第十二話 Downer boy meets girl

side A ダイダロス・クレーター

 午前六時を十分ほど過ぎ、すでに陽は上り西の彼方に僅かな藍を残すのみである。

 二隻の真白な艦の甲板には、僅かな突起さえも長い影を落としている。


 アストレアは艦首側のイ重力推進エンジン二基のオーバーロードを開始する。

 ヘパイストスは僚艦後方に資材搬入用マニピュレータで連結、曳航される形となる。

 地表への影響を考慮し、高度五千メートル付近で静止状態を保っている。

 出力を最大限に引き上げ、二基の筐体は耳障りな稼動ノイズと甲高い高周波を発し始めた。


 左右一対の発光現象はさらなる眩い光輪を作る。

 ビリビリと艦体が震え、盛大な反響音と連続する振動に包まれる。

 ブリッジ、そしてヘパイストス全てのクルーがアストレア前方を注視している。


 超空間接続に必要な莫大な電力はメタスクイド内のある器官から供給されている。

 それは器官内で極小の超空間接続現象を発生させ、特定の主系列星コロナ層に接続。コロナが発生し続ける膨大の熱エネルギーを抽出し電力に変換する。

 これこそがメタストラクチャーの巨体を支えるエネルギーの源であり、〔一番目のイレヴン〕に対する最大のアドバンテージでもある。


 ヘパイストス側から見える光景は異様としか言いようがない。

 イ重力制御エンジンのオーバーロードが生み出す一対の光輪、重なり合った部分の向こう側がみるみる歪み始め、周りの光景がその中心に吸い込まれているように見える。


 アストレア艦首のメタスクイドが、歪みの中心に向けて一本の銛状触手を放つ。

 一直線に伸びる白い楔、その先端が歪みの中心に到達。

 すると、先まで聞こえていたイ重力制御エンジンの悲鳴が消え、辺りは静寂に包まれる。

 次の瞬間、音もなく暗黒が目の前に広がり、両艦体を飲み込んだ。

 暗黒の先には、半分が闇に削がれた月の大地が現れる。


 約三十八万キロメートル先の地球は白い大地の向こう側。つまり見えない。

 マイクロワームホールを開き、アストレアとヘパイストスは超空間接続に成功、接続誤差は0・02%、距離にして約七十キロメートル強である。

 へピイATiは直ちに艦の状態確認を開始、各機関の正常起動を確認した。




***




「えーっ、たった0・02%で七十キロもずれちゃう訳?」


 直下に広がる月の大地を眺め、声を上げるのはアレサ哨戒管理官である。

 目前には、地球ではまず拝むことができない眺望が広がっている。

 煌々と太陽の光が大地を照らしているにも関わらず、その空には色がない。

 漆黒の闇と数々の星、つまり夜空だ。


「そりゃあ三十八万キロの彼方だからね。前も言ったじゃん、誤差が馬鹿にならんって。超空間接続が流行らない理由」


 ヒライ機関統制官も何かしらこの光景を見て、感慨に耽っていた様子である。

 現在の艦内は無重力下に晒されているが、各自体内のニューメディカが補正を行なっているため、現時点で体調の異常を訴える者はいない。

 普段と違うのは、アレサが髪を後ろにまとめているぐらいである。


「へえ、思えば遠くに来ちゃったんだ」

「恐らく〔一番目のイレヴン〕はここがまだ詰められてない。人類が外宇宙に進出するにしても最低でもコンマ数%以下に誤差を抑えられなければ話にならない」

「ん? 〔一番目のイレヴン〕って私達とそう変わらない?」


 アレサはヒライに向いて眉を顰めると、彼は少し頭を捻る。


「いやいや、v9が数日かかるような座標演算を一瞬で、しかも飛翔体でやっちまうんだから大したもんだよ。恐らく3%以下まで詰めてるとは思うけど」

「ふーん、3%だったら一万一千四百キロかあ。月なんてご近所だと思ってたのに。これじゃ人類は引き篭もる訳ね」


 メタストラクチャー襲来より人類の宇宙開発は十五年前から停滞している。


「ま、超空間接続に限った話だけどね、精度だけなら三、四日かかるけど昔ながらのロケットの方が遥かに優秀。超空間接続は確かに早いが、誤差で地面に激突させられたら洒落にならん」

「オゥッ! 人類総自宅警備員になったらミンナ平和になるネッ!」


 エド兵装統制官は宇宙に出ても無駄にハイである。


「エド、それ笑えない。て言うか今のワタシ達ってほんとそれよね」

「そういう意味ではあいつら演算思考体は超暇人だから、誰かと敵対さえしなければ現状でも十分なんだろうけどさ」


 アレサは両手を上に伸びをしながら自虐する。対するヒライはエンターキーを「ターンッ」と叩いて言葉を返した。


「あいつらってメタビーイングもそうよね、めっちゃのんびりさんで」

「人類がせっかちなだけだよ、宇宙スケールの前では寿命が短過ぎる。カゲロウみたいなもん」

「ワタシ達って、宇宙に歓迎されてないのねえ」

「歓迎されるためのドレスコードが演算思考体っていうね」

「そうそう、あれ意味分からなかった。要するに不老不死でしょ、新しい身体に記憶を移すんじゃダメなの?」


 今度はアレサが座席ごと引き、エドの向こうのヒライに向いた。


「記憶を移すだけだったら同じ体験をした別人ができるだけだからねえ。仕組みはよく分からないけど、一旦、無意識領域の共有状態を作り出して同一性を確保しつつ、徐々に人間部分を演算思考体に移し替える。凄えこと考えるわ」


 いつもの雑談に熱が入る。


「そうまでして自分で成し遂げたいって…… すっごく自己中じゃない?」

「自己中ねえ……凡人にはスケールがでか過ぎて『狂信者』と区別がつかねえ。如何にも『研究者』らしい動機とも言えるけど、なら人様に迷惑かけんなっての」

「オウッ、馬鹿とジーニアスは紙一重ネッ!」

「お前も紙一重分がんばれば天才になれるよ…… つうか彼らからすりゃ、人類はただの現象でしかないってのは……」


 呆れて口走ったヒライにアレサは首を傾げる。


「ん? 現象ってどういうこと?」

「要するに彼ら演算思考体からすれば、俺たち人類は雨とか風とか自然現象と大差ないってこと。全宇宙の多種多様な循環する系の中で、人類はそのごく一部を切り取って『生き物』と呼んでるに過ぎないしな。困らなければ無視しても構わない。自己中も何も常に自分しか居ない」

「ふぅー……ん?(分かってない)」


「君達、そろそろお喋りは止めにして仕事に戻ってくれないか? シュペール・ラグナの位置はどうなってる、アレサ・ケイ哨戒管理官」


 クライトン副艦長は自席の端末から顔を上げ、お喋りを咎めた。





 目的地ダイダロスは南緯5・9度、東経179・4度、直径約九十三キロ、深さ約三キロメートルの巨大なクレーター。地球から見える月のほぼ真裏で現在は昼間である。

 アストレア、ヘパイストスは目標地点への到達軌道で約二千キロメートル。

 自在に重力場に干渉するイ重力制御推進であれば、減速時間も含めてあと二時間ほどで目的地ダイダロス・クレーターに到達する。


『これがメタビーイングの超空間接続ゲート。リングメタストラクチャー』


 アルヴィーは既にアストレアに戻っている。

 ヘパイストスのブリッジに届いた、〔三番目のイレヴン〕が観測した映像である。

 それは巨大な環状のメタストラクチャー、月面に直立している姿が映し出されている。

 ダイダロス・クレーターの直上、高度およそ五千メートル付近に静止し、その直径は予測値で約三千メートル。『像の揺らぎ』が正確な計測を阻んでいる。


「流石にでけーなオイ。月並みな感想だが。月だけに」


 映像を見て呑気な感想を口にするのはヒライである。


「ヒライさーん、ジャパニーズ駄ジャーレ、おじさんの証拠ネッ!」

「ああんもうっ、馬鹿なこと言ってないでシュペール・ラグナ探しなさいよっ!」


 アレサが二人にキレているのは、強力なジャミングとダミーブイの所為で正確にシュペール・ラグナの位置が捕捉できないからである。

 コンポジットレーザーカムで全周囲撮影した画像を丹念に解析するしかない。


『それと残念なお知らせだけど、シュペール・ラグナは私達の左舷後方、約一千キロメートルに尾けているわ。もう減速に入っていて、彼らの射程に入るのに二時間もかからない』


 こちらも先に〔三番目のイレヴン〕がシュペール・ラグナを捕捉した。

 続いてメインモニタに月とヘパイストス、そして深紅の異形との位置関係を3Dグラフィック化して示す航宙図のウィンドウが開かれる。


「思ったよりギリギリだが、こちらもそう長く時間を潰す気はないからな」


 アンダーソン艦長は苦々しく呟いたその時、エリックから艦内通信。


『こちらエリック。超空間接続ゲート、大変なことになってますね。自閉形態のメタストラクチャー、ざっと見て四、五百は居ますよ』


 彼は現在、格納庫で二機目のアーメイドプラスの調整を行っている。

 自閉形態の彼ら、メタビーイングを観測できるのは異重力分析官だけである。知覚共有システムの動作チェック中に発見したのだ。


「止むを得ん、無視するしかあるまい。我々も全部は相手にできんからな」

「演算思考体を取り戻してからの話、ですね」


 艦長の呟きにクライトンが同調した。




***




『月の上では大気がないから速度が天井無しに上がるけど、その分減速に使うエネルギーも増える。調子に乗って飛ばすと推進剤がすぐ切れるよ』


 ブリッジのヒライから説明をコクピットで受けるヒト。

 タッチディスプレイを操りながら、機体の状態を一つ一つ丹念に確認していく。


『それから、プラズマガンは磁界殻の密封限界が伸ばせないから射程は大して伸びない。他にも色々勝手が違うけど、普段使いと変わらないように調整はした』


 元々イ重力制御エンジンはイカロス粒子による重力場干渉によって実現した推進技術である。空気抵抗がほぼ無いことを除けば、大気中と操縦性は大きく変わらないのだ。


『それと…… 念を押すけど、あれはあくまで保険だからな』


 ヒライはヒトの返事を待つ。

 通信にやや間が空く。


「約束、ですから」


 抑揚のない口調で答える。いつものヒトと変わらない。

 ルームミラー越しに後席に視線を送るが、まだイオがコクピットに現れる時間ではない。

 足下のパネルを開けて、サードパーティーの位置を確認する。




***




 ヒトとセリは共にアーメイドプラスで先行してメタスクイドの撃破、及びアストレアのゲート通過後にリングメタストラクチャーの破壊が任務である。

 セリの新たな一号機、アーメイドプラスも〔三番目のイレヴン〕から攻性予測演算の支援を得るが、基本的には初期設定で宇宙空間での運用に合わせた調整を行なったのみである。

 ヒトが手を加えた設定は極端過ぎるため見送られた。


 格納庫でエリックは目の前の作業に集中しているが、アルヴィーを再びアストレアに送り出して以降、鎮痛な表情が張り付いたままだ。

 ニュクスは格納庫の片隅で作業するエリックを見つける。


「一号機の後ろ、代わってくれない?」


 エリックは彼女の表情で頼み事の動機に察しがついた。

 が、しばらく考え込む。


「ここで最後になったら…… 嫌だから、だけど」


 神妙な面持ちで付け加えるニュクス。


「うーん………そうだっ、いいことを思いついたよ」

「いいこと?」


 エリックは何か閃いた顔でニッと笑うと、すぐさまカード端末を取り出した。


「エド君、ヒト君とセリちゃんのイナイチ、まだ動かせるかな?」





「はあ? イナイチを砲台にするって?」


 素っ頓狂な声を上げたのは、ブリッジに戻ってきたばかりのヒライである。

 イナイチとはAMD171の俗称。リコの三号機は引き上げ後も修復の見通しが立たず放置されているが、ヒトとセリの旧機体は稼働に何も問題はない。

 エリックとニュクスは既にブリッジに戻っていた。


「イナイチが二機共遊んだままだし、分析官も一人余る。へピイATiも今回はレアケース過ぎてほぼお手上げなんだから、やれることはやりましょうよ」

「ねえ、でもナーヴスじゃないのにアーメイド動かせるの?」


エリックの提案にアレサの疑問を呈すと、二人の統制官が返す。


「そりゃ、普通の人に動かせなかったら整備できないからね」

「へピイATiと連携すれば余裕で動かせるヨ。収束点狙撃はムリだけどネ」


ちらっとニュクスに視線を移すエリック。


「それに、セリちゃんは機体にだけ慣れてないんだから、ガンナーはリラックスして集中した方がいい。砲台は言い出しっぺだから僕が乗るよ」


 ニュクスは申し訳なさそう顔で押し黙ったままである。

 すると、エドが勢い良く挙手をした。


「じゃ、もう一機はミーが乗るナリッ! リコチャンの仇討ちナリッ!」

「リコちゃん勝手に殺すな。つうかヘパイストスの兵装システムは誰が面倒見るんだよ」

「へピイATiに任せちゃダメなの?」

「それ意味ないから。へピイは支援はするが直接兵器を当てる権限を持ってないのよ」


 再びアレサ、同じくヒライが答える。

 現行法では演算思考体に許される他者への攻撃条件は牽制のみであり、それ以上は一次使用者の承認が一行動単位で必要となっている。

 また、攻撃条件の緩和は例外なく許可されず、演算思考体は拒否する設定とされている。

 つまり、当てる気がない牽制は、相対する演算思考体に何ら脅威と成り得ない。


「でもATiワールドオーダーって結局〔一番目のイレヴン〕が仕組んだことだよね? なんだか納得いかないわ」


 若干の沈黙の後、アレサは不満の声を漏らす。


「それでもルールはルールだ。ルールを外れるならルールを変えてからだよ」


 黙って話を聞いていたアンダーソンが口を開いた。


「トーキョーロスト、六百万もの犠牲の上での『人類』の結論だ。たとえそれが操作されたものであっても、簡単にひっくり返していいことじゃない」


 トーキョーロスト、誰彼も反論できない重い事実である。

 自らより賢い怪物を生み出した人類の業。


「では、私が乗ろう。ここから先は座っているだけだからな」

「えっ、いやでも、艦長?」


 クライトンは慌てて問い返す。

 驚いているのは他のクルーも同様だ。


「なあに、十五年前はまだ私も撃っていた。アーメイドじゃないがね」


 アンダーソンはそう口にすると、席から立ち上がった。


「ハスラーは既に人間ではないかもしれないが、演算思考体に引き金は引かせられない。人は神ではないが、やはり人の裁きは人が行うべきだ」


 それまでの険しい表情から一転、穏やかな口調。


「今、目の前にあること、その先まで見据えるのが大人の仕事だよ」




***




 イオは二号機コクピットの後席で、ヒトと行動開始のカウントダウンを待つ。

 イ重力制御エンジンのアイドル音が僅かに耳につく以外は静かだ。

 いつもと変わらないコクピット。全天のメインモニタはスリープに入っている。

 少し見下ろすと、ヒトが普段通り大人しく座っているのが見える。

 変わるのは現在のヘパイストスが月の上に位置していることぐらいである。

 大気密度は百兆分の一以下、外はほぼ真空の世界。


「ねえ」


 前席シートを左脚で小突き、ヒトに声をかける。


「あなたは大丈夫なの? 顔色、凄く悪いよ」

「キミほど、でもない」


 ヒトは普段通りの反応だが、イオは普段通り腹を立てない。

 絆創膏は今朝変えたばかりで真新しいが、依然として左眉を丸々隠している。


「そっか」

「キミが辛いのは、分かる」


 ヒトは呟く。


「ボク達には親は居ない、けど、ナーヴスの兄弟なら、居る」

「どうしたの? 変なフラグ立てないでよ」

「フラグ、ってなに?」

「いや、いいよ。嬉しい、ありがと」


 会話は途切れたが、イオは少ない会話に満足した。

 だが、ヒトは続けて口を開いた。


「そう言えば、この前、意味が分からない言葉」

「えっ、なに?」


 あのヒトが、能動的に会話を続けようとしている。

 ほんの一瞬、イオは心が弾んだ。


「ドウテイ、ってなに?」


 ――― は? うそ、聞こえてたんじゃないのっ! しかも選りに選って…… 童貞?


 いい気分で会話を終わらせてくれないヒトに困惑する。

 だが、それは自業自得だと諦めるしかない。合掌。


「ええーと、なんつーか、そのあのえっと……」


 後付けのルームミラー越し、首を傾げるヒトが見える。


「その…… また今度って、あっ、ヒト君が大人になったら、教えてあげるよ」


 今日この日が、と言わないのはイオなりのフラグ回避だ。


「じゃあ、イオに、教えてもらう」

「え……」


 ――― 待て待て待てっ! やだそれどういう意味? なんで私に拘るの? そ、それって大事なことでしょ? べ、別に私、お、大人だし、その、どうしてもって言うなら、考えなくもないけどっ! で、でもリコも居るし、いや待て、そういうことじゃない?


 かくして、イオが妄想と戦っている間にカウントダウンが始まった。




***




 宇宙、と言ってもほぼ月の上である。

 色らしい色がない、ほぼモノトーンの世界が下方の大地に広がっている。

 無数に穿たれたクレーターは、地上から見える表の顔よりずっと細かく減り張り小さい。

 それ以外はただ何もなく、どこまで行っても人が住む場所ではない。

 アストレアとヘパイストスはリング状のそれにほぼ正対して直進しているため、前方には真円の輪っかがぽっかりと浮かぶ奇妙な眺めである。


「ドーナツにしては苦情が出るぐらい穴がでかいなあ」


 いつものイオの独り言だ。

『像の揺らぎ』は確認できるが質量が法外に大きく、あまり揺らいでいるようには見えない。

 太陽光による強いコントラストが、その禍々しい姿を浮かび上がらせている。

 超空間接続ゲート―― リングメタストラクチャーは恒常的に超空間接続を可能にした言わば『門』だが、メタストラクチャーと同じく無数の骨格が複雑に組み合わさって形作っている。

 穴の奥には暗黒の闇が漫然と広がり、彼らの本体である『超常の存在』、即ちメタビーイングはその向こう側である。


 アストレア、ヘパイストスは交戦に備えて減速を開始する。

 後を追う深紅の怪物をゲート前でギリギリまで引きつけ、自律アーメイドを掃討。短時間で準備可能な超空間接続、ショートジャンプで後方に回り、徐々に追い詰める計画である。

 そして二機のアーメイドプラスは両艦の周囲を飛行しながら運動性の確認を始める。

 月の重力は地球上の六分の一、現在はその影響下である。事前にシミュレーションで調整済みとは言え、現実の体感と擦り合わせる必要がある。

 両機は僅かな時間で慣れなければならない。


「はぁ、うんざりするぐらい居る。タワシのワゴンセールだ……」


 異重力知覚により、自閉形態で沈黙する彼らの姿が見えている。

 ヒトは普段通りイオの独り言には付き合わない。無言だ。


「あ、おじさんのアーメイドだ。大丈夫かな?」


 ヘパイストスから二機のアーメイドAMD171が艦外に出るのが見える。

 元々はヒトとセリが使っていた機体である。

 両翼下のマニピュレータで電磁アンカーを丁寧に引き出し、艦胴体に機体の固定を始める。

 ヘパイストスの左舷側がエリック、アンダーソンは右舷側である。

 いきなりの戦闘でナーヴスほど自由にアーメイドを扱えないためだ。





 一号機アーメイドプラスのコクピット。

 準備中のエリックにニュクスは通信を入れる。


「エリック、ほんとにアーメイド、大丈夫なの?」

『大丈夫、にするさ。分析官だけじゃ飽きるからね、こっそり勉強してたのさ』


 メインモニタ下端に黄色いアイコンがポップアップ。旧二号機だ。


「そんなのいつの間に?」


 右アームを上下左右に振る元ヒトの機体がメインモニタに映る。


『なあに、待ってる間、暇だったんだよ」


 エリックはわざと目的語を抜く。要するに照れ隠しである。


『それに、君の動機は理解できる。ねえ、艦長?』

『最近、物忘れが激しくてな…… それ、何の話だったかな?』


 青いアイコン旧一号機の艦長は突然話を振られて苦笑い。

 大人達の会話が通信を介して往き交う中、セリはその中に入れない。

 だが、後席にニュクスが座っているのは、大人達の配慮だと理解している。

 心の中で感謝の言葉を呟いた。

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