SCENE6-3≪原罪≫


 いつか二人で進んだ車道を、今度は一人でロードサイクルを駆り駆け抜ける。継王蒼機ザナクトとは比べるべくもないが、それでも二人乗りの時よりもずっと速く。ほぼ乗用車の速度で突き進む。


 継王蒼機ザナクトの改修を行ったとは言っても、まだ部品程度は残っているはずだ。そして手元にある広兼研究室の研究データ。


 宗次郎一人で何が出来るということもないが、上手くいけば終王黒機ザナクトの世界にたどり着くこと位は出来るかもしれない。


 けれど問題は山積みで、まずそもそも世界を渡れたとしても生身の人間一人で何が出来るかという話になる。運よく継王蒼機ザナクトを奪取できればチャンスも生まれる。だが機体は再起動リブートによって再生されていたとしても、場合によっては既に解体されている可能性は否定できない。


 それ以前に、あの老人が協力してくれるかどうかすら怪しい。


 報酬に明日を用意すると言っておきながらこの体たらく。ギリギリと、歯を食いしばって、その焦りをペダルに押し付けて風を切る。ここで事故を起こせば死ぬかもしれないという実感と、それでもどうにかなるだろうという歪んだ全能感の矛盾が、宗次郎の思考と速度を更に加速させていく。


 徐々に海風と工業地帯特有の油臭さが混じった独特の臭気が強くなる。


 かつてブレードファルコンと戦った港湾地帯。広兼の言葉通りにそのあとはもうどこにも残っていない。再起動リブートで世界は復元した。それでもこの手に継王蒼機ザナクトなく、彼女がいないのは最早その二つが外間とのま准教授に奪われてしまった証なのかもしれない。


 ここで走り出しても、何が変わるのかと。心のどこかで叫ぶ声が確かにあって。


 けれどそもそも自分はそれしか出来ることは無い。世界を壊せるほどの力はあって、継王蒼機ザナクトを駆る時に使ってしまった反転リバースがその片鱗なのだ。


 だから、それを使う為の継王機ザナクトさえあれば、何かは出来る。広兼由依が守ろうとした世界を守ることが―― いや、もう一度彼女と出会うことが出来る。


 まずはそこからだ、本質的に外間とのま准教授は


 いま木藤宗次郎が望むのは、広兼由依と彼女と共に過ごせる明日だ。それは今はどこまでも遠く、世界を超えなければ届かない大望ではあるが―― それでも手を伸ばすため前に、その先が未だ見えなくとも、進めるのならば。





 数日前、継王蒼機ザナクトが膝をついていた扉の前に宗次郎は辿り着いた。剥げたペンキと鉄錆てつさびと仄かなイオン臭が混じった空気を前に一旦息を整える。手鏡を使う程ではないが、乱れた髪を軽く整えて深呼吸。


 チェーンで封鎖されていない事を確認し、一気に両開きの引き戸を左右に開く。ガラガラと古びた鉄の音が工場こうばに響き。そして釣り用の折り畳み椅子に座った老人とその背後に広がる蒼、15mの巨人と目が合った。



「やっと来たか色男、待ちくたびれたぜ?」


「こいつは…… 蒼いモノイーグル!?」



 戦闘機を無理やり人型に押し込み、作り上げられた歪な巨人。それが膝を立て自分を見下ろしている。継王蒼機ザナクトよりは小型だが、間違いなく常軌を逸脱した圧倒的な暴力の塊が宗次郎の目の前に用意されていた。



「どういうことなんだよ、爺さん!?」


「お前たちが持ち込んだモノイーグルは2機だったろう。最終的に1機分以上余ったからな。だから面白半分で組み上げてやったんだよ。驚いたか?」



 老人はしてやったりとキャップの下にある顔をくしゃくしゃにして笑う。それは悪戯が成功した悪童ワルガキそのもので、今日を繰り返すだけの人には届かない、明日を目指す人間の強さがあった。

 


「――ああ、最高にな。それでスペックは?」



 胸の中で湧き上がる言い現わしようのない感情の嵐を抑え込み。強引に笑みを作って老人に問いかける。この老人の粋な計らいに返すべきものは涙ではない。感謝は近いが少し違う。純粋な称賛、そしてれを与える自分が価値のある人間だと、胸を張って受け止める事だ。


 誰だってどうせ手助けするのなら、情けない脇役よりも、カッコよく見えを張った主人公ヒーローに手を貸したいのだから。


 何より情けない自分など、わざわざ表に出さなくても見えて透けている。少しくらい格好を突けつくらいで丁度いい。だから口角を釣り上げて不敵な笑みを作ろうと努力する。出来ているかどうかではなく、やれる余裕があるかどうかが重要なのだ。


 出来ている時に上手くいくとは限らないが、出来ていない時は絶対に失敗する。



「ふん、聞いて驚け。単純な速度はマッハ3まで余裕だ」



 なるほど、継王蒼機ザナクトよりもさらに早い。自分とユイが戦ったモノイーグルの速度はマッハ2に届かない程度だったので速度面で大幅な優位に立てる事になる。



「その分、装甲が薄くなってるとか言わねぇよな?」


「おいおい、無茶言ってくれるなぁ!? まぁどうにかしたぜ。海中に沈んだブレードファルコンを引き上げて、追加装甲として手っ取り早く防御力を上げてる。1発なら大口径レーザーだって耐えられる」



 それが事実なら、老人が自慢するのも理解できる。記憶しているよりも手足の太さが一回りマッシブになっており、カタログスペックが正しいのなら。それこそ終王黒機ザナクト単騎か、あるいは取り巻きだけなら勝負が成り立つ程度には極まったマシーンに仕上がっている事になる。



「つまり、こいつはお前が俺に。いや俺達にくれた明日なんだよ」



 その言葉と共に、工場こうばに併設されている休憩所を指させばそこには死屍累々と整備員たちが倒れている。


 青い作業着を纏ったガタイのいい男が、ラフに作業着を着崩した女性が、あるいは壮年、あるいは宗次郎と同い年位の男達が。


 あるものは椅子に寄り掛かり、あるものは床で大の字に、またあるものはソファーの上で膝を抱えて。誰も彼もが油汚れや擦り傷でボロボロで、けれど満足そうな顔で眠りについていた。



「爺さんは、寝なくていいのか?」


「なぁに、爺になったら眠りが浅くなるんでな。今さっきまでこの椅子の上でコックラコックラ軽く仮眠をとったら充分よ」



 老人は己の背後に立つ強化されたモノイーグルの方を向く。直接宗次郎の視点から見ることは出来ないが。先程と同じ悪童ワルガキの顔をしているのは分かった。


 けれど、一つだけ疑問がある。何故この短期間でこうも事情を把握しているのか分からない。テレビ局は勿論、ネットは充分に機能していない。その上でこの老人はどうやら自分が敗北し、継王蒼機ザナクトを奪われたことすら理解しているようにすら思えるのだ。


 そしてどうやら老人は、そんな宗次郎の疑問を感じ取ったらしく。ほいと古びたタブレットを投げつけてくる。



継王蒼機ザナクトが負けたのは、分かってた。おめぇ、ネットにちゃんと接続しているか? ほんのちょっとだが世界は動いているみたいだぜ?」



 急に投げつけられたそれを、危なげなく受け取って内容を確認する。SNSに投稿された数枚の写真に目が留まる。それは継王蒼機ザナクトが、自分と広兼由依が敗北しているシーンに多少気分が落ちるが、そこでようやく気が付いた。


 この写真を投稿した人間がいる事実に。


 そのアカウントの投稿を確認すれば、この小さく切り取られた世界の中で足掻き、苦しみ、悩んで。それでも前に進もうとする意志の強さが感じられた。


 まぁアップロードされた写真の景色や、細かな内容。例えば研究室の配置だとか、あるいは崩れたはずの本館が復活していることに驚いている辺り。自分と同じ大学に通っている人間であるのは間違いない。


 この壊れてしまった世界で必死にどうにかしようと足掻いている様子に、ほんの少しだけ胸が痛んだ。未だ実感は無くとも、外間とのま准教授の言葉が正しいのならこの世界を滅ぼしてしまったのは自分なのだから。



「ったく、俺がこいつの事を応援してもいいのかねぇ?」


「ああ、いいさ。何せ俺だって、こいつの事を、そしてお前たちの事を応援してるんだからな」



 その一言に対して、宗次郎は間抜けな声を出す事しか出来なかった。世界を滅ぼしたのは自分だと、外間とのま准教授は憎しみと共に叩きつけて来た。そこには間違いなく一端の真実は込められている。ならば、この老人が嘘をついているのかと問われればそうとも思えない。ならば考えられる結論はそう多くない。


 そもそも、この工場こうばが偶然にも継王蒼機ザナクトを修理できる技術を持ち合わせていたと考えるよりは――



「つまり継王蒼機ザナクトを作ったのは――」


「ああ、どうやら俺達だったらしい。世界が壊れた結果、そんなことすら忘れてしまってたみたいで嫌になる」



 老人の顔は見えないが、その背中が震えている。



「なぁ、どうだよ? この世界を救うんだって70過ぎた爺が粋がって。そして組み上げて、弄って、気付いちまったんだよ。この機械は世界を滅ぼしたマシーンで、そして俺達の手癖で作られてるってな」



 ああ、この爺さんも。自分と同じ苦しみを背負っていると理解した。記憶を失ったままがむしゃらに走り抜け、そして真実を知って―― それでも走ろうと、前に進もうとはしていても。ああけれど、何かが欲しいのだ。



「なぁ、爺さん。なんでザナクトには王の名がついているんだ?」


「ん、そりゃ…… ああ、思い出した。広兼教授って知ってるか? このマシーンの根幹たるR粒子炉をくみ上げた科学者なんだが、俺も不思議に思って聞いたんだよ」



 機械油でくしゃくしゃになった作業着の背中を向けたまま、老人は記憶を紡ぐ。



「そしたらよ…… こいつが起動すれば、その乗り手は全能を支配する王様になるんだとよ。文字通り世界を思いのままに組み替える事すら出来るんだとさ。だから人型なんだってよ。拡張された自意識じぶんに見合った体が必要だからってな」



 確かに継王蒼機ザナクトにはそれだけの可能性があるだろう。もしもそのすべてを使いこなせれば、ああ確かに世界の一つくらいはどうにか出来るかもしれない。その時にどれほどの代価を支払わなければならないのかは、想像も出来ないが。



「だからよ、お前には期待してるんだ。もしかしたら、俺達がやってしまった。俺達が滅ぼしてしまった世界を救ってくれるんじゃねぇかってよ」


『そして君ならばそうやって紡いだ可能性を束ね、いつか世界を滅びから救えるかもしれん。そのための継王機ザナクトなのだから』

 


 その期待の重さをどうにか受け取って飲み込む。精々19歳で、碌に社会も知らない若者に―― 世界を滅ぼす引き金を引いた自分に対して。未来あすを見せてくれと願ってくれる。



「つまり、それは継王蒼機ザナクトで王様になれって事か?」


「……だな、無茶を言ってることは分かってるさ」



 ここで自分がこの世界を滅ぼした張本人だと口にしたら。この老人はどう思うだろうか? けれど、それは出来ない。未だにそれはただの言葉であって、どうにも実感として呑み込めていない。


 それを告げるなら、すべてを飲み込み。何が出来るのかを知ってからだ。



「そうなれるかは分からない。だが俺には助けなきゃいけない相手がいる」


「嬢ちゃんだろ? 分かってるさ、しっかりこいつで助けに行け」



 その声には寂しさと共に納得はあった。そういうものなのだろう。微かに広兼由依が、自分が助けたいと願う、自分が惚れている少女の話を思い出す。セカイ系の物語は多くの場合、少年少女二人だけで完結して終わるのだそうだと。


 くだらない。


 世界はそんな狭い物ではない。お話ならそんな風に美しく滅んでも良いだろう。けれど木藤宗次郎には我慢ならない。自分の世界がそんな風に彼女と自分の間だけで完結して消えてしまうことが。


 どこまでも自分たちの生きる場所は広いのだと、そう彼女に伝えたいから。



「その上でさ、勝って帰ってきたら。爺さんに言いたいことがある」


「そういうセリフは、好きな女に言うもんだぜ?」


「好きな女を助けに行くんだ。それなら漢と見込んだ相手に言うさ」



 老人の顔を見ないまま、宗次郎はモノイーグルに向かって歩く。小さく拡張エクステンドと呟けば、継王蒼機ザナクトと同じ蒼色なマシーンの奥底に眠るR粒子炉の鼓動を感じる。



「そうか、ちゃんと戻って来いよ。嬢ちゃんと、そして継王蒼機ザナクトも一緒にな」


「ああ、必ず戻って来る」



 そう約束して、パイプで作られた足場を駆け上がり操縦席に駆け上がって気が付いた。恐らく老人たちが用意してくれたのであろう。ライダースーツを改造したと思われるパイロットスーツ。そしてどこかブレードファルコンを思い出させる雰囲気の日本刀が座席に置かれていた。



「そいつは昨日浜辺で拾った。ほぼ確実にお前が倒したブレードファルコンのパイロットの持ち物だろう。何もないよりはマシだ、生身で突っ込む時は使ってやれ」



 コックピットから、鞘を握った刀を振り上げて応えて。さっと操縦服に袖を通す。外連味のある見た目をしているが、意外と体にフィットして動きやすいのが有難い。ある程度の防御力も期待できそうなのも嬉しい。それこそ拳銃弾程度なら受け止められそうだと感じる。


 そしてそのまま起動したOSを操作し機体の設定を決めていく。システムは継王蒼機ザナクトと比べて洗練されているが、そのぶん出来ることも少ない。正に簡易量産型と呼ぶにふさわしいマシーンであった。



「爺さん、こいつの名前は?」


『流石になぁ、この年になると名前つけるのもしんどいんでな。お前が決めろ』



 もうハッチを閉じたので、直接顔は見えないが。操縦席内部に設置されたスピーカから楽しそうな声が届く。こういう時、大人はずるい。まぁこちらに託すなら好きなように読んでやろうと数秒頭を捻って――



「ブルーバイパー」


『良いじゃねぇか! モノイーグルの原型は、弄られまくってるがF-15イーグルなのは間違いねぇ! はは! いいぜ、こいつは今日からブルーバイパーだ!』



 どうやら、自分が思い付きでつけた名前は老人のお気に召したらしい。



『……名付けさせておいてなんだがな、こいつの事はぶっ壊しいても良いぜ』


「けど、帰って来いって事か?」


「だな、二人で帰って来い。それが俺たち技術屋にとって最大の誉れだ」



 ええ、と小さく呟いて。宗次郎は操縦桿を握る。基本的な操作は継王蒼機ザナクトと同じだ。これまで継王蒼機ザナクトを駆って戦った回数は片手の数に届かない程度だが、それでも奇妙な確信と共にいけると信じ、ブルーバイパーのR粒子炉に火を灯し。


 空を蒼が貫いた。

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