【ver.3】Parts:018「取引をしましょう」



 電話口から聞こえたその声は、彼にとってはとても懐かしく聞こえた。いつも興造が厄介者扱いしていた男勝りの女性は、今回は助け船に思えたのだった。翌日になり、興造は一通りの講義を終えると、スーツをに着替えてネクタイを締めた。そして、鏑木市の市街地にあるオフィス街に向かった――。




**


 「……その疲れていた声、間違いないようね。あなたは、今追い込まれてる。そうでしょう?」


 「はぁ?どうして分かったんだよ」


 「私も、あなたの大学のロボコンの出資企業の一つですから。言わなくても、何かと情報は伝わってくるものよ。ただ、私もそこまで甘くないから『職場の大学から切られたから、改めてうちの企業に就職させて欲しい』。なんて、甘ったれたことを言っちゃうような、ヘタレ野郎には興味ないの」


 「要件を言え」


 「明日、お互いの時間の空いている時、『トイトイ・マーベラスカンパニー』の社長室に来なさい。これ以上のことは、実際会ってから話しましょう」




**


 興造は某社のビルの中に入って行った。そして、吹き抜けの白いエントランスを歩き、「豊田 雲雀(とよだ ひばり)」に話があると、受付嬢に話をして、エレベーターで最上階まで上がった。




 廊下に貼られた大きな広告チラシやポスターは、いかにこの会社が宣伝広告に力を入れているかが分かる。ヒーローもののグッズを宣伝する為に、原色を基調としたポスター。また、ファンシー系のグッズを宣伝するためにパステルカラーをぶんだんに使ったポスターが、壁一面に小うるさくひしめき合うように貼られていた。


 興造の履く革靴の硬い音が、誰も通っていない廊下の隅々まで響き渡っていた。しばらく歩くと右手の窓から鏑木市の港が一望できた。更に歩くと、硬質な社長室の扉が興造の目の前にそびえ立った。


 興造はごくりと唾を呑み、ノックをして、ドアノブに手を掛けた。


 「……失礼します」




 扉を開けると、社長椅子の前で凛々しい女性が、高層ビルの窓から地上を見下ろしていた。その後ろ姿は、とても凛としていた。濃いめのベージュのスーツ、毛先を跳ねさせたワンカールパーマのキレカジ系。後ろ髪を白いバラの髪留めで留めていた。そして、腕にはブランド物のピンク基調の腕時計をし、エナメル質の革靴を履いていた。


 「……来たようね」


 「久し振りだな。去年の冬以来か?」


 「そうね。初めに言っておきます。今回『ワーテック・ロボコンの出資を取りやめた張本人』は、私なの。悪く思わないで」


 「なっ……」


 興造は急に明かされた事実に戸惑いを隠せなかった。拳を握り込んで怒りを露わに震わせていた。雲雀(ひばり)は振り向いて、興造の元に歩いてくる。その綺麗な顔を際立たせるように、両耳に付けられたピアスと首元の真紅のスカーフが印象的だった。




 「あなたには失望したわ。婚約者の虹ヶ崎さんが他界してから、数年経って落ち付いた頃に、私と父が話し合って、『あなたに正式に縁談を申し込もう』としていたのに。まさかこんな形で、女子学生に手を染めてしまうとはね。本当にがっかりだわ」


 「それは初耳だ。負け犬を憐れんでいるのか?雲雀は『僕の技術が会社に欲しい』って言ってたじゃないか。親父といつも悪だくみしやがって。そう言いつつどうせ、経営目当てだろうが!」


 「……そうね。そう言われてしまうと、言い返せないものがあるわ。でもね、これだけは言わせて。私はあなたの技術力を高く買っていたの。それに二十年前に、ずっと虹ヶ崎さんの看護をするあなたは、本当に輝いていて妬ましい程だったわ。一体どこで道を踏み外したのか分からないけれど、風の噂であなたのことを聞いてしまったのよ。残念ね。……恐らく、話が広がるのは時間の問題だと思うわ」


 「……ぐっ、僕が軽はずみな行動をしたのは認める。全く甘かったよ。きっと、それを蔑(さげす)む為に呼んだんだな」


 興造は悔しがっていた。雲雀の高圧的な性格と、冷ややかな目で自分を見る目がいつも気に食わなかった。彼女は「技術者を人として見ていない」。いつも経営最優先で、会社を大きくすることに命を捧げているような女性だったからだろう。しかし今回ばかりは何も言い返せなかった。




 「そうだろ、分かってるんだぞ。僕を呼び出したのは、馬鹿にするつもりだったんだな。……はんっ、社長令嬢も暇を持て余すようになったんだな」


 「まったく……あなたは本当にお父さんにそっくりね。最後まで話を聞かないところが。……どうせ大学側から、結果を出すことを求められているけれど、どうしたらいいか策が無いんでしょう。それくらい分かっているわ」


 雲雀はニヤリと笑った。興造は見透かされたようで、更に悔しがった。


 「……どうして分かるんだよ」


 「うちの企業が『あなたの大学』と、どれだけ長く付き合ってると思っているのよ!『愛玩ロボット・ロビィ』はあなたの大学と技術提携して作ったロボットなのよ。うちの企業は『ワーテック・ロボコンの出資企業』でもあるし、この先あなたが策もなく、溺れていく姿なんて手に取るように分かるのよ。私が今回、出資から手を引いたのは、あなたに『技術者として奮い立って欲しかったから』でもあるのよ!その寝ぼけた頭を一回覚ましてきたら?」


 「……そうなのか?」


 雲雀は、興造を睨むように見ていた。身長差があったがそれを感じさせないくらいに、彼女は威圧的だった。


 「……ふん!やっと少しずつ置かれた状況が理解出来たようね。昨日あたりかしら。『あなたの大学の理事』から電話があったのよ。『あなたが、精いっぱい活躍できる場を提供して欲しいんだ』って泣きつかれたわ。私も不本意に、学生を悲しませるのも好きじゃない。今から黙ってついて来なさい」


 「…………」




**


 雲雀は、今一つ状況を飲み込めていない興造を連れ、「トイトイ・マーベラスカンパニーのビル」の地下階まで、階層を下っていった。


 そこには外壁が地下シェルターで出来たような小さな研究室が構えられ、数人の職員達が話し合っていた。


 「改めて、興造さんに説明するわね。うちの会社は最近、国の政府と提携して『宇宙開発機関・ペンタグラム』って研究チームを、霧前市に立ち上げたの。あなたも知っての通り、有人ロケットの開発、それから火星探査機、エックス線検出器の開発等、様々な宇宙開発の事業を五年前くらいから始めたのよ」


 「えらく規模の大きい話だな」


 「そうかしら。アポロ一号は一九六七年に有人ロケットとして、月面着陸を目指したの。それから、諸外国を中心に宇宙開発は進んでいる。今も先進国のアメリカ合衆国を中心に進み続けているのよ。『トイトイ・マーベラスカンパニー』が、これに乗らなくてどうするのよ。『ロボットとおもちゃのクリエイター』が、宇宙ビジネスに参戦出来ないなんて悔しいじゃない?」


 「相変わらず、野心家だな」


 「お褒めの言葉として受け取っておくわ」




 そう言いながら、雲雀は興造を紹介するために職員を呼び集めて話し始めた。


 「スパルタク!!連れて来たわよ!!」


 「外国人?」


 「紹介するわね。彼は『スパルタク=ズヴェルホフスキー』。ロシアのモスクワから来た研究職員で、うちの会社の優秀な職員なの。日本での生活は十年以上で、流暢(りゅうちょう)な日本語を話すけれど、楽観主義者だから気を付けた方がいいわよ」


 その男性は、軍隊上がりだったのか、浅黒く堀の深い目鼻をしており、あご髭が綺麗に整えられていた。髪の毛はブロンドヘアのソフトモヒカンで、全身がっちりとした筋肉質だった。天然パーマで痩せ身の興造とは、真逆の存在に見えた。


 「『Очень рад Познакомиться(お会いできて、とても嬉しいです)』、スパルタクとイイマス。ドウゾ、宜しく!」


 「よ、宜しく……」


 興造はスパルタクの大きな手と握手を交わしながら、その体格差に対してあっけに取られていた。しばらくして湧いて出たように、雲雀に対する質問が浮かび上がった。


 「そうだ!雲雀!僕はここで何をすればいいんだ?」


 「長かったわ。やっと本題が話せるわね。あなたには、『宇宙ステーションで役に立つロボット』を作って欲しいの。無論、うちで研究費は出資します。ただ全面的な特許は会社で買い入れて、うちの会社の利益にします。良い取引だと思わないかしら?」


 「つまり、またアンタの会社にロボットを提供しろってことか?」


 「そう言うことね。その代わり、広告は技術提携としてしっかり出させて貰います。『あなたの名誉の回復』が掛かっていると思うと、お互いにとっても悪い話では無いと思うわ。契約を交わしたら、『報酬として』ワーテック・ロボコンにも、出資してあげるわ」


 「……考えさせてくれ」


 「分かりました。それじゃ、またメールして」




**


 興造は雲雀とスパルタクに見送られながら、会社を後にした。車を運転しながら、興造は頭を悩ませていた。彼が悩んでいたのには、訳があったのだ。


 「ロボットとして最も完成度の高いのは、我が家のQualia(クオリア)だ。プログラミング機能もコミュニケーション能力もしっかりしていて、僕の研究成果の結晶だからな。勿論、耐久性も高い。彼女を会社に提供すれば、確実に名誉も回復するだろう……しかし、学生のロボコンの出場権と、Qualia(クオリア)を引き換えにするとなると、これはまた厳しい話になる。うーん……」


 


 家に帰ると、クオリアがコーン入りのシチューを作ってお出迎えしてくれた。可愛らしいフリル付きのエプロンを着用していて、若奥様のような可愛らしさだった。興造はそれを見て、思い詰めていたことを少し後悔した。


 「あっ、マスター、お帰りなさいませ。ご飯出来てますよ」


 「クオリア、お前……エプロンなんか着るようになったのか?」


 「ふふっ、マスターが喜ぶと思いまして。何だか、今まで感じなかった暖かい気持ちが『プログラムコア』から感じるんです」


 ……人間らしくなった?そんなわけがないよな?興造は、研究室で着替えた作業着のポケットに手を突っ込んだ。爪先にコツンと当たった硬い物質。それはネジだった。そのネジを取り出して、光にかざしてみると禍々しい輝きを放っていた。


 「まさか『ソクラテスのネジ』か?……いや、この前河べりで見た時は、こんな色じゃなかったと思うぞ。なんか、心なしか不気味な光沢を放ってるような……」


 「マスター、どうかしたんですか?」


 「いや、何でもないよ。さ、君の御自慢の料理を振る舞ってくれ」


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