【ver.1】Parts:001「饒舌多弁。時々沈黙」



 ここは、学園都市鏑木市。交通の便も比較的安定した住みやすい場所だ。残暑の厳しさが少しずつ落ち着く中、黙々と大学の研究室の中で、コーヒーを片手に隈を作りながら、仕事に没頭する白衣の男性がいた。机の上には機械基盤やアニメフィギュア、ヒーローもののプラモデルが並び、レコードから流れるのは、フォークシンガー「倉田みのり」の曲だった。彼は、若干白髪交じりの、ウェーブが掛かった自分の髪の毛を掻きむしりながら、パソコンの画面上のCAD(キャド)を睨み、そして溜め息を吐きながら、背もたれに寄りかかった。


 「あー、くっそ暑くて頭が回らん!!寝不足もあるんだが、今回の設計図はややこしすぎる!!僕の愛が足りないのか?」


 彼は欠伸をしながら、伸びをして立ち上がると、一気にコーヒーを飲み干した。そして机に激しくティーカップを置いた。




 そんな彼の後ろから、カジュアル系の服装で全身をまとめた、茶髪でひし形ロブの髪型をした赤縁の眼鏡を掛けた女の子が、荒れていた彼にねぎらいの言葉を掛けた。


 「今年は特に暑いですからねー。教授、肩をお揉みしましょうか?」


 「きゃ、きゃたもみ?!なんて不潔な響きなんだ!!」


 どうやら興造は女性慣れしていないようだった。その言葉に対してきょどきょどと硬直しながら、彼女に言っていた。


 「もー、久保田教授!その女性慣れしてない、性格直した方がいいと思います!今度、遠出して『ジャンヌ・ダ・ショコラ大先生のアルバーン聖戦記』を一緒に買いに行くって約束したばっかじゃないですか!!人混みが苦手なのも克服出来てないって聞きましたよ!!」


 「ぐみちゃん、で、でも……僕は」


 「知ってます。前から言ってましたよね。『教授は誰かと付き合わない』ってこと。でも一生結婚出来なくていいんですか?ゼミ生として、一個人として、教授の教え子は教授の将来が心配です!」




**


 ここは鏑木工業大学。鏑木経済大学の姉妹大学である。五つの学部とそれから枝分かれする四つの学科があり、毎年、数多くの機械エンジニアを世に送り出している。特にこの大学の肝と言えるイベントは、毎年冬に行われる学園祭も兼ねたイベント「World・Technical・Hobby・Japanロボットコンテスト(略称ワーテック・ロボコン)」である。有数な名だたるおもちゃ製作会社が相集い、優勝校のエンジニアを青田刈りする一大イベントである。


 そして、研究室でCADと睨めっこをしていた、白衣の初老の男性。彼は「久保田 興造(くぼた こうぞう)」。四十代の独身男性で、若干オタク気質のある教授だ。何が原因か分からないが、「その純潔を墓場まで持って行く」と言って聞かないピュアな男性である。


 ゼミ生は「明野夜 つぐみ(あけのや つぐみ)」。興造が受け持つ「機械デザイン専攻」の生徒であり、彼女は教授の愛する愛弟子の一人とも言えるポジションに位置している。




 つぐみは研究所にある「愛玩ロボット犬『ロビィ』」で遊びながら、興造に質問をした。


 「ねぇ、久保田教授は今回、何の設計図を作ってるんですか?」


 興造はその一言に対して、力強い口調でタブレットを片手に、つぐみに食い入るように近づいた。


 「そうか、ぐみちゃんは僕の研究に興味があるんだね!!関心関心。聞いて驚くなよ!医療型パーソナルロボット『Qualia TypeⅡ(クオリア タイプツー)』を、現在開発しようと思ってるのさ!!」


 興造はタブレットを片手に、歩きながら画面を切り替えた。つぐみは少ししどろもどろに質問を続けた。


 「『クオリア』って、つまり……感覚質のことですよね?『痛み』とか『色の見え方』とか、それぞれの人が持っている感覚質に差異があることでしたっけ?同じ色に見えるってことは『同じクオリアがある』って脳科学では言うらしいですけど……」


 頬を掻きながら「あってたっけ?」と言いながら言うつぐみ。それに対し興造は答えた。


 「そう。そうなんだよ。『同じものを共有する』って意味合いで付けたんだ。『Qualiaシリーズ』は言うなれば、僕の血と汗と涙の結晶なんだ!!」


 興造は白衣を翻しながら拳を握り、熱く語り始めた。




 「流線型のボディラインは、欧米アイドル顔負けのスレンダーなスタイル。ツートンカラーの基調のシックなボディ。材質は人肌に最も近いウレタン素材『パプラプリンゲル』をぶんだんに使い、軽量化を最重視するために内部を強化アルミで補っている。多彩な機能はずばり、『優れたコミュニケーション能力』だ!!抱きしめた時に人のぬくもりを感じ取れる『高感度サーモスタット』。細かい色彩感覚や音を肌からも感じ取れるように、全身に張り巡らされた『高感度マイクロチップ』。そして『SMILE認識機能』で、顔の柔らかい表情を捉えることが出来て、笑顔に笑い返してくれるんだ。老若男女誰もが、『クオリア』のあまりの可愛さにメロメロになるに違いない!!」


 「すみません教授。途中から何を言っているか、さっぱり分かりません。あと、ちょっと気持ち悪いって思いました」


 つぐみが辛辣な言葉を投げかけるも、怯むことなく、つぐみに矢継ぎ早に話す興造。部屋中を歩き回りながら指を折りながら、語っていた。


 「因みに、ぐみちゃん。『良妻機能』ってのも、最近開発しているんだよ。独身男性の為に『今日の献立レシピ百選』や『厳しくお叱りスイッチ』。後は『優しく目覚ましアラーム』『おそうじモニター』なんてのもある。……唯一無二、貴方の為の恋人ロボット。それって素敵な響きじゃないか?」


 つぐみは饒舌気味に語る興造に、毎度のことながら呆れていた。こうなると興造は手が付けられない。


 「そうなんですかー。あっ、だから、教授は独身なんですねー。よーく分かりました。でも私、そこまでロボットに依存した生活送りたくないです」


 つぐみはめんどくさそうに『ロビィ』を抱っこし、研究室のじゅうたんに仰向けに寝っ転がりながら言った。興造は信じられないとばかりに、絶句しながらのけ反り、後退りしながら言った。


 「なっ、なにを?!君はそれでも、技術大国の日本人なのか?!ロボット開発なんて、未知の領域じゃないか。僕らエンジニアは、未開の世界を切り開く可能性を胸に秘めているんだ!!これほど素晴らしい話は無いと思う!!それでも、機械工学の大学生なのか?!」


 「あー……それはですねぇ、この大学、就職口が良かったんです。……あれ?聞いてます?……って寝てる?」


  興造の口調は寝不足も相俟(あいま)って、ヒートアップし、そして、話し終えて気が緩んだのか、強い眠気と疲れに襲われ、ソファーにのけ反るように、後ろからそのまま倒れてしまった。




 「……はぁー、これさえなければ、カッコイイのになぁ。どうして『私以外の女性』には、臆病なんだろう。全く理解できないよ!」


 つぐみは奥の部屋からずるずると引きずるように毛布を持ってくると、興造をソファーに寝かせ、毛布を身体に掛けた。そして電気を消して出て行った。


 「教授ぅー、帰りますねー。風邪ひきますよー」


 部屋の扉が静かに締まり、そして少しずつ、日が暮れていった。




**


 真っ暗な部屋で、興造は目を覚ました。走り回っていた「ロビィ」が充電切れの音を立てて、その場で硬直していた。点灯したままのパソコンディスプレイが照らす暗い空間。そして空調の切れた、むわっとした蒸し暑さが部屋を覆っていた。ズキズキする頭を抱えながら、彼は起き上がった。


 「寝てしまったのか、頭がすごく痛い」


 彼は眼鏡を整えると、ふらふらとした足取りで立ち上がって照明のスイッチを点け、水を飲みに行こうとした。すると足元にあった「ロビィ」に蹴躓(けつまづ)いた。激しい音と共に前のめりに倒れ、本棚に頭をぶつけてのたうち回った。その直後、本棚の上に伏せてあった写真立てが落ちてきて、写真立ての角が興造の頭にガツンと直撃した。


 「くうう、……目が覚める痛さだ」


 薄暗い部屋で、興造の目にぼんやりと写り込む写真立て。それを手に取って、興造は静かに言った。


 「僕がロボットを作る理由。それは、君のような不幸な人を少しでも減らす為なんだ……」




**


 興造が研究室の片付けをし、大学を出る頃には、十時を過ぎていた。鏑木市の盛った街並みは、不夜城のように眠ることを知らず、明るさを保ち続けていた。オフィス街の窓も、まだ明るさがあった。窓辺でタバコを吸いながら愚痴をこぼす社員の姿も見えるような気がした。


 興造は疲れと、再び襲ってきた眠気でぐったりとした顔をしていた。タクシーを呼ぶと自宅の住所を告げて、そのままゆっくりとまどろむように座席に座り込んだ。




 「……お客様、着きましたよ。だいぶお疲れみたいですね」


 「ああ。ちょっと秋のロボコンに向けて、だいぶ忙しくって」


 興造はタクシー運転手に苦笑いをしながら、万札を差し出した。お釣りを貰い、そして独身男性には、少し質の高いアパートの階段を上って行った。右手にはパソコン。左手には機械工学の参考書を抱えて。すると伸び切った髪の毛をヘアバンドでたくし上げた、太り気味の脂汗を掻いた男性とすれ違った。彼はご近所さんで「米田 拓雄(よねだ たくお)」と言う。鏑木工業大学IT学部の大学四年生で、アニメとロボットをこよなく愛するオタク系男子だ。

 


 「きょうじゅさまー、お帰りっすかー。もう十二時過ぎてるじゃないですか!」


 「……ああ、拓雄氏じゃないか。これからコンビニかい?」


 「うぬ。そうでござる。最近、きょうじゅさまの付き合いが悪くて『剣と魔人とロボットの死都』で、共闘が出来ないから、とっても寂しいでござるよ」


 「ああ、そうだった。最近全然ログインしてなかったからなぁ。僕も『メタボ魔人』と、久しぶりにタッグを組んでクエストしたいよ。明日、時間が出来たらログインする」


 「約束してくだされよー。頼むぜよー」


 それから一時間程、興造と拓雄はオンラインゲームの話題で盛り上がってしまい、談笑してすっかり深夜帯になってしまった。


 「じゃ、明日も学校で。遅刻するなよー」


 「きょうじゅさまも。さらばでござる」




 興造ははっと気が付き、腕時計を見た。そして時刻がかなり遅いことに気が付いた。焦り気味に小走りで玄関に向かうと、照明を点けて、小さな声で言った。


 「クオリア、ただいまー。……あれ?充電してるのか?」


 薄暗い廊下の照明のスイッチを手探りで点けながら歩いていくと、家庭用電源にブースターを繋いで出力を上げたプラグに繋がれた、二十代前半くらいの可愛らしい女の子を模したロボットが俯いて座っていた。彼女は目を瞑って、お尻のコネクトプラグから、電力を充電していた。その姿は寝息を立てて寝ているような姿だった。興造はセルリアンブルーの透き通るようなロボットの髪を撫でて、そのまま部屋に向かう為に階段を上がっていった。


 「おやすみ、クオリア。愛してるよ」


 「ピーピーピー……」


 こうして、興造の目まぐるしい一日は終わったのだった。


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