第三話 三度見して困惑する。Bパート

「トーキョーロストから二十年だぞ、いい加減ATiの枷を外してくれないかなーっ」


 ヘパイストスブリッジにて残業中の三名。

 ヒライ機関統制官はアーメイド二号機のシステムチェックをしながらぼやく。そして「ターンッ」とエンターキーを叩いた。彼だけ端末を改造して自前の物理キーボードを使っている。自らパーツを揃えて組み上げたの一品ものだ。因みにエンターキーだけがやけに汚い。


「ツールとして使うのにフェーズv9以上はイミないんじゃないノ?」


 エド兵装統制官はヒライのディスプレイを横から覗き込む。

 本来は彼の仕事だが、演算思考体が絡む仕事はヒライに丸投げしているのだ。


「手の入れようがないのよ。へピイATiとの同期遅延が解消できない。アーメイド側もへピイに揃えてv9に上げてしまうとイジるのに国家資格が要る。そうなったら面倒だろ?」

「ねえ、ATi……人工知能と演算思考体って実際何がどう違うの?」


 アレサ哨戒管理官はさらに横から口を挟む。

 ヒライは椅子ごと向きを変え、アレサの疑問に答える。


「えーとね、凄く大雑把に言うと人工知能は『そこに在るもの』しか学習できないのに対し、『そこに無いもの』を自ら想定して学習に加えるのよ。要するに『閃き』を実装したのが演算思考体。実際『ほぼ人間』だから知能じゃなくて思考。まあ販促用の方弁みたいなもんだけど」


 ヒライは謎のスイッチが入り、言葉を続ける。


「本当に無いものを想定するとキリがないから、量子演算で構築した分岐未来を参照するわけ。要するに『擬似』ね。それがイプシロン製ATiならイプシロン本社中枢のホストATi。つっても、今や世界の殆どのATiはイプシロンかイプシロンのOEMだけどね」

「ごめん、全然分かんない」

「ミーも分かんない」

「君は分かれよエド……まあ、人工知能から劇的に進化したところで、今度はATiの学習能力に見合う観測技術が追いついてないんだけどさ」


 一息ついたヒライは再び自前のキーボードに手を伸ばす。

 アレサはエドを横目で見ながら含みが有る物言いをする。


「つまりいくら地頭が良くても、漫画しか読まなかったら賢くならないのと同じ?」

「ナニ言ってんの! ジャパニーズコミックはマイライフそのものネ!」

「まあ、そういうことだけど。つーかへピイに聞けよそんなものっ」

「いやよ、へピイったら一々難しい言葉ばっかりでちっとも優しくないんだもん」

「あの設定はミセス・クライトンのシュミだからネ!」


 エドはブリッジ内を見回しながら囁く。鬼軍曹のあだ名は伊達ではないようだ。

 

「それにメタストラクチャーの観測データだって全然足りない。十五年も世界中で戦っているのに、まともな実戦記録はようやく1000件に届いたところ……」

「そうネ、アレの解析がもっと進めばミーのリコチャンもラクになるのに!」

「おまわりさーん、コイツでーす」


 茶化すアレサにエド沈黙。ヒライはぼそりと呟いた。


「ATi世代交代もダメ、完全自律兵器もダメ。もう二十年だよ? 何やってんの人類」


・・・


 アンチグラヴィテッドの調律シミュレーションはアーメイド実機に搭載された仮想動作モードで行うため、イオはガンナースーツを着用して格納庫に向かう。

 スーツは最新モデルで薄型軽量化が進んだとは言え、極一般的な衣類に比べればまだまだ重い。イオは実戦に限りなく近い反復訓練には必要なことと理解しつつも、面倒臭いと不平を漏らさずにはいられない。

 格納庫では数人のクルーとロボットが整備を行なっているが、全体的には閑散としてイ重力制御エンジンの稼動音が微かに耳に届くだけである。


 イオはいくつかのセットを繰り返して休憩しようと3F女子ロッカールーム横の自販機に向かう。すると同じく休憩していたエリックと居合わせた。

 エリックがそこに居るのは4F男子ロッカールームに自販機を置いていないためである。ガンナースーツを着ていることから同じくシミュレーションの最中だ。


「やあ、イオちゃんもシミュかい? 結構結構」


 エリックはドリンクを上に掲げてイオより先に声をかける。

 掠れた高い声が格納庫全体に僅かに反響する。


「えーと、まだマップボード触ってないと落ち着かないんで……おじさんもシミュ?」


 イオは着ること自体には慣れたとは言え、まだスーツが気恥ずかしい。この場合、エリックとは親しいだけに余計に決まりが悪い。


「はは、この格好でおじさんは止してくれよ。シミュはやらないと鈍るからねえ」


 そう言えば、とイオはヘパイストスに乗艦してからずっと慌ただしく、エリックとは落ち着いて話す機会がなかったことに気がついた。

 イオにとってエリックは強く父を連想する存在……と言っても父性という意味ではない。元々父の助手だった所為もあるが雰囲気がよく似ている。何処となく頼りないが一つのことに拘り始めると他は目に入らない。類は友を呼ぶ……叔父さんとはまた別の「おじさん」なのである。


「で、もう慣れたかい? ヘパイストス」

「うん、ヘパイストスは慣れたけど、おじさん、知覚共有って……」


 イオは知覚共有について触れてみた。それはここ最近の引っかかりの一つでもある。


「分析官側は基本的に『異重力知覚』だけ、ガンナーに『貸している』んだよね?」

「基本的にはそう。双方向ではないはず。僕自身はセリちゃんからも前の子からも、特に何かを感じたことがないからピンとこないけど。何かしら個人差はあるみたいだけどね」


 エリックは大学の研究室を出て、異重力分析官になって六年だ。現在のパートナー、セリの前任者は退官し、既にヘパイストスを去っている。


「へえ、『前の子』って、なんだかカノジョ取っ替え引っ替えしてるみたーい!」

「イオちゃん、馬鹿言わないのっ、僕はおフィアンセさま一筋だよ!」


 ――― あ、しまった。不味い話題に振っちゃったな。


 実はエリックは八年前にある事件で婚約者を失くしているのだ。だがエリック自身は全くそう受け取っておらず、輪をかけて腫れ物になってしまっている。実際、事件の扱いは行方不明なので亡くなったと決まった訳ではない。


「あ、いや、そうそう知覚共有の話、やっぱり何かあるんだ」


 イオは慌てて話を元に戻す。

 当のエリックも周りからどう思われているか察しているので深追いはしない。


「うん、個人差ね。例えば触覚とか嗅覚や味覚。他の知覚に変えて発現するみたい」

「温度とか、匂いや味ってこと?」

「ガンナー側もあるらしいけど、あっちは受け取る異重力知覚の情報がずっと大きいから、大して気にしてないらしいよ」


 エリックはそう言って怪訝そうな顔をする。少し考えて言葉を続けた。


「もしかして、ヒト君のことかい?」

「えっ、あ、いやー、私、他にも覗かれちゃってるのかなって……」


 ――― まだ確信した訳ではない。今は口にするのは止そう。エリックおじさんは何か知っているかもしれないが、他人のナイーヴな部分に不用意に触れるべきではない。


 イオはつい先ほどに後悔したばかりである。


「ははあ、分かった。イオちゃんは隠れて何食べてるとか?」

「はいっ? おじさん、ひっどーいっ!」


 ――― ああ、確かにそれも気になるな。


・・・


 ブリッジの直上、展望室。ヘパイストス上部の箱型に突起している部分で、かつてブリッジとして使用するはすだった場所だ。六人掛けのテーブルと椅子が置かれただけで他は何もない。

 前面の窓の防護壁を解放しているので容赦ない陽射しが降りが注いでいる。現在のヘパイストスの高度では窓の外には僅かな雲と下方に広がる海面しか見えない。


 エリックは窓辺に立って外を眺めている。そしてもう一人、ジェイムス・アンダーソン艦長。短い髪はすでに白く顔に深い皺を刻んでいるが、背筋が通った姿勢は老人と呼ぶには相応しくない。温和な表情を持つ元軍人である。


「君がここに来たのは、確か2125年だったかね」


 アンダーソン艦長は切り出した。展望室に上がったのはエリックが先である。

 強い陽射しのため、二人ともサングラスをしている。


「ええ、早いもので六年も出向していることになりますね。相変わらず平社員ですが」

「我々だってただの公務員だよ。便宜上、戦争と言っているが相手は人じゃない」


 エリックはやや大声だ。展望室は防音が甘く、風切り音が邪魔をする。

 アンダーソンはエリックに顔を向け、同じく声を張り上げる。


「そうですねえ、怪獣退治であって外交手段じゃない。大きな兵器を扱っていても、戦争屋じゃないから気が楽ですよ」

「今となっては害獣駆除だ。怪我でもしたら恩給じゃなくて労災だが」

「ヤケにスケールの大きい害獣駆除ですね、そう考えると割に合わない気もします」


 笑うエリック。口元は笑っているがサングラスが邪魔をして判別できない。


「ええっと、何の話だったかな。そうそうあの事件から、アストレアが消えて八年か」

「ええ」

「何か見つかったかね?」

「え? いや、あの……」


 エリックは意外な問いかけに慌てた様子でアンダーソンに顔ごと向ける。


「ドクター・ミナミのお嬢さんがこの艦に乗ってきたから、もしやと思ったんだがね」

「あれは僕も想定外でした。二回も落ちたから諦めるとばかり……調べたんですか?」

「調べたというか教えてくれたんだよ。ブレインズが」


 エリックは無言である。風切り音が弱まる気配はない。

 アンダーソンは天気の話でもするかのような口調で続ける。


「ドクター・ミナミ、いやミナミ教授の助手だったんだろう? あともう一人、ブレインズの……いやそれは止そう。アストレアを探しているのは君だけじゃない」

「脅し……ですか?」


 エリックはゆっくりとサングラスを外す。顔に笑みを浮かべながら、また窓の方へ向くアンダーソンが見える。


「なあに、ブレインズからの伝言だ。彼は古い『戦友』だからな」

「公務員なのに?」

「ああそう、違う『戦争』。私はリアリストじゃないから君の動機は理解できる。止めやせんよ」


 アンダーソンは自嘲気味に笑う。

 エリックは再び窓の外に視線を移す。胸を撫で下ろしているかのように見える。


 アンダーソンは先にブリッジに降りた。


・・・


「ほう、あれがヘパイストスか。八年も経つのに気にしたことがなかった」


 イプシロン・テクノロジー横浜本社ビル近くのホテル、最上階のスイートに宿泊するロベルト・ハスラーCEOの呟きである。

 窓からは下方に広がる横浜市の夜景と、漆黒の闇がせめぎ合う境界線が見える。その境界線の上空を沿うように飛行する六つの光輪、六基のイ重力制御エンジンが作り出す輪だ。

 ヘパイストスは現在、巡回任務の途中で東京湾を出て相模湾を回った後、ヨコスカ基地に帰港する予定である。


「それだけ、お忙しかったんですよ」


 ロベルト・ハスラーCEOの秘書、トオイ・イブキがそれに答える。


「しかし、見すぼらしい艦だな、名前通りだ」

「元は実験開発艦と聞いています。慌ててアストレアの代わりに仕立てたと」


 窓際のハスラーは車椅子に座り、それを押すトオイは共にホテルの白いバスローブを着ている。痩せこけた身体に青白い顔の白髪の老人と淡いブラウンの瞳と髪の若い女性。祖父と孫くらいの歳の差である。トオイの前髪の隙間にはNDポートが見える。


「例の……ミナミ教授のご息女が乗ったと聞いたせいか」

「そうですね、例の」


 ハスラーは独り言のように呟くとトオイはそれに同調する。


「偶然か作為か。彼らの手際にしてはいささか非合理だ。なぜ超研対など」

「それは分かりません。メタストラクチャー対策が危険な仕事だったのは過去の話、それについてご尽力なさったのはCEOご自身じゃありませんか」


 トオイは笑いながら答えると車椅子の方向を変え、ベッドに向けて押し始める。

 ハスラーはトオイに介助されながら、バスローブのままベッドに横たわる。溜息ともつかない深く長い息を吐き出した。


「結果的にな。世界は新しい演算思考体を必要としないのだから、まあ繋ぎだ。我々イプシロンは図体だけはでかい。相応の食い扶持が必要だった」

「いい職場でしたよ、私はテーセウスでしたけど」


 トオイはベッドのカウンターに置かれたケースに手を伸ばす。掌サイズのケースの中身は薬である。予め用意していた水と一緒にハスラーに差し出した。バスローブの合わせ目から覗く胸元に下着の類いは見られない。

 ハスラーは長らく続く経営戦略会議のため私邸には戻らず、ホテル暮らしを続けている。

 トオイはハスラーが落ち着いたことを確認すると部屋の灯りを消し、髪留めを外して髪を下ろす。そしてバスローブを脱いだ。


「君のやることに口を挟むのは何だが、やはりそれはやり過ぎではないか?」


 窓の外から入り込む光は僅かしかない。薄灯りに照らされたトオイの肢体に視線を向け、ハスラーは苦々しく疑問を口にする。


「最高経営責任者に若い秘書の女。お側に居るには記号が必要でしょう?」


 トオイはハスラーに覆い被さって呟き、その若々しい肢体を預けた。長いブラウンの髪が彼の顔をくすぐっている。


「まさかこの身体で色惚けの誹りを受けるとは思わなかった」

「ご不満ですか? それはあなたがそうお作りになったから」

「報酬系の一部を拡張しただけだ。成長すればそれも薄れるはずだった」


 ハスラーは苦笑いをしながら不平を口にする。

 トオイはハスラーのバスローブに顔を押しつけて匂いを嗅いでいる。


「あとどのくらい、君は残っているのかね」

「私は最初から器、そして器は満たされてこそ。全ては我々の義務を果たすため」


 ハスラーは問いかけると、トオイはうわ言のように呟いた。


「それは私の望みであり、あなたの望みでもある」

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