side B 演算思考体と知覚共有

 ヘパイストスブリッジにて、残業に勤しむ三名。


「トーキョーロストから二十年だぞ、いい加減ATiの枷を外してくれないかなーっ」


 ヒライ機関統制官はアーメイド二号機のシステムチェックをしながらぼやく。そして「ターンッ」とエンターキーを叩いた。

 彼だけデスク端末を改造して、自前の物理キーボードを使っている。自らパーツを揃えて組み上げた一品ものだ。因みにエンターキーだけがやけに汚い。


「ツールとして使うのに、フェーズv9以上はイミないんじゃないノ?」


 エド兵装統制官はヒライのディスプレイを横から覗き込む。

 本来は彼の仕事だが、演算思考体が絡む仕事はヒライに丸投げしているのだ。


「もうね。手の入れようがないのよ。へピイATiとの同期遅延がどうやっても解消できない。アーメイド側もへピイに揃えてv9に上げてしまうと、イジるのに国家資格が要る。面倒だろ?」

「ねえ、『エー・ティー・アイ』って未だによく分からないんだけど……人工知能と演算思考体って、実際、どこがどう違うの?」


 アレサ哨戒管理官がさらに横から口を挟む。

 ヒライは得意げな顔をして椅子ごと向きを変え、彼女の席の方を向く。


「えーとね、凄く大雑把に言うと人工知能は『そこに在るもの』しか学習できないのに対し、『そこに無いもの』を自らシミュレートして学習に加えるのよ。要するに『閃き』を実装したのが演算思考体ATi。実際、『ほぼ人間』だから『知能』じゃなくて『思考』。まあ、販促の方便みたいなものなんだけどね」


 ヒライは謎のスイッチが入り、言葉を続ける。


「でも本当に無いものをシミュレートするとキリがないから、量子演算で予測した分岐未来、いわゆるリアルワールドシミュレーションを参照するわけ。要するに『擬似』ね。それがエプシロン製ATiならエプシロン本社中枢のホストATi」


 一気に捲したてたところで、缶コーヒーに手を伸ばす。


「エプシロン製つっても、今や世の中の殆どのATiはエプシロンか、論理プラットフォームを共有するOEMだけどね」

「ごめん、全然分かんない」

「ミーも分かんない」

「君は分かれよエド……まあ、人工知能から劇的に進化したところで、今度はATiの学習能力に見合う観測技術が追いついてないんだけどさ」

「つまりいくら地頭が良くても、マンガしか読まなかったら賢くならないのと同じ?」


 アレサはエドを横目で見ながら、含みが有る物言いをする。


「ナニ言ってんのっ! ジャパニーズコミックはマイライフそのものだヨッ!」

「いやまあ、そういうことだけど。つうかへピイに聞けよそんなもの」

「いやよ、へピイったら一々難しい言葉ばっかりでちっとも優しくないんだもん。百科事典を音読してるみたい」

「あの設定はミセス・クライトンの趣味だからネッ!」


 エドはブリッジ内を見回しながら小声で囁く。

 鬼軍曹のあだ名は伊達ではないようだ。


「確かに一般人が運用するならv8までで十分だけど、ハードパワーが全然違うからね、僕はパフォーマンスを気にしてるんだよ」


 ヒライはディスプレイを睨み付けながら構わず続ける。

 アレサは飽きてきたのかまた髪を弄り始める。

 エドはリコフォルダをクリック。


「それに観測技術っつうか、メタストラクチャーの実測データだって全然足りないしな。未だに収束点観測は分析官頼りだし、参照するデータが無けりゃ演算思考体なんて宝の持ち腐れ。十五年も世界中で戦っているのに。ねえ?」

「そう言えば、あの骨の親玉。なんでいつも可変核で焼いちゃうの? 捕獲とかしないのかな」


 ふいに食いつくアレサ。それに応えるヒライ。


「昔からやってはいるよ。でも奴ら、砕かれたら砕かれた分だけ分離再生するのは知ってるよね。中身がスカスカだから攻撃されると簡単に砕けて、自閉形態に入って再生を始めるっていう」

「えっと、扁形動物のプラナリアみたいに増えるってこと?」

「そうそう。でね、ある程度小さくなったら今度は自壊を始める訳。それが構造崩壊。分子構造まで一気に崩壊するからまともなサンプルが採れない。いたずらに増やしても厄介だし、IVシールドの解除時間も三分保たないから、背に腹は変えられなくて焼くと」

「はあ……成る程」


 アレサの理解が進んだのを確認して、ヒライは一息吐く。

 するとエドが無理やり何か言う。


「そうだネ、アレの解析がもっと進めば、ボクのリコチャンもラクになるのにっ!」

「おまわりさーん、コイツでーす」

「おまわりさーん、コイツでーす」


 呆れるヒライとアレサ、ハモる。


「はあ、ATiの世代交代もダメ、完全無人兵器もダメ。もう二十年だよ? 何やってんの人類」


 ヒライ、ぼそりと呟いた。




***




 アンチグラヴィテッドの調律シミュレーションは、アーメイド実機に搭載された仮想動作モードで行うため、イオはガンナースーツを着用して格納庫に向かう。

 ガンナースーツは最新モデルで軽量化が進んだとは言え、極一般的な衣類に比べればまだ重い。

 イオは実戦に限りなく近い反復訓練には必要なことと理解しつつも、面倒臭いと不平を漏らさずにはいられない。


 ヘパイストスの格納庫では数人のクルーがロボットと共に整備に追われているが、全体的には閑散として艦外のイ重力制御エンジンの稼動音が微かに耳に届くだけである。


 イオはいくつかのセットを繰り返して、休憩しようと3F女子ロッカールーム横の自販機に向かう。すると、同じく休憩していたエリックと居合わせた。

 エリックがそこに居るのは、4F男子ロッカールームに自販機を置いていないためである。ガンナースーツを着ていることから、同じくシミュレーションの最中だ。


「やあ、イオちゃんもシミュレーションかい? 結構結構」


 エリックはドリンクを上に掲げ、イオより先に声をかける。

 その声は格納庫全体に僅かに反響をしている。


「えーと、まだマップボード触ってないと落ち着かないんで……おじさんもシミュ?」


 イオは着ること自体には慣れたとは言え、まだガンナースーツが気恥ずかしい。

 この場合、エリックとは親しいだけに余計に決まりが悪いのである。


「はは、この格好でおじさんは止してくれよ。シミュはやらないと鈍るからねえ」


 そう言えば、とイオはヘパイストスに乗艦してからずっと慌ただしく、エリックとは落ち着いて話をする機会がなかったことに気がついた。


 イオにとってエリックは強く父を連想する存在である。と言っても「父性」という意味ではない。元々父の助手だった所為もあるが雰囲気がよく似ている。

 実際、二人はウマが合ったらしく、父はエリックをよくミナミ家に招いていた。かれこれイオが十歳の頃からの付き合いである。但し、全てにおいて印象が良かった訳ではない。

 何処と無く頼りないが、一つのことに拘り始めると他のものは目に入らない。正に類は友を呼ぶ……叔父さんとはまた別の「おじさん」なのである。


「で、もう慣れたかい? ヘパイストス」

「うん、ヘパイストスは慣れたけど、おじさん、知覚共有って……」


 ふと、イオは知覚共有について口にする。ここ最近の引っかかりの一つだ。


「分析官側は基本的に『異重力知覚』だけ、ガンナーに『貸している』んだよね?」

「基本的にはそう。双方向ではないはず。僕自身はセリちゃんからも前の子からも、特に何かを感じたことがないからピンとこないけど。何かしら個人差はあるみたいだけどね」


 エリックは大学の研究室を出て、異重力分析官になって六年だ。現在のパートナー、セリの前任者は退官し、既にヘパイストスを去っている。


「へえ、『前の子』って、なんだかカノジョ取っ替え引っ替えしてるみたーいっ!」

「イオちゃん、馬鹿言わないのっ、僕はおフィアンセさま一筋だよっ!」


 ――― あっ、しまった……不味い話題に振っちゃった。


 実はエリックは八年前にある未解明事件で婚約者を失くしているのだ。だがエリック自身は失くしたと全く思っておらず、輪をかけて腫れ物になってしまっている。

 詳細の多くは伏せられているが、扱いは行方不明なので亡くなったと決まった訳ではない。だが、それは八丈島沖よりさらに南方数十キロ近辺で発生した曰く付きの海難事故である。

 八年が経過した現在でも何の手掛かりも無ければ、生存を信じる者は少ない。


「あ、いや、そうそう知覚共有の話、やっぱり何かあるんだ」


 イオは慌てて話を元に戻す。

 当のエリックも周りからどう思われているか察しているので深追いはしない。


「うん、個人差ね。例えば触覚とか嗅覚や味覚。他の知覚に変えて発現するみたい。痛覚とか」

「温度とか、匂いや味ってこと?」


 イオはエリックの言葉に沿って返す。「痛み」は避けた。


「ガンナー側もあるらしいけど、あっちは受け取る異重力知覚の情報がずっと大きいから、大して気にしてないらしいよ」


 エリックはそう言って怪訝そうな顔をする。少し考えて言葉を続けた。


「もしかして、ヒト君のことかい?」

「えっ、あ、いやー、私、他にも覗かれちゃってるのかなって……」


 ――― まだ確信した訳ではない。今は口にするのは止そう。エリックおじさんは何か知っているかもしれないが、他人のナイーヴな部分に不用意に触れるべきではない。


 イオはつい先ほど、後悔したばかりである。


「ははあ、分かった。イオちゃんは隠れて何食べてるとか?」

「はいっ? おじさん、ひっどーいっ!」


 ――― ああ、確かにそれも気になるな。




***




 ブリッジの直上、展望室。ヘパイストス上部の箱型に突起している部分で、かつてブリッジだった場所だ。六人掛けの長テーブルと椅子が置かれただけで他は何もない。

 前面の窓の防護壁を解放しているので、容赦ない陽射しが降りが注いでいる。現在のヘパイストスの高度では、窓の外には僅かな雲と下方に広がる海面しか見えない。


 エリックは窓辺に立って外を眺める。そしてもう一人、ジェイムス・アンダーソン艦長。

 短く刈り込んだ髪はすでに白く顔には深い皺を刻んでいるが、背筋が通った姿勢は老人と呼ぶには相応しくない。温和な表情を持つ元軍人である。

 強い陽射しのため、二人ともサングラスをしている。


「君がここに来たのは、確か二一二五年だったかね」

「ええ、早いもので六年も出向していることになりますね。相変わらず平社員ですが」


 アンダーソンが先に話を切り出した。展望室に上がったのはエリックが先である。

 エリックはやや大声だ。展望室は防音が甘く、風切り音が邪魔をする。


「我々だってただの公務員だよ。便宜上、戦争と言っているが、相手は人じゃない」

「そうですねえ、怪獣退治であって外交手段じゃない。大きな兵器を扱っていても、戦争屋じゃないから気が楽ですよ」


 アンダーソンはエリックに顔を向け、真似をして声を張り上げる。

 エリックは窓の外に向いたままである。


「今となっては害獣駆除だ。怪我でもしたら恩給じゃなくて労災だが」

「ヤケにスケールの大きい害獣駆除ですね、そう考えると割に合わない気もします」


 笑うエリック。口元は笑っているが、サングラスが邪魔をして判別できない。


「ええっと、何の話だったかな。そうそうあの事件から、アストレアが消えて八年か」

「ええ」

「何か見つかったかね?」

「え? いや、あの……」


 エリックは意外な問いかけに慌てた様子でアンダーソンに体ごと向く。


「ドクター・ミナミのお嬢さんがこの艦に乗ってきたから、もしやと思ったんだがね」

「あれは僕も想定外でした。二回も落ちたから諦めるとばかり……」


「調べたんですか?」


 エリックの口調が硬く変わる。

 雲が増えて陽射しが弱まるとアンダーソンはサングラスを外した。


「調べたというか教えてくれたんだよ。ブレインズが」


 エリックは無言である。風切り音が弱まる気配はない。

 アンダーソンは天気の話でもするかのような口調で続ける。


「ドクター・ミナミ、いやミナミ教授の助手だったんだろう? あともう一人、ブレインズの……いやそれは止そう。アストレアを探しているのは君だけじゃない」

「脅し……ですか?」


 エリックはゆっくりとサングラスを外す。

 顔に笑みを浮かべながら再び窓の方へ向くアンダーソンが見える。


「なあに、ブレインズからの伝言だ。彼は古い『戦友』だからな」

「公務員なのに?」

「ああそう、違う『戦争』。私はリアリストじゃないから、君の動機は理解できる。止めやせんよ」


 アンダーソンは自嘲気味に笑う。


「隠していてもしょうがない。情報はお互い共有した方が、メリットはあると思うがね。それを望んでいるのはブレインズ『個人』だ」

「それは…………」

「それに、君はミナミ教授が亡くなられた十年前、お嬢さんの手術に立ち会っているね。警戒をするということは『あれ』を知っているのだろう?」


 エリックは硬く沈黙する。


「少なくとも我々は『あちら側』ではない……消えた『演算思考体』を探しているのは同じだが」


 アンダーソンは含みを持たせた口ぶりである。

 だが、愕然するエリック。


「まさか、トーキョーロス……

「まあ待て、今日明日でどうにかなる話ではないからな。考えてくれればいい」


 アンダーソンはエリックの言葉を遮り、目尻の皺をさらに深く刻ませた。


「恐縮です……」


 エリックは再び窓の外に視線を移す。胸を撫で下ろしているかのように見える。

 アンダーソンは先にブリッジに降りた。




***




「ほう、あれがヘパイストスか。八年も経つのに気にしたことがなかった」


 エプシロン・テクノロジー横浜本社ビル近くのホテル、最上階のスイートに宿泊するロベルト・ハスラーCEOの呟きである。


 窓からは下方に広がる横浜市の煌びやかな夜景と、漆黒の闇がせめぎ合う境界線がはっきりと見える。その上空を沿うように飛行する六つの光輪、六基のイ重力制御エンジンが作り出す輪だ。

 ヘパイストスは現在、巡回航行の途中で東京湾を出て相模湾を回った後、超研対ヨコスカ基地に帰港する予定である。


「それだけ、お忙しかったんですよ」


 ロベルト・ハスラーの秘書、トオイ・イブキはそれに答える。


「しかし、見すぼらしい艦だな、名前通りだ」


 ヘパイストスとは、ギリシャ神話に登場するオリュンポス十二神、炎と鍛治を司る神の名だ。

 醜い容姿で生まれたため一度は母親に捨てられたが、成長した後に次々と優れた神器を作り上げ、優秀さが認められて改めて十二神に加えられたと伝えられている。


「元は技術開発用の実験艦と聞いています。慌ててアストレアの代わりに仕立てたと」


 窓際のハスラーは車椅子に座り、それを押すトオイは共にホテルの白いバスローブ姿である。

 痩せこけた身体に青白い顔の白髪の老人と淡いブラウンの髪と瞳の若い女性。二人は祖父と孫ほどの歳の差である。

 トオイの前髪の隙間にはNDポートがちらりと覗いている。


「例の……ミナミ教授のご息女が乗ったと聞いたせいかな」

「そうですね、例の」


 トオイは同調するが、続くハスラーの呟きは僅かに熱を帯びた。


「偶然か作為か。彼らの手際にしてはいささか非合理だ。なぜ超研対など」

「それは分かりません。メタストラクチャー対策が危険な仕事だったのは過去の話ですし、それについてご尽力なさったのはCEOご自身じゃありませんか」


 トオイは笑いながら答えると車椅子の方向を変え、ベッドに向けて押し始める。


「結果的にな。世界は新しい演算思考体を必要としないのだから、まあ繋ぎだ。我々エプシロンは図体だけはでかい。端末だけでは食っていけない」


 ハスラーはトオイに介助されながら、バスローブのままベッドに横たわる。

 溜息ともつかない深く長い息を吐き出した。


「いい職場でしたよ、テーセウスは。それとも、そんな危険な場所に私を預けたんですか?」


 トオイの意地悪な問いかけに、ハスラーは口角を吊り上げて返した。


「ほほお、言いおる。可愛い我が子には旅をさせろ、言うからな。我が子ではないが」

「ふふ、お目をかけていただいて、光栄です」


 トオイはそう言うとベッドのカウンターに置かれたケースに手を伸ばす。

 掌サイズのケースの中身は薬である。予め用意していた水と一緒にハスラーに差し出した。

 バスローブの合わせ目から覗くふくよかな胸元には、下着の類いは見られない。


 ハスラーは長らく続く経営戦略会議のため私邸には戻らず、ここしばらくの間はトオイと共にホテル暮らしを続けている。

 トオイはハスラーが落ち着いたことを確認すると灯りを消し、髪留めを外して髪を下ろす。

 そしてバスローブを脱いだ。


「君のやることに口を挟むのは何だが、やはりそれはやり過ぎではないか?」


 窓の外から入り込む光は僅かしかない。

 薄灯りに照らされたトオイの肢体に視線を向け、ハスラーは苦々しく疑問を口にする。


「最高経営責任者に若い秘書の女。お側に居るには記号が必要でしょう?」


 トオイはハスラーに覆い被さって呟き、その若々しい肢体を預けた。

 長いブラウンの髪がハスラーの顔をくすぐっている。


「まさかこの身体で、色惚けの誹りを受けるとは思わなかった」


 ハスラーは苦笑いをしながら、不平を口にする。


「ご不満ですか? それはあなたがそう『お造り』になったから」

「報酬系の一部を拡張しただけだ。成長すればそれも薄れるはずだった」


 トオイはハスラーのバスローブに顔を押しつけ、匂いを嗅いでいる。


「あとどのくらい、君は残っているのかね」


 不意にハスラーは口を開く。


「私は最初から器、そして器は満たされてこそ。全ては我々の義務を果たすため」


 トオイはうわ言のように呟いた。


「それは私の意思であり、あなたの意思でもある」

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