SCENE5-3≪墜落≫
ピースが足りておらず。どこまでも理解が追い付かない。けれど失われた筈の記憶が、これまで得られた情報によって形作られた輪郭がぼんやりと今の状況を指し示していた。
ゆっくりと
せめて一矢報いようと、宗次郎は操縦桿を左右に動かすが、電源が落ちたモニターも、先程まで自由に動いてい機体も反応しない。それでいてガンガンとした
最も宗次郎のたくらみが成功したとしても、周囲に展開している
そこまで理解して、ギリリと歯を食いしばる。胸が痛い。背中から聞こえる微かな吐息。彼女の無事を確認したいが、それ以上に目の前に仁王立ちした
雨が降りしきるなか、
広兼研究室でいつも笑顔で、教授から頼まれた無茶を困り顔で引き受け。それを何でもこなしていた、天然パーマとキッチリと着込んだスーツが印象的な長身の男。
「なんで、
正に良き兄貴分と呼ぶのにふさわしい好漢であった。
けれど表情がまるで違う。人のよさそうな笑みは、幽鬼の如く生気を失い。見覚えのある、けれど似合わない赤いセルフレームの眼鏡の内側からこちらを見下ろす瞳には狂気と負の感情が満ちている。
「ああ、お前も生きて…… いや、それは無いな。死んだ癖に蘇ったか」
死んだ癖に蘇ったと罵られたことよりも。ただお前と呼ばれた事が辛い。それだけのことを記憶にない自分がやってしまったのかとギリギリと心が痛む。間違いなく彼もまた宗次郎を形作っていた世界の一部であったのに。
「新聞記事にはそう書いてあったけれど、いま俺はここで生きているだろう」
どうにか虚勢を張って、視線を合わせようと努力する。語勢を強く、口元を無理やり釣り上げようとするがどうにも上手くいかない。
「ああ、それは認めよう。お前は生きて
「お前の目的はなんだ?」
喉が渇く、声が出ない。ユイや爺さん達相手にああも回った口が。今はこうも動かない。操縦席を割いた亀裂から零れる雨粒を額に受けて。ようやく心を振り絞った。
「この世界を、守ること…… だ」
けれど、それ以外に。外間准教授が放った問いかけに返せるものは何もなく。少なくとも最初は、ユイと再会した時は真実だったはずなのに。今この瞬間はどうにも空虚で嘘まみれになっている。
「分かった上で口にするか。度し難い」
スーツ姿の
目の前に衝撃が叩きつけられた。倒れた
20m以上の落下を、まるで何もなかったと受け止めて。目の前に現れた
雨粒が垂れる、
だが、互いに相手を見ていない。宗次郎の意識は背後で気を失っているユイに。そして
「俺を、殺すんですね。准教授」
他に言いたいことは沢山あった。けれどいまこの時に、彼に対してぶつけるべきものはそれ以外に無い。覚悟を決める、顔の分からない何かではなく。自分を育んだものと対峙する為に。
「ああ、殺す。いや元に戻す。お前は死んだんだよ。この世界が滅びた時に」
外間准教授の言葉はどこまでも冷たく、宗次郎の心に突き刺さる。優しかった、いつも困った顔で笑っていて、それでいて人の成功を心から喜べる善人。そしてこちらが助けようと伸ばした手をいつだって握りしめてくれる。
どこまでも優しかった彼の姿は、もうどこにもない。
それこそ自分とユイを殺すのならば
「いや、違うな。R粒子炉の起動実験時、お前が世界を滅ぼしたんだ」
思考が固まる。どうにか積み上げた戦意が崩れ落ち。今度こそ完全に、意識が空白になった。自分が世界を滅ぼした。何故? そもそもどうやって? 理解すら出来ぬまま、記憶にない世界滅亡の責任が叩きつけられて。
ガンガンと
「ああ、一応言っておいてやる。お前は悪くない。ただ理解出来ぬまま、広兼教授の指示に従っただけのお前に責任は一切ない。間違いなくお前は被害者だ。保証する」
そこには慈悲があった。殺さなければならぬ相手に対して、その理由を知らぬままに死ぬのは余りにも無念だろうと。冥途の土産を断罪の刃と共に叩きつける行為を、そう呼んでも許されるのならば。
「だがお前はやり過ぎた。広兼教授が理解していたよりもR粒子との親和性が高かったのか。それとも他に理由があったのか。今は分からない。だが結果として可能性が焼き尽くされた」
「だからお前はここで終われ。彼女が望んだ世界を守る為にお前は邪魔だ」
分かっていた、彼がここまで言うのなら本気だと。必ず自分を殺すつもりだと。だからこそ意味がないと分かった上で前に出る。純粋な戦力差で勝ち目はない。けれどもし生身で手が届けば、その上で
彼の右手はスーツの中に吸い込まれ、そして取り出されたのは予想外の
発砲音が聞こえたのは1発目だけ。その後2回、腹と胸に衝撃が走る。ゆっくりと視界を埋めた赤でようやく宗次郎は自分の体に弾丸が叩き込まれたことを理解する。
突き出した手は、
ぐしゃりと、何かがつぶれる音と。ザァザァと降りしきる雨の音が最期に残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます