side C 居なくなったら困るのだ

 リングメタストラクチャーの保守防衛装置、メタスクイドの狙撃を続ける二機のアーメイドプラスだが、十八体目を落とす頃から次第にプラズマガンでの撃破が難しくなりつつある。

 神経接続開始から八分が経過し、ヒトとセリは焦り始める。


 彼らの勢力圏は半径およそ六キロメートルの範囲をメタスクイドは防衛しているが、プラズマガンの有効射程は伸びたとは言え約二キロメートル、知覚可能距離も精々一千メートル弱である。

 彼らは脅威が届かない範囲を学習したのだ。ここから先は通常パターン通り、リングメタストラクチャーの勢力圏内に突入するしかない。


「セリはそのまま、狙撃、続けて」


 ヒトは彼らの勢力圏内へ向けて舵を切る。

 加速スラスターのスロットルを開け、大気中より低くなった音を轟々と唸らせる。

 一方、侵入者に反応した保守防衛装置は即座にその矛先を向け始めた。


 まだ三十数体のメタスクイドが蠢く勢力圏内へ、ヒトは白い機体を滑り込ませる。

 直径が三キロメートルにも及ぶ超空間接続ゲート、即ちリングメタストラクチャーは巨大で、二号機アーメイドプラスからすればほぼ直立した壁である。

 真ん中の穴の中へ迷い込めば、戻れる保証は何処にもない。


 メタスクイドは進化段階C型とD型が混在している。

 先に仕掛けたのはC型の銛状触手だが、著しい進化を遂げたアーメイドプラスの敵ではない。

 ヒトは機体を左に旋回させて減速、放射状に伸びて迫る六本の楔を軽々と回避する。


「んんっ!」


 イオは一瞬の痛みに思わず声を上げた。

 しばらく動きが少ない狙撃を続けていたので、痛みの帰還作用に身構えてなかったのだ。


「まさか、キミに、還っているのか?」


 ヒトはイオのそれをようやく理解した。声のトーンが明らかに驚いている。

 だが、イオは返事を返さない。いやすぐには返せない。

 その時、下方左から二号機アーメイドプラスに急接近するメタスクイド。

 ヒトはやむなく機体の速度を上げて左へ転身、振り返りざまにプラズマガンで撃ち砕く。

 粉砕された彼らを尻目に口を開いた。


「な、なんで、黙ってた?」


 二号機アーメイドプラスは緩やかなカーヴを描いて上昇を始め、一時勢力圏外を目指す。

 加速スラスターの振動で二人は共に揺すられている。


「あ……あなたと違って、い、痛い、だけだからっ!」


 イオはようやく言葉を絞り出す。


「このくらい、が、我慢するよっ……大事な、大事な弟、なんだからっ!」


「…………」


 一瞬の逡巡。イオの気迫にヒトは押された。


「ほらっ! ヒト、ま、前見てっ!」


 ヒトは目前に現れたD型メタスクイドのプラズマモドキを横ロール回転で躱す。

 ほぼ同時に左アームのバイブレードを起動、逆噴射で減速。

 機体をUターンさせ、直後に加速スラスターのフルブースト。

 推力偏向ノズルが真っ白な炎を吐き出し、彼らの背後に急接近する。

 黒い三角錐の横腹に雷鳴の如くバイブレードを突き刺し、流れに任せて斬り裂いた。

 胴体を分断されたメタスクイドは構造崩壊を起こし、月の大地に砕けたその身をぶち撒ける。


 再び、白い機影は月の天空を駆けた。




***




 ヒトの息が上がり始めた。

 薬物で接続負荷による苦痛をねじ伏せているが、接続した神経は異常信号を発し続け、肉体を正常から遠ざけている。いや、蝕んでいる、と言った方が適切である。

 ヒトは視界同期ゴーグルに隠れて見えないが、既に穴という穴から血が吹き出していた。

 白かったガンナースーツもぽつぽつと赤い染みが目立ち始める。

 後付けのルームミラーは後席のイオに見えないよう、いつの間にか外されていた。


 神経接続の継続制限まであと三分。

 その時、後方アストレアからの砲撃が届き始めた。


『ようやく、きた……って、ヘパイストスが……』


 ニュクスは最初に喜びの声を上げるが、バックモニタに映し出された姿を見て絶句する。

 両艦ともシュペール・ラグナとの交戦で満身創痍である。

 ヘパイストスは一部がまだ炎を吹き上げ、濛々と黒煙を引いている。

 メタスクイドはまだ二十数体が健在だが、両艦はこのまま勢力圏に突入するしかない。アストレアのIVシールドは半分同胞たるメタビーイングには役に立たない。


 二機のアーメイドプラスはメタスクイド狙撃を中止し、アストレアとヘパイストスの護衛に回る。メタスクイドもまた、勢力圏への新たな侵入者に反応し始める。

 追うと守るとでは勝手が違い、アーメイドプラスは得意の機動性を活かせない。

 保守防衛装置は容赦なく両艦に群がり始め、さらなる猛攻を加えていく。


 交錯するプラズマの閃光、爆散する保守防衛装置、被弾により渦巻く爆炎。

 正にそこは無音の戦場。

 アストレアとヘパイストスはさらに加速を増し、目前にまで迫ったリングメタストラクチャー、彼らの地球侵攻拠点、超空間接続ゲートを目指す。


『イオッ! ヒトは、ヒトは大丈夫なの?』


 青いアイコンのセリの通信である。

 イオに呼びかけているのは察しているからである。

 だが、イオも度重なる苦痛の中で余裕はあまりない。


「な……なんとか……」

『えっ、なに? どうしたのっ?』

「ヒトも……だ、だいじょう……ぶ、だから……」

『イオ、アナタもちょっと……』


 セリは返信の様子でイオの異常に気がついた。

 だが、ここでセリに一瞬の隙が生まれ、セリ・ニュクス組の一号機は右のイ重力制御エンジンにプラズマモドキの被弾を許した。

 眩い閃光と飛び散る破片、無音の振動と被弾アラートだけが一号機のコクピットを襲う。


『ああん、もうっ! こっちはまだ大丈夫だからっ!』


 そう言い伝えると同時にアイコンが消えた。

 通信する余裕はセリにもなくなった。

 セリは一号機の崩れた姿勢を立て直し、再び護衛射撃に集中する。


『あと少しっ、あと少し持ち堪えてくれっ!』


 ヘパイストスの白いアイコンがポップアップし、クライトンの通信が入る。

 一体のメタスクイドが弾幕を掻い潜り、下方よりアストレアへ突進する。

 だが、ヒトはそれを見逃さない。加速スラスターの轟音と共に音速を超えて猛追する。

 アストレアを舐めるように飛翔する彼らにプラズマガン一閃、これを撃破した。

 再び閃光、ヘパイストスの艦内下方から響く爆発音。

 艦底にプラズマモドキが被弾し、無人の5F居住区が月の薄い大気に晒された。

 セリは一号機をプラズマモドキの主に向け、渾身の本家プラズマガンを叩き込む。爆散。


 メタスクイドを撃破可能なのは二機のアーメイドプラスのみである。アストレアとヘパイストス両艦とエリックのAMD171はひたすらプラズマ射線の弾幕を張り続けるしかない。

 ブリッジのメインモニタには大きく超空間接続ゲートとのマイナスカウントが表示されている。

 クライトンは唇を噛み締めながらそれを睨みつけている。


 そして、遂にアストレアとヘパイストスの分離ポイント通過した。

 マイナスカウントはゼロを示し、曳航解除のテロップがメインモニタの下端に流れる。


『よしきたっ! 連結、解きまーすっ!』


 ヒライの掛け声の通信その直後、ヘパイストスはアストレアと連結していた資材搬入用マニピュレータを爆破、接続を解いて急制動の逆噴射を開始する。

 一方、僚艦から解き放たれたアストレアはさらに加速度を増す。

 艦を揺さぶる轟音、エリックの乗るアーメイドは急制動の慣性作用で前方に投げ出された。

 だが、エリックはヘパイストスと己れを繋ぐ電磁アンカーを切り離し、加速スラスターに点火。

 ぐるりと機体を翻し、前方のアストレアに向けて全開加速を始める。


 エリックは電磁アンカーを今度はアストレアに向けて放つが、一歩及ばず届かない。

 アストレア艦首に貼り付いた乳白色のメタスクイドが白い銛状触手を後方に放ち、電磁アンカーと入れ違いにエリックのアーメイドを捉える。

 銛状触手はアーメイドに絡みつき、アストレアに引き寄せた。




『こうでもしないと君は止めるだろう? 僕にだって選ばせてよ』


 エリックはアーメイドのコクピットの中、したり顔で呟いた。


『もうっ、しょうがない人』


 アルヴィーはアストレアの艦内から、演算思考体とは思えない呆れた声を漏らす。

 アストレアはさらに速度を上げ、超空間接続ゲートの中心部、別宇宙へと続く深淵の闇に向け、自らの欠片を撒き散らしながら艦首を突き立てていく。

 逆噴射により減速、そして後退に入るヘパイストスもまた傷だらけである。


『アルヴィーさん、父によろしく、と』


 クライトンはメインモニタに映るアストレアに通信を送った。


『ハワードは今ここで聞いているわ。ありがとう、って』


 アストレアはエリックのアーメイド諸共、超空間接続ゲートを通過した。


『私からも超研対一課第五の皆さん、ありがとう』


 アルヴィーの最後の通信である。




***




「イオ、アンチグラヴィテッド狙撃シーケンス、入って」


「了、解」


 イオは異重力マップボード上の位相ホログラムに両手を伸ばす。

 アンバー照明の中で一層際立つグリーンのホログラム。

 轆轤のように回転するそれを成形し、異重力知覚の赴くままにマップデータを作成する。

 だが、神経接続の継続制限まで一分を切り、また、狙撃軌道に乗せる猶予も、そもそも軌道の確立すらできていない。

 イオはヒトが何をするつもりなのか分かっている。


「アンチグラヴィテッド……調律、完了」


 イオは落ち着いてヒトに告げる。

 ヒトは電磁レールガンにアンチグラヴィテッドを装填する。

 大質量の金属同士が噛み合う音だけが機体を通してコクピットに伝わった。

 ヒトは物言わず機体とヘパイストスとの距離を取り始める。

「ヴン……」と、微振動がコクピット全体を包み込む。

 電磁レールガンのポジトロンキャパシタが始動し、セーフティ解除を承認。

 電磁レールガンが帯電する音までは聞こえない。


 ヒトは二号機アーメイドプラスの加速スラスターを全開、タッチディスプレイからイ重力制御の推進重力も加速方向に振り分けた。

 そして最大加速でリングメタストラクチャーの周回を開始する。

 加速スラスターが生み出す轟音、一段とピッチが上がるイ重力制御エンジンの高回転稼動音。


『ちょっと待ってっ! ヒトッ!』


 青いアイコン、セリは思わず声を上げるが、セリ・ニュクス組の一号機はイ重力制御エンジンの被弾のため、後方援護に就く速度が出せない。

 二号機アーメイドプラスのメインモニタには、直立するリングメタストラクチャーの壁が矢のように後ろに流れ去っていく様子が映しだされている。


「イオ、ごめん」


 ヒトは呟くと足下のパネルを開け、赤いサードパーティーの物理ボタンを踏んづけた。

 コクピットメインモニタ下端に流れる《Nerve Connective Control》、それに続く《Bypass》。

 メインモニタが赤い《Warning』サインで埋め尽くされる。


 頭を突き抜けるような耳鳴り、金属を背中に差し込まれたような痛み。

 イオは歯を食いしばって耐える。


 ヒトは狙撃軌道の確立抜きでアンチグラヴィテッド狙撃を行うつもりなのだ。

 加速スラスターのフルブーストの咆哮と、イ重力制御エンジンの超高回転稼動が奏でる不協和音はピークを迎え、機体直下の一対の発光現象が眩い光を放ち始める。


 ――― ヒト、お願い……


 超空間接続ゲートの向こう側、アストレアからの攻性予測演算はまだ続いている。

 アーメイド管制システム、統合後の〔三番目のイレヴン〕、そしてへピイATi。

 僚艦全ての演算情報が何の保護もなく剥き身でヒトの神経に流れ込んだ。


「「ドクンッ」」


 その瞬間、ヒトには全てのメタスクイドが止まって見えた。

 ヒトは視界に介入するターゲットポインタ、表面に沿って移動する異重力収束点を追う。

 そして、トリガーを引いた。


 アンチグラヴィテッド、異重力位相変換弾頭。

 砲弾運動エネルギー約六十メガジュールのそれは、無音でリングメタストラクチャーの異重力収束点へと飛翔した。


 一瞬だけ放たれた小さな煌めき。


 アンチグラヴィテッド着弾点を中心に『像の揺らぎ』に大きな波紋が現れ、リングメタストラクチャーの姿に鮮明さが増していく。

 時空歪曲防壁、IVシールドの消失が始まった。


『ヒトッ! ハヤくっ、ハヤく下がっテッ!』


 エドは対メタストラクチャー限定出力可変核弾頭の発射承認キーを押した。

 ヘパイストスは艦後部のミサイルスロットを開き、二発ずつ残り全弾を発射する。

 音もなく打ち上がる五対の矢はなだらかな弧を描き、全てがリングメタストラクチャーに着弾した。


 合計十発の核爆発を示す眩い閃光が辺りを照らす。

 巨大なドーナツ型のそれは超高熱の大火球による構造崩壊を開始する。


 リングメタストラクチャー、超空間接続ゲートの破壊に成功した。

 崩れ落ちるその最後をメインモニタでブリッジクルーが、艦内モニタでヘパイストスクルー、そしてメディカルルームでリコとリウ医療管理官他スタッフが静かに見守っている。


 次々と自閉形態を解いて姿を露わにし、月面に落下を始める彼ら達。

 超空間接続ゲートが閉ざされ、メタビーイングの支配が届かなくなったからである。




***




 力尽きた二号機アーメイドプラスは月面に落下し、辛うじて不時着していた。

 意識を取り戻したイオ、月面に堕ちた彼らの姿を見て全てが終わったことを理解する。


「ねえ、ヒト君、ヒト?」


 声をかけるも返事がない。

 イオは慌てて四点シートベルトの拘束を解き、前席のヒトに駆け寄った。

 だが、肩を揺り動かしてもヒトは身動きひとつしない。

 呼吸を確かめようと顔を近づけるとヘッドセットが邪魔をする。

 イオは先ず自分が脱いでヒトも脱がした。


 ヒトは白目を剥いて、目や耳、鼻、そしてNDポートから血を流していた。

 呼吸は止まり、脈もない。

 イオは一瞬、我を忘れて取り乱す。


 ――― いや、待て、まだだ。しっかりしろっ、私っ!


 イオは前席を目一杯リクライニングさせ、ヒトに馬乗りになる。

 ヒトの心臓目掛けて組んだ拳を振り下ろし、人口呼吸を繰り返す。

 狭いコクピットと固定が利かない右脚の所為で上手く拳に力が入らない。

 ヒトはピクリとも動かない。

 次第に涙が込み上げ、声にならない悲鳴が漏れる。


 ふと、イオはヒトと初めて出会った日のことを思い出す。


 イオは自らガンナースーツの胸元を開き、バックウェアを捲り上げた。

 そしてヒトの頭を抱きかかえ、自分と彼のNDポートを接触させる。

 イオの視界にヒトのナノマシン管理メニューが介入する。

 エラーが出たまま何も選択ができない。


「イレヴンッ! ねえ、あなたまだ残ってるんでしょっ! なんとかしなさいよっ!」


 イオはヒトの頭を抱きかかえる腕に力を入れ、大声で怒鳴りだした。


「長いこと居候してたんだからっ! ちょっとは、ちょっとは役に立ちなさいよ……」


 怒鳴り声はいつしか嗚咽となり、言葉の最後はもう言葉にすらなっていない。

 その瞬間、ニューメディカの強制心肺蘇生が起動した。


『どんっ』

『どんっ』

『どんっ』


 三度目の心臓マッサージの後、ヒトは蘇生した。

 ヒトはイオの腕の中で、大きく呼吸を繰り返しては激しく咳き込んだ。

 イオは脱力した途端、心の中で何かが弾ける。

 込み上げる声を遠慮なく吐き出し、止め処なく溢れる涙を堪えることはない。


 ――― うるさい馬鹿っ! 私は嬉しいから泣くのだ。身体が欲しているから泣くのだ。ヒトが居なくなったら困るのだ。なんでって、知るかそんなもんっ!


 しばらくして、ヒトはようやく意識を取り戻した。

 視界の先のイオを見て、苦労しながら笑みを作る。

 イオの頰に震える右手を伸ばし、親指で溢れ出る涙を拭った。


「良、かった」

「うう、う、な、なにがよ……?」


 イオは涙と鼻水でまた顔がぐちゃぐちゃである。


「死に、損なって」

「もうっ、この馬鹿弟……」


 イオは再びヒトを強く抱き締めた。


 メインモニタ下端に青いアーメイドアイコンがポップアップし、通信が回復した。

 セリとニュクスの声が聞こえる。ヘパイストスも健在だ。

 イオは父と〔三番目のイレヴン〕に感謝の言葉を口にする。

 ヒトはイオの手を握り返す。



『い、イ重研出向、超研対一課第五のイオ、イオ・ミナミッ!』


『ならびにアーメイドガンナー、ヒト・クロガネ生存っ! 回収、願いますっ!』






◆◇◆






「イオ……あ、あのさ……」

「なに? ヒト君」


「オトウト……って?」

「えええっ! えーと、まあその、なんつうか、いやその……」



「えっとその、リ、リコも居るし、私、その、弟……みたいなもん、かなって……」



「……イオ、ナーヴスじゃ、ないよね?」

「えっ、そっち?」





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