第一話 海に溺れて困惑する。Bパート

 翌朝、ヘパイストス2Fのブリーフィングルーム。明るいアイボリーで統一された部屋に同じ制服を着たクルー三十数名が会した光景を見て、イオはようやくヘパイストスに乗艦したことを実感した。自らも着る胸の超研対一課第五ストライプがちょっと誇らしいイオである。

 超対研一課第五の制服はコバルトブルーをベースに襟や袖、肩口などにマットブラックをあしらった凝ったもので、男子は無論パンツだが女子はパンツとタイトミニが選べる。イオは下肢装具を隠す気がないので、もちろん可愛い方を選んだ。


 昨日、東京湾横浜市磯子区付近に降下した500m級メタストラクチャーは一課第三テーセウスが対応するも突然沈黙。そして本日早朝に再び活動を開始した。川崎区から上陸後、現在は『トーキョーエリア』に入り、品川方面に時速約10km程度で移動中とのこと。

 一課第三テーセウスは所属アーメイドの三機中二機が稼働不能に陥ったため、本日一課第五が代行出動しこれに対応する。ヘピイATiが予測するメタスクイドは四体。これは昨日の一課第三との交戦で半数以下に減らされた結果である。


 鬼軍曹ことミハル・クライトン作戦統制官・副艦長は概要を手短に説明すると、鎖付きの眼鏡を指で少し上へ持ち上げた。因みに鬼軍曹と言ってもご家族が居るご婦人である。



 あれから一夜明けたイオだったが気遣うエリックの進言を振り切り、出勤二日目にしてメタストラクチャー対応の初出動を申し出る。


 ――― 実機シミュレーションは人の三倍やったから大丈夫! 異重力分析官の仕事はアンチグラヴィテッドの調律、異重力知覚をガンナーと共有するだけ。


 イオは自分に言い聞かせた。繊細さに欠ける分、一度腹を括ると豪胆なイオである。それにも増して昨日のことを思い出すと腹の虫が収まらない。


 ――― 海で溺れるわ、杖は失くすわ、辱めは受けるわ、ハレの日がホントぶち壊し!


 エリックに用意してもらった代用の杖、思わず八つ当たりしそうになって我に返る。


 ――― ああいかん、落ち着け私、また何かやらかすぞ……


・・・


 ブリーフィング終了後、エリックはイオをアーメイドチームに改めて紹介する。

 イオは昨日、ヘパイストスクルーには一通り挨拶を済ませていたが、ガンナー達は出動後の神経メンテナンスの最中だったからである。


「えっと、はじめまして、イオ・ミナミです。異重力分析官としてイ重研から出向となりました。よろしくお願いします」


 イオはぺこりと頭を下げ、手短にの自己紹介を済ませる。改めて見るアーメイドチームの女性陣はバラエティに富み、実に壮観であった。


「アタシ、ニュクス。ニュクス・ジョーンズ。デカいけど怖がらないでね」


 ブロンドの巻き毛に褐色の肌、筋肉質でグラマラスなニュクス異重力分析官、二十七歳。確かに大柄なその体躯は相対的にエリックを貧弱に見せている。


「あら、はじめまして。セリ・トドロキよ。ヒトをよろしくね」


 雑誌のモデルように美しいガンナー・セリ、十九歳。ストレートの長い髪に透き通る白い肌。切れ長の目に整った顔立ち、手足も細く長身で明らかにこの場で浮いている。


「よろしくね、イオ。わたし、リコ・カシワギ」


 同じくガンナー・リコ、十五歳。ショートウルフの短い髪にくりっとした大きな目、背は低く小柄で舌足らずなおっとり口調が可愛いらしい。


 ――― あれ? この子達って、誰かに似てなくない?


 イオはふとある共通点に気がついた。ガンナーの二人は瞳も髪も同じ淡いブラウン、揃ってNDポートが額にある。

 イオが思索に耽っていると、大きく野太いかけ声が背後から響き渡る。


「L・O・V・E! らっぶりいー! リッコチャアアアーンッ!」


 ――― は? 前世紀のアイドルかよ!


 声の主はアフリカ系アメリカ人のエド・ブルーワー兵装統制官である。その横で呆れているのは一見バンドマンのおじさん、テルツグ・ヒライ機関統制官。くすくすと笑っているのはお嬢様風ミディアムヘアのアレサ・ケイ哨戒管理官。以上三名はヘパイストスのブリッジクルーである。


 ――― えーと、何か大変なところに来てしまったのではないか……


 見ればアーメイドチームは既にガンナースーツを着用している。イオが研修時に着用した分厚いウェットスーツのようなそれと違い、タイトで如何にも軽量な最新モデルだ。

 白地にライトグレイのツートン、右二の腕と左腿の白い部分にそれぞれの機体ストライプが入っている。リコとニュクスはライトグレイ&黄緑でエリックとセリはライトグレイ&青である。


 ――― ところで、私のパートナーって、誰?


 イオが思い至ったその時、ニュクスの影に隠れていた人物に気がついた。


「それと、彼がヒト。ウチのエース」


 エリックが手招きをすると、その人物はイオを一瞥するが、無言。

 最後に紹介されたガンナー、ヒト・クロガネ。十七歳。昨日の少年である。機体ストライプはライトグレイ&黄色だ。


「イオ分析官は本日より、ヒトのパートナーとしてアーメイド二号機に搭乗すること」


 クライトン副艦長はその鋭い眼光のまま、ぴしゃりと冷たく言い放つ。

 もちろん昨日の出来事など知る由もない。


 ――― え? これホント? って、え、えっ? なんで?


 アーメイドガンナー、NERVS〈ナーヴス〉。

 イオと彼らの初めての出会いである。


・・・


 イオは早速ガンナースーツを着用するため、3F女子ロッカールームに向かう。

 通常のそれより大きな扉を開けると、透明フィルムで包装されたガンナースーツが吊るされている。そして内布代わりのバックウェア。上下2ピースのフェイクコットン製である。

 イオはブリーフィング前に着たばかりの制服を脱ぎ、専用に成型されたガンナースーツを合わせる。見ると機体ストライプはライトグレイ&黄色である。どうやらヒトと組むのは昨日今日で決まったことではないようだ。


 ――― うーむ、ちょっと待て。こ、これは……


 と、気になる点は有るものの取り敢えず無視。既に任務開始時刻は近く、イオは少し慌てなければならない。着用手順は研修時のそれと変わらないので慣れたものだ。

 イオの右脚の下肢装具は、ガンナースーツ下に着用できるように軽量薄型を選んだので外していない。決して横着がしたい訳ではない、とは本人談。

 イオは右手に杖、左手にヘッドセットを抱えて急いで格納庫へと向かう。


 イ重力制御エンジン屈伸時で12m、伸長時で20m近いアーメイドを最大で五機搭載が可能なヘパイストスの格納庫は恐ろしく広い。焼けたオイルの甘い匂いと、エアコンの室外機前のような乾燥した熱気、そして二機のアーメイドの低く篭ったアイドル音が満たしている。

 元々エアロックだった出入口を抜け、壁沿いの通路を渡って二号機にたどり着くと、アーメイドT型本体の上に台形に盛り上がったコクピット、その上に鎮座する複合レーザー式メインカメラが見える。搭乗橋が伸びているのはメインカメラ後方のハッチゲートだ。


 ――― やっぱり訓練機よりずっと大きいなあ。


 パラスクイドとの比較では小さく見えたが、搭乗橋から見るアーメイドも十分に巨大だ。

 アーメイドが纏うジュラミック積層装甲は対光学兵器反射材を含有するナノフレーク塗装が施されている。装甲の隙間から覗くカーボンで汚れた機関と相まってモーターサイクルのカウリングのように見える。全体の印象は機動兵器と言うより競技航空機である。


 ヒトはアーメイド二号機の搭乗橋の前で一人ぽつんと待っていた。宙を見つめながら、特に待たされて苛立っていた様子はない。

 イオは何か言わないと不味いと思い、先ずは謝罪の言葉を口にする。


「お、遅くなってごめんなさい」

「時間がかかるのは、了解している」


 ヒトはイオの脚のことを言っているのである。

 イオは会話を続けようと、釈然としないながらも昨日のことを切り出した。


「あの、それで、昨日はその、助けてくれてありが……

「エリックの忠告は、聞くべきだ」


 イオの言葉を遮って、ヒトは素っ気ない言葉を投げつける。言い終わるとすぐさま踵を返し、搭乗橋へと足を向けた。


 絶句、そして額に青筋……

 幸先が思いやられるイオである。


・・・


 ヘパイストスに限らず超研対の出動編成は演算思考体ATiが特に提案しない限り、アーメイド一機は必ず待機に回る。今回の出動では三号機のリコ・ニュクス組が待機である。


 一号機セリ・エリック組に続き、二号機ヒト・イオ組が格納庫の上部開閉口へ向け、ふわりと浮き上がり艦外へ出て行く。イ重力制御エンジンは出力を大きく上げておらず、先端に発生する光輪も小さい。アイドリング領域ちょっと上の軽いハミングを奏でる。

 ヒトは機体を一度だけ左右に揺らしてイ重力制御エンジンの正常起動を確認した後、豪快に加速スラスターのスロットルを開く。

 コクピットは加速スラスターの荒々しい咆哮に包まれた。慣性制御で抑えているが決して弱くない加速Gと、コクピット全体を揺さぶる盛大な振動を感じながら、イオは訓練機とは違う『本物のアーメイド』を体感した。



 イオは目的地に到着するまで仕事がない。改めてコクピットの観察を始める。

 アーメイド二号機のコクピットはイオが知る訓練機と大きく変わらない。内装パネルは頻繁に開け締めされているようで、小傷や緩いチリ合わせが古ぼけた印象に見せている。その代わりコクピット全天を覆うメインモニタは高精細でずっとクリアだ。 

 ガンナーが座る前席もマニュアルモード用の操縦桿とガングリップ、左右に振り分けられた小型タッチディスプレイなどほぼ同じである。

 対してイオが座る後席には異重力マップボードとタッチディスプレイ。前席背面に取り付け位置が変更されている。訓練機では後席にアームを介して取り付けられていたもので、脚に不自由を抱えるイオには乗り降りが容易になっている。

 他に、後席右肩部分に黄色いストラップがぶら下げられている。イオの杖を固定する為に整備担当者が気遣って付けてくれたものだろう。


 ――― 艦の人はいい人ばかりだ


 と、温かい気分に浸るイオ。目の前に座る朴念仁を除いては。

 イオがあれこれ観察しているうちに一課第五アーメイド二機は、へピイATiが提案する攻撃開始地点に到達。即時メタストラクチャー攻撃準備に入る。


《アーメイド管制システムはヘパイストスATiからガンナーに動作優先権移行、神経接続開始、知覚共有システム起動、磁殻投射プラズマガンセーフティ解除承認、アンチグラヴィテッド専用電磁レールガン冷却開始》


 そして電磁レールガンの反対側、コクピットを挟んだ後側の専用ケースに収納された『思考装甲』を後方に射出し、順次展開した。

 思考装甲とは、アーメイドの周囲を高速旋回しながら護衛する六枚一組のドローン。収納時は折り畳まれ、開くと六角形のパネル形状の『自律する盾』である。

 コクピット内の全モニタ表示がピー音と共にブルー基調からアンバー基調に切り変わり、アーメイドの攻撃態勢が整った。


 NDポートを介してガンナーと知覚共有が開始されたその時、イオはヒトとのそれに違和感を覚える。右腕にざらっとした感触とひりひりする熱。

 イオは知覚共有を何度か研修で経験している。その感触は初めてのものであり、分析官側が影響を受けるという話は聞いたことがない。

 不審に思うも今はそれどころではなく、これも無視を決め込む。



 コクピットから覗くと直下に広がっているのはトーキョーエリアである。所々に再開発の痕跡が認められるが、かつての隆盛の面影はなく、広大な円形の更地がぽっかりと広がっている。

 それは人類史上初の大規模ATi暴走事件、『トーキョーロスト』の被害地域で、範囲は千代田区を中心に半径およそ10kmに及ぶ。

 事件当時、首都移転途上だったことを割り引いても開発は振るわず、その忌まわしい記憶から二十年が経過した現在でもほとんど人が住まない。言わば『失われた土地』である。


 その荒涼たる大地に500m級メタストラクチャーの姿が確認できる。高さは100m超えである。複雑怪奇に組み合わさった骨格をうぞうぞと動かし、異様な稼動音と地響きを唸らせながら漆黒の巨体を押し進めている。

 その姿はまるで前世紀に流行したキネティックアートのようだ。但しそれは『人間をも喰らう』存在であり、アートのような優美な存在ではない。全体の形状は個別で異なるが、今回のそれは巨木の切り株のようにも見える。

 そして保守防衛装置であるメタスクイドは主人の周囲約2km圏内を泳ぐように周回している。胴体は直線的で鋭利な三角錐形状を持つが、表面は鱗状のパターンで覆われて一見生物的に見える。六本の銛状触手を不規則になびかせて浮遊する様は不気味なことこの上ない。


 双方共にIVシールド特有の『像の揺らぎ』は健在だ。


 一課第五アーメイド二機はフォワードが二号機ヒト・イオ組、アシストは一号機セリ・エリック組。メタストラクチャー勢力圏内への侵入角度、速度、開始タイミングなど、へピイATiが提案する作戦プランに沿って攻撃を開始する。

 イ重力制御エンジンが奏でる低い稼動音、加速スラスターの断続的な爆音を織り交ぜながらメタストラクチャー勢力圏内に突入した。


 ヒトが駆るアーメイド二号機は時速800km程度を維持し、進行機動を変えないまま機体をぐるぐると縦横無尽にロール回転、全方向にプラズマガンの青白い閃光を放つ。その特異な機体挙動は既存の航空力学に捉われないイ重力制御エンジンの為せる技である。

 ヒトは機体を急旋回して減速し、下方から急接近したメタスクイドの異重力収束点を撃ち抜いた。半身を砕かれ、身を捩らせながら堕ちる彼らの姿がメインモニタに映る。


 磁殻投射プラズマガン。高密度プラズマを磁界殻と呼ばれる粒子容器に封入し、毎分5000発を連続発射、プラズマの持つ超高熱により対象を破壊する。

 航空兵器の銃火器としては有効射程が1200mと心許ないが、収束点狙撃を可能とする最大知覚限界は600mほどであり、実用要件を十分に満たす対メタスクイド熱打撃兵器である。


 次にヒトは二号機をメタストラクチャー目がけて突進させ、衝突間際で機体をぐるりと転身、加速スラスター全開、急上昇させる。直下に滑り込んだメタスクイドを背面カメラで捉えて減速、毒蛇のように迫る六本の銛状触手を巧みなロール回転で全て躱した。

 さらに旋回、横薙ぎにプラズマガンを放ち着弾、そして撃破。ヒトは粉砕した彼らには目もくれず、一号機の状況を確認して再び加速態勢に入る。


 視界同期を通じて見るヒトの射撃センスにイオはただ驚くしかない。あまりに事無さげにこなす様はまるでヴィデオゲームのデモムービーである。

 ヒトはメタスクイドの銛状触手を一撃も寄せつけず、既に二体を撃破した。思考装甲はまだ一枚も失っていない。もちろん一号機セリ・エリック組も負けていない。プラズマガンで一体を撃破し、二体目を追いかけている。


 メタスクイドは再生能力を持たないので、プラズマガンによる収束点狙撃で撃破が可能である。アンチグラヴィテッドの使用は強力な再生能力を持つメタストラクチャーに限られる。

 メタストラクチャーの異重力収束点は保守防衛装置のそれより小さく、また定移動しており容易に発見できない。そのため幾度か周回して収束点位置と移動パターンを観測し、狙撃に最も適した周回ラインを探る必要がある。即ちそれが狙撃軌道である。

 へピイATiの出現予測は決して必中ではなく、常に想定外に備えなければならない。じわじわと周回ラインをずらし、狙撃軌道を確立する。


 そしてヒトは確立した狙撃軌道にアーメイド二号機を乗せる。

『Get in Sniper Orbit』のテロップがコクピットのメインモニタ下端に流れた。


「イオ、アンチグラヴィテッド狙撃シーケンスに入る」


 ――― 言われなくたって分かってるよ!


 イオは心の中で呟きながら、手前に異重力マップボードを引き寄せる。ボードに浮かび上がるグリーンの位相ホログラムに掌で包み込むように両手を伸ばした。


 メタストラクチャーのIVシールドは個体別に異重力位相の変動パターンが異なり、これを分析官の異重力知覚をもって観測。その都度、異重力位相変換弾頭〈アンチグラヴィテッド〉の『調律』を行なわなければならない。調律は異重力の密度、深度、干渉範囲、振幅速度の四つのパラメータと、異重力マップデータの入力によって完了する。

 異重力マップとは、三次元的に変動する異重力位相のパターンを異重力知覚でイメージ化し、ボード上に表示される位相ホログラムを直接手で成型することによって行う。イオ曰くその作業は、『陶芸に似ている』とのこと。


 つまり、IVシールドを消失させるアンチグラヴィテッド狙撃は、『知覚共有による収束点観測』と『ガンナーによる精密狙撃』、そして『分析官による弾頭調律』、この三条件が揃わなければ、成り立たない手段なのだ。


 イオは目の前の回転する位相ホログラムを自らの異重力知覚が赴くまま、両の手で徐々に形を整える。イオは性格は大雑把だが手先は器用な方である。異重力マップは得意科目だ。

 ついに一号機セリ・エリック組が最後のメタスクイドを撃破し、狙撃の邪魔は居なくなる。同時にイオの異重力マップデータも完成した。


「アンチグラヴィテッド調律完了!」


 イオの返事を聞くほぼ同時にヒトは電磁レールガンにアンチグラヴィテッドを装填した。質量が大きい金属同士の噛み合う音が聞こえる。「ヴン……」と微振動がコクピット全体を包み込んだ。電磁レールガンのポジトロンキャパシタが始動した合図だ。そしてセーフティ解除を承認する。

 ヒトは呼吸を止め、視界に介入するターゲットポインタを異重力収束点に合わせる。IVシールドの前では誘導兵器は役に立たない。ターゲットポインタが示す先はアーメイド管制システムの弾道計算によって導き出された着弾地点のみである。

 ヒトは黙ってトリガーを引く。甲高い擦過音と共に発射されたアンチグラヴィテッドはIVシールドの異重力収束点に見事着弾する。


 鈍く低い金属の打突音。


 だが、『像の揺らぎ』はいつまで経っても収まらない。


「え……?」


 異重力収束点狙撃は成功するも、IVシールドは消失せず。

 イオは事態が掴めずに混乱した。


「え……え? なんで、意味分かんないっ、当たったじゃん? ねえ!」


 イオの訴えにも関わらず、コクピットのモニタサインが『Forward』から『Assist』に切り替わった。続けてメインモニタ下端にアーメイドを模した青いアイコンがポップアップする。


『こっちでなんとかする』


 エリックの通信である。まるで結果を知っていたかのようだ。つまりイオの調律には何らかのミスがあったのである。

 一号機セリ・エリック組は二号機が確立した狙撃軌道に乗り、再びアンチグラヴィテッド狙撃シーケンスを開始、容易く狙撃に成功する。

 IVシールドは着弾点からじわじわと消失を開始し、その報を受けヘパイストスは一発の対メタストラクチャー限定出力可変核弾頭を艦後部のミサイルスロットより発射する。

 轟音と共に美しい放物線を描く白い軌跡はメタストラクチャーに着弾、怒号の大爆音を生む強大な熱火球に飲み込まれ、構造崩壊を起こして消滅した。

 イオはメインモニタに映し出された一部始終を、ただ茫然と見届けるしかなかった。


『イオ、いいこと教えてあげる。一発一億円なの、アンチグラヴィテッド』


 再びポップアップする青いアイコン、得意げなセリの通信が入る。声だけ聞いても美しいその内容は、過酷な現実そのものである。


「い、い、いっぱついちおくえん……」


 イオは無駄にしたアンチグラヴィテッドのお値段を復唱する。


「超研対一課第五、アーメイド二号機ヒト、作戦終了により帰艦します」


 ヒトは短く通信を入れると、ヘパイストスへと舵を切った。


・・・


 一課第五アーメイド二機、ヘパイストス帰艦後のブリーフィングルーム。


「なるほどぉ、だから三倍かかる訳ね」

「ちょっとセリ! アタシだって二年かかったよ」


 セリ、美しい顔はそのままに、痛烈な皮肉を口にする。

 ニュクス、気を遣ってセリを咎める。


「えっと……えと、こんな時のための、税金……だよね?」

「フォローになってないよ、リコちゃん。僕たち一応準公務員なんだから……」


 リコ、もじもじしながら、無理やり何か言う。

 エリック、困ったような顔で呟く。

 ヒト、特に何も言わずブリーフィングルームを退出。

 目一杯居た堪れない空気。イオは針の筵である。

 さらにクライトン副艦長から『損失報告書』の提出を命じられる。


「当たり前でしょって、赴任二日目にして、そ、そ、損失報告書って……」


 夜も更け、イオは自室で泣く泣く損失報告書を書く。

 OL時代ですら書いたことがなく、全く初めての代物である。すらすらと進む訳がない。いつしかデスクに座ったまま眠りに落ちてしまった。


「IO MINAMI」と書かれた付箋が貼られた部屋の前。

 ヒトは持ち手に「IO」と刻まれた杖を音もなくドアに立てかけた。

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