【ver.3】Parts:022「激動のロボットコンテスト!(前編)」



 鏑木工業大学のエントランスホールには「トイトイ・マーベラスカンパニー」の大きな垂れ幕のような広告が、原色を基調に使われていた。


 「『鏑木工業大学・機械総合学部・久保田教授』×『宇宙開発機関・ペンタグラム』夢の共同タッグ!今度は宇宙に行けるロボット開発?!」それを見た学生達は、かなり驚きを隠せなかったようだ。




 「おいおい、久保田教授がまた動くみたいだぞ」


 「『愛玩ロボット・ロビィ』や『Qualiaシリーズ』の次は、何を作るつもりなんだ?」


 良くも悪くも、話題を集めている人物。それが、久保田教授だった。引き受けた仕事は責任をもってこなす。それが彼のモットーだ。しかし、彼の教授職の退職については、イエローカードが二枚掛かっている状態で、大学の名誉を汚すようなことが一ミリでもあれば、退職を予期無くされる。そんな状況だった。




 各校のロボットが会場に運び込まれる。その躯体の力強さと、バリエーションに富んだギミックは、審査員は勿論のこと、学生達をも楽しませていた。


 興造は、鏑木工業大学の製作ロボット「WalKing・Grizzly(ウォーキング・グリズリー)」をメンテナンスし、可動部に潤滑油(グリス)を差していると、後ろから怒りに満ちたオーラを感じた。


後ろを振り向くと、赤と白のツートンカラーの面倒な助教授が、学生と共に立っていた




 「こうちゃん!!見損なったぞ!!」


 彼は会場に人がごった返す中で、半泣き状態で指を指しながら言った。


 「おいおい、いきなり何なんだよ。こっちは忙しいんだ……」


 「聞いたぞ!ついに学生に手を出したんだって?」


 「みっちー、……ちょっと来い。あっ、君らはちょっとメンテナンス続行しててくれ」


 興造は幹人が付けている白いネクタイを強引に引っ張ると、物陰に消えて行った。鏑木工業大学の学生も、鷲宮工業大学の学生も、互いに顔を見合わせて、苦笑いをしていた、




**


 「っ!こうちゃん、苦しいじゃないか!!」


 「お前なぁ、言って良いことと、悪いことがあるだろ。場を弁(わきまえ)えろ!!」


 「だってだって。いくら何でも、婚約者を亡くしたからって……やっていいことと、悪いことがあるだろうが。この裏切り者め!!」


 幹人の弁舌を聞き、興造はそっぽを向きながら溜め息を吐いた。


 「お前、……誰から聞いた?」


 「えっと、……教え子から?あ、でも女子職員かなぁ」


 「全く、噂を鵜呑みにするな。いいか?みっちーが古い付き合いだから言っておくが、僕はなぁ……長い独身生活のせいもあるだろうけれど、成績があまりよくないギャルっぽい女の子に、就職口を斡旋(あっせん)して欲しいって、無理やりせがまれたんだよ」


 「……やっぱりか。もう話すことは無いな」


 幹人が聞くだけ聞き、興造の手を振り払って去ろうとした時だった。


 「でもなぁ、みっちーに分からないかも知れないが、僕は!!澪を馬鹿にされたんだ!!分かるか?百歩譲って誘惑に負けたことは認めるさ。でもなぁ、スマホを奪った挙句、澪の写真を見ながら『ロリコン教授』扱いされたんだぞ?お前には、分からないだろ」


 「……やったのか?やってないのか?どっちなんだ?」


 「やってないに決まってるだろうが!!言わせんな」


 幹人の表情に安堵が戻って来た。そして、呟くように「誤解して悪かった」と言った。興造はそれから自分の身辺状況がいかに追い込まれているかを、淡々と彼に話し始めた。




 「……僕はこのロボコンには勝てないと思ってる。何故なら学生達からの信頼はガタ落ち、就職先からは退職を突き付けられていて、四十過ぎてる。再就職なんて出来るわけがないだろ。せいぜいアルバイトが、いっぱいいっぱいだ」


 「いろいろ疑ってすまなかったよ。僕もこうちゃんがこんな風になってるとは思わずに……正々堂々と勝負をしたかったんだ。それと澪さんのこと、まだ引きずってたんだな」


 「当たり前だろ?僕は最善を尽くして散る。正直、『ペンタグラムでのロボット開発』なんて、アイデアが出ていない以上、動きようがないさ。お手上げだよ。笑ってくれ」


 煮え切らない状態だった。幹人も掛ける言葉が見つからなかった。缶コーヒーを片手に三十分以上話してしまったことに気付き、興造は急いで学生の元へ走り去っていった。


 「こうちゃん……頑張れよ。君なら出来ると思う」




**


 熱気に包まれた会場で、司会者がアナウンスをする中、ワーテック・ロボコンの幕が切って落とされた。


 「始まりましたね!記念すべき第五十回目の、ワーテック・ロボコン!!今回も激戦を勝ち抜いた、名門校が揃っております。注目すべきは強豪校に並び立つ、若きルーキー『アスカ・テクニカル高専』です!設立当初、霧前市の時計ブランド『TOYO精巧』が『ミクロにマクロに。』をモットーに立ち上げた、設立七年の技術系高等専門学校です!」


 「なかなか、厳しい闘いになりそう。とても楽しみだわ」


 「そして、隣にいますのは、『トイトイ・マーベラスカンパニー』社長令嬢兼、代表取締役の『豊田 雲雀(とよだ ひばり)』さんです!今回も彼女の会社からの出資で、こうしたロボットコンテストを開くことが出来ました!!皆さま、スポンサー企業の方々に盛大な拍手を!!」


学生が客席に座る企業陣に拍手を送った。


 「ありがとうございました。今回改めまして、司会を務めさせて頂きますのは、鏑木工業大学のOBであります、『石井 勉(いしい つとむ)』が務めさせて頂きます。気軽に『イッシー』若しくは『つとむん』と読んで下さると嬉しいです!」


 どっと笑い声と、歓声が上がった。そして会場の内設とルール説明が成され、いよいよ試合がスタートした。クジ引きで前もって決めてあったのだが、試合の流れは次のように決まった。




 「霞ヶ丘テクニカル・カレッジスクール」→「アスカ・テクニカル高専」→「鷲宮工業大学」→「鏑木工業大学」。注目すべきは、鏑木工業大学がトリに来ていること。また、設立の若い学校が前に来ていることである。




 学生達がヘルメットとリモコンを持って、ステージの上に立った。そして司会進行役が言った。


 「では、学生の皆様、ロボットを登場させて下さい!!」


 


 学生の間を縫って出て来たのは、超小型の鳥型ロボットだった。いきなりの超小型ロボットに、会場の声は驚きを隠せなかった。代弁するかのように司会進行役が言った。


 「これは驚きました!!二足歩行ロボットでは無く、ホバリングロボットなのですね!!確かに重量制限二十キロ以上、四十キロ未満という規定はありましたが、その点は加味しているんでしょうね!」


 「はい。このロボットは二十二キロです。『ハニー&ファニーバード』って名前です。鳥の中でも最も小さい鳥『ハチドリ』と『ハチミツ』。それから『funny(おかしな)』を掛けています」


 少しロボットを操縦して見せる学生陣。空気抵抗を物ともせずに、安定した飛行性能だ。しかし羽ばたきが激しいのか、着陸して、クーリングしなければ、連続飛行できないのが欠点の様だった。


 「いきなり切っての大目玉を魅せられました。では、試合時間は三十分です!全力で闘って下さい」




**


 会場にある四つの円柱は、発泡スチロールで出来ており、その上の窪みに風船が転がしてある。両脇には剣山が突き立っており、「どんな手段を使ってもいいので」両脇に落として割ることが、出来れば勝利。各円柱に定点カメラが備えられ、会場の大きなスクリーンから見ることが出来た。


 五人の学生は、一人が操縦士、四人がフラッグを持ちながら、ロボットの軌道修正を行う。補助に当たる講師は試合の最中、「五分間のストップタイム」を三回取ることが出来、ロボットの不具合が出た時にメンテナンスをすることが出来る。しかし限られた時間内でメンテナンスが出来なければ、ロスタイムになってしまうのだ。




 ――試合開始から十分。「霞ヶ丘テクニカル・カレッジスクール」はなかなかの苦戦を強いられていた。連続飛行の難点と、クーリングのロスタイム、機械の軽量が影響して、思ったよりも苦戦を強いられていたのだ。準備期間に克服出来なかった痛手に歯痒い思いを強いられている。残りの風船は二つ。このまま終わってしまうのだろうか?




 会場から歓声が声援が上がる。


 「頑張れ!!ファニーバード!!負けるなぁ!!」


 「そうだぞ!!小さい者の意地を見せてやれ!!」


 学生のリモコンには、手汗が滲んでいた。既にストップタイムも使い切っている。いたずらに過ぎていく時間と、焦る学生達。興造は、「霞ヶ丘テクニカル・カレッジスクール」のロボットを真剣な眼差しで見ていた。


 「ギミックはいいんだけど、小型機器で体当たりで勝負に出るのは、流石に負荷が大きいね。なんだろう、飛び方がふらついているでしょ?あれは、ギアが歪み始めてるんだよ」


 興造の読んだ通り「ハニー&ファニーバード」は風船を二つ割っただけで、虚しく退場していった。力なく飛び上がる、その姿は敗者の背中を感じさせていた。後はデザインなどを加味したボーナス点を狙うしかない。




**


 「続いて、『アスカ・テクニカル高専』の学生さん達です!!」


ドライアイスの煙と共に、学生と講師陣が登場する。司会進行役は雲雀にコメントを投げかけた。


 「雲雀さん、惜しくも『霞ヶ丘』の学生さん達は、残念な結果に終わってしまいましたが、今回の学生にはどのような期待が持てるでしょうか?」


 「……そうねぇ、私の読みでは『超小型ロボット』を『TOYO精巧』の高等専修学校が出すと思っていたんだけれど、意外な展開に驚かされたわ。恐らく、次出て来るロボットは『かなり大胆に見えて、中身が詰まった雰囲気』が出ると私は読みます。メカニックは強い学校ですからね」


雲雀の読みの通り、学生の間を縫って出てきたのは、「ルチャリブレの覆面」を被った「ウサギ型ロボット」だった。やや前傾姿勢なのがポイントらしい。


 「『イノセント・バーニー』と言う名前です。『innocent(無知な、無邪気な)』と『Bunny(ウサギ)』を掛け合わせてあります。僕らの学校ではジャイロバランサーを主に活かし、加速性と安定性を高めています。細かいピニオンギアの噛み合わせで、全身の駆動部位を増やし、どんなポーズでも取れるようになっているんです」


 ロボットを動かして見せる学生達。興造はそのロボットを見るや否や、呟くように言った。


 「大胆さが少し足りないな。……それが仇にならないといいが」




**


 会場に放たれた「イノセント・バーニー」。安定した加速で円柱に近づくと、関節部位を組み替えて、伸びる耳で逆立ちをし、風船を足で蹴り飛ばした。風船はゆっくりと剣山の上に下降して、激しい音を立てて割れた。ガッツポーズをする学生達。出だしは好調だった。




 しかし「ハニー&ファニーバード」では感じなかった問題が勃発した。それは、コースに付いた微妙な斜度である。一本目の円柱までは平坦だが、二本目はスキーのモーグル状にこぶがあり、三本目は四五度の入り込んだ傾斜、四本目はポールが阻んでいるのだ。思いの外、学生達は苦戦を強いられている。


難儀なのは、三本目の傾斜における、「踏ん張りが利かない所」だった。「イノセント・バーニー」は自重が軽く、着地部分に滑り止めが付いていない為、両足で立っても、耳で逆立ちしても、ずるりと後傾姿勢に落ちてしまう。学生達はストップタイムを利用し、足に至急滑り止めの為にガムテープを貼り付けた。これが審査にどう影響するのか――。




 ギリギリの時間で、四つ目の風船を割ることが出来ずに悔しい思いをする学生達。ポールの間を縫って走る為の、スピードの微調整が難しかったようだ。円柱にたどり着けずに、惜しくも勝負を逃してしまった。泣いて悔しがる学生達を見ていると、他の学校の学生も胸が締め付けられた。無理もない、ここまで来たのに最後まで闘えなかったのだから。




**


 会場でハーフタイムを挟み、昼過ぎからいよいよ「鷲宮工業大学」の出場だ。アナウンスが終わると、息を呑んでスクリーンを見つめている興造の前に、幹人が現れた。


 「こうちゃん!本当は一緒にお昼の時間、食事を共にして熱く語り合いたいくらいなんだが、今はライバル同士だからな。一緒にご飯には行けないな!!」


 「はいはい。そうやっていちいち指を指すな。僕はいいから、後ろであっけに取られている学生を、誘導してやれよ。呆れられてるぞ」


 「あっ、しまった!」


 後ろで待たされていた学生の元に走り寄る、赤いシャツが目立つ助教授。つぐみも近くで、彼の姿を見ながら呆れていた。


 「相変わらず、変な人ですね。富士通助教授は」


 「変わり者だけど、悪い奴じゃないんだよなぁ……憎めない奴なんだよ」




 鏑木工業大学の食堂は、外部の学生の為に解放していた為、興造達は近くのファミレスで作戦会議も兼ねて食事を摂ることにした。やはり、話題の中心は二校の敗戦だった。


 「今回の大会はかなり手ごわいですねぇ。今まで主催が、これほど難解なコースを決めて来るとは思いませんでしたよ」


 付き添いのもう一人の講師が、興造に話しかけた。興造は腕を組みながら何度も頷く。


 「ホントホント。四十八回目の大会とのギャップが感じられる。勝たせない勢いがひしひしと伝わってくるな」


 「久保田教授、あの二校はどうして負けたんですか?」


 漠然と突っ込んだ質問を投げる男子学生。まだ知識量が追い付いていないようだ。


「僕の見解では、一機目は長時間飛行出来ないロボットなんだよ。精密機器に強いメーカーの『TOYO精巧』が造ってたら、多分違ったんだろうけれど、若干背伸びしすぎた感じがあるね。後は機械強度が足りなかった。二機目は、ギミックを狙い過ぎた。関節の可動部位が細かくある『ルービックキューブみたいなロボット』って、バランスを取るのが難しいんだよ。それを身体の中心に内臓した『ジャイロバランサー』で補っているんだけれど、そこが踏ん張りの利かない原因に繋がったのかな」


思い思いにその話を聞いて意見を交わし合う中、いよいよ話題の中心は「鷲宮工業大学」に移った。




 「皆も知ってるだろうけれど、鷲宮工業大学の学生は、町工場出身でかなり本番に強い連中だ。富士通幹人助教授もあんな性格だけれど、侮れない。本気で掛からないと負けるぞ!!」


 興造の檄を聞き、男子学生達は顔を見合わせて話していた。そして、リーダーシップを執っている博光が頭を下げながら言った。


 「久保田教授、今までの僕達のご無礼を許して下さい。こんなに学生に親身になってくれる教授はあなたしかいません」


 かしこまった態度を取られて、驚いた興造。頬を掻き、そっぽを向きながら言った。


 「ロボット工学は僕が好きなことなんだよ。それを一生懸命にやる君らも、僕は好きなんだ……なんて言うかな?いずれ信じてくれる時が来れば、それでいいよ。今は疑うようなことがあってもさ」


つぐみは、少しずつ修復されていく教授と学生との溝を見ながら、やっと落ち着いた気持ちになったようだ。しかし、興造の退職が白紙に戻されたわけでもなく、ロボコンに優勝したわけでもない。いよいよこれから戦いが始まろうとしていたのだ。


 「ほらほら、ぼさっとしてないでさ!まだこれからこれから!!勝ちに行かないと!!」


 みちかが声を掛け、男子学生達は前を向き、奮い直したのだった。


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