックは小さな溜息を吐く。
そして、ぼそりと呟いた。
「リコちゃんが着任する去年まで、セリちゃんはニュクスと組んでたんだよ」
――― え、どういうこと?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます