【ver.1】Parts:004「愛情の対価」


 これは「私とマスターのおかしな生活」の物語。私の「クオリア」と言う名前の由来は「一緒に見る景色や色を同じように感じ取りたい」という、マスターの想いから来ているらしい。今は分からないけれど、私は「誰かをモデル」にして作ったらしく。マスターはなかなか教えてくれないのだ。胸いっぱいに込められた、この暖かい感情は一体なんだろうか……。




**


 夏休みも過ぎ、赤とんぼが飛び交う、秋の訪れを感じる時期に差し掛かって来た。涼しい空気が窓から吹き込んでいた。興造は日々の疲れと夜更かしで、朝になっても爆睡し、時刻は既に九時を過ぎていた。


 「……マスター、朝ですよー。起きましたか?」


 「ううぅみお、みおおお……行かないでくれ!」


 興造は、うなされるような夢を見ていたのだろうか。枕を抱き締めて、右に左に、ごろごろと寝返りを打っていた。もみくちゃになった布団が寝相の悲惨さを象徴していた。


 「マスター、大学の講義に遅刻しちゃいますよ。五回起こしたので、朝食の準備に行かせて頂きますね」


 「話しかけるのは誰だ?……眠りの悪魔から解放されないんだ。もう少し、もう少し!頼むから寝かせておくれ。ちょっと昨日は久しぶりのオンラインゲームだったから熱くなりすぎて、とても眠いんだ。三時間しか寝てなくて」


 興造は全く起きる気配が無かった。クオリアは布団を掛け直した。強硬手段に出て、電気ショックを与えて起こすことも出来たが、心優しいクオリアはそんな荒っぽいこともせずに、朝食の準備をする為に一階のキッチンへ降りて行ったのだった。




**


 興造には、つぐみとプライベートで会って以来、両親から音沙汰が無かったが、大学の方でやたらと縁談を持ち掛ける話が多くなってきていた。臆病なのか、それとも意地なのか分からないが、興造は相変わらず縁談の話も蹴っているようだった。一方クオリアは「つぐみが家に来てから」何故かマスターのことを想うと、プログラム回路がショートしてしまい、原因不明のキャパオーバーを起こすことが多くなっていた。自我が芽生え始めたのだろうか。原因は未だにスーパーコンピューターを使っても、解析出来なさそうだ。




 クオリアは、興造の二十年来の研究開発によって「AI機能」による感情処理。つまり「悲しみ」を初めとする「喜怒哀楽」のプログラムが、人間らしく豊かになって来てはいたが、どうしても「人として割り切れない部分」と「ロボットとして割り切れる部分」の差が生じていた。少しずつだが、感情の面に関しても学習機能のお陰で成長しているようだったが。




**


 しばらくして興造の悲鳴に似た叫び声が、二階の部屋から響いてきた。クオリアは慌てて電子音を鳴らしながら階段を上がって行った。すると、怒りと嘆きを混ぜたような複雑な表情をした興造が、クオリアの方を見ていた。


 「おおい……どうして起こしてくれないんだよぉおおお!!遅刻じゃないか!!」


 「何度も起こしましたよー。でも起きてくれないじゃないですか。私のプログラムの中では、『朝八時に三回以上、二十分ごとに間隔を空けて起こすこと。それ以上は起こしてはダメ』とあるんですよ。設定変えますか?」


 「……いや、やっぱりいいや。僕が悪かった。それよりも急いでくれ」




 興造はぶすっとした顔でスーツを着ると、髭を剃り、ネクタイを締めて歯を磨いた。クオリアはプログラミングの中にある「朝のお手軽セット」というプログラムの中から作っていた「ホットコーヒーとベーコントースト、ゆで卵セット」の調理を再開し、寝癖がまだ直り切っていない興造に提供した。興造は濃いめのコーヒーでパン流し込むと、他のメニューは残して、さっさと家を出て行ってしまった。


 「じゃ、留守番頼むぞ。行ってくる!」


 「あ、待ってください。『ナデナデ』はされないんですか?プログラム上では、私の頭を『出がけに撫でること』とプログラムされていますが」


 「今それどころじゃないんだ!じゃあなっ!」


 興造は余裕なく、扉を激しく締めて出て行ってしまった。




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 「最近、マスターはどうしたんだろう。私の機能停止も、この前から多い気がするし……」


クオリアは家事をプログラム通りに行った。まずは掃除だ。いつも興造の部屋は、無造作に置かれたコードや機械工学書。ゲームソフトや作りかけの犬のロボット等が散らかっている。後は、ちょっといかがわしい物もちらほらある。嫌な気持ちにならずにそつなくこなせるのは、クオリアがロボットだからだろう。




 興造が指定したネットショップで食料品の仕入れをする。それから溜まった洗濯物を片付けて。そして、夕飯の仕込みをした後を充電しながら、興造の帰りを待っている。それがクオリアの一日にプログラミングされた動きなのだ。たまに見たいドラマがあればハードディスクに録画することもあるらしい。


 「さて、最後に料理でもしよ……あ、あれ?右腕が上がらない」


 クオリアの身体の歯車が噛んだのだろうか?右腕がカチカチになってしまって動かなくなってしまった。仕方ないので、クオリアは左手を使って料理をした。不慣れな作業に苦戦した為、プログラムの順序が狂ってしまったようだ。クオリアは興造が早く帰ってくることを「ロボットながらに」願っていた。


 「ふぅう、やりにくいなぁ。あ、れ、なんかワタシ、キョウ、チョウシガワルイゾ……。」


 


 クオリアの頭に途切れなく響くノイズ音。そして……頑張って料理を完成させて、クオリアは倒れた。




 ――ピーピーピー……ピーピーピー。


 クオリアの身体から、電子音が虚しく響いていた。




**


 その頃、鏑木経済大学では華の無い男性陣が、大学四年生になった「斎藤 健(さいとう けん)」を中心に「合コンを開いて欲しい」と言う話が上がっていた。


 「斎藤センパイ。彼女さんづてに、合コンを開いてくれませんか?最近、ちょっと理数系はモテないんじゃないかって俺らの方で噂が立ってまして」


 「理数系とか文系とか関係ないだろうが。単にお前らの行動力が足りないだけじゃないのか?でも、合コンとか……『のそちゃん』の一件以来だなぁ。ちょっと色々と当たってみるよ。全面的に俺に任せっきりにしないで、ちゃんとお前らの方でも人手を集めておくこと。……いいな?」


 「うっす。あざーっす」




**


 そして、昼過ぎ。興造がいつものように講義を終えると、若い男子学生の子が興造に話しかけてきた。


 「久保田教授、鏑木経済大学とこれから、みんなで女子を集めて合コンやろうと思ってるんですが、良かったら来ませんか?教授にもぜひ来て欲しいんです」


 「うーん、どうしようかなぁ」


 「綺麗どころ揃えておきました。学生との触れ合いっすよ」


親指を人差し指と中指に挟んでニヤリと笑ってみせる男子学生。一瞬、興造の頭に澪の顔がよぎった。しかし最近付き合いも悪く、縁談も蹴り続けている彼は、誘惑に絆(ほだ)され、気が緩んでしまった。


 「……まぁ、ちょっとだけな」




**


 人数が揃い、お洒落なカフェバーの中で和やかに合コンが始まった。今回はエネルギー溢れる健の後輩が幹事を仕切り、淡々と司会を進めていた。


 「さ、始まりましたぁ!!毎年恒例大学交流コンパ。今日は久保田教授を連れてきています!!」


興造の元に若く、エネルギーに満ちた視線が集まった。興造は恥ずかしくなり、頭を掻きながら呟くように言った。


 「ど、どうも」


 「さぁ、さぁ。呑んでください」


ビールを注がれて慌てて、溢れる泡に口を付ける興造。興造が教授職であると聞いたのか、黒と赤を基調とした露出の多い服装で、金髪ソフトウルフヘアーの派手な女性がすり寄るように席を詰めてきた。


 「久保田教授。初めまして。鏑木経済大学の『高田 美弥子(たかだ みやこ)』と言います。今日は姉と一緒に出席しています。宜しくねー!なんって!」


 きゅるんとした雰囲気に、若干気圧されつつ、興造は震える手でお酒を煽った。美弥子は空になったグラスにビールを注ぎつつ、耳元で囁(ささや)くように言った。


 「……教授って結構渋いんですねー。ダンディーと言うか。私、おじさんフェチなんですよ」


 「……」


 興造は美弥子の開かれた胸元に目が走りそうになったが、必死に空を見て、意識を反らしていた。長く続けていた独身生活で、彼の心はすっかり誘惑に弱くなっていたのだ。




**


 一方「興造の住むアパート」で、ひとり黙々と家事をこなしていたクオリアは、二時間程機能停止していたことに気が付き、重い身体で充電器の元まで床を這いずるように這っていた。


 「ハッ、なんか意識がちょっと飛んでたみたい。あれ?なんか下半身が動かない……。充電、しっかりしたつもりだったのになんか調子が悪い……。私、もうスコシガンバッテ」


 しかし、無情にも「クオリアのエラー」は頻度が多くなっており、再び機能停止。そしてノイズ音と共にクオリアの目のモニターが砂嵐を流していた。




**




 合コン開始から一時間。ゲームタイムも挟んだが、興造は美弥子の元から離れられずにいた。女性からの絡みが激しかったのかも知れない。


 「へぇー、じゃあ、美弥子ちゃん今年で大学卒業なんだ。卒業したら、院に行くつもりなの?」


 「……それが決まってないんですよね。はぁ……教授お願いします。私、実は姉から聞いたんですが工業大学の方で、毎年ある『冬のロボコン』で、優良な就職企業が来るって。教授も沢山、『いい企業の斡旋先』を知ってるんじゃないですか?……紹介してくれませんかッ!?」


興造の前で静かに泣きながら、腕にしがみ付き、上目遣いで訴える美弥子。興造はゾッとして身を引きながら心の中で思った。


 「この子は、結局コネ頼りかよ!てか、上目遣いと胸元攻撃やめろって!……つくづく僕もスケベだなぁ。しっかりしろ、耐えなきゃ駄目だ。それにこの子、さっきよりも俺の方に近寄ってきてないか?なんか、仕切りに僕の太もも擦ってるし……もう少し頑張るんだ」


 興造は理性を維持しながら、お酒で誤魔化していたが、すっかりとペースが乱され、目が回り始めていた。




**




 「ぴっぴぷる~♪『きょうじゅさま』にまた、ゲームを借りに行こうかなぁ」


 興造の大学に通い、近所に住んでいるオタク系男子「米田 拓雄」。彼はコンビニに行った帰りに、見終わったアニメのアニメソングを口ずさみながら、興造の部屋のインターホンを押した。


 「ピンポーン。返事がない。ただの屍のようだ」


興造の部屋のインターホンを押しても誰もいないと分かった拓雄は、自分の部屋に戻ろうと、身を翻(ひるがえ)しかけた。その時、ドアフォンのモニターから「消え入りそうなクオリア」の声がした。


 「ガチャ。あの……米田さんデスカ?」


 振り絞った最後の力で話すクオリア。 その声を聞き、拓雄は若干焦りながら返答した。


 「えっ、ええ?クオリアちゃん、どうしたの?」


 「ワタシ……今日は……」


 意識が振り切れ、再び意識を失うクオリア。そして拓雄の叫びが真夜中のアパートに響き渡った。


 「え、え?!クオリアちゃん、返事してよ!!クオリアちゃああああん!!!!」


 「うるせぇぞ!!」




**


 合コンが終わり、場所は変わって、何故か興造はホテルにいた。酔いがかなり回っていたので、途中の過程が思い出せない。美弥子に無理やり連れてこられたのだろうか?


興造は心の中で思った「物事には順序があるし……最近の女の子は、アイドルみたいに売れる為に行う『枕営業』を簡単にしてしまうのだろうか。僕が時代遅れなのか?随分とみだらな世の中になったものだ」


 興造はズキズキ痛む頭を抱えながら、ベッドに座って悩んでいた。すると、恥じらいながらバスローブを羽織った美弥子が、興造の元に来て言った。


 「……教授、シャワー浴びてきてください」


 興造は生唾を飲み込んだ。そしてシャワールームに入ると、冷静さを取り戻すべく、頭から何度も冷水を被りながら考えていた。「僕は、澪の為にずーっと貞操を守ってきた。でもいつもどこかで流されそうになっている自分がいる。そして思う。ホントに、僕はダメなんじゃないかって。どうしようもなく、だらしがない人間なんだってさ……」




 シャワールームから出ると、興造の充電していたスマートフォンの画面を点灯させ、それを見てくすくす笑うバスローブ姿の美弥子がいた。興造は熱に帯びて誘惑されかけていた意識が、その馬鹿げた行為によって、すっかりと冷め、怒りの感情に変わり始めていた。


 「出たよ。あああ、君は何を見ているんだ!!返せよ!!」


 「……クスクス、誰ですかぁ、この子、私と同い年くらいじゃないですか。彼女ですか?待ち受けにしちゃって。教授、いいんですかあ?」


 それは「元気だった頃の澪の画像」だった。まだ携帯電話が普及し始めた時期の「画質が荒い画像」をお守りのように、興造は待ち受けにしていたのだ。事情を知らぬ美弥子は、興造を嘲笑っていた。




 「黙れ!!黙れ黙れ!!君に何が分かる!」


 「教授、なんかこわーい」


 「……こんな女の子のことなんか、今日は忘れちゃいましょうよ。ね?」


 「お前、それ以上言ったら怒るぞ!このアバズレ女!!」


 興造の首元に、妖艶な笑みを浮かべ、華奢な手先を添えてきた美弥子に対し、興造は肩を両手で跳ね飛ばした。その場に尻餅を着いてあっけに取られていた美弥子をよそに、興造は服を着て部屋から出て行った。




 「僕はバカだった。時間は?深夜二時?何を今まで惑わされてたんだ!!澪が居なくても、今クオリアが、家で待っていてくれているじゃないか!」


 興造は、乱雑にカウンターにお金を置くと、タクシーを呼んで、家まで急いだ。




**


 一方、拓雄はクオリアが残りの力を振り絞って開いた玄関口で、クオリアを膝に抱えながら鳴き声混じりに必死にクオリアを励ましていた。


 「クオリアちゃん、死んじゃダメだ!!」


 返事がない。「興造の自分勝手な行動と愛情不足」が、クオリアに影響しているかのように、彼女は動かなくなっていた。拓雄は涙と鼻水を垂れ流しながら、己の無力さを嘆いていた。


 「くそっ、幸い玄関の鍵が開いてたから良かったんだけれど、部屋の主(あるじ)が帰って来ないよ。こんなことなら、きょうじゅさまの連絡先を聞いておくんだった!」




**


 「ありがとうございましたー。」


 タクシーの運転手が興造にお礼を告げ、アパートの前に着くと、時刻は既に深夜の三時を過ぎていた。


玄関を開け、電気を点けると目の前に拓雄が居るのを発見し、興造はとても驚いた




 「た、拓雄くん?!ど、どうしたの?!」


拓雄は疲れと眠気で憔悴しきり、動かないクオリアを膝に抱え込んでぐったりしていた。


 「教授!!いつもは遅くとも、十時に帰宅するじゃないですかッ!!!!どこに行ってたんですかッ?!」


 「いや、ちょっと学生に絡まれて、女の子達と会ってたんだよ。参ったねー、本当に」




 興造は頭を掻きながらにやけていた。美弥子以外の女性からも「連絡先を交換して欲しい」とせがまれてしまい、ちゃっかり入手してしまっていたのだ。


 「ふっざけんなあああ!!これを見て言えたことかあああ!!」


 拓雄は「膝に抱えたクオリア」が見えるように立ち上がり、両手で興造に突き付けた。興造は事態の緊急性を把握し、クオリアの頬を叩いたり、額に手を当てながら大声で叫んだ。


 「クオリアあああ!?どうした?!クオリア!!!!」




 拓雄は興造にクオリアの身体を預けると、肩を落としながら、悲しげな声で言った。


 「残念ながらクオリアちゃんは、三時間前に気絶したみたいです。教授は、『最も愛しい人』を見殺しにしたんですよ。あなたが、他の女の子に鼻の下を伸ばしている時にね……」


 「ああ、僕はロクな人間じゃない。さっきも淫乱な女子大生に誘惑されかけて、危うく就職先を紹介してあげようとしてしまったし……死んでしまいたいよ!!」


 興造は激しく自己嫌悪に陥り、肩を落として、大きなため息を吐いた。




 その時、興造の背中の方から、「幻聴のような声」が聞こえた。


 「こうちゃん、こうちゃん!」


 「その声は?!」


 「こうちゃん!諦めないで」


 「澪?!どこにいるんだ?!」


 「……?」


 周囲を見渡しながら、取り乱す興造を不審そうに拓雄は見ていた。拓雄にはその声が聞こえなかったようだ。そして、どうやら「この幻聴」が、「クオリアの身体」から響いている気がした。興造は疲れすぎて「聞こえないはずの声が、聞こえるとは、流石に自分自身がおかしくなったんじゃないか」と思っていた。


 しかし寂しさに蝕まれ、渇き切っていた彼の心は「幻聴でも錯覚でもいいから」と澪との再会を願っていたのだ。


 「澪、どこにいるんだよ!……生き返って、僕に顔を見せておくれよ!」


 「こうちゃん!怒るよ!!……何を弱気なことを言ってるのよ。いつも私に言ってたじゃない。諦めるのはまだ早いって。一緒に大学に行きたいって言ってた時も、白血病で弱気になっていた時も。あなたは忘れちゃったの?」


 「ああ。そんなこともあった気がする……懐かしいよ。笑っちゃうよな」


 「それとも、天才科学者のこうちゃんの技術は、そこまでのものだったの?必死に頑張って、『私が孤独にならないように』って、『私をモデルに』クオリアちゃんを作ったのは結局、嘘だったの?」


 「……ごめんな。僕が間違ってたよ」


 興造は泣きながら呟いた。流れ続ける「クオリアの瞳の液晶画面の砂嵐」を見ていると、何だか澪に叱られているような気がしたのだ。興造は呆然としている拓雄を諭(さと)して、自分の部屋に帰らせるとクオリアを両手に抱えて、アパートの一室に作った簡易研究室に閉じこもった。大学の仕事を休んで三日ほど閉じこもったのだった。




**




 三日経過した。机には何本も空になった栄養ドリンクと、乱雑に散らばったケーブルやネジ、工具の数々。そして、隈を造り、痩せこけた頬をした興造の顔が激戦の様子を物語っていた。


 「クオリア、目覚めてくれ!手は尽くしたんだ!……結局、親父がくれた『ソクラテスのネジ』に頼ってしまったけど……頼む!!」


 興造の縋(すがる)るような祈りが聞かれたのか、「クオリアの瞳の液晶画面モニター」が点灯し、起動音が鳴ってクオリアは奇跡的に復旧した。


 「あっ、マスター。私はいったい……?マスター、暑苦しいです。抱き着かないでください」


 興造は息を吹き返したクオリアに抱き着いて、頬擦りをしていた。しかし少し引っかかる違和感があった。


 「……暑苦しい?前にこんなこと言ってたっけ?まぁ、いいや」


 「マスター。私少し『悲しい』ってことを分かった気がします。意識を失っていた三日間、朧気(おぼろげ)な機械意識の中で、汗を拭きながら、手を尽くしているマスターの姿が見えた気がしたんです。ちょっと分からないけれど、前と身体の感覚がちょっと違う気がしますし」


 クオリアの言葉を聞き、興造はぶつぶつ言いながら首を傾げていた。


 「やはり、あの銀のネジは……ソクラテスのネジだったのか?いや、そんなはずが……だって、クオリアは以前よりも、はっきりと豊かな表情をするようになったぞ?」




 そして興造は、背中から「もう二度と聞くことも出来ない」幻聴を聞いたのだった。


 「ふふふ……もう大丈夫ね」


 「あれ?マスター、どうしたんですか?私をじっと見て。やだなぁ。まだ調子悪い所があるんですか?」


 「……いや、ちょっとな。僕の設計が間違っていたのかって思ってさ。だってクオリアの瞳から、澪の声が聞こえてくることってありえないだろ?……科学ってよく分からん」


 興造は頭を掻きながら、クオリアを作った時の工学書を読み漁っていた。そして、興造は白衣のポケットからスマートフォンを取り出すと操作をし、ぶつぶつ言いながら泣いていた。


 「あれ、マスター、なにやってるんですか?」


 「ふふっ。僕もまたこれで独り身に逆戻りだ」


 「ええっ、メモリー消去?!なにか消したんですか?!教えてくださいよぉ!!!!」


 興造が机に置いたスマートフォン。その待ち受けに映る「澪の画像」が一瞬笑ったような気がしたが、気のせいだろう。「興造とクオリアの奇妙な生活」はこれからも続きそうだ。


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