【ver.4】Parts:025「Oh!!My Quite cute girl!!」

 それから数ヶ月過ぎた。季節は夏の初旬を迎え、鏑木工業大学の学生達は、卒業論文と進路決定に忙しくなっていた。つぐみも例外では無かった。興造は、クオリアの動向が落ち着いたのでアパートに戻ることにした。二人の関係に対して、大きな噂も立つこともなかったのだが、彼の心配事が一つあった。それはクオリアが春先の一件から、目を覚ましていないことだった。


 「パッヘルベルのカノンの曲がクオリアから流れているんだけれど……一向に目を覚ましてくれないなぁ。あの日から眠ったように起動してくれない。僕はこの曲に思い入れがあって、クオリアに入れたのだけれど、どうして、こんな時に流れているんだろう」


 「私の体当たりが強すぎたんでしょうか?そうだったらごめんなさい」


 「いや、ぐみちゃんがそうしてくれなかったら、僕は、あの時命が無かった」


ゾッとするような「あの日の出来事」。クオリアは目を瞑って、安らかに眠るように夢の中にいるようだった。興造は、クオリアが精密機器であることを改めて思い出し、今まできちんと管理してあげられなかったことや埃まみれにしてしまったことを感じて、戒めの為にも部屋を綺麗にしていた。しかし、クオリアは目立って機械の調子が悪いわけでも無いのに、目を覚まさなかった。




 「ウイルスに感染している可能性もありますね。『ソクラテスのネジ』でしたっけ?コンピューター機器に影響する類の物でしたら、ウイルス対策ソフト入れてみたらどうでしょうか?」


 「そうだね。クオリア開発に携わる際にずっと作って来た、ワクチンソフトがあるから入れてみようか」


 つぐみは、ダメ元で提案してみた。興造は頷いて、「Qualia専用に作ったウイルス対策ソフト」を外付けハードディスクからクオリアの身体のUSBプラグに繋いで流し込んでみた。一時的だが、ぼんやりとクオリアは目を覚ました。




 「……マスター?」


 「起きたのか?!意識は戻ったのか?!」


 「……澪さんとずっと話してました。つぐみさんもやっぱり一緒でしたか……とても眠いんです。……おやすみなさい」


 「澪って言った?!おい、起きろ!!おい!!」


 「はぁー、ダメかぁ」


 再び、深い眠りに落ちるクオリア。興造とつぐみは深いため息を吐いた。その時、二人の重い空気をこじ開けるように着信が鳴り響いた!




 「……はい。もしもし」


 「興造さん!!大成功よ!!ペンタグラムに直ぐに来て。外国人宇宙飛行士の方々があなたと話したいって言っているの!!」


 電話口で、興奮を隠せない雲雀。興造は、つぐみに大学に戻るように命じ、彼は『ペンタグラム』に車を走らせた。




**


 「あなたが開発した『Nova(ノヴァ)』は外国人に大人気よ。凄いじゃないの!!」


スパルタクとその友人や宇宙飛行士は、九歳くらいのロボットガールを抱き上げて、興奮を隠しきれずに発狂していた。


 特徴は色の黒い羊のような丸い角が、尖った両耳の脇から生え、愛らしいキラキラとした眼差しで、瞳は右目が赤、左目が青のオッドアイである。身長は百三十センチほどで、襟付きのえんじ色の外套。中に黒いレザーの服を着ていて、革のブーツを履いている。少しファンタジックな愛らしい少女だ。


 「あなたの趣味なの?違うわよね?外国人の方たちが言ってたわよ。『日本人はロリコンだ!!』って。技術と小さい女の子は世界一だって言ってたわよ」


 「……あのなぁ。僕はぐみちゃんに借りた『ジャンヌ・ダ・ショコラ』の自伝小説から、彼女をモデルに作ったんだよ。CFRP(炭素繊維強化プラスチック)と、セラミックで出来てるから、軽くてもしっかりしてるんだぞ!宇宙性放射線にも耐えられるように、出来てるんだから。ロリコンだってことには、言い返せない部分があるけども……」




 その時、スパルタクが興造に声を掛けた。


 「コウゾウさーん!!メディアが取材に来ていマス!来てくだサーイ!!」


 「はぁ?!雲雀、勘弁してくれよ。疲れてるんだからさぁ……」


 「宣伝は目いっぱいにやらないと。売り上げに繋がらないわよ」




**


 「私達は『宇宙開発機関・ペンタグラム』に取材に来ております!!今日は、鏑木工業大学の久保田教授がまた新しいロボットを造ったとお話を伺っております。『ノヴァ』は、どのようなロボットなのでしょうか?」


 女性アナウンサーが、ノヴァに近づく。するとノヴァは抱きしめたくなるほどの愛嬌を振る舞った。そして、アナウンサーが抱き上げると、アロマオイルのいい香りが周囲に広がった。


 「なんてことでしょう!!癒されます!!そして、何よりも可愛いんです!!これは現代の精神医療にも大きく貢献できるのではないでしょうか?ここで開発者である、久保田教授にお話を聞いてみたいと思います」




 興造にカメラが回る。マイクを向けられた興造は、恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。


 「……驚かなくても、僕は普通のことをしただけだよ。宇宙医療専門医(フライト・サージャン)の瀬川 拓海(せがわ たくみ)先生が、宇宙飛行士は、かなりのストレスが溜まるって言ってたから、ずっとやりたいと思ってた『ロボットテラピー』を実行に移してみたんだよ。『Nova・プロトタイプ型Type-Ⅱ』は『Qualia』の妹なんだ。主な機能はね、『バイリンガルなストレスチェッカー、カウンセリング機能、睡眠管理プログラム、それからクラシック音楽やアロマテラピー』等だ。そして、両目はカメラになっていて、家族や宇宙ステーションとの通信機能も整っているから、家族に写真を送ることも出来るんだ。基本はソーラー充電式だけれど、電力源は「宇宙ステーションの電力」からまかなっているんだ。フル充電すれば四十八時間の稼働が可能なんだ。まだ試作段階だから市場には出せないけどね。いずれ量産化して、一家に一台置いて欲しいと思っているよ」


 驚くアナウンサー。開発の際に苦労したことを尋ねると、興造は「無重力空間でアロマを飛散させること」と答えた。まだ不十分さが残るが、結果はしっかりと残せていた。




**


 ――ある大学での会話。


 「あー、今週の話はかなり難しい!!入稿出来るかなぁ!!」


 「カジメグ、また悩んでるの?小説執筆か、栄養士目指すか、どっちかにしたらいいのに」


 「私は欲張りなの!!いい?まだ書き足りない話なんて、五万とあるんだから」


 「はいはい。あ、……ちょっと最近面白い話題が入ったんだけどね、見てよ。『宇宙開発機関・ペンタグラム』で、こーんな可愛いロボットが開発されたんだって。あなたも子ども好きでしょ?」


 スマートフォンを手渡される女子大生。それも見た、彼女は食い入るように見入ってしまった。


 「せせせ、セシリー?!」


 「なに言ってんの?この子は『ノヴァ』って言うの。またおかしなこと言ってるの?」


 「だ、だよねぇ。私、最近煮詰まってるから。ちょっと……知り合いの女の子に似てたんだよねぇ」




**


 興造が大学に戻ると、職員室で滝口理事に肩を叩かれた。数人の講師は興造の功績を面白く思っていなかったようだったのだが。


 「ワーテック・ロボコンの好成績。それから『ペンタグラムでの開発』。君にはまだまだ、未知の原石が沢山埋まっていそうだね。逆境に立たされるたびに、君はとても強くなる人間のようだ」


 「ありがとうございます。何だかずっとがむしゃらにやってきたので、僕も良く理解できてない部分がありますが」


 「長かった……半年以上は経ってしまったが、君を、うちの学校の『名誉教授』にしようと思う。退職なんてとんでもない。君には老いて引退するまで、学校を支え続けて欲しいんだ。受け取ってくれるかい?」


 「辞令」と書かれた封筒。興造は震える手で有難く封筒を頂戴し、涙を呑んでいた。


 「ひとまず、ゆっくり休んで。また元気に働きなさい。積もる話は山ほどあるのだからね」




**


 ――高田 美紅の部屋。


 「鏑木工業大学の久保田教授、また出世したらしいよー。アンタ、嫌がらせしてるって聞いたけど、何したの?大事になってたけれど、変な噂でも立ててるんじゃないでしょうねぇ!!」


 「私を馬鹿にしたから、退職まで追い込んでやろうと思ったんだよ!!」


 「……っ!!なんてことしたの!!アンタ、やっていいことと悪いことがあるのよ」


 「お姉ちゃんには分からないんだよ!!……私があの日、どれだけ惨めな思いをしたか」


 「美弥子、あのね。アンタのお姉さんの私から言わせて貰うけれど、アンタがそうやって、足掻けば足掻くほど惨めになってくの分からないの?友達も、表面上で付き合ってる子ばっかりでしょ?私、知ってるんだから。就職も勉強も上手くいってないって」


 「うるさいなぁ!!自分だけ幸せになってていい気になってるんじゃないよ?何様?上から目線?私のことを馬鹿にしたいの?」


 「……そう言う訳じゃないけど」


 「ならいいじゃんか。ほっといてよ!!……明日、(鏑木工業大学に)直接文句を言いに言ってくる」


 「なにする気?!」


 「止めても無駄だよ。……ふん」




**


 翌日、美弥子は赤石文芸大学の友人を連れて、鏑木工業大学に押し掛けていった。そして学食のテーブルに踏ん反り返るように座って、皆に聞こえるように「興造の悪口」を話し始めた。学生達は眉をしかめて不快感を露わにしている。




 「超ウケるー。……知ってる?ここの教授、淫行したって噂なんでしょ?」


 「そー。ちょっと気になってきてみたら、名誉教授に出世したんだって?チョーありえなーい!!」


 「きゃははははは」


 机を叩く音。そして笑い声。女性に対して免疫が無い機械工学系の男子学生達は、見慣れないギャル集団に怯え、摘まみ出すことも出来ずに、気分が悪そうに黙々と食事をしていた。




 その時、二人の女子学生がギャル集団の前に立って言った。


 「アンタ達、どこの大学生?」


 「ここはバカ騒ぎしていいような場所じゃないの。帰ってくれないかな?」


 それはつぐみとみちかだった。つぐみはその瞬間に、女性特有の鋭さで「事の首謀者」が誰であるかを、すぐに感づいていた。


 「いやでーす!鏑木工業大学に私たちぃ、編入しまーす!!きゃははははは!!」


 「久保田教授はどこですかぁ?会いに来ましたぁ!!」


 苛立ちが治まらなかった。神経を逆撫でするような舐め切った口調で話されるので、つぐみもみちかも、唇を噛んで怒りを抑えていた。


 「……美弥子って、アンタ?」


 「へ?」


 「来なさいよ!!話があるの!!」


 つぐみはポカーンとしている美弥子の手を、無理やりに引っ張って、人を掻き分けるように女子トイレに連れ込んだ。ギャルの残党とみちかは顔を見合わせてあっけに取られていた。




**


 個室で顔がくっつくくらいの距離で、睨み合うつぐみと美弥子。つぐみは美弥子の襟を掴み上げて、男らしく言い迫っていた。


 「いきなり何なのよ!!」


 「……何なのよ?それはこっちのセリフ。私達の学校の大事な教授を傷つけて、悪い噂流して。挙句その汚い面で、学校に押し掛けて。アンタの心臓には、毛が生えてるの?」


 「は?何のことかさっぱり分かんないんだけど!!それよりもアンタ、あの教授の何なの?カノジョでもないくせに、偉そうな口訊いちゃって。はっ、どうせ、男に混じってどうせオタクみたいなことやってるんでしょ?見れば分かるんだから」


 「……私はいい。私はどれだけ傷つけられてもいい。その代わりに久保田教授のことは馬鹿にしないで。アンタには、何にも分かって欲しくない。モノづくりの苦労も、人を愛する気持ちも、壊すだけしか能がない、頭の弱いギャルには分からないでしょうね。もう、二度と私達の前に姿を現さないで。吐き気がしそうだわ」


 「何様よ?まさか、アンタは彼のことが好きなの?」


 「そうよ!!なにか文句ある?」


 「……離せ!!触らないで!!」


 正直に自分の気持ちに向き合ったつぐみに対し、美弥子は何も言えなかった。つぐみを突き飛ばすとそのまま逃げるようにして、走り去っていった。


 「……あっ!!待ちなさいよ!!」


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