SCENE2-4≪再起≫



「なるほど、90年代のOVAレベルでマニアックな話が俺達の現実って訳かい」



 海辺の工場こうばの中で、作業着の老人がため息をついた。外から漂ってくる潮の香りと、機械油の臭いが交じり合う独特の空気の中。ユイが語った内容をどうにか彼なりに咀嚼したらしい。



「OVA? なんか聞いたことはあるんだが」


「……若い奴は、知らねぇだろうなぁ。悪いオタクの悪癖と思って受け流せ。世界が滅びるなんて、いやもう既に滅びてるなんてそう思わなきゃやってられんからな」



 言いたいことは分からなくもない。滅びた世界で、その命運をかけ、継王機巨大ロボが戦う現状はあまりにも荒唐無稽こうとうむけいかつ、常識外れだ。そもそも今この世界に常識なんて真っ当な物があるかどうかも怪しいのだが。



「どうしてもボク達はビデオテープを見たことがない世代だから仕方ないよ」


「ほう、つまり逆に嬢ちゃんはいける口ってことかい?」



 ああ、と。宗次郎はユイの汚れた部屋の中を思い出す。散乱したゴミの中に混じったビニール袋に見覚えがないものが多かったが。アレはそういう系統の物だったのだろうか? 良くも悪くも彼女の格好は普通ではない。銀髪碧眼に黒のミリタリーロリィタなんて派手な出で立ちは、それこそコスプレの領域に足を突っ込んでいる。


 ただ、彼女のセミロングの銀髪も、意外とくるくると回る緑色の瞳も作り物であるようには見えない。日本人離れした幻想的な外見だが。彼女がそうであることに、宗次郎は違和感を感じない。



「それなりに、けど今は往年の名作よりも語るべきものがありますから」


「ああ、工場こうばの前にあるザナクトってロボットだな」



 巨大だが錆びて安っぽい引き戸の向こう側から、ザナクトが3人を見下ろしていた。今はそのセンサーアイに光は灯っていないが、それでも30m、120tの巨体はただそこにあるだけで、圧倒的な威圧感を周囲にばらまいている。


 ただ、無傷ではない。全身くまなく至近距離で爆発したミサイルで傷つき。何より痛ましいのは半ばから切り取られた右腕――



「せめて仕様書は見せてもらえるんだろうな?」


「一応あるけれど、役に立つかは分からないです……」



 すっとどこからともなくユイが大型のタブレットを用意して。ポチポチとアプリを起動して、どれどれと老人は作業着から老眼鏡を取り出して中身を精査していく。



「ほう、動力が何かは分からんが。胴体のメインジェネレータを中心に全身にサブを配置しているのは何故だ?」


「ダメージコントロールの問題もあるけれど、そもそも質量辺りに必要となるR粒子の充填密度を保つ為に必要になるから……」



 ひょいと宗次郎は覗き込むが専門的な用語が多すぎて、二人についていけずに2分程内容を聞き流しその途中で諦めた。感覚的に理解できなくもないが、話に茶々を入れる前にどんどん先に進んでいくのだから聞く甲斐がない。



「ああ、理屈は分からんが弄り方は分かった。R粒子とやらが出ていない間は普通の加工機を受け付けてくれるのなら、やりようは幾らでもある」


「ザナクトを修理して、くれるんですか?」


「なぁに、どうせ仕事もないと波止場で釣りをする位には暇だったからな。ただし一つだけ条件を出させてもらうぞ。嬢ちゃん」



 作業着を纏う老人の顔が破顔する。一時間ほど前に波止場で無意味に釣り糸を垂れていた仏頂面が思い出せなくなる程の笑み。半ば死人だった人が蘇った時に魅せる、そんな表情で結構な無茶を投げかけてくる。



「ボクに出来ることなら、何でも」



 ユイの無謀さに、宗次郎は眉を顰める。この老人が信用出来ると感覚では理解できていたとしても、それはそれとして年頃の女子がそのような約束を安易に結んでしまうのは好ましいとも思えない。いや、彼女にとっては安易な事では無いのだろう。それこそ出来る事ならなんでもしてしまいそうな危うさにヒヤヒヤしてしまう。



「おうおう、安心しろ坊主。そんなに睨まなくとも無茶は言わねぇ。ただ俺は女ぁ弄るより機械を弄る方が楽しくて、腕の安売りをする気はないクソ爺だからな?」



 宗次郎の殺気だった視線も何のその、涼やかに老人は受け流す。けれどならば何を対価にこの老人は求めるのか?



「報酬を寄越せ。コイツを修理するのは難事だからな、それに見合った報酬を頼む」


「明日だ、爺さん」



 想定外の質問で動きを止めたユイの代わりに宗次郎が放った返答に、ぽかんと老人の動きが止まる。して彼はザナクトを背にして大仰に両手を広げる。あるいはそれは俳優のように、あるいは派手なパフォーマンスを好むセールスマンのように、あるいは傲慢な王のように。



「明日をくれてやる。滅んだ世界の終わらない今日じゃなく。明日をだ」



 空気が止まる。宗次郎は僅かな後悔と、それ以上の満足を胸に抱いた。そう間違いなくそれは、今この時点で自分が用意出来る最高の報酬だと理解しているからだ。たとえこの老人がそれを望まなくとも、押し付けてやる。そう決意して、改めて交渉する為に意識を切り替える前に――



「明日か…… 明日か! ハハッ! 小僧め! 大言を吐いたな!」



 止まっていた空気が爆発した。老人が、作業服の下にある枯れ木そのものの体からは想像が出来ない程の声量で咆える。海辺に建てられ経年劣化が進み、鉄骨に錆が浮かんだ安普請やすぶしん工場こうばの壁を揺らして、なお有り余る衝撃が宗次郎を襲い、驚いたユイが一歩だけ後ずさった。



「良いじゃねぇか! どうせ金を貰った処でケツを拭く紙にもなりゃしねぇ。いやスーパーに行けば幾らでも手に入るんだから、トイレットペーパー以下だ! 精々レジで支払って自尊心を保つ程度の価値しかねぇしよぉ! ククク! 明日、明日ねぇ!」



 この老人は宗次郎達に出会ってから何度も笑ったが、これは出会ってから一番強くて激しかった。寿命を浪費する事しか出来ない繰り返しの中で、進むべき先を用意した宗次郎の手を、踏み込んだ老人の手がガシリと掴む。体格から考えれば、身長と体重、その双方において老人は彼より一回りは小さい。


 けれど握られた掌から発せられた熱と力は、どこまでも強く、生き生きとした命の力に溢れている。



「人手が足りないなら、俺も手伝うが?」


「はっ、嬢ちゃんは兎も角。テメェみたいな素人に出来ることはねぇ。どんと構えとけよ。なぁに……」



 老人が顎で入り口を指し示せば、しゃがんだザナクトの周囲に人が集まっていた。青い作業着を纏ったガタイのいい男が、ラフに作業着を着崩した女性が、あるいは壮年、あるいは宗次郎と同い年位の男。


 その数は10に満たない程度だが、今朝宗次郎が眺めたビジネス街をさまようサラリーマン達とは違い、全員の目に意思の光が宿り3人に対して視線を向けている。



「おう! お前ら、聞いたか! こいつが俺達に明日をくれるらしい! 延々と繰り返す、どうしようどころか、終わりすらないこんな下らねぇ時間の先をくれるとさ! さぁどうだ、野郎達? そもそも世界を守るスーパーロボを弄れるんだ、断るって選択肢はねぇよなぁ?」


「異議あり、野郎以外も2人いるわよ? その子と私」


「おうおう、お前はともかく嬢ちゃんは野郎扱い出来ねぇな。じゃあ改めてレディス&ジェントルメンとでも呼びかけりゃ良いか?」



 どっと、集まった作業服の工員達から笑い声が響く。空っぽで埃を被ったクレーンと作業機械が並ぶ工場こうばに熱が生まれていくのが分かる。何かが動き出そうとする特有の高揚感が場に広がっていく。



「悪いが、特急で頼むぜ。敵も修復を終えたら直にやって来る筈だ。それまでに腕を繋げてもらえると有難い」


「悲しいことを言ってくれるじゃないか。俺達は放っておけばガンガン改造しちまうマッドエンジニアなんだぜ。そのままで返すもんか、しっかり弄ってやるさ。改造に使えそうなパーツはあるんだろう?」



 宗次郎の要求に対して、ガタイのいい男が軽くそれを踏み越えた無茶を返す。さて予備のパーツはあるのかと一瞬悩んだその時、ユイがタブレットの画面を向ける。


 先ほどの意趣返しとばかりに、わずかに吊り上がった彼女の口角を宗次郎は好ましく感じる。一方的に頼るのも、頼られるのも趣味ではない。これ位のテンションが彼女には相応しい。



「あの機体、ザナクトの半分位なサイズの機体が2機。規格は同じで流用は可能」


「へぇ、両方ともこの工場こうばに入れると狭いかしら? 作業は設備が整ったここでしたいけど、本体は別に用意した方がよさそうね」



 ユイのタブレットを見ながら盛り上がる作業員達を頼もしく思いつつ、宗次郎は改めて工場こうばの入り口に座り込むザナクトの姿を見上げれば、その姿はまるでブレードファルコンとの再戦を待ちわびているかのようにも思えるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る