【ver.2】Parts:007「わたしのこうちゃん」
今からずっと昔の話。私が小学生の時、憧れの男の子がいたの。それは地味だけど、私にとってはヒーローみたいな男の子だったの。その日もいつものように両親は出掛けていて、私は、こうちゃんの家にある小さな工場の裏で、お互いの宝物を見せ合いながら遊んでいたの。
「……うわぁん!!こうちゃん、助けてよ。また、まほうのステッキがこわれちゃったの!!」
「どれどれ?見せてみて。……ああ。このでんきゅうのぶぶんのこわれているんだね。ひねったときに、スイッチが入って、ごしょくに光るようになってるんだよ」
「そうなの?」
「うん。ちょっと待ってて。なおしてくるよ」
――小学校三年生の春。私の父は仕事を境に、家族で霧前市から森城町に引っ越してきた。小学生の当時は、綺麗なビルも、今みたいなショッピングモールも無くって、携帯電話も充分に普及していなかった。そんな当時のおもちゃは本当に安っぽくて、子ども騙しみたいなものが多かったの。私は友達を作るのがとても下手くそで、田舎に住んでいる意地悪な女の子が苦手だったから、その時に、よく遊んでいたのがこうちゃんだった。友達は男の子が多かったけど、家も近かったし、話しやすかったのもあったのかも知れない。
こうちゃんは、とっても手先が器用で、男の子にも私の中でもヒーローだったんだ。
「……はい。なおったよ。ちょっと親父のハンダかりたから。まだくっつきが甘いかもしれないけど」
「すごーい。こうちゃん、ハンダ使えるの?」
「んー、ちょっとやけどしたこともあったけど、さいきんやっとなれたからね。ただ、使ったことばれたら、なぐられるんだよ。だまっとけよ?」
「う、うん。わかったよ!」
女の子の中で絶大な人気を誇っていた「魔法少女リアリスの指輪と五つの宝石」。可愛らしいファンシーチックな衣装を着た、美少女リアリスが、「魔法の指輪に込められた宝石の力」で変身するお話で、その中で使っていた「宝石の力を込められる魔法のステッキ」。私がとっても大事にしていた宝物の一つだったの。
けれど、子どもながらに、故障の原因が分からなかった。多分電気の接触が悪くて、電球が上手く光らないことが多くなってたんだと思う。今みたいに性能が良くなかったから。それをこうちゃんは五分も掛からずに、パパっと直すと、私に渡してくれたんだよね。とってもカッコ良かったなぁ。
他にも女の子のお化粧箱とか、魔法のお城とか色々お願いして直してもらった覚えがある。本当に私に、とって憧れだったの。
その夏、夏休みの宿題で自由工作があったの。こうちゃんは割り箸を接着して、一週間掛けてこつこつと作った「沈没船タイタニック号」がとってもよく出来てた。大人でも再現が難しい、船の甲板の錆びの赤みや、白く泡立った波しぶきとか、暗い風景とか。小学生なのに、細かいところまでよく再現されていて、クラスの男の子は、特にこうちゃんを尊敬してたの。私はやきもち焼いてたなぁ。笑っちゃうよね。
**
そして月日が十年過ぎて、中学になり、そして高校生になる頃。私もちょっとずつ思春期に差し掛かって、いっぱしに恋もした。私は「幼馴染のこうちゃん」が、凄くどんくさく見えてしまって、あからさまに少しずつ距離を取るようになっていった。周りの友達の声もうるさかったからね。
「……ねぇ、澪(みお)のカレシと一緒に帰らないの?」
「そうだよ。澪はさー、可愛いのに、どうしてあんな人と一緒に歩いてるの?この前も、男子バスケの先輩から告られたじゃん。断っちゃったの?」
「いや、私より相応しい人がいると思ってさぁ。それに『あんなの』知らないよ。……いこいこ。私、帰りに食べたいものがあるのっ!」
その頃の私は最悪だった。こうちゃんはどんどん根暗でオタクっぽくなっていた気がして、凄くみすぼらしく見えてしまっていた。こうちゃんはテレビゲームやアニメにのめり込んで、男子達とひっそり過ごしてたし、私は逆に部活と勉強で忙しくてお互いの価値観が真逆な気がしたの。私はこうちゃんを完全に見下して、鼻で笑ってて、「イケメン男子と付き合って、青春満喫してやる」って思ってたんだよね。
**
――そんな中だった。私の天狗の鼻をへし折るようなことが起きた。
「……お母さん、迎えに来られないってどういうこと?」
普及して間もない携帯電話を片手に、少し苛立ちながら、私はお母さんに文句を言っていた。
「ごめんね。幼馴染の興造くんと一緒に帰ってきてくれない?ちょっと仕事で九時を過ぎちゃいそうで」
「…………」
バスケの部活では秋に行う試合を控え、練習がいつもより長引いていた。その日は、ちょっと熱が入ったらしく、八時過ぎまで部活練習があって、私と友達は周りが暗くなるまで練習をしていた。そして、へとへとになって疲れ切った頃に、友達は両親の車に乗せられて帰って行った。それと比べて、私は「両親が二人とも迎えに来られない」と言うことを誰にも言えなかった。
笑ってみんなを見送った後、私は暗い田舎道を一人でトボトボと歩きだした。
「……はぁ、疲れたなぁ。自転車通学にすれば良かった。夜道も怖いし、正直にみんなに言えばよかったなぁ。一緒に帰ろうってさ」
正直、後悔していた。街灯も少ない真っ暗な夜道で、夜目を頼りに歩いていた。悪い男の人が出て来ないかと、私は怯えながら、家まで一時間の距離を黙々と歩き続けた。
「……誰かが付けて来てる気がする」
後ろを振り向くと誰もいないのに、足音が聞こえてくる。私が歩くと足音は止まり、歩くと足音もした。そろりと振り返ると、薄暗い夜道にぼんやりと男の人の姿が見えた気がした。
怖くなって私は、思い切って走った。
「……待てよっ!!」
舌打ちと共に、怒りの混じった声が聞こえ、私を追ってくる男の人の声がした。私はひたすら走って、走って。息が切れそうだった。
**
――家まであと数十分の距離だった。後ろから男の人に飛び掛かられ、掴まれた瞬間に、ずるりと制服のスカートが脱げた。私は恐怖のあまり、這うようにして逃げたが、男の人は私の上に覆い被さって、右手で口を塞いできた。
「……おい、虹ヶ崎。俺の告白を断るってどう言うことだ」
「へ……?」
それは、私に告白をして来たバスケ部の先輩だった。私は「女子ととっかえひっかえ遊ぶ先輩」に対し、生理的な嫌悪感で、やんわりと告白を断ったのだ。彼は「俺のモノにしてやる」と笑いながら、私の上半身を乱暴に剥ぎ取ると街灯の下で、乱暴に私を犯そうとしてきた。
とても怖くて、涙が出た。けれど、大声が出なかった。このまま、私は……。
その時、遠くで聞きなれた声がした。
「みお!!だ、だいじょうぶか?!」
「こ、こうちゃん?!」
それはこうちゃんだった。ちょっと、どもった彼の口調に、私の恐怖心は少し和らいだ。こうちゃんは、大きな懐中電灯を振り上げて、バスケ部の先輩に殴り掛かったが、腹に蹴りを入れられ、うずくまって、顔面をぼこぼこに蹴られていた。それでも必死に先輩の足にしがみ付きながら、掠れる声で叫んだ。
「みお!!逃げろ!!」
「……う、うん!」
私はよろけながら荷物を拾い集め、はだけた身体を制服で隠しながら、自分の家に飛び込んだ。そして、泣き叫ぶように帰宅したばかりの両親に事の経緯を報告したのだった。
**
警察が到着した頃、こうちゃんの顔は原形を留めていなかった。でもこうちゃんは、そんなことはお構いなしに私に言ってくれた。
「澪が無事で良かったよ。僕、おばさんからお願いされたんだ。『澪のこと、迎えに行ってくれ』って。そしたら、悪い男の人に襲われてたからさ。ホントに良かった。今度から危ない目にあったら言ってよね!」
私はこの時に凄く後悔して、物凄く情けなくなった。涙を流し、無言で俯いていた。こうちゃんはそんな私のことを、凄く気に掛けてくれた。
「み、みお!!どっか怪我したの?犯された?」
「……こうちゃん、ごめんね。私……」
両親からも酷く怒られた。バスケ部の先輩は私の両親からも、親からも怒られたみたいで、退学を予期無くされた。「強姦未遂と言う大きな犯罪」になっていたのだから、仕方ないのかも知れない。
それから数週間後。私は、こうちゃんにお付き合いを申し込んでお付き合いが始まった。学年の半分くらいの女子は、文句のような、やっかみのようなことを言っていたのだけれど、私には、もはやそんなことはどうでも良かった。大事なのは、たった一人だったから――。
**
高校二年生の寒い冬の時期。私とこうちゃんは駅のストーブで暖まりながら、進路について話していた。
「……ねぇ、こうちゃん、将来はどうするの?」
「うーん、特に決まってないんだけれど、両親の元も出たいし、機械工学の勉強をしたいんだよね。僕の取り柄って……電気工作が好きなことくらいじゃん?」
にへらっと笑うこうちゃん。将来に自信が無かったみたいだった。私も正直、どうしようかと悩んでいた。正直、まだ「こうちゃんの側にいたい」って思っていたし、他の男の人が怖かった。そして必死になって、こうちゃんを励ましていた。
「こ、こうちゃん、そ、そんなことないって。紳士的で優しい所あるし、勉強教えてくれるのも上手だし、子どもの面倒見もいいしさ……あとは、それと」
こうちゃんは指折り数える私の顔をじっと見て、真剣な表情で言った。
「澪は、澪はどこに行きたいんだ?僕のことなんか気にしないで、好きな所に行けよ」
「えっ……」
バスケと勉強と友人付き合い。それから「大好きなこうちゃん」のことで、頭がいっぱいだった私は、突き刺されるような胸の痛みを感じた。私は、ベンチに腰掛けていた身体を半身引いて、こうちゃんと少し距離を取った。そして戸惑いを隠すように、震える声で言った。
「そ、そうだよね。私も将来のこと考えなきゃねぇ……こうちゃんはいいなぁ。夢があって。私はどうしようかなぁ……」
「澪、僕は『鏑木工業大学』に行くことにした。親父も精密基盤の会社だし、ロボットのことを、もう少し知りたいんだ。澪、ごめん……。僕は夢を追いたいんだ」
「……分かった、鏑木市は私の地元だから、とっても素敵な場所だよ。私も応援してる。寂しいけど、こうちゃんのこと、遠くで見守ってるから」
**
それから、冬が明け、目まぐるしい受験シーズンになった。私の選択肢は、相変わらず決めていて、宙ぶらりんだった。クラスの友達みたいに、「子どもが好きだから保育士になる」とか。それから研究職やイラストレーター。後は作家とか公務員とか。そんなハッキリとした目標があることが、正直羨ましかった。
取り敢えず、私は「就職口が無難な文系の大学」を目指して勉強をしていた。考古学とか司書になることを目標にしていたけれど、これも何となくぼんやりとしているのだった。
こうちゃんとは、あれから全く会えなくなってしまい、私の中では「自然消滅するんじゃないか」って心の中では思っていた。正直忙しくって、恋どころじゃなかった。それにクラスのムードは受験でとてもピリピリしていたから。私は何となく、進路に対して中途半端だったのか、クラスの中では浮いていた存在だった。
**
ある日のこと。「鏑木工業大学でオープンキャンパスがある」と言う話をチラッと聞いた。私は文系大学を目指す為に勉強をしていたし、今更進路を変える気もなかったけれど、唐突に湧いた興味本位と「こうちゃんのこと」もあって、スケジュールを縫って大学を訪ねることにした。
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私が十年ぶりに訪れた鏑木市。小学校三年で出てきたその古い街並みとはすっかり変わってしまい、辺りは学園都市になっていた。この頃携帯電話もすっかりと性能が良くなって、カメラ機能も付いていたので、ついつい写真を撮ってしまう。そして夢中になっていて、私は思い出した。
「……そうだった。オープンキャンパスがあるんだったっけ」
「鏑木工業大学」は赤レンガ造りの建物で、建物の外観がとても美しく、建物の中も吹き抜けで、柱のない部屋に空調設備がしっかり整っていた。そして、壁際には観葉植物の鉢植えが置かれていた。学生は男子生徒が多めだったけれど、少しこうちゃんに雰囲気が似ていたのか、恐怖心が和らいだ。
私は、少し歩いて、ショウウインドウの中に展示されていた機械部品や、可愛らしいロボットの数々に見惚れていた。すると大学教授らしき男性が、私に優しく声を掛けてきた。
「……おや?見慣れない子がいるね。見学に来たのかい?」
「あっ、いえ。スミマセン。そうなんですけど、ちょっと見惚れちゃってて。私、実は歴史が好きなんですが『江戸時代にあったお茶運び人形』とかと、このロボット、何となく雰囲気がよく似てるんですよね」
「『お茶運び人形』か……寛政九年に、細川半蔵が書いた著書『機巧図彙(からくりずい)』に出て来る、からくり人形のことだね。実は僕も大好きなんだよ。良かったら、中に入ってもう少し見て行かないかい?」
「いいんですか?」
教授はオープンキャンパスまでの時間、私にからくりを見せてくれた。その魅力に、私の心はすっかりと魅了されてしまい、恋に似た胸の高鳴りを覚えていた。
教授は、私を研究室に招き入れると、部屋の中にある「映像を中心とした資料」を私に見せながら、詳しく説明をしてくれた。
「……からくりの起源は、『今昔物語(こんじゃくものがたり)』に出てくる、高陽親王(かやのみこと)が作った、『水被り人形』が起源なんだ。昔は『神の依り代として』、人形が作られていたらしいんだけれど、それから、少しずつ平安時代や室町時代に、傀儡(くぐつ)人形とか、戒回しなどを操る人形遣いが出てきて、そしてフランシスコ=ザビエルが、自鳴鐘(じめいしょう)と呼ばれる、現在の置時計を持ち込んだんだ。またポルトガルからの鉄砲の伝来もあり、日本は少しずつ機械文化において、文明が発展していったんだよ」
「へぇ……何だか、面白いですね」
「ほら、例えばこんな感じで、山車(だし)を使って、からくりを大掛かりに動かしたり、バネを使って人形を自動で動かせるものもあるんだ。『糸からくり』と『離れからくり』って言ってね、太鼓を叩いたり、鉄棒をしたりするんだよ」
私は「教授から聞くその話」と「目の前の映像や資料の数々」に、すっかりと虜になっていた。その時「そうか、こうちゃんもこんな気持ちで、ロボットが好きになったのかも知れないね」と思っていた。
しかし、不安があった。今更ながら私は進路を変えるには、時期が少し遅かったのだ。教授が俯いて暗い顔をしている私を見て、心配そうに尋ねた。
「どうしたのかな?悩みがあるのかい?」
「……私、こんな動機でいいのか分からないけど、からくりが好きになりそうなんです。でも数学とか、物理はめっきり苦手で、理系じゃないし、ついて行けるか心配で。それに今更進路変更しても遅いし……」
教授はそんな私の顔を見て、笑いながら言った。
「はは、そんなことか。実際に目の前で君が見ている、からくり人形は、一日で出来たものじゃないだろう。科学も勉強にも、早いも遅いも無いんだよ。私だって、この道で研究してもうじき二十年経つが、まだまだ知らないことは、山のようにあるんだぞ。だから、『今からでも遅くない』と思うんなら、後悔しないうちに決心してここに来なさい……今度は、ゼミ生としてね」
「……そうですよね、分かりました。私、頑張ってみます!」
目つきが変わった私を見て、教授は微笑んだ。そして、去ろうとする私に対して言った。
「あ、そうだ。毎年冬に『ワーテックロボコン』って大きなイベントもやっているんだ。受験で忙しいかも知れないけれど、もしも興味があったら来てみるといいよ」
「ありがとうございます!!」
私は憑き物が落ちたような気がした。そして午後、私はオープンキャンパスで資料を貰って、家に帰ったのだった。
**
私は帰りの電車の中でとても悩みながら、震える手でメールの文面を打っていた。
「……はぁ、久しぶりだから……緊張するなぁ。返事来るかなぁ」
「私、こうちゃんと一緒の大学に行くから」と一言だけ。しかし、家に着いても、なかなか送ることが出来なかった。ベッドに寝っ転がって携帯電話の画面を睨みながら悶々としていると、母親の紗霧(さぎり)がノックもせずに部屋に入って来た。
「澪!帰ったら、ただいまって言いなさい!……で、どうだったの?オープンキャンパスは」
「……良かったよ。ただ、ちょっと色々とね」
「こうちゃんと一緒の大学なんでしょ?あなたもその方が幸せだと、私は思うけどね。……でも、一番やりたいことを、あなた自身が選びなさい。お母さん、あなたがどの道に進んだとしても、あなたのこと応援してるからね」
そう言うと母親は、静かに部屋の戸を閉めた。
「あー、もう!送っちゃうよ?もう知らないからね!!」
私はメールを送信した。普段はメール不精なこうちゃんだったが、今回は珍しく返事が早かった。
「……『分かった』?はぁ?それだけですかー?」
「一言」だけだった。でも、何となく安心している自分がいた。そして、私は「もう少し頑張ってみようかな」って思って、ベッドから立ち上がり、寝るまでの間、机に向かったのだった――。
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