【ver.3】Parts:021「公式ルールと微妙な距離感」



 「World・Technical・Hobby・Japanロボットコンテスト(略称ワーテック・ロボコン)」は今期の大会で五十回目を迎える。鏑木工業大学が設立した当初は、十一月に行われていたが、授業内容の変更や学生数の変化で、現在は、一月及び二月に大会を開催するようになった。




 共同出資者による、技術開発ロボコンでもあり、スポンサー企業が付き、若きエンジニア達を育てる大切な大会である。その中で、もっとも太いパイプが、豊田財閥が運営し、「豊田 雲雀(とよだ ひばり)」が社長令嬢を務める「トイトイ・マーベラスカンパニー」。また、他界した興造の元恋人の「虹ヶ崎 澪(にじがさき みお)」が憧れていた、老舗のおもちゃメーカー「純真堂(じゅんしんどう)」や、オンラインゲーム「剣と魔法とロボットの死都」の開発企業である「オクトパス・ゲーマーズ」など、多数のゲーム会社やおもちゃメーカーの出資を受け、大会が運営されている。また、優勝校には企業からの就職口の斡旋(あっせん)のバックアップがある熱い大会なのだ。




**


 「僕達の署名が受け入れられたのか?!いずれにしても、気を抜いちゃダメだ!!」


 「そうだな!!」


 「影山くん、ルールの確認と説明をお願い」


 「分かった」


 クラスの中で、割と成績が優秀だった影山 昇(かげやま のぼる)は、つぐみにお願いされて大会ルールを機械総合学部の前で読み上げ始めた。


 「……冬に行われる、略称『ワーテック・ロボコン』は、地区予選大会で勝ち抜いた、強豪四校で行われる機械総合大会です。一年生は出場権を持っていません。二年生から四年生までの代表者十名と、講師若しくは教授が二名。計十二名ひとチームで組まれたチーム対抗のロボットコンテストです。年度ごとに『大会ルール』が変わり、知略と技術を駆使した学生達に栄冠が送られます。尚、毎回のように『試合点を勝ち負けとしない』ルール設定となっています。『機械稼働がスムーズに行くかと言う、動作性』『実際に日常生活に適用できるかと言った、利便性』『見た目とフォルムがスマートであるかと言う、デザイン性』、これらの点が『最終的な加点対象』になるのです」


 既に機械総合学部のメンバーはひと夏の間。ロボットの開発に専念していたようで、先日、署名活動をする前に機体が出来上がっていた。


 


 「重量制限は四十キロまでか。二足歩行軸にジャイロバランサーを搭載したけれど、かなりぎりぎりだったね」


 「アクチュエーター(動作)は、AC(交流電流)のサーボモーターを利用しているけれど、各関節の可動部にモーターが付くと、かなり重い動作になってしまうね。試運転でのタイムロスがかなり厳しかった」


 学生達が出来上がったロボットの骨組みを見ながら話をしていた。これに「肉付けのデザイン」を付けると、大会公式ルールの制限重量をオーバーしてしまう。なかなか厳しい関門だった。


 「河合くん、今回の試合のルールはどういうのなの?」


 みちかが博光に質問を投げかけた。博光は面倒そうに頭を掻きながら言った。


 「前にも説明したじゃん。三メートル四方の船型のボックスの中に直径五〇センチ×一メートルのくぼみのある円柱が立っていて、その中の風船を脇に転がして、円柱の足元にある剣山に落として割るってルール。因みに、風船は四つあって、制限時間内にどれだけ割れるかが勝負なんだよ」


 「ふーん、円柱から落とすのはブロー(風圧)じゃ、ダメだったの?」


 「思ったよりも風船が軽くて、結局アームで優しく落とすって、選択肢を選んだんだよ。多分、大会の会場の円柱の材質が読めないけど、仮に、発泡スチロールみたいな材質だったら、ブロアーでは強すぎるからね」


 ロボットの細かいギミックやプログラムをパソコンに打って動作確認。どれだけ試運転していても、本番ではミスを免れないのが、ロボコンの読めない所だ。




 今回の出場者は、河合 博光(かわい ひろみつ)、影山 昇(かげやま のぼる)、石住 みちか(いしずみ みちか)、明野夜 つぐみ(あけのや つぐみ)他六名の大学生だった。講師陣には非常勤講師と、久保田 興造(くぼた こうぞう)がサポートに回ってくれることになった。


 「久保田教授には出来たら頼りたくないんだよねー……」


 「ホントホント」


 離れてロボットメンテナンスをしている興造に対して、学生達は冷ややかな視線を送っていた。信頼関係は未だに回復していない。このままでは、優勝も危うい気配だった。ちらちらと学生達の様子を伺う興造。そこへつぐみがやってきて、興造を労った。


 「相変わらず、みんな冷たいなぁ……僕がいけないんだけどさ」


 「教授は何にも悪くないです。みんな教授に頼ってくれたら、優勝は確実なのに。まったく!本当に勿体ないです」


 「……あ、この配線はまずい。ショートしそうだね。長時間運転してたら、モーターがオーバーヒートしちゃうよ」


 「直しますか?」


 「う、うーん……本当は自分らで気付かないといけないんだけれど。なんかギスギスしてるよね」


 ロボット内部の配線を繋ぎ直す興造。学生達はそれを遠目で見ているが、一向に、彼には近づこうとしなかった。その為、興造は大切なことを説明出来なかった。


 「ぐみちゃん、見てごらん。他にもさ、ロボットアームのベアリングユニットに負荷が掛かってるから、曲げ伸ばしの動作が難しくなってるんだよね。アルミ製の物を使うとか、細かい部位を連結させてみたり、後は滑りの良い金属を使うとか。いろいろ対策が欲しいんだよねぇ」




 それを聞いていて痺れを切らしたつぐみは、男子学生達を無理やり引っ張って連れてきた。


 「おい、つぐみ、いきなり何なんだよ!」


 「このままじゃ、私達負けちゃうよ!!少しでもいいから、教授の知識をモノにしていかないと。男なのに何をうじうじしてるのよ!!」


 男子学生達は顔を見合わせて、渋々言った。


 「久保田教授……申し訳無いんですが、やっぱり俺らは教授と協力出来ません。やっぱり教授のこと信用出来なくって」


 「ここまで言ってるのに分からないの?!」


 「だってさぁ、あの噂があるから……」


 興造は溜め息を吐いていた。ロボットの調子は悪くなる一方で。先程まで調子よく動いていたロボットが全く起動しなくなってしまった。


 無線のリモコンをキャッチ出来ないのか。それとも、足回りのギヤが噛み合っていないのか。モーターに負荷が大きいのか。興造が一発で見れば判断出来ることが、学生達には全く察知出来なかった。むず痒い空気が広がっていた。




**


 課外授業の後、立ち寄ったカフェで、みちかはつぐみと話していた。難航するロボット製作と、興造と男子学生との微妙な距離感。それらを二人の女子は非常に気にしていて、愚痴が零れていた。


 「……馬鹿だよねぇ。男子達は。私情を挟まなければいいのに。もう大会まで、四ヶ月切ってるのよ」


 「ホントそう思う。今回の出場校には『アスカ・テクニカル高専』とかも出場してて、かなりの激戦を勝ち残ったらしいよ。今までだって、『鷲宮工業大学』に、やっと勝ってた状態なのにね」


 「レポートやら、勉強やアルバイトもあって、ただでさえ忙しいのに、その上で知恵を借りないんでしょ?私には考えられない」


 「みちかのサバサバした性格、男子達にも分けてあげたいよね。その『使えるものは使う』って考え方は尊敬出来るよね」


 「褒めてるんだか、けなしてるんだか」


 「まぁ、これからが本当に大変だよね。男子達が頼りにならないから、私達が頑張らなきゃ、って本当に思うよ。折角夏休みも返上して、製作したロボットだもの。勝ちに行きたいよねぇ……」


 「本当にね」


 窓を見ると、落ち葉が吹き転がされていた。つぐみは熱々のカフェラテに舌を焦がされながら、これから始まる激闘に思いを馳せていた。




**


 ――季節は年が明けた、冬本番の、雪の深い季節に差し掛かっていた。外はかなりの寒さだったが、鏑木工業大学の大会会場は幕が張られ、本番さながらの熱い雰囲気が覆っていた。学生達はネタ晴らしを防ぐためか、中に入ることが出来ず、悶々とした面持ちだった。




 「昨日は、かなりのアクシデントだったね。ロボットが結露した床で転倒したり、段差を乗り越えられなかったり。後は風船が上手く落とせなかったり。試運転を重ねてみたけど、問題は抱えっぱなしだよ」


「久保田教授との距離感が、何ともねぇ……女子にけしかけられて何とかやってるけど、もう少しチームワークを大事にしたいよな」




 別室に、凛々しく立つ毛深い二足歩行のクマ型ロボット。北アメリカに住む「ハイイログマ」のような力強い風貌と、細かく再現された荒々しい毛並みが、工学系学生の持ち前の器用さを象徴していた。操縦桿(そうじゅうかん)のリモコンで、その太い腕を荒々しく振り回している。


 「頼むぞ、『WalKing・Grizzly(ウォーキング・グリズリー)』!!」


 学生達は、思い思いにロボットに祈りを込めた。興造はそんな彼らの姿に、かつての自分の学生時代を重ね、懐かしい眼差しで、彼らを見守っていた――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る