SCENE5-2≪敗北≫
宗次郎の視界が赤く染まる。ユ■の声は聞こえない。鳴り響くアラートと、赤く点灯するモニターに表示される情報だけが今彼にとって意味のある事柄だ。
11発、放たれたレーザーの閃光。そのどれもが1撃で
宗次郎は操縦桿を握った手を掲げる、誰かが叫ぶ。関係はない、ここで負ければ終わりなのだから。方法を選んでいる余裕はないのだから。ナニカが壊れていくのを感じつつ、既に口を笑みの形にする余裕すらなくなっていた。
けれど掲げた灰色の右腕は、鋭く尖ったその指先が、突き刺さる閃光を受け止めて拡散させる。防御障壁に限界を超えたエネルギーを注ぎ込み、密度を向上させることで強引に捻じ曲がった空間で熱量を受け流す。
直撃コースにあったのは正面からの3発だけ。残りはこちらの脱出コースをふさぐために放たれている。気にする必要はない。
拡散したレーザーが周囲のコンクリートを溶かして液状化させ。煮え立つ黒い地獄を生み出した。その中心に立ったまま、後ろから届く誰かの叫びを聞きながら、ちらりとサブモニターに目を向ける。
エネルギーゲインは-25%。
裏返ったゲージがガンガンと減りながら、致命的な何かを消費していく。その事実をあえて無視して歯を食いしばり、頭に響く
■イからの操縦補助が無くとも、直接R粒子炉と接続し拡張された現状ならば機体は自由に動く。神経よりも早く、時間すら介さずに
(システムの掌握…… 完了。レーザーの迎撃、終了。あとは――)
この地獄に飛んできたマイクロミサイルの群れは迎撃する間でもない。歪んだ大気と超高熱の極限環境下で無意味に炸薬の華を咲かせて散っていく。その環境で機体を維持する為にガリガリとエネルギーゲインが消耗していく。現在-35%。
まだ持つ、戦える。
爆炎が消える前にそのまま指を開いて、レーザーブラスターを敵に向け発射する。
まずは1機モノイーグルの半身を吹き飛ばした。
次にサブスラスターを展開し、燃焼に必要な酸素をかき集める為に、周囲の灼熱に染まった空気を推進器に吸い込んでいく。肺が焼ける感覚を幻視するが構わない。その程度の痛みで勝ちを拾えるならば安い買い物なのだから。
「負けて、たまるか…… 2度もっ!」
纏まらない、纏まらない、思考が収束していかない。
幻想と共に重力を振り切り、スラスターから噴き出すR粒子の輝きが大気をイオン化させて、空をザナクトの巨躯が舞う。
漆黒の
だから刈り取る、彼女の望むこの可能性を存続させる為に。
生身にない感覚を想起し、背面に据え付けられた
(ああ、感覚が。これ…… 広がっている?)
宗次郎は自分の視野が360度に広がっていることに気が付いた。その上で自分の外側と機体の外側を同時に把握している。コンソールやパネルの状態と共に、周囲に展開する
時間の流れが狂っている。いやそもそも流れていない。
この世界には昨日も明日も物理的に存在しない。それがあるとするならば人の認識の上だけに存在している。だからそれが拡張されれば、こうも簡単に時間を無視して人の限界を超えた認識を得ることが出来るのだ。
「邪魔を、するなよ!」
宗次郎はこちらを包囲するために展開した
だが追撃の手は緩めない。60分割された意識がミサイルを操って燃料の続く限り灰色の
(ブレードは、左手に!)
だが遠距離からレーザーブラスターを撃ち込んでも、あの
宗次郎が確実に勝ったと思えた狙撃に対する完璧なカウンター。
射撃の硬直を狙って来るパターン。だからこその接近戦。あのデスサイズによる白兵戦は未知数だが。それでもブレードファルコンよりは下であると直感する。
(基本はブレードファルコンの時と同じ、敵の切り札を凌いでからのカウンター)
R粒子炉と完全にリンクした宗次郎は勝利の為に可能性を繰り返す自動装置と化している。最早最初に設定した勝利という目的以外を忘れ果て可能性を燃やし続ける。自分を信じた老人の言葉も、自分を恐れた友人の恐怖も、そして自分と共に戦う事を選んだ誰かの事すら――
黒が迫る、黒が迫る。
橙色の
圧縮され赤熱する大気の音は、もう聞こえない。崩壊した時系列の中で
1秒先の可能性を並べ立てる。想定通りに
だからそのロジックを粉砕する。
エネルギーゲイン-50%。左手から迸る紫電が空気をプラズマ化させてイオン臭が加速する機体の装甲を一瞬だけ駆け抜けて―― 刃が震える。莫大な運動エネルギーがブレードを通じて、デスサイズに、そして
デスサイズが宙を舞う。フレームも無事ではあるまい。ざっと見る限り敵はこの近距離で使えそうな射撃兵装を有していない。10機の
負ける要素は存在しない。宗次郎は右手を振り上げる。光が集う、光が集う。一撃で
「これで、終わりだッ!」
『その程度か、
通信機の向こうから聞き覚えがある声が聞こえた。皮肉屋な所は変わらずに、ただその口調からやさしさだけが失われていて――
知っている、知っている。宗次郎はその声の主を知っている。
だが既に機体は止まらない。灰色の手から閃光が放たれる。ほぼ零距離から放たれたレーザーは、
時間が狂う。いやもとよりこの世界において時間は絶対の基準ではなく、ある意味通貨、あるいは空間と同じ。より多くのそれを支配した方が勝つ。有限のリソース。
『
――【リベリオン】――
灼熱する空気、誰かの叫び。
そしてブレードを握りしめたまま
衝撃、道路の中央に
水蒸気の蒸発する音が宗次郎の耳に届き。ぽつり、ぽつりと頬が濡れて。
ようやく雨が降っていることに気が付いた。そして操縦席の向こう側。曇り空に立つ
『ああ、そうか――
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