SCENE4-4≪転機≫
緑色のサソリが4対の足を蠢かせて、オフィス街を蹂躙する。その数は約10機。20mを超える巨体。全身を覆った装甲を考えれば総重量は50tを超えるだろう。けれど彼らは重力を無視してビルを這い回り、静かに四車線の道路を蠢き。その
それには2本の足と腕があった。ただ心はなく。けれど鼓動と命はあった。
鋼鉄の鋏に挟まれて、そのサラリーマンは逃れようと体を捩る。けれどそこには必死さの欠片も無い。ルーチンワークに無い状況からただ逃れようとしているだけ。
そして無造作に、ただ動くだけの命は巨大な鋏に潰される。滑り止めのゴムが胴体に食い込み。そこで初めて押し出された血液の圧力で顔を歪めて。握りしめたトマトのように頭から吹き飛んでただの物になる。
ギョロリと
「テメェっ!」
そこにレーザーが叩き込まれる。
「敵識別名称アーマースティンガー。1機撃墜を確認。けど、そー君。エネルギーゲイン70%を切った。このままだとエネルギー切れてこちらが負ける」
「何、それは……」
ザナクトで空中から敵機を強襲した宗次郎は、そこでようやくレーダーを見た。ビジネス街の中に9機のアーマースティンガーの存在を確認し、一番近い敵を反射的にズームして、そして後悔が胃の中からせりあがる。
サブモニターの内側に。
「ユイ、敵の装甲密度は?」
再び怒りに任せてトリガーを押し込みたくなる衝動を堪えて、努めて冷静に状況を把握しようと努める。けれど人をああも一方的に蹂躙する光景は、宗次郎にとってそう長い間耐えられるものではない。
「……最低でもバーストインパクトでなければ打ち抜けない」
エネルギー残量70%、レーザーブラスターを使うのは論外。かといってバーストインパクトを使おうにも4機倒したところで限界が来る。ストライククローで白兵戦を挑もうにも、レーザーブラスターの直撃でも蒸発しない装甲には文字通り刃は立たない。何より悠長に掴みかかろうものなら――
「バンディット2から7、こちらに向かってレーザー砲を向けています。回避を」
「ちぃっ!」
6機のアーマースティンガーが尾を振るい、レーザー砲をこちらに向ける。別に毒があるわけでは無いだろう。ただし口径から考えればモノイーグルの腕部レーザーのように装甲で受ける訳にもいかない。
「急降下! ユイ、舌を噛むなよ!」
ペダルを踏み込み、操縦桿に据え付けられたトルグレバーを切り替えて。サブバインダーに対して強引にエネルギーを送り込み一気に高度を下げる。抑え込まれた大気が地上で爆発し、衝撃波が街中のガラスを砕き、先程ミンチ以下に解体された死体を吹き飛ばす。
「そー君、感情に任せて無茶な動きはしないで。巻き込まれたら人は死ぬから」
「それは、そうだけどよ……っ!」
エネルギーゲインを確認すれば67%を切っている。無茶な回避はそれだけで消耗が進む。その上でユイが守ろうとしているこの世界と人々を殺してしまっては本末転倒である。
(つまり、最小限の動き。その上でアーマースティンガーの装甲を貫く威力……)
記憶の中で、腕が舞う。ザナクトの右腕が。
視線の端で機体のステータスを確認する。固定武装は手甲に装備されたストライククロー、両肩の
「ユイ! 腰のウェポンラックから大型ブレード、展開頼む!」
「そー君。剣を使ったことは?」
どこまでも不確かな記憶を紐解いても、自分が剣を振るっていた事実はない。精々軽くサッカーをやっていた程度。けれど強い確信をもって彼女に対して宣言する。
「大丈夫だ、一度死ぬ気でチャンバラをやっている!」
正確には刀を持っていたのはブレードファルコンだけではあるが。けれどもあの1戦で30m級の巨大ロボットがどう剣を振るうのかは把握できている。
「モーションはある程度整理してるし、リアルタイムで補正するけど……」
「ああ、崩れるのは承知の上だが。それ以外に方法は思いつかない!」
「――中型ブレード【
ザナクトの灰色の右腕が、腰に下げたブレードの柄を握りしめる。ブレードファルコンが使用していた大太刀から削り出し、15mの長さまで小型化した打刀サイズの武器である。
あの大型の鞘を取り付ければ、機体バランスが大きく崩れるため装備していない。故にあの鮮烈な一撃を再現することは不可能。けれど――
「シンプルな質量と速度の暴力、喰らった威力はお墨付きだぁっ!」
ペダルを踏み込み、スラスターを点火し、一番近くのアーマースティンガーに向けて突撃する。
何より一気にザナクトが高度を変えた事で、こちらの動きに他の機体が追随出来ていないのだ。飛行することが出来ない多脚型である以上。三次元的な機動はどうしても制約を受けることになる。
尻尾から放たれたビームはザナクトの頭上を通り過ぎて空に消え。そして距離は近接から白兵へ移り変わる。ビルのガラスにアーマースティンガーと、ザナクトの姿が映り込み、その直後に戦闘の衝撃で砕けて割れた。
「モーションパターン、3つ提示。選んで」
モニターに表示された射程範囲と起動予測。これまでの操縦で培った感覚と、たった一度の斬り合いで学んだ白兵戦での距離感から、直観的に突きを選択。
「まずは、1機!」
宗次郎が振り回す操縦桿と連動して、足元に向けて放たれたブレードが
「近い敵は?」
「7時の方向、にバンディッド4」
オフィス街にザナクトが舞う。これまでの戦闘機動がスラスター出力に物を言わせた強引な物だとすると。これは四肢を振るい、背中に装備された
街を舞台に躍る。躍る。躍る。
その最中、街を歩くサラリーマンを認識し。彼らに余波が及ばないよう気を遣う事すら宗次郎はやってのけた。1機、また1機とアーマースティンガーはザナクトの振るう【
「バンディッド9撃破、お疲れ様です。エネルギーゲインは残り9%」
「どうにか…… なったか」
最後のアーマードスティンガーの胴体。その装甲の隙間にブレードを叩き込み、機能を停止したのを確認し。宗次郎はため息をついた。慣れない事をするのは随分と疲れる。これまでと違いただがむしゃらに戦うだけでなく、繊細な立ち回りを自らに課したことあり。随分と精神が疲労しているのが分かる。
更にエネルギーの管理も難しい。可能ならもっと大量にあれば戦闘も有利に進められるのだが。R粒子機関が可能性を燃やすというのなら安易に用いるべきではない。
こう考えればまだまだ知らなければならない事は沢山ある。例えばユイは被害は元に戻ると言ったが。それはどのタイミングで起こるのか。宗次郎はそんな基本的な事すら理解していない。
「なぁ、この街の被害は。本当に戻るんだよな?」
「うん、ボクが【リブート】を使えば、全部上書きされるから」
「おいおい、そりゃ……」
嫌な予感がした。ユイは宗次郎に対して情報を伏せている。例えば【リブート】の使用条件。制約があるのは確かだがそれを彼女は口にしていない。そしてどこまで、何が
だがそれを問いただす前にガチリ、と強引に"ナニカ"がはめ込まれる感覚が宗次郎の脳に突き刺さる。ザナクトの顔を上に向ければ空に大きな
次々と現れた11機の灰色の戦闘機が、空を舞いながら人型に変形し、降臨する王の為に追加で装備した外付けのレーザーライフルを構えて、捧げ銃の姿勢を取る。
そして影が集う、影が集う。ビルの谷間に、崩された瓦礫の隙間に。この街に存在するありとあらゆる日の当たらない場所から染み出した影が集って形を成す。
即ち黒だ。
鋭く赤い爪、羽の如く背中から突き出した
そしてその手には邪悪な大鎌。命を刈り取る得物を握りしめた死神が姿を現す。
その名は
けれどそれでも、宗次郎はブレード【
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