SCENE5-2≪敗北≫



 宗次郎の視界が赤く染まる。ユ■の声は聞こえない。鳴り響くアラートと、赤く点灯するモニターに表示される情報だけが今彼にとって意味のある事柄だ。


 11発、放たれたレーザーの閃光。そのどれもが1撃で継王蒼機ザナクトを撃破するに足るエネルギーが込められている。けれど碧色の左眼ではなく、赤色の右目を持ったこの機体はザナクト


 宗次郎は操縦桿を握った手を掲げる、誰かが叫ぶ。関係はない、ここで負ければ終わりなのだから。方法を選んでいる余裕はないのだから。ナニカが壊れていくのを感じつつ、既に口を笑みの形にする余裕すらなくなっていた。


 けれど掲げた灰色の右腕は、鋭く尖ったその指先が、突き刺さる閃光を受け止めて拡散させる。防御障壁に限界を超えたエネルギーを注ぎ込み、密度を向上させることで強引に捻じ曲がった空間で熱量を受け流す。


 直撃コースにあったのは正面からの3発だけ。残りはこちらの脱出コースをふさぐために放たれている。気にする必要はない。


 拡散したレーザーが周囲のコンクリートを溶かして液状化させ。煮え立つ黒い地獄を生み出した。その中心に立ったまま、後ろから届く誰かの叫びを聞きながら、ちらりとサブモニターに目を向ける。


 エネルギーゲインは


 裏返ったゲージがガンガンと減りながら、致命的な何かを消費していく。その事実をあえて無視して歯を食いしばり、頭に響く激痛ケイコクを無視して継王蒼機ザナクトであったものを振り回す。


 ■イからの操縦補助が無くとも、直接R粒子炉と接続しされた現状ならば機体は自由に動く。神経よりも早く、時間すら意思カノウセイを伝達する粒子が宗次郎の思考をダイレクトにザナクトに反映させていく。



(システムの掌握…… 完了。レーザーの迎撃、終了。あとは――)



 この地獄に飛んできたマイクロミサイルの群れは迎撃する間でもない。歪んだ大気と超高熱の極限環境下で無意味に炸薬の華を咲かせて散っていく。その環境で機体を維持する為にガリガリとエネルギーゲインが消耗していく。現在


 まだ、戦える。


 爆炎が消える前にそのまま指を開いて、レーザーブラスターを敵に向け発射する。

まずは1機モノイーグルの半身を吹き飛ばした。


 次にサブスラスターを展開し、燃焼に必要な酸素をかき集める為に、周囲の灼熱に染まった空気を推進器に吸い込んでいく。肺が焼ける感覚を幻視するが構わない。その程度の痛みで勝ちを拾えるならば安い買い物なのだから。



「負けて、たまるか…… 2度もっ!」



 あり得ない記憶が蘇るスイッチが点滅する。過去か、あるいは未来か。泣き叫ぶユイの声。継王蒼機ザナクトを駆り、終王黒機ザナクトに立ち向かい。そして宗次郎は敗北して―― そして彼女と共に願ったのだ。と。


 纏まらない、纏まらない、思考が収束していかない。


 幻想と共に重力を振り切り、スラスターから噴き出すR粒子の輝きが大気をイオン化させて、空をザナクトの巨躯が舞う。



 漆黒の大鎌デスサイズを構えた終王黒機ザナクトに対して、赤く燃える瞳を向ける。周囲の雑魚を相手している余裕などない。アレを倒せればそれで相手のは終わり。


 だから刈り取る、彼女の望むこの可能性を存続させる為に。


 生身にない感覚を想起し、背面に据え付けられた誘導弾格納槽ミサイルハイブに込められたマイクロミサイルを全て発射する。頭痛ケイコクが止まらない、機体と同時にミサイルを操作し、終王黒機ザナクトへの進路を強引に確保する。



(ああ、感覚が。これ…… 広がっている?)



 宗次郎は自分の視野が360度に広がっていることに気が付いた。その上で自分の外側と機体の外側を同時に把握している。コンソールやパネルの状態と共に、周囲に展開する量産機モノイーグルの動きを理解出来ていた。


 時間の流れが狂っている。いやそもそも


 この世界には昨日も明日も物理的に存在しない。それがあるとするならば人の認識の上だけに存在している。だからそれが拡張されれば、こうも簡単に時間を無視して人の限界を超えた認識を得ることが出来るのだ。



「邪魔を、するなよ!」



 宗次郎はこちらを包囲するために展開した量産機モノイーグルに対して個別にミサイルで狙いをつける。10機の巨人は変形し、単眼の灰鳥と化し此方に向かってくるが、個別制御でばら撒かれたマイクロミサイルに進路を塞がれ、反転する。


 だが追撃の手は緩めない。60分割された意識がミサイルを操って燃料の続く限り灰色の灰鳥モノイーグルを追って、追って、追って。破裂。


 宗次郎ミサイル指先センサーが砕けて、その衝撃が航空機の装甲を叩く。これで残った10機の量産機モノイーグルを3秒は食い止められる。



(ブレードは、左手に!)



 終王黒機ザナクトに対して有効な攻撃は2つ。一つは左腕のバーストインパクト。もう一つは右腕のレーザーブラスター。どちらも直撃すれば有効打を与えられる。ブラスターは必殺とはいかないが、継王機ザナクト同士の戦いならば手足の一本でも奪えれば、本来ならばその時点で勝負は決まるのだから。


 だが遠距離からレーザーブラスターを撃ち込んでも、あの終王黒機ザナクトは倒せない。。R粒子炉と直接繋がった事で流れ込んだ可能性が初めての敗北の記憶を再起リブートさせる。


 宗次郎が確実に勝ったと思えた狙撃に対する完璧なカウンター。


 射撃の硬直を狙って来るパターン。だからこその接近戦。あのデスサイズによる白兵戦は未知数だが。それでもブレードファルコンよりは下であると直感する。



(基本はブレードファルコンの時と同じ、)



 R粒子炉と完全にリンクした宗次郎は勝利の為に可能性を繰り返す自動装置と化している。最早最初に設定した勝利という目的以外を忘れ果て可能性を燃やし続ける。自分を信じた老人の言葉も、自分を恐れた友人の恐怖も、そして自分と共に戦う事を選んだ誰かの事すら――


 黒が迫る、黒が迫る。


 橙色の単眼モノアイで此方を睨む終王黒機ザナクトが迫る。


 圧縮され赤熱する大気の音は、もう聞こえない。崩壊した時系列の中で終王黒機ザナクトの操縦席を狙って。宗次郎は左手に握りしめた剣を向ける。距離はまだ遠い。恐らくデスサイズによる迎撃は間に合う。


 1秒先の可能性を並べ立てる。想定通りに終王黒機ザナクトは両手でデスサイズの柄を握り前方の空間を薙ぎ払う。刃でこちらを狙ってはいない。シンプルにこちらの突き出したブレードに直撃させて弾く腹積もり。


 だからそのロジックを粉砕する。


 エネルギーゲイン。左手から迸る紫電が空気をプラズマ化させてイオン臭が加速する機体の装甲を一瞬だけ駆け抜けて―― 刃が震える。莫大な運動エネルギーがブレードを通じて、デスサイズに、そして終王黒機ザナクトに叩き込まれた。


 デスサイズが宙を舞う。フレームも無事ではあるまい。ざっと見る限り敵はこの近距離で使えそうな射撃兵装を有していない。10機の単眼の灰鳥モノイーグルが此方に向かって来るまでたっぷり2秒弱。


 負ける要素は存在しない。宗次郎は右手を振り上げる。光が集う、光が集う。一撃で継王機ザナクトすら撃破する超高熱のレーザーブラスターの砲門が終王黒機ザナクトの操縦席に突きつけられる。



「これで、終わりだッ!」


『その程度か、継王蒼機ザナクト。ただ暴走するだけの獣であるならば――』



 通信機の向こうから声が聞こえた。皮肉屋な所は変わらずに、ただその口調からやさしさだけが失われていて――


 知っている、知っている。宗次郎はその声の主を知っている。


 だが既に機体は止まらない。灰色の手から閃光が放たれる。ほぼ零距離から放たれたレーザーは、終王黒機ザナクトの胴体に直撃する。いや、ギリギリの所で機体を傾けて直撃だけは避ける。けれどもその右腕は肩から吹き飛ぶ―― はずだった。


 時間が狂う。いやもとよりこの世界において時間は絶対の基準ではなく、ある意味通貨、あるいは空間と同じ。より多くのそれを支配した方が勝つ。有限のリソース。



キバオドくるう。がれ。絶対王権ロイアリティシップ



――【リベリオン】――



 灼熱する空気、誰かの叫び。


 終王黒機ザナクトは無傷のまま、宗次郎の駆る機体の右肩が吹き飛ぶ。赤い隻眼と共に顔の半分が溶けて潰れて――


 そしてブレードを握りしめたまま継王蒼機ザナクトはビジネス街に向けて墜ちていく。青かった空をいつのまにか雲が覆っていた。爆発的な熱量がこの閉じた世界の中で大気の循環を起こす。


 衝撃、道路の中央に継王蒼機ザナクトが骸を晒す。いやまだ生きてはいる。宗次郎も。けれどR粒子炉はチリチリと残熱で焼けるだけで戦えない。ぼやけた頭の中で前を見れば、ギリギリで避けたレーザーによって操縦席の上右半分が吹き飛んで外が見えている。


 水蒸気の蒸発する音が宗次郎の耳に届き。ぽつり、ぽつりと頬が濡れて。


 ようやく雨が降っていることに気が付いた。そして操縦席の向こう側。曇り空に立つ終王黒機ザナクトが、ただただその単眼モノアイからまるで涙を零すように雨を滴らせて、じっとこちらを見下ろし。



『ああ、そうか―― 広兼由依ひろかね ゆい。この世界の君は、生きているのだな』



 外間春夫敵の操縦士は、今しがた宗次郎が忘れていた少女の名を呼んだ。

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