SCENE6-2≪破片≫
それは、いつかの夕方。
卒業式が終わって、もう誰も居なくなった校舎。その廊下をボクは手を引かれて歩いていく。恐らく2桁程しか袖を通さずに、意味を失ってしまったコスプレ一歩手前のセーラー服を纏って。
「■■君。別に、いいよ…… 何の意味もないから」
ボクこと
父の権力でどうにか卒業は出来たけれど、ただそれだけ。何も学ばず、ほとんど部屋で引きこもり続けたボクにはこの場所を歩く権利すらない。
「大丈夫だ広兼。もう誰も居ないから。それに先生からの許可も取っている」
何人か、顔を知らないクラスメイトが、引きこもったボクの部屋までやってきて結局仲良くなる前に去って行った。例外はいま手を引いてくれている彼一人だけ。
ボクよりも頭一つ背の高い彼の、名前は。名前は――
ボクに残っていたものは命と、かけがえのない彼の記憶のたった二つ。
どちらも、ボクにとっては無ければ生きていけない。
崩れていく、崩れていく。ああ、もっと何かがあったはずだ。ボクが彼とここまで来るまでに。そしてこの廊下の先に、彼を本当の意味で好きになった何かがあったはずなのだ。
けれど、もう思い出すことは出来ない。
ボロボロと崩れていく
◇
モニターは死んでいる。システムを立ち上げようとするが、最低限の生存機能を除いて全てが凍結されている。どうやら自分は敗北し、捕えられているらしい。そんな結果はあり得ないと思っていた。それこそ
最悪の場合、自爆覚悟で吶喊を行い。相手に被害が出ると思わせれば、それだけでこちらが一方的に記憶を持ったままやり直せる文字通りの
だから自分の敗北とは、
「何故、ボクは生きているの……?」
寒い、この広いコックピットはとても寒い。シートの上で膝を抱えて蹲る。白黒のミリタリーロリィタの内側でひび割れた手足は、そうしても自分を温めてくれることはなく。暫く冷たいだけの時間が続いた。
(……命を捨てればあと一度、
だから違和感がある。命を捨てれば使える
(ああ、ダメだ。記憶に欠損が多すぎて推察すら出来ない…… ああ、もしかしてボクは記憶を代価に
そうだとすれば納得できる。けれどそれは恐ろしい事だ、これまで自分が積み重ねたものが無くなるのと同じくらいに。自分の記憶を、自分が歩んだ道筋を放り投げることは恐ろしい。実際いまこの瞬間、何のために戦ったのかすら思い出せない自分は、こんなにも震えているのだから。
(それはいつ? どうやって? そもそも誰のために?)
失われた記憶から、過去を類推しようとしてあまりに多すぎる空白に絶望すら通り過ぎて笑いが漏れた。自分はどうやら余程その相手を好いていたらしい、あるいはもう一度出会えば好きになれるとでも思っていたのだろうか?
そんな保証はどこにもないのに、気楽に人生を投げ捨てた過去の自分を呪う。
寒い、寒い、凍えそうだ。ああ最早なぜ自分が戦っていたかも思い出せない。
(ボクはその人に、託したの? 世界を紡ぐ事を)
多くの人が
みんな、みんな、もう死んで。どこにもいない。
ガタガタと震える。自分はここまで弱かったのか。たった一人を忘れただけでこうも崩れてしまう程、弱かったのか。分からない、もう何も考えたくはない。
そもそもずっと引きこもっていた自分が、何故世界を救おうと思ったのか?
そうやって、どれだけ膝を抱えていただろう? 軽い衝撃が彼女の体を襲った。
「……」
操縦席の外で、何か音がする。ぼんやりと死んだ魚に等しい目で上を見上げれば、硬化したプラスチックを強引に剥がすバリバリとした異音が耳を突く。パラパラと上から舞い散る破片が、赤いセルフレームに付着するが、それを拭う気力すら残っていない。
そこから見えたのは、
その黒い胸部が開き、そこから現れた顔を見て。ようやくユイの胸に強い衝動が沸き起こる。それは喜びであった、もう会うことはないと思っていた相手との再会。
それは困惑であった、何故見覚えのある赤いセルフレームの眼鏡をかけているのか。ユイの知る限り彼の視力は1.0を超えていたし、そもそもあれは女物である。
そして何より強い感情。それは怒りであった。彼に奪われたものへの。
「春夫さん、貴方は……っ!」
「……ああ、そうか。君は、別の道を選んだのだな」
同じ赤いセルフレームを挟んで、操縦席の中で交錯した視線は。片方は怒りと憎しみに、片方は憐憫と悲しみに満ちていた。
それを緊張状態と呼ぶにはあまりにも彼我の実力差が大きすぎる。そもそも身長180cmの大人と、それより頭一つ背の低い少女とではどうしようもなく、例え拳銃の有無が無くとも勝負にすらならない。
それでも、ユイはかつて尊敬した。あるいは恋に至らなくとも好いていた相手に対して敵意を向けて必死に抵抗する。
たとえ黒くひび割れた手足は十全に動かなくとも、そもそも健全であろうとなかろうと何が出来る訳ではなくとも。
ようやく取り戻した記憶の破片を、
忘れてしまった誰かの破片を、少しでも胸に刻もうと。彼女はどこまでも純粋に、自分の敵を睨みつけるのであった。
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