【ver.3】Parts:019「私が、何とかしないと!」


 一方、鏑木工業大学では、興造の噂が蔓延(まんえん)していた。冬における「ワーテック・ロボコンの大会中止」に関する怪しげな噂と「赤石文芸大学の女学生との交際」に関すること。それらの噂が学生の間で、興造に対する不信感をもたらしていたようだった。


 つぐみのクラスメートであり、工業大学では少ない女子学生。そして、機械デザイン専攻の「石住 みちか」。ポニーテールが特徴的な彼女は、かなり苛立ちながらつぐみと話していた。


 「ねぇ、つぐつぐ。どういうこと?アンタのとこの教授のせいで、私の人生が邪魔されてるんだけど!」


 「みちか、誤解だって。だって『あの教授』がだよ?私も、実際に赤石文芸の女の子から聞いた訳じゃないから分からないんだよ。教授もお酒無理やり飲まされたかも知れないし。あんまり噂を真に受けるのも、良くないと思うよ」


 「アンタさぁ、どうしてあの教授の肩を持つわけ?ぶっちゃけ、好意があるとしか思えないんだけど」


 「い、いやぁ。そんなことないって。……あの人、巻き込まれやすい性格なんだよ。だから見ていられないの。それに、可哀想な子犬に同情してるようなものだよ。うん、同情してるだけ」


みちかの言葉に戸惑いながら、つぐみは答えた。


 「ふぅん。……まぁ、男と付き合うなんて考え方、そもそも考えられないんだけどね。それに、つぐつぐは、おっさん趣味なんだよ」


 「みちかはもう少し女の子らしくした方がいいよ。休日に押し掛けたらジャージ姿だったじゃん。普段ももう少しお洒落してきたら?」


 「うるさいなぁ。楽なの!私はもっと勉強して、男の上に立つって目標があるんだから!!」


みちかの理系女子としての割り切った考え方は、男性を寄せ付けないものがあった。休日はラフなジャージ姿で専ら過ごしており、大学でも飾り気のないポニーテールで、殆どすっぴんで過ごすことが多い。また、感情で動かず、打算的で理に適わないことには、とことん労力を割かない。つぐみは、そんな彼女の華の無さに相変わらず呆れ返っていた。


 「アンタも、そのお花畑みたいな頭の中、何とかしたら?」


 「お洒落なカフェのメニュー言えるようになったら、何とかしてあげるよ」


 やや小瀬り合う二人。そんな中、黒縁メガネを掛け、ミディアムヘアの英字パーカーを着た男子学生が、二人の女子学生に声を掛けた。




 「おい、女子ども!来てくれ!!」


 「……なによ、モブメガネ」


 みちかが舌打ちをしながら、男子学生の元に呼ばれてきた。彼は「河合 博光(かわい ひろみつ)」。ロボットシステム専攻の学生だ。たまたま「機械総合学部」の集まりで、学生達はロボットの試運転をする集会ホールに集まっていた。


 「みんな、ちょっと聞いて欲しい。毎年、冬に行われる『ワーテック・ロボコン』まで半年を切った。みんなも聞いている通り、今期のロボコンは企業からの出資が難しいらしく、中止されるとか。真相は分からないけれど、その背後に『久保田教授の淫行問題』が、うちの大学の風評被害に影響している部分があるようだ。皆はどう思う?」


 口々に不満を訴える学生達。それを見たつぐみは少し残念そうな顔をしていた。しかし、博光はホチキス止めされたレジュメを片手に掲げて話し始めた。


 「皆がそう思う気持ちも分かる。でも、僕は『この大会』について諦めてはいない。何故なら、もう三年生で、大学に在籍できるのもあと僅かだからね。寧ろ、僕は署名活動をして、ワーテック・ロボコンを実行して欲しいと思っているくらいなんだ。実際にこの話が上がる前に、大会のルールと出場校がウェブ上に公開されていたんだよ。それを見ながら設計図を組んでみたのが、この資料なんだ。良かったら見てくれ!」


 配られたレジュメを見て、学生達は驚いていた。「河合くん、やるなぁ」という声も端々に聞こえていた。


 「僕は個人的にだけど、……久保田教授を信じたい。なんか、急に湧いて出たような噂だったからね。明野夜さんもそう思うでしょ?」


 急に質問を振られたつぐみ。しかし、つぐみも同じ意見だったのが嬉しかった。


 「う、うん。河合くんありがとう。一人でも理解してくれる人がいるだけでも嬉しいよ」


 女性に免疫のない博光は、若干照れていた。少し、周囲から不満の声も上がっていたが、噂を物ともせず、ワーテック・ロボコンまでの体勢がまとまりつつあった。つぐみは、その話を聞きながら呟くようにあることを心に決意した。


 「私……赤石文芸の女の子と会って来ようかなぁ」




**


 そして、霧前市の小高い丘に興造達は来ていた。雲雀は目の前にある大きな鏡面式の天体望遠鏡を指さしながら言った。


 「着いたわよ。あれがペンタグラムの本部で、天体観測所なの。もう少し詳しく話を聞きたいんだったわね」


 「ああ。是非とも聞かせて欲しい。まだ活動内容が把握できていないからさ」




 中に入ると、大きなスクリーンには衛星写真が映し出され、パソコン機材等の配線が所狭しと張り巡らされていた。政府から送られてきた隕石の中身を調べる為に、質量分析やエックス線を使った物質検出器等が稼働し、十人の職員が忙しく動き回っていた。


 そこへ、青いジャケットを着た四十代の男性職員が歩いてきた。肩には「日の丸とペンタグラムを意味する五芒星」が刺繍されていた。恐らく職員の作業着だろう。彼はやや白髪交じりで、中年体系だった。


 「ひーちゃん、こちらの方は?」


 「あ、コウさん、紹介するわね。鏑木工業大学の『久保田 興造教授』。彼の父とは古くからのお付き合いがあるの。あと興造さんにも紹介します。この方は『鴇田 幸之助(ときだ こうのすけ)本部長』です。ペンタグラムの開発指揮官で、もともと、ご実家が森城町の金属加工工場だったの。その為か、金属加工に関する知識はかなりのものなのよ。ペンタグラムでは、主に『ブラックホール』や『エックス線・物質検出器を使った物質解析』等の研究を主に行っているのよ。有名大学の客員教授もやっているの。知識量はかなりあるんじゃないかしら」


 「興造(こうぞう)と幸之助(こうのすけ)かぁ、仲良くなれそうだね。年齢も同い年くらいじゃないか。宜しくお願いしますね、久保田教授!」


 「趣味が合いそうですね。お互い、教授職ですしね」




 それから、興造は『ペンタグラムの天文観測所』を、一通り幸之助から案内された。一緒に来ていたスパルタクは書類整理の為に、その場から退席したようだった。


 「この天文観測所は、ソーラーパネルによる自家発電で動いています。最近では、人口衛星から持ち帰った、惑星のかけらとかも扱っています。霧前市の綺麗な空気と景色が一望出来る最も高い丘に、鏡面式の望遠鏡を備え、宇宙写真を撮ることが出来ます。また、地下シェルターでは研究開発の為に惑星探索機とか、宇宙でも生活できるような酸素ボンベや浄水器の開発を研究していますね。アメリカで言うNASAみたいなものでしょうか。そして宇宙ステーションとの交信も行っているかな。……興造さんの持っている知識を、是非とも貸して貰えると嬉しいです」


 興造はその話を聞き、胸が熱くなった。研究者としての血が滾(たぎ)るのだろう。しばらくしてキャッチが入り、スクリーンに宇宙ステーションからの交信が入った。モニターに表示されたのは、宇宙飛行士と共にいる宇宙医学専門医(フライト・サージャン)の姿だった。白いジャケットで微重力空間の中を浮遊しながら、働いているのが目に入って来た。




**


 「お疲れ様です。タクさん、どうしましたか?」


 「コウさん……、ペンタグラムの職員である、コウさんに話しておきたいことがありまして。私達では飛行士の皆さんの健康をハード面で管理出来ても、ソフト面ではカバー出来ないんです。やっぱり、最近ロケットの打ち上げが成功して、感極まった私達でしたが、地上との生活のギャップや異文化コミュニケーションの難しさ、閉鎖空間におけるストレス環境。医師一人では担い切れない程の重圧が圧し掛かってくるんです。……そこで、お願いがあるんです。メンタルケアの出来る性能の高いロボットを、急遽開発していただけないでしょうか?」


 隣で見ていた興造は宇宙飛行士の方々の陰を見たようで、非常に驚きを隠せなかった。


 「分かりました。私の所にちょうど有能な技術者がいらっしゃったので、少し話してみますね」


 「……驚きました、でも価値ある仕事ですね。やらせて頂きます」


 それから業務報告などを終えて、宇宙ステーションからのキャッチは切れたのだった。




 「今の方が宇宙医師でしょうか?」


 「そうです。瀬川 拓海(せがわ たくみ)医師です。クルーに負担を掛けまいと、気丈に振る舞っていますが、『三日に一度辞めたくなる時がある』程に、過酷な環境でお仕事をされていると聞いております。クルー全員の命は、彼に掛かっていると言っても過言ではないでしょう」


 「はぁ……」


 興造はいかに自分が甘えたことを言っていたのかを身に摘まされた気がした。雲雀とスパルタクは黙って興造を後ろから見ていた。興造はあることを思い出した。それはポケットにしまってあった「ソクラテスのネジ」の存在だった。


 「話は終わったかしら?そろそろ開発に取り掛かりますか……」


 「ちょ、ちょっと待ってくれ。幸之助教授、これを調べて欲しい!」




 「……これは?」


 興造が幸之助に渡したネジは、禍々しい光沢を放っていた。雲雀もスパルタクも興味津々にその物質を眺めていた。


 「つい最近、鏑木市の河べりで拾ったんだ。恐らく『ソクラテスのネジ』だと思う。調べて欲しいんだ」


 「そ、そんな珍しい物をどうして持ってるんですか!!学会で発表したら大ごとになりますよ」


 「僕もそう言われると思って、黙ってたんだよ。幸之助教授、これを物質検出器に掛けて調べてくれないか?」


 周囲の研究員も、騒ぎを聞きつけて寄って来た。幸之助はごくりと唾を呑み、分析器に入れてエックス線を照射して中身を調べ始めた。


 「ふむ……やはり、中身は見えないですね。可視光線も通さないみたいです。分子をぶつけて材質を調べてもいいんですが、恐らくそこまでしなくても分かるでしょう」


 「『ソクラテスのネジ』デスカ。珍しいものを、手に入れましたネ」


 「スパルタク、分かるのかい?」


 「ハイ。このネジはチベット山脈から流れて来たものデショウ。古の呪術師がオノレの英知を世に遺すタメに、『思念体と言う形』で物質を結晶化させたとイイマスが、その真意は分かってイマセン。ただ、『無機物を有機物にカエル恐ろしい物質』だと言うことは、私の祖国でも聞いてイマス」


 「詳しいじゃないか。珍しく喋るなぁ」


 雲雀がスパルタクを褒めていると、研究者のひとりもそれを聞いて話し始めた。


 「あっ、俺も聞いたことがあります。確かそれ、『死者の魂を依り代に出来る呪いのネジ』らしいですよ。大学の知り合いに考古学者がいるんですが、昔は、『からくりの傀儡(くぐつ)人形に、自分の恋人の魂を入れて、動かしていたらしい』です。ただ、当時は魂が悪霊化してしまったのか分かりませんが、最後は術者の首を絞めて殺してしまったそうです。科学で証明出来ていないので、真相は分かりませんけどね」




 それを聞いた興造は、身震いをしていた。心当たりがあったからだ。滲むような汗を流しながら、平静を装い、最近のクオリアの態度や、立ち振る舞いが人らしくなり、澪に近づいて来たことを思い返していた。


 「興造さん、どうしました?なんか……顔が青いですよ?」


 「いや、何でもないんだ。あ、せっかくだからパーっと呑みに行こうぜ。折角、研究チームも決まったわけだしさ、あはははは!!」


 「ワタシ、お酒強いんデス!!」


 「面白いじゃないの。付き合うわよ!!」


 ……嫌な予感がする。まさかな。ざわつく胸騒ぎを忘れようとするかのように、興造は、仕事上がりの研究者達と街に繰り出していったのだった――。


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