SCENE1-4≪廃墟≫
砕けたガラスが散らばる建物の1フロア。あるいはかつて何かだった廃プラスチック類の類が片づけられていない空間。
その中央に据えられたオフィスチェア。そこに座るは背の高いやせぎすなスーツ姿の男が一人。天然パーマの下にある赤い眼鏡の裏側はうかがい知ることは出来ない。
年の頃は30代前半といった処か。けれど長い事務机を前にして、指を組む姿からは見た目の若さを超えたそれなりの威厳が感じられる。
ただし最も眉間にしわを寄せ考えこんでいる姿からは、あまり余裕を見て取れず。追い詰められている程ではないが、難題にぶつかっているのは確実であった。
「……ループか」
「ほう、それがあの青いザナクトの持つ権能だと?」
ぼんやりとした液晶画面が作る微かな明かりだけが頼りのこの場所に。もう一人の男が現れた。スーツ姿の男と比べれば、頭一つ、いや二つほど背が低い。けれどもそれ以上に印象的なのはその服装、
細められた目と合わせて、総じて胡散臭い侍といった風体だ。小柄ではあるがそれを侮れば首を狙って来るであろう、そんな危うさを纏う男が廃ビルのオフィスに立っている。
そのミスマッチさがいっそ幻想的ですらあった。
「ああ、量産型が2機。喰われたままで巻き戻っている」
己の世界の贄とするために、あの世界に攻め入ったところまでは確か。けれどそれ以降があやふやだ、現れた青いザナクト、撃破された味方機。そして気づけば、敵が最後に撃破した2機以外はすべて元通り。
あまりにも理不尽で、あまりにも身に覚えのある現象。
「王たる貴様だからこそ分かるという事か。
くくくと、羽織袴の剣士は笑いを漏らす。嘲笑の欠片も混じらない純粋な喜悦が、かえって聞く者の神経を逆なでするタイプの
「加藤ちゃーん、外間ちゃんが嫌がってるでしょ? やめたげなよぉ?」
そんな険悪な空気を出し始めた二人の間に。カツカツとハイヒールを響かせて、影の中から女…… いや少女にすら届かない幼女が割って入った。ウェーブがかったアッシュブロンドの長髪と、幼いが大人の妖艶さを漂わせる表情が目に留まる。
けれどそれ以上に印象的なのは肩にひっかけたぶかぶかの白衣と、その下に着込んだ黒のマイクロビキニという非常識な服装。それが彼女を軽薄に、あるいは蠱惑的に飾っている。だが、その姿を見ても
内心で何を考えているかはともかく、いつも通りの無反応をスルーして。そのまま彼女はコツコツと王座の横まで進むと、ようやく
「ナイン、残っている量産機の調子はどうだ?」
「うーん、
王座に座る
「もう、面白くないなぁ。ロリコンの癖に」
「くくく、ストライクゾーンより幼過ぎるのではないか?」
二人のからかいに、
「それで勝てるの? 話を聞く限り絶対的な力に思えるけど?」
「無制限に使えるなら、そもそも我らが負けているだろう? 数の上ならこちらが確実に上。場合によっては試作機まで投入してしまって飽和攻撃を仕掛けることも出来るさ……」
加藤は開いているか怪しいその瞳を、更に細めて欠伸と共に意見を述べる。全力で殴れば勝てる。シンプルな理屈だがそれ故に確実性が高い案である。
「だが、それでリスクがリターンを上回る可能性がある」
「まぁそもそもこれは
けれど、力押しを
「ならば、手を引くのか?」
「いや戦おう、加藤。次はお前があの青いザナクトに威力偵察を行え」
「ほう……?」
真底楽しそうに、加藤の口元が歪む。彼には恐怖もない、ためらいもない。単純な戦闘力において
彼の持つ日本刀は伊達ではない。酔狂であることは間違いないが、それ故に白兵戦闘において加藤の間合いに踏み込んで、その命を長らえた敵は今のところ存在しないのだから。
「当然、倒せるのなら倒しても構わんのだろう?」
「ああ、ただやり過ぎるなよ。敵機を回収出来れば最善だが……」
「何より、生きて帰って来い。だろう?」
しかし
「ほんと、頼むわよ加藤ちゃん。
「ははは、そなたはもう少し男を立てる事を覚えるべきかな。三十路過ぎの男を寂しがりと表するのはプライドを傷つけかねん暴言だぞ?」
真面目な話はここで終わりとばかりに始まったふざけたやり取りに、
ただ倫理的にややブレーキが外れているのが玉に瑕…… いや高い能力を得るために、常識を捨て去っていると表現した方が正しい。
人間的に嫌いではないし、延々と続くこの戦いの日々において。彼らに救われた回数は決して少なくはない。そもそも彼らなしではここまで戦い抜くことすらできなかった。
だがその上で、彼らのタガがどんどん緩んでいっているのもまた事実。
けれど戦わなければ生き残れない。何気ない日々の繰り返しですら、恒常性を失った世界の破片では支えきれずにいつか砕けて終わってしまう。"彼女"が愛した世界を守るため、そして二人を含む"仲間"の未来を手に入れる為。
出撃と整備の為に、この部屋から去った二人を見送った後。愛おし気に似合わない赤いセルフレームの眼鏡に指を伸ばす。硬質なプラスチックの感覚は、何も答えてくれない。
ただその手触りが、
彼女が望んだこの世界を1秒でも長く存続させる。それが今の彼にとって唯一にして絶対の行動指針なのだから。
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