第06話「選択肢」
SCENE6-1≪確認≫
目を覚ますと、曇り空が広がっていた。未だに降りしきる雨が体を冷やしていく。
辺りを見渡せばビジネス街で、ふらふらとゾンビそのものなサラリーマンがどこかに向かっている。自動ドアに映る通りの光景を見れば、死にそうな表情をした自分の顔と目があった。
周囲を見渡す。今寝転がっているのは道路の真ん中だが、幸いな事に周囲に被害はなかった。いや先程の戦いの後は何も残っていない。
そもそも
心臓が跳ねて、どうやら自分が復活したこと認識する。胸と腹は無傷、額に手を当てるが頭から血も流れていない。最初の戦いの後で消えた手の傷と同じ。
そこから自分が何者なのか思い出そうとしたところで、誰かが近づいて来た。
ビジネス街を彷徨うサラリーマン達とは違う、けれど知らないリズム。大の字に寝転がったまま、覗き込んできた相手を見れば見覚えのない顔、茶色の髪と、平均よりやや大きい胸は好みが別れるが、間違いなく美人と呼べる顔立ちだ。
「木藤…… 何なんだよ、これ」
知らない女の子が顔をくしゃくしゃにしていた。分からない、彼女が誰なのか分からない。ただそれだけを理解して、どうしようもなく困った顔をしてしまう。
「ああ、悪い…… 思い、出せない」
「何がよ、何があったか思い出せないっての? アレを!? 蒼いロボットが、敵相手に暴れ回って! 増援の黒いロボ相手に暴走して! そしてやられて! お前が操縦席から飛び出して銃で撃たれて! 何なのよ! 本当にこれ、なんなのよ……」
茶髪の彼女が、寝転がった宗次郎の顔を覗き込むように崩れて座り込む。どうやら彼女にはこの状況を認識するだけの情報があり、その上でそれを理解するだけの知識がないらしい。
「
「ザナ? 持って、いった。もって行ったわよ! 黒いロボットが……」
どうやら前回とは違い、
「ねぇ、本当になんなの? そもそも木藤はなんで生きてるの?」
「……助けられたからだ」
そう、自分は
「この世界って、なんなの?」
「このままだと、滅ぶ箱庭だ」
ああ、もう滅んでいる。けれどまだ動く、続く、たとえ歪な物であったとしても日は落ちて、また昇る。それがいつまで続くのか自分にも分からないのだけれども。
「明日は来るの?」
「今日は続く」
雨はまだ自分と知らない女を濡らしている。その中でぽつりと雨粒とは違う何かが瞳からこぼれて。その熱が頬に当たりようやく彼女が泣いている事を実感出来た。
「どうするつもり?」
「広兼を―― 助けないと」
無理やり起き上がろうとする、
息を吸ったのなら吐かなければならない。ただの生理現象。だからこそ、そこには限界寸前の心には何も灯らない。
「助けるって、どうやって?」
「それは……」
生身でこの区切られた小さな世界を超えて、何かが出来ると言うのだろうか?
「知ってる。確か高校生の時から一緒のクラスだったって子でしょ? 引きこもってて、時々バイト上がりに様子を見に行くって楽しそうだった……」
成程、茶髪の彼女のおかげでようやく
「もう、いいじゃない。あんなロボット相手に、何が出来るの? 私はこの狂った世界をたった半日彷徨っただけでもうどうしようもなく怖くて、何もできなくなった」
ぼろぼろと、自分が名を忘れた。恐らくは同じ場所でバイト先で働いていた。あるいはもっと友人に近い相手だったのかもしれない相手が、少女のように涙を流す。彼女が何者だったのか分からない。けれどどうでもいい相手ではなかったはずで。
手を差し伸べたいと思う。涙を止めたいとも思う。
「もう、死んでるとか生きてるとか。どうでもいいから。一緒にいてよ…… もう何にも出来ないんだから。滅ぶなら、何もせず最後の時間を過ごせばいいじゃない」
ああ、だけど目の前で泣いている人に寄り添って、滅びた世界の終わりまで何もせずにただ過ごすことは出来ない。
その理由はデスクトップのパソコンに残っていた広兼教授の言葉か――
あるいは、老人が叫んだ明日への希望か――
それとも彼女が呟いた希望を求める呟きか――
そのどれもが正しく、けれど本筋ではない。
自分が何故目覚めたのか。どうやって戦うことを選んだのか?
瞳を閉じる。そこに浮かんだ光景は――
誰も彼もいなくなった道の真ん中に立つ、少女の姿。
フリルが多用された少女らしいワンピースを、軍服の装飾で飾り立てた黒のドレス、言うなればミリタリーロリィタに身を固め。左手だけの白い手袋、そしてセミロングなスカートの奥まで伸びるハイソックスで手足を隠し。
それに現実離れしたショートカットの銀髪。更に碧眼の周りに赤いセルフレームが彩を添えていて――
「ああクソ、ほっとけるかよ……」
その表情にあの時の自分は惚れたのだ。間違いなく一目惚れで、それだけで前に進む理由として十分だったと理解して――
心に熱が灯る。拳を握りしめる。雨は少しだけ弱まった。立ち上がる。
崩れ落ちたままの茶髪の忘れてしまった彼女に向けて、ごめんと呟く。
そして、これが。今背中にいる彼女の記憶を忘れた事実が。
今はもう、思い出せなかったとしても。支払った理由を忘れてしまったとしても。
「木藤…… くん?」
「悪い、ちょっと行ってくるわ」
空を見上げれば、雨はまだ降っている。その上で全身がずぶ濡れで、体は芯まで冷え切って、
けれど世界がどうあっても、状況がどうであっても。記憶があやふやであろうと、踏み出すための足があり、掴むための指があり、判断するための頭があり、熱が灯った心があるのだ。
もう悩む必要はない。同じ事の繰り返しにはならない、前を目指している限り。たとえ同じ道を歩んだとしても。必ずそこに宿る思いは変わるのだから。
背後で笑い声が聞こえた。ビジネス街の道路をゆっくりと日の光が照らしていく。
「あーあ、振られちゃった…… じゃあ、行ってきなさいよ。ええ、けど帰って来なさい。今月の友達料金はチャラに、してあげるから」
もう忘れてしまった女の声は震えていた。胸が痛む。だが自分には彼女を選べない。もうずっと前に、広兼由依を選んでしまっていたのだから。そして、恐らく大切な何かであった記憶を全て、燃やし尽くしてしまったのだから。
「ふん、いやだね。しっかり払ってやる。俺ののろけをげんなりするまで聞かせてやるさ。その時の食事代くらいは奢らせてもらう」
そう返し、無理やり口元に不敵な笑みを浮かべて。
雨はもう、止んでいた。
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