継王蒼機ザナクト
ハムカツ
第01話「目覚メルハ蒼キ巨人」
SCENE1-1≪拡張≫
青空から降り注いだミサイルが、街を砕き赤く染め上げる。
燃え上がる燃料の匂い、砕けたコンクリートとアスファルトの圧力。状況を理解できずに右往左往する人々の中で、
灰色の戦闘機がハゲタカの如く飛び回り、時折地上に対し、嬲るように
その意味を考える前に、理解しまうことを心を空っぽにして止めて。ギリギリの所で宗次郎は動き出す為の思考リソースを稼ぎ出した。
(なんだよ、コレは…… 本当になんなんだよ!?)
そう航空機に詳しくない彼にも理解出来る。あの有機的で未来的なフォルムは、自分が知る戦闘機よりも一世代、いや二世代先の技術が使われている。くるりと背面飛行をした近未来的な機体の
恐ろしい、何もかも恐ろしい。けれど体はどうにか動き、頭も回る。だから生き残る為に何をすべきか、状況を理解しようと思考を巡らせて、手足を動かしていく。
(どこの誰が? そもそも何のために!)
疑問は尽きないが答えを出すより先に。駆け足で道の端に寄り、地下鉄を目指す。
今危険なのは戦闘機の攻撃よりも、パニックを起こした群衆に巻き込まれること。ガラス片と人ごみを避け、繋がらないスマホに舌打ちし、駅の入り口を探そうと視線を周囲に巡らせて――
誰も彼もいなくなった道。その真ん中に立つ、一人の少女が視界に入った。
フリルが多用された少女らしいワンピースを、軍装で飾り立てた黒のドレス。言うなればミリタリーロリィタに身を包み。左手だけの白い手袋、そしてロングスカートの奥まで伸びるハイソックスでとブーツで足を固めている。
それを彩るのは現実離れしたショートカットの銀髪。碧眼の周りに赤いセルフレームが華を添えているが、それ以上に目に突き刺さったのは彼女の表情。
希望はない。喜びもない。ただ鉄の意志を持って、この状況に対して挑まんとフリルで袖口が飾られた右手を掲げる。彼女の一挙一動が空っぽになった心に流れ込んでくるのが分かる。宗次郎の心臓がどくんと跳ねた。
「夜の全てを終わらせるもの。黄昏の先を超え――」
けれど彼は気づいてしまう、
けれど彼は脳内を支配しようとした理屈を蹴飛ばして、一目惚れに近く、けれどどこまでも遠いその気持ちを正しいと信じ、道の中央に向けて走り出し。
「ああクソ! ほっとけるかよォ!」
そのまま彼女に飛びつき、道の向こう側まで転がって行く。その背後を切り裂くレーザー、煮えたぎるアスファルトの熱が彼女を庇った背中を炙る。
乱暴に道路に押し倒された少女が、宗次郎の顔に視線を向ける。赤いセルフレームの向こう側の碧眼が驚きで見開かれた。
そして、宗次郎も一瞬脳味噌がショートする。柔らかい。
彼女をレーザーの熱波から庇い。なおかつ背中をアスファルトで打ち据えぬよう。これはその両腕でしっかりと抱き締めた結果だ。手の甲が痛い。間違いなく酷い怪我になっているだろうが。取りあえずそこは問題ではない。
つまり、宗次郎はセルフレームの少女の胸に、顔面を埋める形となっていた。その儚げな見た目とは裏腹に、彼女の胸は大きく、優しく宗次郎の顔を包み込んでくる。
少女の甘い香りにクラクラとなる前に、あわててばね仕掛けの人形じみた動きで立ち上がり。怪我を後ろ手で隠した。
「――うそ。なんで、そー君が?」
「俺の顔を殴れ。それだけの事をやらかした」
そして腰から起き上がった見知らぬ少女から。驚きと親愛の情を込めた、けれど彼が聞いたことも無い筈の呼び名が飛び出す。記憶のどこにもないその名が、けれど不思議とそれが自分の事だと、宗次郎は理解することが出来た。
「ううん、ボクの胸に突っ込んだのは驚いたけど…… そー君が助けてくれたのは分かっているから」
多少の気恥ずかしさはあるのだろう。けれどそれ以上に宗次郎は、彼女から自分に対する強い信頼の情を感じられる。
「ったく、俺はお前を知らないんだぞ? その上であんなことをした」
心臓が早鐘を打つ。感情が制御できない。けれど熱病に近いこの気持ちにただ浸っていたい。こんな時だというのに、先程頬で感じた彼女の柔らかさと合わせて、理性が溶けそうになるのを、どうにかこらえるので精いっぱいで。
表情は崩さず振る舞えている自信は無かった。
「それでもボクは、そー君を知っている。けど、なんで?」
未だ地べたに座っている彼女に、血まみれの手を差し出してしまい。一瞬締まったと宗次郎は思う。けれどその手を引き戻す前に、彼女の両手がそれを優しくつかんで立ち上がった。
驚いて彼女の瞳を覗き込めば。赤いセルフレームの向こう側で緑に近い青の瞳に宗次郎が傷付いている事への悲しみと、そして微かな喜びが漏れ出していて。それがたまらなく愛おしい。
「ため息をつく前に逃げるぞ、あれに狙われてたんだろう」
「確かにそう、けれどボクは無力じゃない」
彼女の言動を理解出来ずに頭を捻るが、それが彼の状況認識を一歩遅らせる。
背後から甲高いジェットエンジンの音と、放射熱が吹き付けられて思わず振り返る。そこに立っていたのは
先ほどまで戦闘機だった機体が、全長15mの人型にその姿を変え。ビルに迫る高さから赤い目で見下ろして、腕に握ったレーザー砲をこちらに向ける。
「だから逃げろって言ったろう!?」
改めて、彼女に向けて振り返り。つい声を荒げてしまう。
「だけど、ボクは戦えるから」
けれど、彼女は宗次郎を通り過ぎ。改めて単眼の巨人と対峙する。
再び少女がその手を振り上げたのと同時に、世界がセピア色に染め上がる。空の青も、賑やかな街も、赤い単眼の巨人も。何もかもが滲んで、モノクロの彼女だけがくっきりと浮かび上がり、そしてその体の微かな震えを、宗次郎は捉えてしまった。
「それでも、怖いんだろう?」
だから、その震える背に向けて一歩踏み出す。
「当り前だよ、何度も死ぬ思いを繰り返して。いつだってボクは怖かった」
前を向き、敵を見据えたままでミリタリーロリィタの少女の声は怯えていた。胸の中で燻っていたナニカが明確に熱を持ち彼の心と体を更に前に進めていく。複雑な理屈はどこにもなく。
目の前の少女に手を差し伸べたい、それ以外になにも無くて――
「だから、俺がやる。ああくそ、少しだけ。思い出して、来た。確か……」
理屈を超えた記憶、あるいは後悔の果てに残された残響。脳裏にはなく、けれど確かに魂に刻まれた言葉。夜の全てを終わらせるもの。黄昏の先を超え、冷たき夜を切り裂き、暖かな朝日と共に明日を運ぶ隻眼の王。即ち――
アスファルトで削れて、血まみれになった拳を掲げて叫ぶ。
「来い、
世界に色彩が灯る。蒼が
そして今は見えないが、
「うそ、なんで? まだ
狼狽える灰色の巨人と、呆然と立ち尽くすミリタリーロリィタの少女。誰も彼も予測しえない状況の最中。何も知らない、まだ何も思い出せていない宗次郎だけが不敵な笑みを浮かべて吠える。
「
意識が飛び上がり、気付けば両腕は操縦桿を握りしめ。銀髪の少女と共に宗次郎はコックピットに収まっていた。何がどうなっているのか、そんな理屈は些細な事だ。
今重要なのは目の前に敵がいて、力があって、そして戦う理由がある事実だけ。
「……そー君、どれくらい覚えている?」
「悪いが、名前すら覚えてない」
「この子のこと、ザナクトって呼んだ」
背後の彼女がカチャカチャとキーボードを叩けば、宗次郎の目の前に電子音と共に戦術情報が開かれる。敵の数は13、包囲、位置、街への被害。そのどれもが最悪の結末を示していたが無理やり口角を上に釣り上げる。
「お前の名前を、俺はまだ知らない。あるいは忘れている」
「……ユイ、苗字は教えない。そうしたらそー君、名前で呼んでくれないから」
事情はまだ半分も呑み込めていない。だが少なくとも自分の性格を知られる程に、彼女との付き合いがあったことは察せられる。宗次郎は知らない、あるいは覚えてない過去に一瞬だけ惑って―― すぐにそれを振り切り、眼前の今に意識を合わせる。
「分かった、ユイ! まずは一つ!」
セミマスタースレイブ方式の操縦桿を振り回し、上段に持ち上げたザナクトの腕を目の前の
「ひしゃげろぉっ!」
撃鉄に連動して大型の爪が灰色の頭部を引き裂き潰す。詰まった電子部品が血飛沫の如く周囲に飛び散って、それでも頭部を失った巨人は浅ましくザナクトの魔の手から逃れようと、無意味な抵抗でレーザーガンポットを乱射する。
「識別名称モノイーグル、いまだ健在」
「使える武器は?」
「バーストインパクト、ユーハブコントロール。トリガー、引いて」
「アイバブ、行くぞぉっ!」
敵を握りしめたままの腕に、莫大なエネルギーが流れ込み。震える爪から迸る紫電が空気をプラズマ化させ、イオン臭が街中に広がっていく。仲間を敵の魔の手から救い出そうと、残った12機が周囲に展開し、可変し、上空からレーザーとミサイルの雨を降らせてくるが。その程度でザナクトは止められない。
装甲表面に展開した防御障壁が攻撃を単純なエネルギーとして相殺する。
「障壁値の効率が200%を突破 ……そー君、何をしたの?」
「分からねぇ、けどよっ!」
宗次郎がトリガーを引き絞るのと同時に、莫大な運動エネルギーがモノイーグルに流れ込み。絶対必殺の一撃が放たれ、全長15m、総重量30tの巨体が砕け散る。
吠えるべき口を持たぬザナクトに代わり、彼は歯を剥きだした笑みを浮かべ――
「
「全く、本当に……」
彼女の喜悦を背に受けて、宗次郎はザナクトの首を巡らせる。敵は12機。エネルギーゲインは85%、状況は悪いがまだ勝ち目は残っている。今この手に戦うべき力があって、守るべきものがあるのだから。
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