【ver.4】Parts:026「私は、賢者の贈り物」
夢を見ていた。それは暖かくて少し切なかった。ある成人男性が精いっぱい恋をした。泣き崩れた。膝を着いていた。苦しいけれど、力になれなかった。「死」が彼と彼女の間を分かち、深い溝を作って立ち上がる勇気を無くしてしまった――。
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「もう、自我が保てないの……ワタシは、本当は……もっと生きたかった……けれど、このままではこうちゃんを……死なせることになってしまう……」
私も同じです。多分、機械だから……分からないけれど……強すぎる「愛」は、却って「毒」になる。私はマスターから「これ以上貰うと、腐ってしまう」。あなたが、澪さんが……興造さんに想われてきたように……。
「やっと答えが出たじゃない。もういいでしょ?私達は充分過ぎるほどに、あの人から愛されたんだから。幸せだったよね」
――よく分からないけれど、本当にそう思います。……ああ、普通の女の子に生まれたかったなぁ。
「Qualia(クオリア)、良く聞いて。私が最後の力を振り絞ってあなたの目を覚ます。五分……いや、三分も持たないでしょう。それ以上、目を覚ましていると『ソクラテスのネジに含まれるダークマター』があなたを覆って、……悪意をもたらすことになる。私があなたの中にとどまれたのは奇跡だった。私は、あなたと一緒に消えます。あなたも、私と一緒に消えて欲しいの」
…………。
「悲しい?そうだよね?ロボットなのに、悲しいんだね。可愛いなぁQualia。私もあなたのことが好きになっちゃったよ……」
**
「これで丸四ヶ月。……絶望的だな」
「機械工学の権威者でも無理でしたか。まるで、眠れる森の美女ですね」
「本当にそうだな。クオリアが王子のキスで目を覚ましてくれたら、どんなに有り難いことか」
興造とつぐみは微笑んだ。興造はクオリアの手を握り込む。その上に、つぐみが手を重ねた。涙が零れた。
「……クオリア、頼む。起きてくれ。呪われててもいい。もう一回、僕の前に微笑みかけて欲しいんだ」
「クオリアちゃん。頼りないあなたのマスターは、名誉教授になったんですよ!目を覚まして下さい」
汗が滲み、涙と共に混じってクオリアの身体の上に滴り落ちた。
「……マスター?」
「クオリア!起きてくれたか!!」
思わず喜んで抱きしめる興造。クオリアは少し表情が緩んだ。「澪の声」で肩越しにクオリアは言った。
「「……優しいなぁ、こうちゃんは」」
「澪?お前はクオリアの中にいたのか?」
「「うふふ、そうよ。妬けちゃうわ。暖かくっていい気持ちだった。それとつぐみちゃん……こうちゃんを、興造さんを宜しくね……。」」
思わず興造は自分が何を言われているのか、感づいた。そして、クオリアは徐々に声がか細くなり、興造の腕の中で、静かに静かに言った。
「……マスター。私は、もうロボットとして限界でした。二十年間暖かいものを、ありがとうございました。あなたのロボットで幸せでした。……ご飯はちゃんと食べてくださいね。……掃除もちゃんとして下さい……それから」
「クオリア、逝かないでくれ!僕は、僕は……」
「教授、私も手伝います!!クオリアちゃんお願い。それ以上喋らないで」
涙をボロボロと流しながら、興造はクオリアを引き留めようとした。しかし「クオリアのプログラムリセット」は既に始まっていたのだ。誰にも止めることは出来なかった。
「「マスター(こうちゃん)、あなたと会えて幸せでした」」
Qualia(クオリア)はそうしてロボットとしての生涯に、幕を閉じた。黒いオーラが、彼女の身体から抜けて立ち上っていくような錯覚があった。興造は何度も床を殴って悔しがっていた。
「くそっ!僕は二回も恋人を亡くしたのか!!くそっ!!」
「…………」
自暴自棄になる興造を、つぐみはそっと背中から抱きしめた。
「教授……ううん、興造さん。私じゃ、『明野夜つぐみ』じゃ、ダメですか?」
「…………」
「一緒に生きてください。お願いします。私に……あなたの悲しみを預けて下さい。分かち合って下さい。あなたのことが好きなんです」
「僕は『学生に手を出した』って噂が立ってるんだぞ?」
「卒業してしまえば、関係ないでしょ?それとも、興造さんの研究者としてのプライドは、……そんなものなんですか?」
「……ありがとう」
つぐみの手を取り、興造は「生涯で二度目の」恋人との口づけを交わしたのだった――。
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