SCENE2-2≪決闘≫



「なぁ、ユイ。戦った後の被害はどうなる?」



 ゆるり、と爪を構えて継王蒼機ザナクトは間合いを図る。ブレードファルコンとの間合いは100m、文字通り目と鼻の先。生身で駆け抜ければ10秒かかるが。30mの巨体ならばスラスターを吹かさなくとも1秒未満の時間で到達可能だ。


 仮にここで周囲に気を遣えば、どうなるだろうか? 踏み込みの速度が下がり、刹那の迷いは敗北を呼ぶだろう。



「残らない。滅んでいるものは、それ以上壊れないから」



 彼女の言葉を脳内で吟味する。確かに昨日13機の機動兵器に襲われた街は、電車の窓から見る限り、どこにも被害が残っていなかった。引き出されたセーブデータを上書きするのと同じように世界はリブートされたのだ。



「そうかい、けどなぁ……!」



 先程の老人の姿を思い出す。彼もまた滅びた存在で死んでも蘇るのだろうか? 彼もまたこの滅びた世界に溢れかえる茫洋として、幾らでも取り返しのつく雑多なものと変わらないのだろうか?



「違うだろう、戻るからどうでもいいって! そうじゃ、ねぇだろう!」


「ええ、そう。その通り。それを成す力があるのなら…… 守りたい」



 隻眼が強く輝いて、エネルギーゲインがグリーンからイエローに。ユイの指先がキーボードの上を走り、機体を待機状態アイドリングから戦闘出力コンバットに切り替えた。


 それでもなお、灰色の剣士は動かない。妖しく橙色の単眼モノアイだけが蠢いて、こちらとの間合いを図っているのが察せられる。ジリジリと減っていくエネルギーゲインと、ユラユラと揺れる白波だけが時間の経過を示していた。



「さて、こちらのミサイルとバーストインパクトの2枚。相手は居合い切りか?」


「時間か、あるいは設備があればあと2~3枚は増えるけど。今はそれだけ」


「山札のジョーカーに意味は無い。なら手持ちでどうにかするさ」



 にらみ合う2体の巨人。だがその均衡を長々と続けているわけにもいかない。時間は敵の味方である。敵には援軍がいるが、こちらには予備の戦力なんて贅沢なものは存在していないのだ。


 敵の手札は恐らくあの腰に装備した大太刀1本。けれどあの余裕ならばそれこそジョーカーか、それともエースか。どちらにせよ命を賭けるだけの価値がある手札だと信じているのは確かなようだ。


 

「ユイ、ミサイルを56発。4つだけ残して発射。いけるか?」


「うん、リチャージは毎分1発。前回の出撃から余裕を持って残弾は回復している」



 ザナクトの装備するミサイルは、巨大ロボット同士の戦闘において有効打にはなりえない。あくまでも牽制用だ。


 敵機は以前戦ったモノイーグルの倍近い体躯。飛行性能をあるていど切り捨て、陸上での瞬発力を重視した太い脚部。それと対照的に細く鋭くシンプルな上半身。けれどセンサーで捉えられるエネルギー配分から推察すれば、ブレードファルコンにはマイクロミサイルを無視出来るだけの重装甲を備えていない。



「タイミングカウントは5で。4…… 3…… 2…… 1……ッ!」


「対地への流れ弾を避け角度修正、A1からA28、B1からB28、ファイア」



 ユイの指が物理キーボードの上を走り抜け。ザナクトの背面に翼の如く突き出した誘導弾格納槽ミサイルハイブから片側28発、合計56発のマイクロミサイルが噴煙と共に吐き出され、ブレードファルコンに向けて突き進む。


 空気圧で打ち出された直後にロケットモーターに火が灯り、正に飢狼の如く鋭い牙を敵機の装甲に突き立てんと飛翔。


 一見ランダムに放たれたマイクロミサイルの軌道は、実のところ完全に無作為なわけではなかった。爆発が可能な限り海側に収束するようコースが修正されていた。


 そして、それ故に生まれた安全地帯に敵は滑り込む。スラスターどころか脚部に仕込まれた可動部に動力殆ど込めることなく。シンプルな体重移動のみで攻撃を回避し、こちらに向かって距離を詰める。



「だよな、自信があるならそうする―― よなっ!」



 それに合わせて宗次郎は敵から外れたミサイルを起爆する。そもそも直撃したとして敵機を撃破することが出来る威力はない。ザナクトと同じく装甲表面に防御障壁を展開出来るのならそよ風に吹かれたのと変わらないのだから。


 だが、それだけで終わる訳もない。まだ届いていないミサイルを更に起爆する。前後左右から炸裂したミサイルが、眼前のレーダーにノイズを走らせる。事前に発射するつもりだったザナクトですら影響がでるのだ。


 完全に奇襲を受けたブレードファルコンのセンサーが耐えられる道理はない。視界を塞がれ敵機の踏み込みが一瞬止まる。そして、その爆風の中に継王蒼機ザナクトが足を踏み入れ、防御障壁で爆風を受け止め突き進む。



「エネルギーゲイン87% バーストインパクト、セット。ユーバブ」


「アイハブ。右だけじゃねぇ、左にもセット頼む!」



 噴煙を切り裂いてザナクトの青い腕の先。そこに輝く真紅の爪がブレードファルコンに迫る。そして未だに灰色の巨人はその太刀を


 何かが、宙を舞う。認識が追い付かない。テンポが遅れて風切音が届いた。


 サイドモニターの端に何かが映る。赤い爪、青い装甲、それは先程までザナクトに据え付けられていた右腕であった。全周囲モニターの左上、視界の端に振り上げられた太刀が輝き。右下の鞘から硝煙が立ち上る。


 そこでようやく宗次郎は継王蒼機ザナクトの右腕が、ブレードファルコンの居合によって切り飛ばされたのだと思考が追い付いた。自分がやらかしたミスを悔やむ前にメンタルを切り替え操縦桿を握る左手に力を籠める。



『ほう、コックピットを切り裂いたつもりだったのだがな』



 だがノイズまみれの通信機の向こうから聞こえて来た声で理解した。自分は今この瞬間に腕を1本失うミスを行ったのではなく、腕を犠牲に自分とユイの命を守るファインプレーを行ったのだと。



「そー君……っ!」



 ユイの声に焦りの色が浮かぶ。状況は悪い、このまま同じ勢いで二の太刀が飛べばそれで終わりだ。だが意識を超えた追撃はない。恐らくこの速度は腰に据え付けられた特殊な鞘を使った居合切りでなければ出せない。ならばまだ、出来ることは幾らでもある。



「二発目ェ!」



 ユイの不安を吹き飛ばし、状況を打開する為。宗次郎は左手で握りしめた操縦桿のトリガーを押し込み。まだ未接触の距離でバーストインパクトを発動させた。それとほぼ同時に振り下ろされるブレードファルコンの大太刀。けれど先程よりも遅い・・


 だからギリギリ振り下ろされる前に、バーストインパクトの衝撃で生まれた剣筋の歪みに機体を滑り込ませて回避、いや前進し、ブレードファルコンの橙色の単眼モノアイと、ザナクトの碧色に輝く隻眼が超至近距離で交差した。



「おかえし、だぁっ!」



 宗次郎は右のフットベダルを踏み込み、そして蹴り飛ばす。それと連動しザナクトが放ったのは膝蹴り・・・。ほぼ接触した状況で放たれた一撃は、腕一本の代償としては小さくも、確かに反撃として叩き込まれる。



『死なぬか! その上でまだ歯向かうか!』



 近接距離で繋がった通信機の声色には焦りが含まれていたが、それ以上に興奮が詰まっている。まだ敵の戦意は衰えず、むしろ激しく燃え上がっていた。


 その上で一度下に振り下ろした大太刀を、再び手首をぐるりと人ではありえない角度で回転させて三の太刀を放とうとする敵機の動き。宗次郎は理解する。この相手に対し白兵戦の間合いで勝利することは難しいと。



「そー君、今ならまたリブートが――」


「いや、いい! 使うなら、もっとどうにもならない時だっ!」


「けど、ならどうやってこの状況を?」



 未だにザナクトはブレードファルコンの必殺の間合いの中。そしてこの状態から機動力だけで逃げられる程、眼前の敵は甘くない。左腕のバーストインパクトの充填は間に合わないだろう。ならば――



「ミサイル残弾マニュアル射撃!」



 宗次郎の右手が、失われたザナクトの右腕を操作する操縦桿の代わりにサブパネルを叩き。誘導弾格納槽ミサイルハイブから残された4発のミサイルが撃ち出される。半ば自爆に近い奇策にブレードファルコンは反応する事も出来ない。双方が向き合う中間点でマイクロミサイルが炸裂した。



「――エネルギゲイン、58% センサー類も機能低下」


「ああ、だが。距離は取れた」



 爆発のタイミングと同時にバックステップ。どうにか50mほど後ろに下がりブレードファルコンが振るう大太刀の間合いから離脱する。防御障壁をもってしても打ち消せなかったダメージが、ザナクトの顔面に少なくないダメージを与えている。それは敵機も同様で、単眼モノアイが吹き飛び、無様に内部構造を晒していた。



「けど、ここから勝ち目は?」


「……ゼロじゃないが、分は悪い」



 今の攻防で理解できた。決して目の前の敵機は無敵の怪物ではない。ザナクトのバーストインパクトを叩き込めれば確かに撃破できる。


 けれど問題はそこではなく、ブレードファルコンは防御障壁を貫通しザナクトを一撃で切り裂く一撃を持ち。その上で敵の方が間合いが広いこと。


 勝率は高く見積もっても2割、いや1割か。宗次郎の頬を嫌な汗が流れるが――


 ブレードファルコンはその大太刀を納刀し、コンクリートを足裏で削りつつ後ろに下がり。ひょいと背後に開いたままの空に広がる裂け目に飛び込んでその姿を消す。


 すっと穴は小さくなって、残ったのは先程と同じ分割線パーティングラインだけ。暫く穴のなくなった空を睨むが、敵が戻ってくる気配はない。操縦席で宗次郎はふぅと吐息と共に臨戦状態を解除した。



「……そー君。次戦って、アレに勝てる? 腕部の自己修復には最低でも3日。その間にもう一度襲われたら、十全な状態で戦えないけれど」



 ユイの無表情な声の中に、明らかな否定の色と微かな期待の色が混ざっていた。理性はは状況の不利を示していて、それでも宗次郎に対する感情があり得ない可能性を望んでいるのだ。


 ならば応えなければならない。いや、応えたい。



「なぁ、ユイ。こいつは改造出来ないのか?」


「設備と、適切な知識があれば。あるいは……」



 逆説的にその言葉は彼女にその当てがないことを示している。今現時点の宗次郎にもそんな当ては存在しない。



「じゃあ、出来るかどうか聞いてみようぜ?」


「聞くって、誰に?」



 ユイが宗次郎の視線を追う。それに合わせて彼はウィンドウを拡大し、それで彼女も理解する。工場こうばからひょっこり顔を出したのはさきほど波止場で釣りをしていた老人が一人。


 周囲への被害はゼロではないが、30m級100tオーバーの巨大ロボが戦った後にしては少なく。老人の視線も訝しげだが、それ以上にこちらに対する期待の色が見えていて。話を門前払いされることはなさそうだ。



「出来るかどうか、分からないけれど」


「出来ないかどうかも、分からないだろう?」



 理性で考えればあり得ない選択肢。ただの老人が巨大ロボットの整備修復を行える道理がない。だかこの滅びた世界でなお、生き続けているこの老人が只人であるとも思えなかった。


 そして宗次郎はその感覚を信じてザナクトを跪かせる。まずは話すことだ。何をするとしても意思を伝えなければ始まりすらしないのだから。

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