第02話「蠢クハ虚構ノ王」
SCENE2-1≪最果≫
「そー君、速い。危険。ブレーキを握って欲しい」
「っと、悪い。車が一台も走ってないから調子にのった」
青い空の下。港湾地帯特有の幅広の車道を二人乗りの自転車で海を目指す。ここ
そこまでスピードを出しているつもりはなかった。けれど、荷台に座っているユイにとっては恐怖で早口になってしまう。そういったレベルまで加速してしまったと理解して、宗次郎は心の中で反省する。
別に二人乗りをしても警察は捕まえにこないので問題は無いが。けれど事故を起こしても救急車は来てくれないのだから。あえてスピードを出し続ける意味はない。
「けど、なんでわざわざ海に行くの? そー君」
「世界の端を見たいんだよ」
ベアリングの奏でる小気味いい音をBGMに、二人は倉庫街と
「あんまり面白くはないよ?」
「それでも、自分が守る世界の輪郭くらい知っておきたいんだよ」
ユイとの会話で分かったことは意外とあやふやで、確実なのはこの戦いが一種の領土戦争であることだ。勝てば世界が広くなり密度が上がる。これまで彼女が積み重ねた3度の勝利と、2度の敗北の記憶から推定したものなので絶対ではないが。
だが指針としては上等だろう、勝利を積み重ねれば状況が改善する可能性がある。
けれど、ただそれだけで戦い続けられると思えるほど、宗次郎は擦り切れていない。このあやふやな世界で戦う為の理由が少しでも多く欲しいのだ。それは大学の研究室であったり、サークルで会話する友人未満の相手だったり、バイト先のコンビニであったり…… あるいは今2人で乗っている自転車でもいい。
もっと色々なモノがある世界で彼女と生きていたい。ユイ曰く水も電気も止まらないし、コンビニやスーパーに食料は補充されているらしいけれど。それだけでは人間らしい生活と呼ぶには味気が不足している。
「……もうそろそろ見えてくる筈」
荷台に横乗り座ったユイの右腕がすっと前方に向けられる。白手袋で覆われた指の先を追うと、そこにはいつも通りの青空が―― いや、それ以外の何かがあった。
「あれは……?」
寂れた港湾地帯の上に広がった青空に、デジタルな緑色の線が浮かんでは消える。まるで処理速度が不足しているゲームみたいに、世界の端がボロボロと
限りなく薄い現実感が、世界の端でああやって形として見えてしまっている。そんな印象を受けた。
「
「そう、継ぎ接ぎにした世界の端。ボロボロになった世界を切り分けて強引に維持した結果。その継ぎ目がああやって人の目に見える様になったの」
しばらく宗次郎は無言のまま自転車を漕ぎ進める。世界が既に滅んでいるとユイから聞いて納得はしていて、実際にそうであると実感出来ていた。けれどこうも明らかな綻びを目の当たりにすると、やはり想像以上に心が揺れ動く。
自分が生きている足元が崩れ去る不安感。かつて空が崩れることを恐れた男が居たというが、彼と同じ気分を今味わっているのだろうか?
ふと見渡しても、鳥の姿はないし。海に生き物の姿もない。ただ防波堤の上から、作業着姿で釣りをしている老人が見えるだけ。
「なぁ、ユイ。せっかくだから話しかけてみようか?」
「……あまり愉快なことにはならないと思う」
赤いセルフレームの向こう側で、悲しそうな顔をするユイに笑いかけて。宗次郎はあえて海に釣り糸を垂れる老人に向けて歩いていく。彼も恐らくコンビニの店員や、道行く人と同じで定型の反応しか返せない人間未満なのかもしれない。
昨日までの自分がそうであったように。薄められた自我の中で定まった日々を繰り返し続ける。それはどこまでもぬるく、どこまでも無意味な時間。
だからこの問いかけに深い意味はない。ただ当たり前に足りないものを確かめて落胆するだけの手順。
「爺さん、何が釣れるんだ?」
「何にも釣れんよ。この海は死んでおるわ」
だからやや悪意が込められた返答に対して反応が遅れる。もっとも宗次郎にはそのつんけんした老人の返しに、ぱっと何かを返せるほどの人生経験もなければ記憶も不足りていないのだが。
「それでも釣りを?」
「ああ、何も運ばれてこない
老人は作業着と同じ色のキャップで宗次郎の後ろに立った建物を指し示す。そこにあるのは小型のドックであった。プレハブの建屋とクレーン、中型の船舶を組み立てる為の施設が鎮座している。
ただそこには活気もなく、熱もなく、ただ荒涼ととした空気だけが詰まっていて。この世界が滅んでいる事実を改めて実感させられた。
そのまま視線を背後に向ければ、無表情の上に微かな驚きを浮かべたユイがこちらを眺めていた。
「まったく、どうせデートかなにかだろう若い者。こんな爺に構っている暇があったらあの嬢ちゃんのご機嫌でも取った方がずっといいだろう?」
「確かに、いやけど爺さんと話せて楽しかったですよ?」
「ふん、今にも空が落ちそうなこのご時世。明日がどうなるかもわからんのだ。精々悔いを残さんようにするんだな」
そう言い捨てて、老人は再び無意味な行為を再開する。それが世界が滅び、自我が薄まった事による繰り返しなのか。無意味と分かった上であえてそれを繰り返しているのか。恐らくは後者なのだがこうも取り付く島がないのなら、前者であるのと何も変わらない。
それじゃあと小さな声で呟いて、宗次郎は踵を返し防波堤を後にする。
ふとスマートフォンを確認すると、時刻は12:00に迫っていた。さてここまで自転車で走ってくる間に食事できる場所があったかと記憶を掘り返そうとして、背中にしがみついていたユイの体温以外何も思い出せない自分に苦笑した。
「そー君。あのおじいさんと何を話したの?」
「ちょっとした世間話だよ、天気の話とかな」
そう返して空を見上げる。そこにある
けれど何でもないふりをして、ロードサイクルに跨り。荷台にユイを乗せて走りだそうとハンドルを握った。丁度その時にピキリと、世界にヒビが入った。
「ユイ、これは――?」
ちょうど黒いザナクトが現れた瞬間と、あるいはモノイーグルが空を切り裂いた時と同じ。世界の外側から何かがやって来る。
「そう、敵が来る」
彼女の言葉と共に、空を引き裂いて。いや比喩的な意味でなく、その
割れた空の向こう側に広がる、虚無の闇に照らされるのは洗練が不足した試作品。
刃渡りはざっと20m、機体のサイズを考えても不釣り合いなサイズの大太刀。鞘に纏わりついた配管と複数のシリンダーから見るに尋常な武器ではないだろう。けれどその異形そのものな武器を腰に据え付けた上で、事も無げに立っている。
「ふん、化け物が。また現れおって」
離れた防波堤の上に座り込んだまま。老人は諦めた顔で、空から現れた灰色の剣士を見上げる。それは何かを知った上で諦めた人間の顔に見えた。
「下がれよ、爺さん」
「まるで、アレに対抗する力があるような言い草だな」
「ああ、あるさ。この手の中に。あれを倒せる力が―― 」
最初に刻まれた記憶、あるいは手に入れたの力の確信。脳裏に刻まれ、そして心に組み込まれた言葉。夜の全てを終わらせるもの。黄昏の先を超え、冷たき夜を貫き、暖かな朝日と共に明日を運ぶ隻眼の王。即ち――
「来い、
蒼が
鋭く赤い爪、羽の如く背中から突き出した
驚く老人を横目に、宗次郎は叫ぶ。
「
意識が飛び上がり、両腕は操縦桿を握りしめ。ユイと共に宗次郎はコックピットに収まったのを確かめる。モニターを操作し、足元を確認すれば老人はどうにか気を取り直し、この場から逃げ出してくれたらしい。これで周囲を気にせず戦えると、宗次郎は目の前の敵に向き直る。
「識別名称を設定、ブレードファルコンでいい?」
「ああ、敵の呼び方に拘りはない。名乗ったらそっちに変えてやろうぜ」
「油断しないで、エネルギー量においてあの機体はほぼ互角。その上で―― 」
彼女が警戒しているのは、ブレードファルコンが腰に下げた大太刀だ。マイクロミサイルが致命傷にならない以上、必殺のバーストインパクトを打ち込むにはあれを掻い潜る必要が出てくるのだから。
「ああ、やるだけやってみるさ」
砕けた空の向こう側から漏れ出る闇に照らされて、2機の巨人は向かい合い。
そして戦いの火蓋が切って落とされた。
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