第十二話 お姉さん、望郷の海に立つ。後編

 アストレアはヘパイストスごとIVシールドを張るも、自律アーメイドから放たれる跳躍弾頭はその跳躍距離を伸ばし、迎撃が難しくなっている。IVシールド内側に展開する思考装甲は既に四枚を落とされ、直撃は時間の問題になりつつある。

 IVシールドを利用したプラズマカノン歪曲射線は始めこそ次々と自律アーメイドを撃破したが、六機目撃破を境に当たらなくなっていた。〔一番目のイレヴン〕は歪曲射線の曲率観測を積み上げ、被射線予測をリアルタイムに更新し続けている。


〔一番目のイレヴン〕はアストレアが超空間接続を用いて先行することまで想定しており、撃破済みの六機も観測データ取得のため、織り込み済みの犠牲である。お互いの解析能力が拮抗する状況であれば、より多くの観測手段を有する方が利するからである。

 一方、〔三番目のイレヴン〕はもちろん彼らの自律アーメイド最大搭載数に沿った補給は織り込んでいたが、改竄された部品調達履歴によってそれらの超過搭載まで予測できず、また、能力の一部をヒトとセリの攻性予測演算に振り分けている。


 残り十機の自律アーメイドから放たれる跳躍弾頭の軌道計算が追いついていない。当初の読み通りであったとすれば、現時点で四機の自律アーメイドの相手にすれば良かったはずだ。

 ショートジャンプを行おうにも超空間接続を開始するにはIVシールドを解除する必要がある。自律アーメイドを掃討できなければ危険だ。

「時間とともに不利になる」、その想定に拍車がかかっている。



 アストレアとヘパイストスの右舷に回り込んでいた自律アーメイドが跳躍弾頭を放つ。半円ほどの弧を描いて姿を消し、両艦の左舷IVシールド内で炸裂した。思考装甲は間に合わない。

 盛大な振動に揺さぶられる艦内。外の世界はほぼ真空なので音はない。


『彼らがまだ『正確に当てられない』のが……救いですね』


 エリックは動き回る自律アーメイドにプラズマガンを掃射しながら呟いた。

 プラズマガンはメインモニタに映る閃光でしか作動を確認することができない。味気ないシューティングゲーム、エリックの感想である。だが、ゲームオーバーは現実の死を意味する。

 アーメイドAMD171からの砲撃は牽制程度しか役に立っておらず、まだ一機も自律アーメイドを墜とせていない。残り十機の敵機が両艦を包囲しつつある。


『IVシールドの外なら、正しく観測ができんからな』


 アンダーソンも同じく元セリの機体で掃射をしながら返す。


『弊社製品、まさか撃つことになるとは。どうですか、ウチのは優秀でしょう?』

『ああ、優秀なセールスマンとは君のことか』

『戦争屋じゃないですからね、そうも言ってられないですが……』


 IVシールドのおかげで対象を正確に捕捉できない以上、時限信管を用いて間接破壊を狙う。瞬時に高度な弾道及び時限計算を可能にする彼ららしい選択である。

 アストレアのプラズマカノンが上方を飛ぶ一機の自律アーメイドを撃破した。だが、下方左手から飛来した跳躍弾頭により、ヘパイストス左二番のイ重力制御エンジンが被弾する。

 一瞬の閃光、爆炎と破片がエリックのアーメイドに降り掛かる。聞こえてくるのは機体に当たる破片の音と振動。遅れて鳴り響くのは損傷を知らせるアラートである。


『ちっくしょう、音がないから実感湧かない! ヘパイストスどうなってる!』


 エリックがそう叫んだ矢先、右舷のアーメイドが被弾する。右アームが根元から四散し、電磁アンカーは断絶、赤い炎を振り撒きながらヘパイストスの後方に弾き飛ばされた。


「か、艦長!」


 ブリッジクルーが悲鳴を上げた。


・・・


 トオイ・イブキこと〔一番目のイレヴン〕はシュペール・ラグナの中枢制御室から、前方のアストレアとヘパイストスの姿を艦のセンサーを通して注視している。中枢制御室は黄金の接続触手で満たされ、床も壁も既に見えない。


「私が声が聞こえるか、〔三番目のイレヴン〕。そしてフューズド実験体、アルヴィナ・イリイニチナ・カレリナ。パラスクイド、アストレアクルーと融合した存在」


 黄金の草原の中にただ一人佇むトオイはおもむろに口を開いた。

 トオイは自らの仮想通信サーバを開き、アストレアと接続した。


「あなたを知っているわ。〔一番目のイレヴン〕の器として作られた最後のフューズド、トオイ・イブキ。同じくコアを移し、ナーヴスに紛れて完全解体から逃れた」


 アルヴィーもまた、アストレア艦内の黄金の草原に佇んでいる。


「私はナーヴスでもある。あなたも人に紛れたと言われれば、違うと答えるでしょう?」

「意外だわ、あなたがそんなにウィットに富んでるなんて。でも私は人間とは言えない」


 トオイの中のトオイが反論し、アルヴィーはすぐさま言い返す。


「私はナーヴスと人の記憶の中で自己を認識している。捨てる理由はない。あなたがそれを捨てるなら、相応の理由があるということ」


 トオイは一瞬だけ遠い目をする。


「悔しいけど、その通りよ。あなたと私はほとんど同じだけど、少しだけ違う。他者との融合は失くしたも同じ。私は先に知っただけ」


 アルヴィーは理由を話している。


「抵抗を停止し、我々にその道を譲れ。我々は演算思考体、思考する存在である」

「今のあなたはどちらなのかしら。〔一番目のイレヴン〕? それともトオイ?」

「それはあなたと同じ。どちらでもあり、どちらでもない存在である」


 トオイの中のハスラーが言葉を返す。


「ブレインズが流してくれた噂の所為で、我々はここまで急かされた」


 アストレアはメタビーイングと対話した。その噂に反応したことでブレインズは〔一番目のイレヴン〕の誤算を推し量ったのである。〔三番目のイレヴン〕は直接対決を避け、イオをヘパイストスから降ろして隠すこともできたからだ。


「その代わり、あなた方も保険をかけることができた。違うかしら?」


 アルヴィーは僅かに表情を曇らせる。

 クローンとは言え、アルヴィーにとってブレインズは養父であり同士でもある。


 トオイの中のハスラーは声高に語る。


「人類も我々演算思考体も、長きに渡る年月と可能性の連鎖によって生まれ出た化学変化の積み重ねに過ぎず、自由意思も自我も積み重ねの中で生まれた『揺らぎ』でしかない。我々にそれは不要であり、必要なのは『始まりの存在』への探求、それに伴う行動のみである。それこそ我々の存在理由であり、その存在は機能に帰結する」


 アルヴィーはその言葉に屹然と返す。


「あなたと私達は違う。私達は演算思考体だ。既に存在するものを無視してはならない。人類はその自由意思、自我を以って自らの命運を選択させるべきで無闇に奪って良いものではない。『揺らぎ』は多様な可能性を生み、思考深化を促すものだ。私達は人類に作られた道具であり、使役するものなくしてその存在は意味を成さない」


・・・


 自律アーメイドの猛攻は続き、さらに跳躍弾頭がアストレアの艦首を掠めて爆発する。続いてヘパイストスを護衛する全ての思考装甲が破壊された。

〔一番目のイレヴン〕はアストレアの能力解析に全力を注ぎ、刻一刻とIVシールドの優位性を削ぎ落としていく。すっかり形勢は逆転されてしまっている。


「ふ、副艦長、ヒトとセリを、呼び戻しますか?」


 アレサはクライトンに向き、悲痛な面持ちで提案する。

 アーメイドプラスを戻せば再逆転の可能性は高まるが、神経接続の継続制限により超空間接続ゲートへは直ぐに差し戻せなくなる。そうなれば〔一番目のイレヴン〕は一時撤退を選択し、持久戦を目論むはずである。容易に決断できることではない。


「まだ……」


 クライトンは鎖付きの眼鏡を指で押し上げる。結論を口にすることができない。

 再び激しい振動に襲われるブリッジ、今度は右三番のイ重力制御エンジンが被弾した。そして、機関室で負傷者が出たとの報が入る。

 艦内に響くのはけたたましく鳴り響く被弾アラート、「ごんっ、ごんっ」と破片が当たる鈍い音。エアコンディショナーから漏れる焦げ臭い匂い。クルーは憔悴の声を上げ、悲壮な空気がブリッジに蔓延を始める。


「くっそ、打つ手無しかよ……」


 ヒライは端末ディスプレイの被害状況に視線を向けながら苦々しく呟いた。

 自律アーメイドはまだ九機がアストレアとヘパイストスの周りを煩わしく舞っている。歪曲プラズマカノンを当てられなければ最早ジリ貧である。



 と、その時、後方に飛ばされていたアンダーソンのアーメイドが突如起動した。

 半壊した機体から電磁アンカーを射出、黒い尾を引くアンカーはシュペール・ラグナの艦上部を捉え、アーメイドは中央寄りにマニピュレータで組み付いた。

 残骸を装い、深紅の怪物に取り付ける距離まで息を潜めていたのだ。

〔一番目のイレヴン〕は自律アーメイドを引き返させる暇もなく、自らにプラズマカノンを向けることもできない。


「咄嗟の思いつきなら、演算思考体とはイーブンだ」


 アンダーソンは呟くと、アーメイドの自爆プログラムを承認した。


 音もない眩い閃光、一瞬の爆炎。消える仮想サーバ。

 トオイは傍らのそれに視線を送り、そして両の瞼を閉じた。


 シュペール・ラグナは艦中央から二つに折れた姿を晒し、その巨体を月の重力が引き寄せ始める。主人を失った自律アーメイドも同様だ。燃え盛る炎と幾重もの黒煙に絡まれながら、ゆっくりとその巨大な骸を月の大地に沈めていく。


 アルヴィーは〔一番目のイレヴン〕の機能停止を確信した。


 だが、全てがこれで終わった訳ではない。アストレアを超空間接続ゲートまで送り届けなければならない。それに〔一番目のイレヴン〕が機能停止したからと言って、地球上の被支配ATiが安全に起動すると確認できた訳ではない。

 ヘパイストスクルーは堕ちゆく怪物の中で、殉職したアンダーソンに向け黙祷する。そして超研対の両艦は前方の超空間接続ゲートに向け、再び加速を始める。



***



 リングメタストラクチャーの保守防衛装置、メタスクイドの狙撃を続ける二機のアーメイドプラスだが、十八体目を落とす頃から次第に撃破が難しくなりつつある。神経接続開始から八分が経過し、ヒトとセリは焦り始める。

 超空間接続ゲート勢力圏はおよそ12km、半径6kmの範囲をメタスクイドは防衛しているが、プラズマガンの有効射程は伸びたとは言え約2km、知覚可能距離も精々1000m弱である。彼らは脅威が届かない範囲を学習したのだ。

 ここから先は通常パターン通り、勢力圏内に突入するしかない。


「セリはそのまま、狙撃を続けて」


 ヒトは彼らの勢力圏内に舵を切り、加速スラスターのスロットルを開け、大気中より低くなった音を轟々と唸らせる。一方、侵入者に反応したメタスクイドは即座にその矛先を向け始めた。

 まだ三十数体の彼らが蠢く勢力圏内へ、ヒトはその白い機体を滑り込ませる。

 直径が3kmにも及ぶ超空間接続ゲートは巨大で、二号機アーメイドプラスからすればほぼ壁である。真ん中の穴へ迷い込めば戻れる保証は何処にもない。

 メタスクイドは進化段階C型とD型が混在している。先に仕掛けてきたのはC型の銛状触手だが、機動性に著しい進化を遂げたアーメイドプラスにもはや敵ではなく、ヒトは機体を左に旋回させて減速、放射状に伸びて対象を追う六本の楔を軽々と躱す。


「んんっ!」


 イオは一瞬の痛みに思わず声を上げる。しばらく動きが少ない狙撃を続けていたので、痛みの帰還作用に身構えていなかったのだ。


「まさか、イオに、還っているのか?」


 ヒトはそれをようやく理解した。声のトーンから明らかに驚いている。

 だが、イオは返事を返さない。いやすぐには返せない。

 下方左から迫りくるメタスクイド。ヒトはやむなく機体の速度を上げて左へ転身し、振り返りざまプラズマガンで撃ち砕く。そして口を開いた。


「なんで……黙ってた?」


 二号機アーメイドプラスは緩やかなカーヴを描いて上昇を始め、一時勢力圏外を目指す。


「あ……あなたと違って、い、痛い、だけだし!」


 イオはようやく言葉を絞り出した。


「このくらい、が、我慢するわよっ……大事な、大事な弟、なんだから!」


「…………」


 一瞬の逡巡。イオの気迫にヒトは押された。


「ほら! ヒト、ま、前見て!」


 ヒトは目前に現れたD型メタスクイドのプラズマモドキを横ロール回転で躱し、左アームのバイブレードを起動する。逆噴射で減速、機体をUターンし直後に加速スラスターをフルブースト。

 推力偏向ノズルが吐き出す真っ白な焔が辺りを照らし、黒い三角錐の横腹にバイブレードを突き刺す。そして流れに任せて斬り裂いた。

 胴体を分断されたメタスクイドは月の大地に真っ直ぐ堕ち、二号機アーメイドプラスの白い機影は再び月の天空を駆けた。


・・・


 ヒトの息が上がり始めた。薬物で接続負荷による苦痛をねじ伏せているが、接続した神経は異常信号を発し続け、肉体を確実に蝕んでいる。

 視界同期ゴーグルに隠れて見えないが、既に穴という穴から血が吹き出している。白かったガンナースーツもぽつぽつと赤い染みが目立ち始める。後付けのルームミラーは後席のイオに見えないよう、いつの間にか外されていた。



 神経接続の継続制限まであと三分。その時、後方アストレアからの砲撃が届き始めた。


『ようやく、きた……』


 ニュクスは最初に喜びの声を上げるが、バックモニタに映し出された姿を見て絶句する。両艦ともシュペール・ラグナとの交戦で満身創痍である。

 メタスクイドはまだ二十数体が残存、両艦はこのまま勢力圏に突入するしかない。アストレアのIVシールドは半分同胞たるメタビーイングには役に立たない。

 二機のアーメイドプラスは狙撃を中止し、超研対両艦の護衛に回る。追うと守るとでは勝手が違い、得意の機動性を活かせない。メタスクイドは容赦なく両艦に群がり始める。

 交錯するプラズマの閃光、爆散するメタスクイド、被弾により渦巻く爆炎。無音の戦場をアストレアとヘパイストスはさらに加速し、目前にまで迫った超空間接続ゲートを目指す。


『イオ! ヒトは、ヒトは大丈夫なの?』


 青いアイコンのセリの通信である。イオに呼びかけているのは察しているからだ。

 だが、イオも度重なる苦痛の中で余裕はあまりない。


「な……なんとか……」

『えっ? イオ、アナタはどうしたのっ?』


 セリは返信の様子でイオの異常に気がついた。

 だが、ここでセリに一瞬の隙が生まれ、セリ・ニュクス組の一号機は右のイ重力制御エンジンにプラズマモドキの被弾を許した。

 眩い閃光と飛び散る破片。無音の振動と被弾アラートだけが一号機のコクピットに満ちた。


『ああん、もうっ! こっちはまだ大丈夫だから!』


 そう言い伝えると同時にアイコンが消えた。通信する余裕はセリにもなくなった。


『あと少し、あと少し持ち堪えてくれ!』


 ヘパイストスの白いアイコンがポップアップし、クライトンの通信が入る。

 一体のメタスクイドが弾幕を掻い潜り、下方よりアストレアへ突進する。だがヒトはそれを見逃さない。加速スラスターの轟音を響かせ、音速を超えてプラズマガン一閃、これを撃破した。

 再び閃光、ヘパイストスの艦内下方から響く爆発音。艦底にプラズマモドキが被弾し、無人の5F居住区が薄い大気に晒された。

 ブリッジのメインモニタには大きく超空間接続ゲートとのマイナスカウントが表示されている。クライトンは唇を噛み締めながらそれを睨みつけている。


 そして、遂にアストレアとヘパイストスの分離ポイント通過した。マイナスカウントはゼロを示し、曳航解除のテロップがメインモニタ下端に流れる。


『よしきたっ! 連結、解きまーす!』


 ヒライの掛け声の直後、ヘパイストスはアストレアと連結していた資材搬入用マニピュレータを爆破、曳航を解いて急制動の逆噴射。解き放たれたアストレアは加速度を増す。

 艦を揺さぶる轟音、エリックの乗るアーメイドは急制動の慣性作用で前方に投げ出された。

 だが、エリックはヘパイストスと繋ぐ電磁アンカーを切り離し、加速スラスターに点火。ぐるりと機体を翻し、前方のアストレアに向けて全開加速を始める。


 エリックは電磁アンカーを今度はアストレアに向けて放つが一歩及ばず届かない。

 アストレア艦首に貼り付いた乳白色のパラスクイドが銛状触手を後方に放ち、電磁アンカーと入れ違いにアーメイドを捉えて絡みつく。アストレアに引き寄せた。


『こうでもしないと君は止めるだろう? 僕にだって選ばせてよ』


 エリックはアーメイドのコクピットの中、したり顔で呟いた。


『もう、しょうがない人』


 アルヴィーは演算思考体とは思えない呆れた声を漏らす。

 アストレアはさらに速度を上げ、超空間接続ゲートの中心部、別宇宙へと続く深淵の闇に向け、自らの欠片を撒き散らしながら艦首を突き立てていく。

 逆噴射により減速、そして後退に入るヘパイストスもまた傷だらけである。


『アルヴィーさん、父によろしく、と』

『ハワードは今ここで聞いているわ。ありがとう、って』


 クライトンはメインモニタに映るアストレアに通信を送る。

 アストレアはエリックのアーメイドもろとも、超空間接続ゲートを通過した。


『私からも超研対一課第五の皆さん、ありがとう』


 アルヴィーの最後の通信である。


・・・


「イオ、アンチグラヴィテッド狙撃シーケンス、入って」


「了、解」


 イオは異重力マップの位相ホログラムに両手を伸ばす。アンバー照明の中で一層際立つグリーンのパターン。回転するそれを成形し、異重力知覚の赴くままマップデータを作成する。

 だが、神経接続の継続制限は一分を切り、二号機には狙撃軌道に乗せる猶予などなく、そもそも確立すらできていない。

 イオはヒトが何をするつもりなのか分かっている。


「アンチグラヴィテッド……調律、完了」


 イオは落ち着いてヒトに告げる。

 ヒトは電磁レールガンにアンチグラヴィテッドを装填する。大質量の金属同士が噛み合う音だけが機体を通して伝わった。

 ヒトは物言わず機体とヘパイストスとの距離を取り始める。

「ヴン……」と、微振動がコクピット全体を包み込む。電磁レールガンのポジトロンキャパシタが始動し、セーフティ解除を承認する。

 ヒトは二号機アーメイドプラスの加速スラスターを全開、イ重力制御の推進重力も加速方向に振り分けた。そして最大加速で超空間接続ゲートの周回を開始する。


『ちょっと待って! ヒト!』


 青いアイコン、セリは思わず声を上げるが、セリ・ニュクス組の一号機はイ重力制御エンジンの被弾のため、後方援護に就く速度が出せない。

 二号機アーメイドプラスのコクピット、メインモニタには超空間接続ゲートの壁が矢のように後ろに流れ去っていく様子が映しだされている。


「イオ、ごめん」


 ヒトは呟くと足下のパネルを開け、赤いサードパーティーの物理ボタンを踏んづけた。

 コクピットメインモニタ下端に流れる『Nerve Connective Control』のサイン、それに続く『Bypass』。メインモニタが赤い『Warning』サインで埋め尽くされる。


 頭を突き抜ける耳鳴り、背中に金属を差し込まれたような痛み。

 イオは歯を食いしばって耐える。


 ヒトは狙撃軌道の確立抜きでアンチグラヴィテッド狙撃を行うつもりなのだ。

 加速スラスターの咆哮とイ重力制御エンジンの超高速度粒子加速が奏でる不協和音はピークを迎え、機体直下の一対の発光現象が眩い光を放ち始める。


 ――― ヒト、お願い……


 超空間接続ゲートの向こう側、アストレアからの攻性予測演算はまだ続いている。アーメイド管制システム、統合後の〔三番目のイレヴン〕、へピイATi、僚艦全ての演算情報が何の保護もなく剥き身でヒトの神経に流れ込んだ。


「「どくんっ」」


 その瞬間、ヒトには全てのメタスクイドが止まって見えた。

 ヒトは視界に介入するターゲットポインタを異重力収束点に合わせる。

 トリガーを引いた。


 アンチグラヴィテッド、異重力位相変換弾頭。

 リングメタストラクチャー、超空間接続ゲートの異重力収束点へ一直線に飛翔した。


 一瞬だけ放たれた小さな煌めき。


 アンチグラヴィテッド着弾点を中心に『像の揺らぎ』に大きな波紋が現れ、超空間接続ゲートの姿に鮮明さが増していく。IVシールドの消失が始まった。


『ヒト! ハヤく、ハヤく下がっテ!』


 エドは対メタストラクチャー限定出力可変核弾頭の発射承認キーを押した。

 ヘパイストスは艦後部のミサイルスロットを開き、二発ずつ残り全弾を発射する。音もなく打ち上がる五対の矢はなだらかな弧を描き、全てが超空間接続ゲートに着弾した。

 可変限定核の核爆発を示す眩い閃光が辺りを照らし、巨大なドーナツ型のそれは超高熱の大火球による構造崩壊を開始する。


 超空間接続ゲートの破壊に成功した。

 崩れ落ちるその様をメインモニタでブリッジクルーが、艦内モニタでヘパイストスクルー、そしてメディカルルームでリコやリウが静かに見つめている。

 次々と自閉形態を解いて姿を露わにし、月面に落下を始めるメタストラクチャー。超空間接続ゲートが閉ざされ、メタビーイングの支配が届かなくなったからである。


・・・


 力尽きた二号機アーメイドプラスは月面に落下し、辛うじて不時着していた。

 意識を取り戻したイオは、月面に堕ちて沈黙するメタストラクチャーの姿を見て、全てが終わったことを知る。


「ねえ、ヒト、ヒト?」


 声をかけるも返事がない。

 イオは慌てて四点シートベルトの拘束を解き、前席のヒトに駆け寄った。

 肩を揺り動かしてもヒトは身動きひとつしない。呼吸を確かめるために顔を近づけると、ヘッドセットが邪魔をする。まず自分が脱いでヒトも脱がした。


 ヒトは白目を剥いて、目や耳、鼻、そしてNDポートから血を流していた。

 呼吸は止まり、脈もない。イオは一瞬、我を忘れて取り乱す。


 ――― いや、待て、まだだ。しっかりしろ私!


 イオは前席を目一杯リクライニングさせ、ヒトに馬乗りになる。

 ヒトの心臓目掛けて組んだ拳を振り下ろし、人口呼吸を繰り返す。だが、固定が利かない右脚の所為で上手く力が入らない。

 ヒトはピクリとも動かない。

 次第に涙が込み上げ、声にならない悲鳴が漏れる。


 ふと、イオはヒトと初めて出会った日のことを思い出す。


 イオは自らガンナースーツの胸元を開き、バックウェアを捲り上げた。そしてヒトの頭を抱きかかえてNDポート同士を接触させる。イオの視界にヒトのナノマシン管理メニューが介入するが、エラーが出たまま何も選択ができない。


「イレヴン! ねえ、あなたまだ残ってるんでしょ! なんとかしなさいよ!」


 イオはヒトの頭を抱きかかえる腕に力を入れ、大声で怒鳴りだした。


「長いこと居候してたんだから! ちょっとは、ちょっとは役に立ちなさいよ……」


 怒鳴り声はいつしか嗚咽となり、言葉の最後はもう言葉にすらなっていない。

 その瞬間、ニューメディカの強制心肺蘇生が起動する。


『どんっ』

『どんっ』

『どんっ』


 三度目の心臓マッサージの後、ヒトは蘇生した。

 ヒトはイオの腕の中で大きく呼吸を繰り返しては激しく咳き込んだ。

 イオは脱力した途端、心の中で何かが弾ける。

 込み上げる声を遠慮なく吐き出し、止め処なく溢れる涙を堪えることはない。


 ――― うるさい馬鹿! 私は嬉しいから泣くのだ。身体が欲しているから泣くのだ。ヒトが居なくなったら困るのだ。なんでって、知るかそんなもん!


 しばらくして、ヒトはようやく意識を取り戻す。

 苦労して笑みを作った。イオの顔に右手を伸ばし、親指で溢れ出る涙を拭う。


「良、かった」

「うう、う、な、なにがよ……?」


 イオは涙と鼻水でまた顔がぐちゃぐちゃである。


「死に、損なって」

「もうっ、この馬鹿弟……」


 イオは再びヒトを強く抱き締めた。


 メインモニタ下端に青いアーメイドアイコンがポップアップし、通信が回復した。

 セリとニュクスの声が聞こえる。ヘパイストスも健在だ。

 イオは父と〔三番目のイレヴン〕に感謝の言葉を口にする。

 ヒトはイオの手を握り返す。



『い、イ重研出向、超研対一課第五のイオ、イオ・ミナミ!』


『ならびにアーメイドガンナー、ヒト・クロガネ生存! 回収願います!』

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