【ver.2】Parts:011「……別れよ?」
それからお母さんが帰って、しばらくしてぐったりと横になっていると、午後八時過ぎにこうちゃんが来た。私のメールを見たようで、血相を変えて病院に駆け込んで来た。元気の無い私の顔を見ると、こうちゃんはかなり落ち込んだ表情で言葉を口にした。
「澪……大丈夫か?やっぱり白血病だったの?」
「こうちゃん、私が大丈夫に見える?」
「……そうだよな」
少し辛く当たってしまった。こうちゃんは、頭を掻きながら言葉を探って目を泳がせていた。私はそのままこうちゃんに背を向けて横になり、窓を見ながら話し始めた。
「こうちゃん、ごめんね……私、今とっても辛いんだよ。身体もだるくて重いし、全身あざだらけだし。これから、抗がん剤治療が始まるんだって。怖くって仕方ないよ」
「……気休めにしかならないかも知れないけれど、僕がいるから!今まで乗り切ってきたじゃんか」
「こうちゃん、落ち着いて聞いてね。抗がん剤の影響で、私の髪の毛はどんどん抜けていくだろうし、食事もなかなか摂れなくなって、ガリガリに痩せ細って、女性としてどんどん醜い姿になっていくんだよ?こんな彼女は、彼氏として耐えられる?……耐えられないよね」
「おい、勝手に決めるなよ」
私の言葉は拍車を掛けたように止まらなくなった。こうちゃんの顔を見るのが辛くてずっと背を向けながら言い続けた。今、こうちゃんはどんな表情で聞いてるのかな?ああ、多分だけど、この言葉を口にしたら、私はきっと……凄く後悔して、生きていくのがきっとしんどくなると思う。絶対にそうだ。
「あのさ、こうちゃん……別れよ?今までありがとう。楽しかった」
「……は?お前、なにを言ってるんだよ、気が狂ったのか?」
こうちゃんの反応は私の予想通りだった。優しいなぁ、こうちゃんは。本当に優しい。私、あなたの彼女でいられて本当に幸せだったよ。……私は、こうちゃんに目を合わせないように、必死に涙を堪えながら、ベッドの上でそっぽを向いて言い続けた。しかし胸が苦しくて、言葉が思うように口に出なかった。
「こうちゃんはさ、こんなにボロボロで、みじめな可愛くない女の子と付き合うよりも、元気ではつらつとした可愛い女の子と一緒にいた方がこれからの将来、きっと幸せになれるよ。そうだなぁ……例えばあの、ひ、雲雀(ひばり)ちゃんだっけ?あの子がいいと思うなぁ……後は、学生街だから……ご、合コンとかやればいいと思うし……私も、友達を紹介してあげる。うん……それがいい……その方がいいよ。絶対、その方がいいって!」
こうちゃんは、しばらく黙って私の話を聞いていた。ただひたすらに感情を抑えて。私は言っていて自分の言葉に泣きそうになったけれど、本当に、ただこうちゃんに幸せになって欲しかったから、それしか言うことが出来なかった。だって、そうでしょ?……そうだよね、こうちゃん。
「……言いたいことはそれだけか?」
「…………」
「こっち向けよ。澪、顔を見ろ!さっきから消え入りそうな喋り方して、泣いてるのを誤魔化してるのが分かるんだよ!何年、お前の幼馴染をやってきたと思っているんだよ!!親以上に接して来たじゃないか!!」
カッとなって、声を荒げるこうちゃん。夜間の病室に声が響いた。私は、こうちゃんの普段見ない怒り具合に戸惑いを隠せなかった。ナースの方が何事かと思い、私の病室まで走って来た。私達はぺこぺこと謝ってから、落ち着いた頃に話を続けた。
**
「……ごめん。ついムキになってしまった」
「……私も」
窓の雪がしんしんと降る中で、こうちゃんは、震えていた私の身体をそっと抱き寄せて、耳元で囁くように言った。
「いい?澪。落ち着いて聞いて欲しい。頼むから、悲しくなるから、そんなことを言わないでくれ……僕は頼りないかも知れない。男らしくないし、顔もイマイチで冴えないから、それが理由で振ってくれるなら本望だよ。たださ、今の澪のこと、僕には見捨てられないんだ」
「こうちゃん……」
気付くとまた涙が溢れた。涙は頬を伝ってこうちゃんの服に滴り落ちた。
「私、本当は……もっと、もっとこうちゃんと一緒にいたいの!……実は結婚のこと、必死に考えてた。お付き合いして五年くらい経つし、大学卒業したら、一緒にささやかな家庭を持ちたかったの。どんな仕事に就いても支えてあげたいって思ってたの。ずっと……思ってたの」
「それならそうと、早く言えよ!澪はどうして、いつも自分を犠牲にするんだ!それが僕の幸せだと思ったら間違ってるよ!!」
「だって……」
こうちゃんの腕に力が籠もった。私は身を委ねながら、こうちゃんの暖かい身体に触れ、優しい言葉に耳を傾けた。
「澪はきっと良くなる。保証はないけれど、僕がきっと元気にするからさ。絶対に完璧に治して、そしたら……その……結婚しよっか。大学生活で少しずつバイトしながら、婚約資金、貯めるからさ」
「……ごうぢゃん……わだしなんかでいいの?」
私は不細工な顔で、涙と鼻水まみれなドロドロの顔で、こうちゃんに泣きついた。こうちゃんは何も言わずにひたすら頷いていた。少し恥ずかしそうだったけど。そして、こうちゃんはまたぎゅっと私を抱きしめてくれた。
**
時刻は、午後九時を過ぎていた。
私はこうちゃんとの話を終えると、ぐったりしていた。かなり激しく言い争っていたのもあり、それによって熱っぽくなってしまったのかも知れない。
「……この先、局部麻酔をして、カテーテルを入れながら抗がん剤を入れるんだって」
「そっか」
「白血病の治療完治まで、五年間掛かるみたいなの……今も少し辛いけど、少しだけ平気かな」
でも、こうちゃんの不器用で暖かい励ましが、私に確かな力をくれていた。そして、こうちゃんとぽつりぽつりと会話をして。それから思い出話も少しして。こうちゃんは、私の身体が辛そうなのを見て、察するように部屋を出ていった。
「……また来るよ」
「うん。今日はありがとう」
私はこうちゃんを見送ると、まどろむように、ゆっくりと眠りについたのだった――。
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