【ver.3】Parts:020「異文化・飲みにケーション」



 つぐみは、合コン開催当時の主催と連絡を取り付けていた。かなりの情報戦を縫ったが、二週間もしないうちに、彼女は「事の首謀者」の尻尾を掴もうとしていた。


 「鏑木経済大学、四年生の斎藤 健さんですか?初めまして。私は明野夜 つぐみと申します。隣にいるのは友人の石住 みちかです」


 「噂に聞いた通り、可愛いね!工業大学にも可愛い子もいるんだね!」


 「そんなこと言ってると、彼女さんに怒られますよー」


 「ホントホント、……コイツ軽いからさぁ」


 健の付き添いの友人が、呆れた表情で言った。


 「私は男性に興味ありませんから。つぐつぐ、頼むから手短にお願い。ほんっと、私は忙しいんだから!」


 みちかは、つぐみの頼みで来たらしい。


 「ごめんごめん。それで、今日は何の用?」


 「実はですね……」


 健が仕切り直し、そしてつぐみは、話の核心に入ることにした。




**


 つぐみが呼び出したのは鏑木市の駅の一つ「龍水門」と言う駅だった。学園前駅では、流石に人目に付くのもあったのだろう。数日間のメッセンジャーのやり取りの後、「興造に関する真意」には触れずに、合コンがどんな様子で行われたのかを聞きだすことにしたのだ。近くのカフェで手土産を用意して、女性一人で会うのは不安なので、友人同伴で会った。お酒は挟まずに、軽い軽食を中心に会話を交わしていた。


 会話の内容は外堀を埋めるように、話が進んでいった。




**


 「後輩の頼みでさ、俺のコネクションを利用して、今回もヨン・ヨンでコンパをした訳よ。俺、スポーツサークル所属だから、割と顔が広くてさ。でもって、今回は赤石文芸大の女の子と連絡を取り付けてさ。ただ……ちょっと厄介だったのが、やっぱり美弥子ちゃんだったかなぁ」


そう言って、健はカプチーノを掻き混ぜた。つぐみは頼んだチーズケーキをフォークで割りながら、質問を投げ掛けた。


 「美弥子ちゃん?」


 「そうそう。俺の彼女の妹なんだけど……ちょっと成績が悪くてね。男癖が良くないって言うのか、遊んでるような女の子だったんだよ。それで、今回も金づるが欲しかったんじゃないかなぁ。他のメンツを差し置いて、久保田教授に擦り寄ってる感じだったんだよね」




 それを聞いたつぐみは、食事の手を止め、ごくりと唾を呑んで話を聞いていた。みちかも、最初は面倒そうにスマートフォンをいじりながら話を聞いていたが、興造の話が出た瞬間に、眉が動いた気がした。


 「あっ、でも合コンはよかったよー。お互いの連絡先交換してさ。めっちゃいい雰囲気だった。また遊ぼうねーって。良かったら参加するかい?」


 「……あっ、ごめんなさい。ちょっと別のことに気を取られてて。ちょっと興味はありますねー」


 つぐみはすかさずスマートフォンを取り出し、慣れた手つきで健と連絡先を交換した。


 「私は遠慮しとく」


 みちかは相変わらずの反応だった。冷めたコーヒーを飲みながら苦い顔をしている。


 「つぐみちゃん、話は戻るけど、どうして急に合コンの話をしようと思ったの?赤石文芸大学の女の子に知り合いがいたとか?それとも、鏑木工業大学でなんかあった?」


 モンブランを咀嚼(そしゃく)しながらつぐみに質問をする健。隣で友人は黙って頷いていた。


 「あ、いえ。それはないんですが、私の友人が健さんと知り合いで明るくて気さくだって言ってたから、どんな方か興味ありまして。その子もスポーツサークルなんですよ。でも、私話に出てた……美弥子ちゃんとも会ってみたいんです。今度、みんなでご飯とかどうですか?」


 「誰だろ……分かんないなぁ。でも嬉しいな。そう言ってくれると。ちょっと美紅に話しとくよ」


 健はそっぽを向き、嬉しそうに頬を掻いた。友人が背中をバシッと叩いた。


 「楽しみにしてます!」




**


 一方、興造と雲雀とスパルタクは安っぽい居酒屋でお酒を呑んでいた。古民家風の壁のシミが目立つ座敷のある居酒屋で、テーブルを囲みながら、食事を摘まんでいた。テーブルの中心には更に乗ったつくねと皮、ももなどの焼き鳥。それからイカの塩辛と店員さんが出してくれた、メンチカツコロッケなどだ。少し脂っぽかったのか、刻みキャベツも注文していた。


 「センス最悪ぅ。男性陣は私のことをなんだと思ってるの?」


 「馬鹿やろっ!ここの焼き鳥、美味いんだぞ。雲雀はどうせお嬢様だから発泡酒とか呑んだことないんだろ!」


 「発泡酒?シャンパンなら呑んだことあるけど」


 「ダメだ、こりゃ」


 小鉢に出されたイカの塩辛を摘まみながら日本酒を嗜む興造。スパルタクはコロッケに泣くほど感動していた。


 「コレ、美味しいデスネ!!日本式ピロシキデスカ?」


 「それ、コロッケって言うのよ」


 「お前、コロッケって食ったことないだろ!」


 「ええ。噂で聞いただけだけど。何が入ってるか分からないわ」


 根っからのお嬢様気質の雲雀。居酒屋なのにワインを頼むと言う強行に乗り出て、焦って興造がややお高めの日本酒を頼み、黙らせていたり。スパルタクも、日本の文化の知らない部分に触れて感動していた。




**


 少し酔いも回ってきた頃、雲雀が呟くように言い始めた。


 「……ったく、周りのみんなは、私のこと何にも分かってないのよ。私は、これでも寂しがり屋なのよ。もう三十代入っちゃったけれど、キャリアウーマンを貫くのも大変なんだから」


 「そう言いつつ、お前は仕事が大好きじゃんか」


 「ああ!またそうやって馬鹿にするの?私の取り柄は仕事しかないのよ。高校の時なんか、キャラクターがブレてて大変だったんだから。黒歴史よ!黒歴史。……社長令嬢も楽じゃないのよ」


 「高校の時、お前はどんな性格だったっけ」


 やけに高飛車で、人を見下すようなコンサバ系女子。ブランド物のバッグとコートで身を包み、周囲の人を寄せ付けない圧倒的なオーラ。思い出した興造は苦笑いをした。


 「あー、あれか。素でやってると思ってたわ!!」


 「思い出さなくてもいいの!!スパルタク、黙って聞いていないで何とか言いなさいよ!!」


 「『Япония девушки……(日本の女性は難しい……)』」


 「は?」


 「『Почему не я!(どうしてワタシはモテないんだ!)』」


 「『Please speak in Japanese.(日本語で話してくれ)』」


 「『Вы хотите, чтобы вернуться в Россию.』(ロシアに帰りたいよー)」


 かなり酔いが回っているのだろうか。スパルタクは、ロシア語で女性に対する不満をぶちまけ始めた。興造は英語で話しかけるも、スパルタクのマシンガントークのロシア語は止まらない。


 「『Я грубый достаточно, почему же вы ждете(いつもは大雑把なのに、どうして悩んでるのよ)』」


 「『Я всегда говорю так. Он не знал, что(君はいつもそう言うんだ。何にも分かってないくせに)』」


 「『Боже мой!(なんですって!)』」


 「お前らなぁ!ロシア語で口論するな!!周りの人が困ってるだろうが」


 「●×▽◆……」


 「×△※◎……」


 ロシア語で雲雀とスパルタクの口論が始まった。興造はなにを言ってるかさっぱり分からない。立ち上がってまくし立てるような口調で話しているので、何事かと思って周りの人も眺めていた。興造は、何となく宇宙飛行士が「異文化コミュニケーション」にストレスを感じる理由が分かった気がした。


 「『Please bring them oolong tea.(こいつらに、ウーロン茶を持ってきてください)』」


 「へ??日本語でお願いします」


 「そうだった、ここは日本だった。僕も混乱してきた!!ウーロン茶お願いします!!」


 「は、はひぃ!!」




**


 冷たいウーロン茶を飲んだ二人は酔いがすっかり覚めていた。


 「……ヌカリマシタ。ウォッカのアルコールが強いから、チョーシに乗って呑んでしまいマシタ。記憶が全くアリマセン」


 「うぅ、安いお酒だから、頭が痛いわぁ……気分が悪い」


 「お前らなぁ、僕はもう少し楽しくお酒呑みたかったんだぞ。……そう言えば、スパルタクはどうして日本に来たんだい?」


 「ワタシですか?私はもともと軍人だったんデス。しかし、日本に来て変わりました。森城町に『コマンドサンボ』の『オシショウサマ』がいるんデスガ。彼は父の知り合いで『鬼瓦 毅(おにがわら つよし)』って言うんデス。ロシアがソビエトだった頃に、オシショウサマは私の曽祖父からケイコを受けたって聞きました。その腕前はとても強く、『キジンリュウ』のカイソって聞きマシタ。死んだ目をしていた私の目に命を吹き込んだノハ彼だったのデス」


 雲雀はそれを聞いて、更に補足するように言った。


 「スパルタクは日本の大学の天文学部出身でね、ロシアの『スプートニク・ショック』に影響を受けている一人でもあるの。アメリカ合衆国とロシア連邦は、六十年代に競い合うように宇宙開発を進めていた国だったんだけれど、かの有名なガガーリンもロシア出身なのよ」


 「だったら、祖国で開発していればもっと丸く収まったんじゃないか?」


 「日本が好きらしいわよ。寒がりだからロシアに帰りたくないんだってね。私の所に来たのは五年前くらいだけど、さっきの話にも出てたように、日本女性に好かれないことが、最近の悩みらしいわよ」


 「はぁー。お前ら、そんなくだらないことを口論してたのかよ……」


 恋愛に疎い興造は溜め息を吐いた。まだまだお花畑が抜けきっていないお嬢様の雲雀はムッとして興造に詰め寄った。


 「興造さんも大概ですよ!少しは、恋愛にも興味持ってください!」


 「へぇ、へぇ。分かりましたよー」




**


 会計を済まして外に出ると、すっかり肌寒くなっていた。


 「はぁ、食べたなぁ。身体が重い」


 「たまには悪くないわね。興造さん、その……また、どこかに連れ出して欲しいわ」


 「気が向いたらな」


 「お二人とも、空を見てクダサイ。星が綺麗デスヨ」


 空には満天の星空が広がっていた。三人は空を見上げながら、スパルタクの語る星座の話に耳を傾けた。


 「南のソラに『秋の四辺形』という名称のペガスス座がアリマス。逆さの馬の形をしていマシテ、右下の星が『マルカブ』、右上の星が『シェアト』、左上が『アルフェラッツ』、左下が『アルケニブ』という星なんデス」


 「へぇー。流石は、天文学の勉強してきただけはあるなぁ」


 「ありがとうゴザイマス。『秋の四辺形』を見つけたアトは、アンドロメダ星雲がそばにあるんデス」


 「ひとつひとつの星が燃えて輝いているなんて不思議よね。青い星が若くて、赤い星が老いているそうよ。燃えて燃えて……最後は死んでしまうなんて、なんだか寂しいわよねぇ」


 「そうだなぁ。僕ら研究者も、晩年に何を残していけるのか。人生ってそう考えると儚いよなぁ」


 それを聞いて、雲雀は顎に手を当てて考えていた。スパルタクは星空を眺めつづけている。


 「……興造さん、今日は素敵な一日だったわ。これからもお互いの為に頑張りましょう。ワーテック・ロボコンの出資金は出してあげます。……大学の諸問題の解決は、私の方では何も出来ないだろうけど」


 「……ほ、本当か?!それは助かる!!」


 「まだ油断は禁物よ。鏑木工業大学が優勝したわけじゃないんだから。あと半年なんでしょ?『ペンタグラムのこと』は時間があるから、まずは、ロボットの開発に専念して」


 「そうデスヨ。いつでもマッテマス」


 「……ありがとう」




**


 日を改めて、出場校に鏑木工業大学の名が連ねられた。学生達の一部は「署名活動に効果があった」と言う者もいたが、興造の必死の努力の賜物が大きかった。大会ルールが公に説明され、機械総合学部の生徒達は本格的にロボットの開発に取り掛かり始めたのだった――。


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