【ver.2】Parts:009「じわりと滲む汗」



 ――そして私達は大学二年になり、冬に差し掛かった頃。鏑木工業大学では、毎年恒例の「World・Technical・Hobby・Japanロボットコンテスト」、通称「ワーテックロボコン」が開かれることになったの。一年生は出場権を持っていなくって、二年生から四年生までの代表者を寄せ集めた十名と、講師若しくは教授が二名。計、十二名ひとチームで組まれたチーム対抗のロボットコンテストなんだけれど、出場校は優勝すると優良企業から就職口が斡旋される素晴らしい特典があるらしいの。




 少し肌寒さを感じる、天井の高い照明付きのステージ会場。私は取れない疲れに悩んでいると、こうちゃんが心配そうに私の顔を見ながら、窺うように言った。


 「澪、最近顔色が悪そうだな。最近、顔色が優れないけど、ちゃんと眠れてるのかい?」


 「なんだか身体がだるいの。……気分も優れなくて。風邪じゃないといいんだけど」


 「ロボコンも、最近忙しいからなぁ。ちょっと休んだ方がいいよ」


 「まって。この試合を見届けてからにする!」


 「分かった。そうだよな。この試合で優勝すれば『純真堂』の就職枠が手に入るな!」


 こうちゃんは私を励ますように少し大きな声でわざとらしく言った。私は進路のことが少し心配で、こうちゃんに恐る恐る尋ねた。


 「こうちゃんは、……卒業したらどうするの?」


 「うーん、ちょっと僕はまだ考えてないな。興味がある会社はいろいろあるんだけれど」


 進路について話していて。二十歳を越えた私達の交際期間は、結婚を見据えて話が進んでいた。けれど、最近の私は、何となく十二月の中旬から気分が優れずにいた。めまいや身体のだるさ。頭痛や身体の火照りがあった。風邪にしてはちょっと長く感じていた。「就職を狙っている会社」の為にも、自分の優れない体調に鞭打って、試合を見届けていた。私は目を皿にしながら試合を見ていた。




 二台の海洋生物のロボットが、スクリーンに映し出されながら、口から蛍光色のディスクを連射し、カラーボックスに入れていく。そして正確に入った数が点数として電光掲示板に表示された。タコ型のロボットは私達の学校のロボット。もう片方のクジラ型のロボットはライバル校のロボットだった。私達の得点は九十五点、ライバル校は九十八点と言う接戦状態だった。


 ――今回のロボコンの競技内容は、直径三十センチのフライングディスクをロボットに投擲(とうてき)させて、五段あるカラーボックスの真ん中に差し込むと言うシンプルな競技なの。


審査点は合計百二十点満点で、時間と正確性を視野に入れた百点満点の競技点に加え、デザイン性と機能性、アイデア性を評価する二十点満点のボーナス点を入れた合計点で勝負が決まると言うもの。試合は熾烈を極めていて、「鷲宮工業大学」の「しろながすくん」ってシロナガスクジラの形のロボットと、「ふらいで・たごんぐ」って私達の大学のタコ型ロボットが、いい勝負をしていたの。


因みに、私達の大学校舎で三日間行われていた、各校の競技の中で、ロボットの電気が通電不良を起こしたり、プログラムの動作不備があったりして、泣く泣く辞退する大学も出ていたの。日々のメンテナンスと動作確認を怠らなかった私達は、運よく勝ち上がってきて、因縁のライバル校である「鷲宮工業大学」と競い合っていると言うわけ。




 「むぅ、手ごわいな。……『しろながすくん』の口から出るホバリング砲が正確で、俺らがややニアミスしてるな。些細な失点が大きな影響を及ぼしているよ」


決められた三分間でどれだけ正確に、カラーボックスにディスクを入れるかが今回の勝負の鍵。鷲宮工業大学で製作された「しろながすくん」。彼は思いの外、射的精度が優秀だった。ホバリング機能が機械動作の肝となったようだった。


 「しろながすくん」は、口から空気を吸い込んで、お腹の噴出口から空気を噴き出すように動く、いわゆるホバリング移動するロボットクジラで、移動位置まで動いてから、止まった時に取り込まれた空気を使って、ディスクを口から標的に打ち出す言うロボットなの。因みに設計者はこうちゃんの永遠のライバルらしいんだけれど、どうしてか、こうちゃんは私に名前を教えてくれないの。


 「可愛いし、強いもんね。まさか、海洋生物で被るとは思わなかったけど」


私達の作ったロボット「ふらいで・たごんぐ」。タコ型のロボットで安定性のある八本脚で歩き、そして「遠隔操作でゴング型のスイッチを叩くとタコを模したゴムが膨らんで、墨に似せた黒い棒に押し出されてディスクを飛ばすギミックになっているロボットなの。派手さはあるけど、正確性はイマイチ。アイデア点は、こちらの方が優勢なのかな?




 会場で激しい激闘が繰り広げられる中、私達のロボットはボーナス点で何とか私達の大学が優勢を納めていた。しかし、命中精度が悪くて、失点を招き、所々泣きを見せていた。試合の模様はお互いの点数が拮抗し、翌日の延長戦に持ち越されようとしていた。本日の試合も終盤に差し掛かった時、会場の中に二人の人物が入って来た。


 一人はとても特徴的な格好をしていた。つやつやのベージュ色のミンクのコートを着た、金髪でナチュラルな色のリップグロスが輝く、派手めな女子高生らしき女の子だった。そして、もう一人はこうちゃんのお父さんだった。二人は入り口から会場を見渡すと、こうちゃんを見つけて、階段をゆっくりと上がり、こうちゃんの元に歩いてきた。そしてつんつんしたお嬢様気質の女の子が品定めをするようにこうちゃんのお父さんに質問をした。


 「辰雄さん、このもさもさの頭のお方が、あなたの息子さんですか?」


 「そうだよ。これがうちの御自慢のバカ息子だ。手先の器用さ以外は、点でダメな息子だ。家を飛び出してここでロボットの研究をしてるんだよ」


 「……ふぅん」


 こうちゃんはいきなり現れた高圧的な女子高生とお父さんに対して、明らかに不機嫌そうな顔をして言った。


 「……親父、何の用だ?」


 「いやな、お前に『会いたい』って言ってるお嬢様が居たから、わざわざ連れて来たんだよ」


 高圧的な女子高生は礼儀正しくお辞儀をすると、こうちゃんに言った。


 「初めまして。私は『トイトイ・マーベラスカンパニー』の社長のひとり娘『豊田 雲雀(とよだ ひばり)』と申します。お見知りおきを」


 私は少し違和感を感じた。こうちゃんは身を引いて警戒しているし、雲雀(ひばり)と名乗るお嬢様は、そろばんをはじくような目つきでこうちゃんを見ているし。こうちゃんのお父さんは頷いてるし。そして最も聞き捨てならない言葉を言い放った。


 「興造さん。あなたの技術を見込んで、私達の会社に招こうと思いますの。ポストは保証しますわ。どうでしょう?悪い話では無いと思いますよ」


こうちゃんは「頭の中がお花畑状態」のお嬢様に対して絶句していた。私も少し気分が優れなかった。……あれ?いつも以上に身体が火照っているような。


 「……断る。俺にはやりたい事があるんだ」


 「なっ……」


 絶句して、のけ反るお嬢様。こうちゃんは、天然パーマの頭を掻きむしりながらぶつぶつ言っていた。


 「こうちゃん……」


 「はん!みすぼらしいじゃないの。優秀なポストを蹴って、小市民同士で仲良くやろうっての?」


 「興造。無理に行けとは言わん。ただな、お前はまだ進路が定まってないじゃないか。実家に帰らないって言ったと思ったら、もう少し研究したいって言うし……どうなんだ?わざわざ、お前の手先の器用さを買ってくれてるんだ。腹を決めて、さっさと雲雀お嬢様の会社に就職したらどうだ?」


 私と雲雀さん、それからお父さんの三人に板挟みにされ、こうちゃんはかなり苛立っていた。


 「僕はまだ二年生で、正直これからいろいろ目指していく段階なんだよ。親父はそうやっていっつも勝手なことを言うじゃないか。実家の半導体製品、売れてるのか?」


 仕事を馬鹿にされて、こうちゃんのお父さんは激怒した。


 「馬鹿野郎!お前はそれでおまんま食って来たのを忘れたのか?いいか?この先、研究職に就くとしても、結果が出なければ価値は無いんだ。さっさと定職に就きやがれ!!」


会場で喧嘩する親子に周囲の視線が集まっていた。雲雀さんは少しおどおどしているし、こうちゃんはお父さんと火花を散らしているし……私は……少し頭がボーっとしてきた。


 「お父さま、落ち着いて下さい。人が見てますよ」


 「澪さんもこいつに言ってやってくれ。夢ばっか追ってる奴に家族は養えないぞ」


 「ううん……でも」




 こうちゃんは腕を組んで黙っていた。雲雀さんは高圧的な目でこうちゃんを見ていた。私は身体が痛む感覚を覚え、ふっと意識の糸が切れたように気を失った。何だかこうちゃんが取り乱して、必死な声を掛けていたんだけれど、それから先は朧気で覚えていない。




**


 気が付くとベッドで寝かされていた。口の中がひりひりする感覚がした。歯茎の荒れや口内炎が最近酷いような気がする。そして、喉がとても渇いていた。でも、めまいがしてなかなかベッドから起き上がれない。こうちゃんが私のことを心配そうに見ていた。ここはどこだろう?


 「澪……ごめんな。面倒なことに巻き込んでしまって」


 そうか、私はロボコンの会場にいて、そこから意識を失ったんだっけ。


 「ううん、気にしなくていいよ。こうちゃんは、昔っからお父さんと仲が悪くて大変だもんね。それよりここはどこなの?」


 「鏑木市にある大学病院だよ。……最近、澪は体調が優れないって言ってただろ?ちょっと僕、悪い予感がするんだ」


 こうちゃんは少し青い顔をしていた。ちょっと待ってよ!ロボコンは?それに明日、決勝戦でしょ?こうちゃんの進路……それにお父さんはどうなっちゃったの?私はそんなことを思って、かなり戸惑っていた。しかし少し頭痛と吐き気が酷くて、考えたくなかった。


 「……こうちゃん、悪い予感ってどういうこと?それに大学に戻らなくてもいいの?」


 「それどころじゃないんだ……澪。落ち着いて聞いて欲しい。明日、血液検査をすることになった」


 「えっ、それって……どういうこと?」


 「澪の話を聞いて、僕はずっと風邪の症状を疑ってたんだ。そしたらやけに期間が長いし……最近口内炎も酷いみたいだし。ちょっと腕を見せて」


 私はこうちゃんに腕を捲られ、優しく触られた。男性に触れられたので、一瞬身体が震えた。こうちゃんは泣きそうな声で絞り出すように言った。


 「ああ、やっぱりあざだらけじゃんか。これは嫌な予感がするんだけれど、多分白血病だ……澪の身体が正常に血液を作れてないんだ。口内炎も熱っぽいのも、その影響なんだよ……どうしてこんなことに……」


 「私、死んじゃうの?嘘でしょ?ねぇ!こうちゃん!!」


言葉を詰まらせながら話すこうちゃん。私も事の重大さを薄々感じつつあった。自分の身体なのに、なんか変だ。全く自分のことのように感じられないなんて。


 「……ごめん。澪。何にも言えない。結果がまだ出てないから」


 それから、こうちゃんは大学に戻らずに、私が眠りにつくまでずっと見守ってくれていた。こうちゃんのお父さんと雲雀さんは私の異変に気が付いて、そっと何も言わずに帰って行ったらしい。何だかよく分からないけれど、私……とても疲れちゃったなぁ。


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