SCENE2-3≪評価≫



『何故、あのまま戦わなかった?』


「ふむ、見ればわかったと思うのだが。説明が必要かね?」



 マイクがオンになったスマートフォンを片手に、ふらふらと羽織袴の剣士が大路を歩む。彼の周囲をまばらに進む人影は剣士よりも頭一つ背が高い。いや剣士の方が背が低いと言った方が正確であろう。だがどちらにせよビジネス街にはなじまずに悪目立ちする彼を咎める人間は誰もいない。


 そもそもこのビジネス街を歩む、焦点の合わない人々の目は、なにもとらえていないのだから。



『予測は出来るがな。加藤、それでも詳細を知っておきたい』


「あのまま戦えば、こちらが負けていた可能性が高かった」



 ふらりと太刀をぶら下げたままコンビニに入れば、ピンポンと電子音が鳴り響く。ちらりとレジを見やると、制服を着た店員がぼんやり店の中に視線を向けている。客は加藤ただ一人だが、いらっしゃいませの呼び声は無かった。


 年の頃は大学生だろうか? 茶髪の髪と、平均よりもやや大きな胸は好みが分かれるだろうが上から数えたほうが早い程度の美人ではある。けれど外を歩むビジネスマンと同じく、彼女の瞳にも魂が籠っていない。



『あのまま、その気になれば押し切れたように見えたが?』


「勝率は7割、いや8割か? 逆を言えば2割から3割の確率で負けだったぞ」



 そのまま興味深げに商品の棚を物色する。コンビニの棚には大量の物資が並んでいた。うらやましい、加藤達の世界と比べるとここはまだ恵まれている。いやそのぶん継王機ザナクトにリソースを注いでいないのかもしれないが。


 彼は目に付いた握り飯を2つ、いや3つ手に取って、改めてプラスチックの籠を探して放り込む。多少形は歪んだがまぁ気のすることはない。どうせ胃袋に入ってしまえば変わらないのだから。



『それほどあの継王蒼機ザナクトが強力だったと?』


「いや、あれは操縦士の腕がいい。昔のお前と同じ程度には強かったぞ、外間とのま?」



 揶揄を込めたその返答に、スマートフォンの向こうにいる外間とのまの声が途切れる。そのままペットボトルのお茶を2本とカレーパンをつかみ取り、加藤はレジに向かう。


 無言でカゴを差し出せば、魂の籠らぬ茶髪の店員はそのまま無言で商品をスキャンする。表示された価格は635円、財布から百円玉6枚と50円玉を1枚取り出しておけば、無言で店員はレジから15円を取り出して、商品を袋に詰めていく。


 加藤はもう一品追加しようかと、肉まんの蒸し器と電気式のおでん鍋をのぞき込むが。どちらも空のままだったので諦めた。



「まったく、もったいないことだ。もう少し愛想をよくすれば客も増えるだろうに」



 そう呟いて加藤は嗤い。腰のものに無造作に手をやって、一閃。その場に誰かがいても止める事どころか反応することすら不可能であろう。それほど極まる居合の技。ゆらりと彼女の一部だったものが宙を舞う。



「何をした、加藤?」


『なに、軽い悪戯だ』



 はらりとレジの上に落ちたのは1本の髪の毛。彼が振るった刀が切り取ったのはただそれだけ。趣味の悪い悪戯、そう言っても差し支えない。当然もしこれを法治国家としての機能が残った場所で行ったなら、それだけで逮捕されるだろうし。


 そもそも剣士として軽々しく、それこそ面白半分で刃を振るう事は剣士として最低限の節度すら持ち合わせていないことを意味していた。ただ、そのような悪ふざけを目の前にしてなお、茶髪の店員の彼女に反応はない。


 おにぎりとお茶を詰め込んだ袋を、さっと突き出すだけである。



「別に、貴様がその世界で斬殺事件を起こしても気にはしないが」


『何を馬鹿な、だれも驚かない場所でそんな手間のかかるマネをしたくない』



 スマートフォンの向こうで外間とのまは再びため息をつく。彼を戦力として信頼しているのは確かで、無意味にこちらに刃を向けてくることはないと分かってはいる。けれどもこの面白半分で何をやらかすかわからないのだ。


 その1点において、致命的な部分で彼を理解することが出来ない。そんな外間とのまの思いを知ってか知らずか。加藤はその姿に似合わぬ軽快なポップスを口ずさみつつ自動ドアを潜って消える。あるいは同じく最早時代遅れとなっているメロディは彼に相応しいのかもしれない


 後に残されたのは茶髪の店員ただ一人。彼女は加藤が来た時と何ら変わらぬままレジに立ちづづける。この世界が完全に滅ぶか、あるいは何かが変わるまで、彼女がここから動くことはないのだから。





「全く、面倒なものね。いつもならあそこで終わってるでしょうに」



 椅子に座った外間とのまの膝にナインは腰掛け、楽しそうに彼の無精ひげをなでつける。ゆるくウェーブのかかったアッシュブロンドの少女が、スーツ姿の男に対して行っている時点でだいぶ怪しい。


 けれど彼女がまとった白衣の下に黒のマイクロビキニを着こんだ装い、一周回って非現実的な雰囲気を生み出して逆に絵になっていた。荒廃した研究室、低く唸る電子機器、埃の中に散らばった事務用品ガラクタが彼らを彩り、退廃的な雰囲気を加速させている。



「どうもこうも、これまでが上手く行き過ぎていただけだ」


「それはそうだけれど。ならいっそ継王機ではなく、直接"王"を狙ってみるとか?」



 ナインが示唆したのは敵に対する直接攻撃。たとえ継王機という名の強大な力を持っているからといってもそれを操るのはただの人だという話。当たり前だが生身でレーザーやミサイルの直撃を受けて生き残れる人間など質の悪いジョークの類。



「無駄だ、継王機に魅入られた人間はその程度じゃ



 自分の耳元に唇を這わせる彼女を止めることなく、外間とのまはそんな言葉を吐き出した。ピクリとも熱を帯びない彼の体と心にむぅと頬を膨らませ、ナインは今度はまだ未成熟な体を押し付ける。彼から何かを返してもらおうと思ってないが。こうも無反応であるとからかい甲斐がない。



「そう、それは絶対の法則なの?」


「ひっくりかえせるかもしれんがね、どうせ世界を奪うには継王機を撃破しなければならん。ひっくり返すためにリソースを注いで、結果として正面決戦に特化した相手とぶつかるリスクもある」


「確かに、今一番貴重なリソースは人間だものね。三佐達も指令なしで動けるまで自我が回復してくれればまた違ってくるんでしょうけれど……」



 外間とのまは量産機を駆るパイロット達の事を思い出す。下のフロアに待機する、辛うじてこちらが指示すれば動く兵士の残骸を。指示に従うことは出来る。機体を動かすことは出来る。だがそれだけ。


 呼吸をし、食事を行い、身支度を整え、自己を保つだけの11人の抜け殻だ。



「今攻めている世界を喰らえれば、蘇るかもしれん。コードは判明したのか?」


「Eよ。我々にとって3つ目の世界イケニエ


「まだ、そんなものか。もっと多くの世界を滅ぼしたつもりだったんだがなぁ」



 そこでようやく外間とのまはナインの指先が、自分のベルトを外していることに気が付いた。まぁどうでもいい、そういうことをしたいのなら勝手にすればいい。ナインの事を好いてはいないが、ここで振り払うほど嫌ってもいない。


 いまだ自分の心は彼女にとらわれたまま、だから似合わぬ赤いセルフレームの眼鏡をかけ続けている。


 ナインの情念の詰まった指先から与えられた熱で体が盛るのを感じつつ、それでも外間とのまの耳は遠くから聞こえる培養槽の水音に向けられていた。

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