第05話「紡グ対価」

SCENE5-1≪反転≫



(さて、ここは一気に攻める場面。下手に時間をかけては奇襲した意味が無くなる)



 終王黒機ザナクトの中枢にて、機械の中に埋もれ半ば操縦席に組み込まれた外間とのまは思考する。あの継王蒼機ザナクトが自分の機体の同型機ならば、そのエネルギーゲインは常時毎秒0.5%回復するのだ。


 仮に10秒放置すれば5%、1分放置で30%までリチャージが完了してしまう。継王機という存在はただそこに存在するだけでそれだけの可能性を生み出す怪物。相手が何かをする前に、撃破してしまうに限る。



「三佐、タイミングをこちらと合わせろ。集中砲火だ」


『了解』



 量産機モノイーグルの操縦士達に指示を飛ばす。やや自我が薄いものの、単純な操縦技能に関しては間違いなく一流である。それこそあの継王蒼機ザナクトと出会うまでは1機も欠けることなく戦い抜いたのだから。


 11機の量産型は一糸乱れぬリズムでレーザーライフルを構えて、その単眼モノアイとリンクさせる。


 地を這う継王蒼機ザナクトに向けて、11つの砲門が向けられる。エネルギー消費こそ激しいが、そのどれもが一撃必殺の破壊力を秘めているのだ。更にそれを全て回避したのならば、外間とのま自身が直々に終王黒機ザナクトのデスサイズで刈り取ればよい。


 見たところ、加藤の試作機から奪ったブレードを装備しているが。だとしても逆転の目はない。もうこの時点で勝敗は決しているのだ。後はどれだけ被害を少なく勝利するのかの一点。


 空に浮かぶ終王黒機ザナクト単眼モノアイが、地から見上げる継王蒼機ザナクトに照準を合わせる。そして次の瞬間、量産機モノイーグルから放たれたレーザーが絶対必死のキルゾーンを生み出して、継王蒼機ザナクトは炎に包まれた。





 継王蒼機ザナクトの奥底で、宗次郎は思考する。このままでは負ける。そしてその上でユイの【リブート】は使えない。もしこの状況で有効なのならば、彼女が使うと言い出すだろうし、何よりも嫌な予感がする。


 ならば、この場に使えるリソースはあるのか? 60発のマイクロミサイル、右手に握った中型ブレード、残された十数%のエネルギーゲイン。回復速度を考えればギリギリ1発バーストインパクトを放てるかもしれないが、間合いを詰めるエネルギーが足りない。


 向けられた11つの銃身バレルの奥にエネルギーが収束しているのが見える。一斉射なら回避出来る可能性はある。だがそこで詰みだ、それ以上どこにも行けない。つまり今手持ち手札ではどう足掻いても勝ち目はないのである。


 ならば、削れる部分はどこだ?


 体は。記憶は。魂は


 カチャリ、とポケットの中でスイッチが

 

 そこでふと気が付いた。R粒子炉が可能性を燃やすという言葉の意味を。



「そ■君、■ー■?」



 ユイが宗次郎の名を呼んでいる。ああ分かっている。けれど方法はそれしかない。灰色に切り替わった世界で、彼は操縦桿から離した右手をポケットの中に突っ込み、スイッチを押し込んでONにする。


 その行為に意味は無い。ただの確認。


 広兼教授の言っていた可能性とは、あの装置における。あれは存在の有無を模式的に表しているだけである。つまりR粒子炉が、継王機ザナクトが消費する力とはだ。



「そー君、だめぇぇぇぇっ!」



 、けれど止まれない。


 世界が赤く染まり、宗次郎の意志に応えた継王蒼機ザナクトがアラートを鳴らし、彼の目の前にウィンドウを展開する。



【R粒子炉反転稼働承認しますか? Y/N】



 どこまでもシンプルで、致命的な文言。ユイのような祈りは必要ない。宗次郎に必要なのはどこまでもシンプルな覚悟ただそれだけ。後ろから伸びる手がその背に届く前に彼の指がウィンドウに展開するYの字に触れて世界システムが反転する――





 オフィス街を核爆弾の爆発を凌駕する熱エネルギーと、それによって生み出された衝撃波が蹂躙する。どのような手段を取ったとしても、あの蒼い機体がこちらと同じ継王機ザナクトである限り戦闘力は喪失している。


 収束する爆炎と共に、地上に穿たれた惨状が視界に飛び込んでくる。赤熱した空気がアスファルトを液状化させ、融点を超えた金属が水飴の如く蕩けて折れ曲がる。ガラスは砕ける前に蒸発し、あるいは灼熱地獄が存在するのなら眼前の光景になるのだろうか?


 戦いとすら呼べない一方的な蹂躙。相応のリソースを使ったが、加藤を殺した相手を無為無策に放置していれば今後どうなるかは分からない。不確定要素は可能な限り取り除くべきだ。



「三佐、継王蒼機ザナクトの残骸を回収しろ。これでも跡形程度は――」


『いえ、まだです』



 量産機モノイーグルを取りまとめる三佐の言葉に反応し、回避行動を取れたのはそもそも外間とのまの体に継王機ザナクトの異常性が染みついていたからだ。いまだに舞い散る土煙を吹き飛ばしたのは今しがた行った集中砲火よりもなお強大なエネルギーの奔流。


 プラズマ化した大気に巻き込まれ、一番至近距離位置していた量産機モノイーグルが左半身を消し飛ばされる。



「ちぃ! 何が!?」



 爆心地から何かが立ち上がる。それは世界を塗りつぶす怪物。歪んだ蒼が見える。溶けたアスファルトの海、その中心で今しがたレーザーを放った灰色の右腕をこちらに向ける影が一つ。

 

 鋭く赤い爪、羽の如く背中から突き出した誘導弾格納槽ミサイルハイブ。そして頭部を飾る3本の黄金に輝く王冠ブレードアンテナと、


 左から右に移ったアイセンサーの光から禍々しい赤色が漏れ出している。



――【リバース】――



 終王黒機ザナクトの操縦席に響いた言葉は外間とのまの知らぬ絶対王権。暴君と呼ぶべきどこまでも世界を焼き尽くす悪夢が吠えてサブスラスターを広げて飛んだ。


 外間とのまは覚悟を決めて大鎌を構える。この化け物は止めなければならない。このまま放置すれば滅びから残った世界の欠片すら燃やし尽くす。


 ポケットの中に入れられた装置スイッチに一瞬だけ意識を向けて。此方へ向けて突撃する継王蒼機ザナクトだったものに向け、正面から向かい合う。ただ彼女の残したいと願った世界を守るために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る