【ver.1】Parts:003「三者三様の心模様」
土曜の朝。つぐみは胸を躍らせて駅の前に立っていた。興造もインテリ系の服装で固めていた。興造は溜め息を吐きながら、つぐみの肩を叩いて言った。
「ぐみちゃん。悪いことは言わない。……帰った方がいいぞ」
「いやぁ、私、久保田教授のご両親がすっごく気になるんですよ。だって、天才科学者の生みの親ですよ?教授は学校内で聞いてる噂、御存じないんですか?」
「みんな、なんか言ってるのか?」
「聞いて驚かないで下さいよー、『トイトイ・マーベラスカンパニー、女社長が一目置く、歴代最高のロボット技工士。その名も久保田教授!!」
興造に一瞬スポットライトが当たったような気がしたが、たぶん気のせいだろう。
「しかも、その太いパイプをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。あなたはどれだけの学生を泣かせてきたんですか!!私もあの会社に行きたいくらいですよ!!」
つぐみは袖を当てて「おいおい」と泣き真似をした。興造は、頭を掻きながら恥ずかしそうに言った。
「社長の豊田 雲雀(とよだ ひばり)は、僕の高校の後輩なんだよ……。なんつーか、すっごいめんどくさい奴で親父も町工場の社長だから、二人して僕を森城町の田舎町に引き戻そうとしてるんだよ。だから会いたくなかったんだよなぁ」
「……誰と会いたくないってぇ?」
興造が溜め息を吐いてそう言うと、前から野太い声がし、目の前に睨みを利かせたツナギ姿の男性が興造の前にいた。右手には一升瓶の日本酒を引っ提げている。電車の中で呑んでいたのだろうか。
「お、親父っ?!」
それは父親の辰雄だった。とても酔っていて、お酒の匂いが辺りに漂っていた。
「興造、久しぶりね。いつ以来かしら。あの可愛いクオリアちゃんに、ビシビシと鍛えて貰ってるかしら?」
「お袋も?!……だって、十時に来るって。今、九時じゃないか」
両親の到着が待ち合わせ時刻よりも一時間早かったので、興造は驚き戸惑っていた。
「愛する息子が心配で、早く会いたかったのよ。それはそうと、ずっと気になってるんだけれど、そこの可愛いお嬢さんは誰なの?」
口に手を当てながら嬉しそうに富花が質問をした。興造は、めんどくさそうに本音を言おうとした。すると言葉を制するように、つぐみが猫を被ったように、前に出て発言をし始めた。
「……ああ、この子はうちの研……」
「初めまして。『明野夜 つぐみ』と言います。きょ……じゃなくって、興造さんとは最近お付き合いさせて頂きました。お父様、お母様、よろしくお願いします」
「あらまぁ、まさかあなた、こんな可愛らしい女の子と?お付き合いを?!いやだわぁ!!隅に置けないわねぇ!!」
興造は複雑な表情をしながら、富花に背中を叩かれていた。丁寧な挨拶に、頑固な辰雄の表情も緩み、でれっとしながら頭を掻いて言った。
「あ、ああ。こんなバカ息子だが、これからも宜しく頼むぜ」
「お父さん!!若い子に鼻の下伸ばさないの!!」
笑い声が響く中、興造はこれから始まる嫌な予感にじっとりと汗を掻いていた。つぐみの真意も分からずに、ただただ何も言えずに黙っていた。
「…………」
**
お昼も過ぎたので、興造達は近くの洋食店で、簡単に食事を済ませていた。興造含め、あまり小洒落た店は得意では無く、アンティーク調のジャズソングが流れる店を見つけて、皆で食事をしていた。
つぐみは興造の両親に矢継ぎ早に質問されていた。頭の回転が速いのか、それとも台本を用意していたのか。始終笑顔を崩さずに、笑いながら両親の質問を捌いていた。
「……へぇ、じゃあ、つぐみちゃんは霧前市出身なのね。機械の勉強をしたいなんて、興造と一緒でいいじゃないの!」
「将来有望だなぁ。なぁ、お母さん」
「ええ。実はね。私達、森城町で小さな町工場を切り盛りしているのよ。お父さんが経営を始めて早四十年。ここら一円の精密基盤は『久保田製作所』が支えていると言っても、過言ではないわ」
「こいつにも、将来跡継ぎになって欲しかったんだが……まさか教授になっちまうとはなぁ。研究の成果が出なければ、早く引き上げて帰って来いって言ってるんだよ」
夫婦でぶつぶつ会話を交わしていると、興造はつぐみの脇を肘で突いた。そして小声で言った。
「おい、いつになったら、ばらすんだよ。後々厄介なことになっても知らないぞ」
「……それがですね、思った以上にご両親の期待が大きすぎて、言うに、言い出せなくなってしまって」
つぐみは苦笑いしていた。富花が耳をそばだてて来たので、二人は慌ててそっぽを向いて何事も無かったかのように振る舞った。「仲がいいのね」と富花がくすくす笑っていると、店内でたまたま点けていたテレビから、近隣の報道中継が流れてきた。どうやら歴史もののドキュメンタリー番組のようだった。
「――森城町を中心とする、古代文明の史跡から『ソクラテスのネジ』と言う、謎のオーパーツが出土しました。鈍い銀色に光る生命力の溢れたこのネジは、『生命力を与え、知能を宿す』と学会で研究されておりますが、未だに、その物質の構成要素は分かっておりません。霧前市、鏑木市の河川の流域にも、恐らく同じものがあるのではないか。と私達研究チームは、結論付けております――」
テレビを見ながら箸を持つ手が止まっていた興造に対し、富花は不安そうな顔をしながら言った。
「……あなた、その癖いつになったら治るの?集中すると周りのことが見えなくなる癖。つぐみちゃんも将来、苦労するわよ」
「そうだぞ。こんな可愛いお嬢ちゃんに迷惑掛けちゃダメだ」
興造はむず痒い顔をしながら、つぐみを見た。「この茶番劇をいつまでやるつもりなのか?」と目で訴えているが、つぐみは鼻を鳴らしながら「乗り掛かった舟です。やり切って見せますよ!」と応答していた。
「つぐみちゃん、少し散歩しながら、興造の部屋に行かない?面白いものがあるのよ?」
「げっ……お袋、それは流石に勘弁してくれ」
「なんだ、お前は彼女を部屋にも招待してないのか?それじゃ、この先、苦労するぞ」
「わ、私は別に……」
「行きましょうよー。この子、ロボットが好きでね。いっつも行く度に変化があって面白いんだから!!」
マイペースで天真爛漫な富花に振り回され、興造は断り切れず、アパートにつぐみを連れていくことになってしまった。
**
夏の河川敷を歩いていると、ジョギングをする人や、犬の散歩をする人、キャッチボールをする親子など、多くの人が居た。何よりもこの暑さだから、人が多く河べりに涼みに集まっていたのかも知れない。興造とつぐみは俯きながら肩を落とし、ひそひそと話しながら歩いていた。
「思ったよりも手強いな。顔だけ見たら帰ると思ってたんだが……」
「そうですねぇ。私もこんな面倒なことになるなんて。まさか、教授のアパートに行く羽目になるとは」
「お前、変な物に触るなよ?言っとくけど、女子禁制なんだからな!お、男の城は!!」
「なに言ってるんですかー。教授ほど面白い人は、学校にも、どこを探してもいませんよ。見つけたとしても、私の記憶の中で留めておきますって」
仲良さげに話す二人を見て両親は安心していたのか。それともを邪魔しないように、そっと後ろから見ていたのか。何も言わなかった。
その時、辰雄の足元にコツンと何かが当たる感覚がした。それは小石くらいの大きさの鈍い銀色に光る「ネジ」だった。それを拾い上げ、辰雄は首を傾げながら、顔をしかめてじっと見ていた。
「興造。これ、何のネジだ?」
「ん?親父、なんか言ったか?」
つぐみと富花は、辰雄の持っているネジを見た。
「綺麗なネジですね。教授は、これ知ってますか?」
「もしかして、さっきテレビで報道してた『ソクラテスのネジ』じゃない?興造が食い入るように見てた」
「まさか。これはポッと歩いて、すぐに見つかる訳がないよ。だって古代遺跡のオーパーツだぜ?」
興造は「ありえない」とケタケタと笑った。それを聞きながら、辰雄は頭を掻き、ネジを興造に差し出した。
「……これ、お前の仕事の役に立つかも知れないから、貰っとけ。珍しいものかも知れないしさ」
「分かったよ。ありがとう」
興造はネジを受け取るとポケットに収めた。そしてぶつぶつと独り言を言いながら、つぐみ達と共にアパートに向かって歩いて行った。
**
一時間程歩き、アパートに到着した。興造は執拗に周囲を確認し、誰も居ないことを確認した。そしてドアノブに鍵を差し入れ、回しながら、後ろでワクワクしている富花に対して、特に厳しい口調で再三注意するように言った。
「いいか?特にお袋。言っておくけれど、部屋にある物は絶対に触るな。それから、僕が呼ぶまで絶対に入ってくるな。ちょっとそこで待っててくれ!」
「はーい。分かりましたー」
興造はダッシュで部屋の中に入った。目ぼしいものは片付けたのだけれど、最も問題なのは「Qualia(クオリア)」の存在だった。セルリアンブルーとパステルカラーの可愛らしい女性ロボットをどこにしまおうか。それ以上に発達したAI機能(人工知能)は、客人が来たら何かを察して、絶対にお出迎えをしてくれるに違いない。これが「亡き婚約者の投影」だと、つぐみに知られた日には……興造は頭を抱えながら、悩みだした。
興造は出掛けに掛けておいたクオリアのスリープ状態を、スマートフォンの遠隔操作で解除した。クオリアは目を覚まし、興造の前で機能が復旧した。
「あ、マスター。お帰りなさいませ。どうなさいましたか」
「クオリア。お前に忠告するから、よーく聞いてくれ。物凄く大変なことになったんだ。巷でロボットを誘拐する凶悪犯が、出回り始めたんだ。僕は、とってもキュートな君が心配だから、物置の中に隠れていて欲しい。……僕がいいって言うまで、絶対に出て来ないでくれ」
「……マスター、何を言っているのか、さっぱり分かりません。ただ私の身を案じて下さるのですね?しかし、私には、マスターの作ってくださったプログラミングの一つ『悪漢撃退機能・十の鉄則』ってのがあります。容赦ない高圧電流が流れるようになっていますし……何かあったら、対処できるようになってますから」
「いや、君は男を甘く見ているぞ。もし誘拐されたら、某所に幽閉されて、バラバラに分解されたのち、どろどろの溶鉱炉に入れられて、金属の塊になってしまうかも知れない。そうなったら……僕は、僕は……」
嘘泣きを、ロボットの前でわざとらしくする興造。クオリアは幾つも、疑問符を頭に浮かべながらスーパーコンピューターで、「興造の言っていること」を解析しようと必死だった。その時、富花の威勢のいい声が玄関から聞こえてきた。
「興造!まだなのー?もう十分以上経ってるじゃないの!!」
「まずい。いいから隠れろ。クオリア!!」
「ま、マスター!!解析が追い付きません!!」
抵抗するクオリアを押し入れに押し込むと、興造は辺りを見回した。普段クオリアが掃除してくれているのか、部屋にはいかがわしい物も、怪しい物も。埃やチリ一つないくらいに片付いていた。興造は冷や汗を掻きながら、両親とつぐみを部屋に招き入れた。
**
「おじゃましまーす!へ?研究所と違って片付いてますね。独身男性の部屋とは思えませんよ」
「お前なぁ、ちょっと言葉が過ぎるぞ」
つぐみは好奇心半分に辺りをきょろきょろ。富花は息子がきちんと生活が出来ているかが心配だったのか、冷蔵庫や台所を調べ始めていた。辰雄は踏ん反り返った表情で、胡坐(あぐら)を掻いて座っている。
「おい、興造。お客様が来たらお茶くらい出さないか!!」
「は、はひぃ!!ただいま」
「わ、私もやりますね」
厳格な父の声に委縮し、興造は小走りで台所に行った。つぐみもついて行き、二人は慣れない手つきでインスタントコーヒーを淹れ始めた。
そして、歩き疲れた両親はコーヒーを飲みながら、ホッと一息ついていると、富花が開口一番に爆弾発言を切り出した。
「ねぇ、興造。そう言えばクオリアちゃん、どこにしまったの?」
「ぶっ!!」
「クオリア?教授、何のことですか?」
興造はむせ返り、ティッシュを口に当てながら咳き込んでいた。
「あなた。まさか、クオリアちゃんを処分したわけじゃないでしょうねー」
「お、お袋。ぐみちゃ……つ、つぐみもいるんだから、その話はやめてくれ!!」
「えー、なんだか気になりますぅ。教授、最近クオリアは最高傑作って、言ってましたよね」
「…………」
しどろもどろになりながら、興造は頭をフル回転させた。そして一言。
「なぁ、美味しいシュークリームあるけど、食べるか?」
「たべたーい!!」
「いいんですか?」
話を上手く反らした。辰雄は女性陣の黄色い声が苦手だったのか。それともタバコが吸いたくなったのだろうか。「ベランダに行ってくる」と言って、一足先に抜けてしまった。
**
「……さて、どうしようか」
時刻は既に、五時過ぎていた。興造は一向に帰らない両親と、状況を楽しんでいるつぐみを前に頭を抱えていた。クオリアも押し入れに入れて三時間過ぎている。状況は悪化するばかりだ。
「おい、興造。出前頼んでいいか?今日は少し居させてくれ」
なんで「こんな日に……」と思ったが、興造は黙っていた。そして高齢の辰雄は、携帯電話を持っていないので、据え置きの電話を探しに廊下を出た。すると「パステルカラーの可愛らしいケーブル」が押し入れの隙間からちょろっと出ているのを発見した。
「なんだ?……これは」
疑問に思ったのだろう。そのケーブルを引くと、襖(ふすま)の向こうから可愛らしい声がした。
「しゃ、しゃべった?」
静かに扉を開けると辰雄とクオリアが対面。そして激しい稲光と共に、辰雄が気絶した。
「な、何事!?」
富花が駆け寄るとそこには、身を震わせるクオリアの姿と仰向けに気絶した辰雄の姿があった。
「だれかー!!救急車呼んでー!!」
「え?!大丈夫ですか?!今すぐ呼びますね!!」
**
救急車が到着し、辰雄の処置が無事終わった。そして「命に別状は無かった」と言うことを聞いた富花はホッと胸を撫で下ろすと同時に、興造に厳しいお叱りを与えた。
「あなたねぇ。お父さん死んじゃうところだったのよ。しかも、つぐみさんにまで迷惑掛けるし」
「いえ、私はいいんです。本当にお父様、ご無事で良かったですね」
富花の手を握り、つぐみは懸命に労っていた。興造は頭をうなだれながら溜め息混じりに言った。
「……反省しております」
「私はお父さんが、経過を見る為に一日入院するって言うから、病院にいるけど、あなたは頭を冷やしなさい。それとクオリアちゃんがいるなら、いるってはっきり言いなさい!分かったわね?」
そう言うと富花は鼻息を立て、肩を揺らしながら背中を向けて、病院に戻って行った。富花の様子を見る辺り、辰雄はとても元気なことが分かった。つぐみは、にこにこしながら富花を見送っていた。しかし興造は、と言うと……。
「弁解の余地も無く、ぐみちゃんにクオリアを見られるし。しかも親父が気絶するし。今日は本当に厄日なのか?誰か教えてくれ!!」
「教授、まぁ良かったじゃないですか。お父さんも元気そうだって聞いて本当に安心しましたし、……私は嫌いになりませんよ。例え可愛い女の子のロボットが、自宅に一体や二体居たとしても。あ、私可愛い服持ってるんで、欲しかったらいつでも言ってくださいね!」
「君は、本当に図太いと言うか、肝が据わっていると言うか……なんだかなぁ?僕と君が付き合ってることになってるけど、それでもいいのか?」
「……分かりません!教授の好きにして下さい。じゃ、教授また学校で!」
つぐみは小走りで走り去って行ってしまった。
「ちょっと待ってくれ!弁解は?いいのか?おーい!!」
興造は肩を落として、トボトボとクオリアの残されたアパートに帰って行った。
**
「……マスターと一緒にいた……若い女性?私は……どうして」
アパートに残されたクオリアは「自分の中に生じた葛藤の感情」を処理出来ずに、ショート寸前の状態でしばらく機能停止していた。
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