【ver.1】Parts:005「悪女の企みと敵情視察」



 数日が過ぎたある夜のこと。健の婚約者となった「高田 美紅(たかだ みく)」が自分の部屋で休んでいると、妹の美弥子に物凄い勢いで部屋の扉を開けて言い寄って来た。


 「お姉ちゃん!!どういうこと?この前の合コン、大失敗だったじゃん!!お姉ちゃんの彼氏のせいだよ!!」


 「い、一体どうしたのよ?!どうせあなたのことだから理想が高かったんじゃないの?」


 「どうしたも、こうしたも無いよ!!お姉ちゃんだけ結婚を控えていい思いしててさ……私、酔った勢いでホテルに連れて行かれて、襲われそうになったんだから!!」


 それを聞いて青ざめる美紅。彼女は美弥子の肩に手を置き、震える口調で「一体誰にやられたのか」と問い詰めた。


 「だ、……誰にやられたの?まさか……同世代の男の人?」


 美弥子はすすり泣きをしながら顔を覆って言った。


 「か、鏑木工業大学の久保田教授……。必死に抵抗する私に対して、アバズレ呼ばわりして逃げるように居なくなっちゃったんだよ」


 ショックで顔が青ざめる美紅。そしてふらっと頭が後ろに揺れた。


 「……分かったわ。私、健に電話してみる。辛いだろうけど、私が付いてるからね」


 そして美紅は美弥子を抱き寄せた。美弥子は、苦しそうに泣く美紅に抱かれながらニヤリと笑っていた。




**


 鏑木工業大学、「機械デザイン専攻」久保田教授の研究所。つぐみは興造の顔色を伺いながら、提出したレポートの評価を、恐る恐る質問していた。


 「教授、この前のレポートどうでした?私的に……考察が不十分な気がするんです。いまいちでしたよね」


 「あれか?別に悪い所は無いし、なかなか良かったぞ。ただ一点書き加えるとすれば、ちょっと私情を挟み過ぎている点だろうな。こことか冷静に、論理に基づいて、この考察がどう結果に影響するのかを、書き込んだ方がいいかも知れないね」


 「ありがとうございます!!評価『優良』を目指せるように頑張りますね!!」


 つぐみは受け取ったレポートを大切に抱きしめると嬉しそうに言った。そして興造は、少し思い詰めたような表情で頬を掻きながら言った。


 「……あのさ、ぐみちゃん」


 「はい?」


 「毎年『ワーテックロボコン』が冬にあるの、知ってるよね。折角だから、対戦相手でもある『鷲宮工業大学』に行かない?男子学生が多いから、いつも女子連れて行くのって初めてでさ」


 「いいんですか?!私……意外でした。あの学校とライバル関係にあるのに、挨拶してたんですね」


 「ま、まぁ。全く犬猿の仲って訳じゃないし。一人面倒な奴がいるのは事実なんだけどねぇ……」




**


 午後の講義で、興造は「サーボモーターの仕組みと製作」の講義をしていた。


 「……ロボットの筋肉部となる、各関節可動部にはアクチュエーター(動力源)としてモーターが使われており、減速機とマイコン基盤が付いた、プログラミングで指示が出来るモーター『RCサーボ』等が使われています。パソコンの別入力のコントローラーボードでセッティングし、時間管理でロボットを細かく稼働させる。これにより、密で細かい動作が可能になる訳です。因みに僕が制作した『Qualia Proto-type』は……」


 卓上サイズの「Qualia」を机に置いて動かし、男子学生達が注目していると、つぐみのスマートフォンに一通のメッセンジャーが入った。それは、つぐみの友人が通っている「赤石文芸大学」の学生からのものだった。




==


 つぐつぐ、最近聞いたんだけど、うちのクラスメートのみゃーこ(高田 美弥子)が、鏑木工業大学の久保田教授に襲われかけたって言ってるんだよ。姉妹校の鏑木経済大学が主催した合コンの、数合わせに行ったらしいんだよね……あんた、ゼミ生でしょ?何か知ってることない?




==


 


 そのメッセンジャーを見て、驚きを隠せないつぐみ。最近の挙動も、言動も大しておかしい所は無かったし、別段、隠し立てするような間柄では無かったからだ。目の前で熱く、情熱的に講義をする興造を見ながら、つぐみはメッセンジャーに返事を返した。




==


 私は何にも聞いてないけど、詳しく教えてくれない?


 教授は結婚しないって言ってる人だし、口下手で不器用で女性不信なんだよ?信じられないよ!!




==




 そして、つぐみはスマートフォンの画面を消灯すると、バッグに突っ込んだ。そして有志の男子学生と共に、もやもやとする気持ちを抱えながら、鷲宮工業大学の訪問に行ったのだった。




**




 ワンボックスワゴンにつぐみと、数人の男子学生、それから興造が乗り合わせて、鏑木工業大学から山沿いの道を進んだ。やや込み入った工業団地に出て、車でおおよそ一時間程の所要時間で着いた場所は、コンクリート打ちっ放しの殺風景な外壁の大学だった。経営状況が悪いのか、それとも改装が進んでいないのか分からないが、吹き抜ける風がとても冷たかった。


 校舎の前で、七三分けの髪型をし、真紅のカッターシャツに白いエナメル質のネクタイ。紺色のパンツスーツにエナメルブーツを履いた奇抜な服装をした男性と、その後ろで、ツナギを着た男子学生四人が腕を組みながら興造達を出迎えた。




 「こうちゃん、久しぶりだな!」


 「みっちーか。……相変わらず変わっていないな。そのセンスのない服装を何とかしろよ」


 興造は、七三分けの男性の肩を叩きながら、憐れむように言葉を掛けた。そして男性は前髪を掻き上げて、興造に指を突きつけながら言った。


 「ふっ、今年のロボコンはうちが頂いた!」


 「……下らないことを言ってないで、早く中に入れてくれ」


 「なっ!」


 「鏑木工業大学の方ですね。ご案内しまーす!」


 七三分けの男性をスルーして、興造は大学の中に入って行った。残された男性は悔しそうに拳を握りながら言った。


 「こ、こうちゃん!……教授になったからって、偉そうになりやがって。覚えてろよ!!」




 校舎の中を歩きながら、つぐみは興造に質問をした。


 「教授。さっきの赤いワイシャツの男の人、知り合いなんですか?」


 興造は面倒そうに溜め息を吐きながら、つぐみに答えた。


 「アイツは『富士通 幹人(ふじつう みきと)』助教授。僕のことを勝手にライバル視して、絡んでくる面倒な奴なんだよ。なんか知らないが、ぐみちゃんがゼミに所属してから、最近、より口調が陰湿になって来てるな」


 「え?どうしてですか?それに助教授って……」


 「研究成果が上がらないから、教授になれなくてさ。からっからの砂漠なんだよ。奴の周りはさ。噂では『華も色も無い機械工業大学の理系男性』に揉まれて、心身共におかしくなってしまった。……って噂が立っているぞ。真偽は知らんが、近付かない方が身の為だ」


 「……はぁい、気を付けまぁーす!」


 その時、つぐみの頭の中に「興造がホテルに行った」と言う一件がよぎった。しかし言葉が口元まで出かけて、思わず口をつぐんだのだった。




 案内された場所は、小ブースで区切られた競技場だった。八角形の小さなテーブルの上で、二体の二足歩行ロボットが拳を打ち合っていたり、レーシングロボットが、製作されたコース内を出来るだけ、最短距離で速く走り抜けられるように、プログラミングやヴィジュアルを研究したり。眼鏡を付けた学生達がパソコンに向き合って真剣な眼差しで制作に取り組んでいた。


 興造がその真剣な姿に見入っていると、後ろから肩を叩かれた。


 「こうちゃん。どうだい?僕のとこの学生は。悪くないだろ」


 「どうって……確かに例年以上に熱が入っているが、お前わざわざ呼んで、僕に種を明かしていいのか?」


 「そうしてまで、僕には勝てる自信があるってことさ」


 「……どうだかな。それよりもお前、研究成果は上がったのか?実はうちの大学は、最近女子受けが良くってさ。これも『Qualia(クオリア)シリーズ』が、少しずつ病院の機関に普及し始めてる影響だと思っているんだけれど……」


 「ぐっ、痛い所を突きやがって……僕も実は『被災地支援のロボット』を作ったばかりなんだ。ちょっと持って来てくれ!」


 幹人はよろめいた。そして立ち直して学生に指示した。学生はダッシュで機械倉庫に向かうと大声で「出しますねー!」と言ってスイッチを入れた。




 学生がスイッチを入れて出てきたロボット。それは興造と拓雄が好きなオンラインゲーム「剣と魔人とロボットの死都」のメインヒロイン役「Arusha(アリューシャ)」をモデルにしたロボットだった。いや、もうそのものと言っても過言ではない。全身はシックな黒光りする体躯をしており、八頭身のスレンダーなボディ。ロシア人のような線の細い顔立ちに、銀髪とエルフのような尖った耳。そして、背中に背負われた、青く透き通った飾り刀が特徴的だった。それを見て興造は絶句し、半歩のけ反った。そして幹人を憐れみの目で見ながら、肩を叩いて言った。


 「……お前、著作権って言葉知ってるか?もう一度勉強し直してこい。な?」


 「ふっふっふっ。知ってるさ。僕を誰だと思っているんだよ。聞いて驚くなよ、こうちゃん!このロボットは『あのゲームの製作会社』である『オクトパス・ゲーマーズ』と『鷲宮工業大学』が共同制作したロボットなのだよ!……どうだ!!悔しいだろう!!」


 見下すように興造に指を突き付ける幹


人。一瞬、雷が落ちたように興造の身体に衝撃が走り、興造はその場に膝を着いた。相当なショックで、言葉にならない声を発した。


 「なん……だと……?!」


 「実は、僕もあのゲームの大ファンでね。アカウントを持っているんだよ。プレイヤーランキングの十番以内に入る『*溺愛の騎士+』って名前で活躍してるんだ。でね、『Arusha(アリューシャ)』が可愛いのは勿論なんだけれど、彼女を三次元化し、被災地派遣して、『若い男性(オタク男性)の労働力を被災地に送り込もう』って、市場戦略を立てたのさ。無論、復興資源にもなるって寸法さ。悪くない考えだろ?」


 「驚いた。節穴的な考えだな。僕は単純にみっちーの趣味で作ったのかと……」


 「ば、馬鹿にするなぁ!……コホン。驚くのはまだ早いぜ?因みに、全身を構成する素材は『カーボンナノチューブ』をメインに使っていて、瓦礫(がれき)の下敷きになっても壊れないし、傷が付かないように出来ているんだ。ヴィジュアル的にも美しいしね。ただ、問題点は君みたいに『AI機能』による情緒の発達がまだ未開拓なんだ」


 興造もそれに関しては同意せざるを得なかった。「Qualia Type-one」も、今の人工知能に至るまで十五年を要してしまったからだ。


 「そうか、僕がソフト面なら、君はハード面でカバーしている印象があるな。因みに……経費はかなり掛かったんじゃないか?」


 「……聞かないでくれ。僕は今回のロボコンで負けたら、全責任(借金)を背負うことになるんだから」


  泣きそうになる幹人の顔を見、事情を察した興造は幹人の肩を叩いた。


 「お互いに負けられないな。頑張ろうじゃないか」


 「……こ、こうちゃん。君って奴は」


周りで見ていた学生達は、密かに思った。「富士通助教授と久保田教授は、実は仲がいいんじゃないか?」と言うことを。しかし誰も余計なことを言わずに黙っていた。ニヤニヤが止まらない和やかな雰囲気だった。






**


 鷲宮工業大学の授業見学や資料調達等も済み、互いに情報交換が終わって、午後四時を過ぎた頃。興造が荷物を積み終わり、学生を乗せてから車のセルを回していると、助手席に座っていたつぐみが、気になったことがあったらしく、ふいに興造に質問をした。


 「教授、気になったんですが、『Arusha(アリューシャ)』のメイン素材の『カーボンナノチューブ』ってどんな素材なんですか?」


 「ああ、君も気になるのか?熱心なことは悪いことじゃないよ。……炭素を分子結合させた、髪の毛の五万分の一の細さの、グラファイトを丸めて筒にしたような網目状の円筒の糸だよ。強度が強くて、アルミの半分の軽さと、鋼の二十倍の強度。そして引っ張り強度はダイヤモンド以上を誇るんだ。優れたしなやかさを持つ夢のような素材だよ。因みに1952年にソビエトで開発されたらしいよ。ただ、発がん性が疑われているから『Qualia(クオリア)』に使うことが出来ないんだよ。一応、彼女は医療用のロボットだからね」


 「ふぅん。難しいんですね。使える素材にメリットとデメリットあるってのは。富士通助教授も、もう少し利益じゃなくて、人に優しいロボットを作ってくれればいいんですよ。そう思いません?」


 「だから奴は二流なんだよ。間違いなく、僕は思ったね。アリューシャが好きなんだって。ん……?ちょっと待てよ……『オクトパス・ゲーマーズ』……『*溺愛の騎士+』……まさか……」


 「教授、どうかしたんですか?」


 興造は、顎に手を当てて考えていると、頬に汗が滲んだ。信号が赤になって車が停止した途端に興造は気が付いたように、絶叫した。後ろで眠っていた学生達は、何事かと思って飛び起きた。


 「あーっ!!まさか、奴は……僕が五年間オンラインゲームで、チームタッグを組んで一緒に行動している相棒じゃないか!!急にランキングが上がって、姿を見かけないと思ってたら!!」


 「教授、急に騒がないで下さいよ……びっくりしたぁ」


 「悪い。騒いでしまって」


 へこへこと後ろを向きながら謝ると、つぐみが興造に尋ねた。


 「もともと知り合いだったんですか?よく分からないけど……」


 「ぐみちゃん、世間って狭いな」


 「……??」


 つぐみが理解出来ない様子で、疑問符を幾つも浮かべていた。車窓から見える夕日は疲れて眠る学生達を、静かに映し出していた。




 鏑木工業大学の敷地に着き、興造は怒りに震える手で、幹人に「お礼と文句のメッセンジャー」を送ると、学生達は散り散りに解散して行った。まだまだ、課題は山積みだったからだ。つぐみは、流れに身を任せて解散しようとしたが、しばらく駐輪場まで歩いていて、ピタリと足が止まった。


 


 「どうして……教授は合コンに行ったんだろうか」


 考えると胸がざわつき始めた。今日の立ち振る舞いを見る限り「夢を忘れない少年」のようで、女性を襲うように見えなか


ったからだ。


 近いうちに「アルバーン聖戦記」のサイン会が霧前市「TOYO」で行われ、行きたいと思っていたし。近くの「電気街で機械部品を買いたい」と興造が言っていたのを思い出した。興造を連れ出して色々問い詰めてみたい。そんな気持ちが好奇心と共に、沸き上がって止まらなくなった。


 「この押し寄せる気持ちは一体……?」


 つぐみの背中から、突如激しい風が吹いた。吹き飛ぶ落ち葉と共に、スマートフォンを片手にぶつぶつ呟く興造が角から出てきた。


 「あの!教授!!」


 「……どうした?みんな帰ったぞ?」


 「行きたい場所があるんです!」


 その真剣な眼差しに、興造は息を呑んだ――。


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