SCENE4-3≪真実≫


『この動画を見ているのは恐らく、木藤君だろう。他の人間はそもそも他のファイルで充分にこの世界に起こっている現象を理解してくれるはずだ。君は才能に溢れた好青年ではあるがそれはそれとして我々の研究は難解である』



 随分と研究室の学生に酷いことを言ってくれると宗次郎は苦笑する。けれど自分の理解力を考えればこういわれても仕方がない。実際にあれだけのファイルを見てその内容を把握できなかったのは事実だ。



『無論、我々が懇切丁寧に説明すれば君は理解する事は出来る。だが世界は滅ぶ寸前で時間がない。よって手短に必要だと思われる情報をこの動画に纏めておこう』



 教授はマグカップを手に取って、唇を潤してから会話を続ける。よく画面を見れば教授の顔には隈があり、記憶の中と比べると活力が無く老け込んでいた。それこそ新聞を読む限り大学を一つ吹き飛ばしたのだから当然と言えば当然だが。


 ならばなぜこの動画をここで撮影できたのか、明らかな矛盾が存在しているが今は飲み込む。あるいはそういった部分にも説明があるのかもしれない。



『まず、最初に結論から言うと。この世界は滅びる』



 ここまでは宗次郎もユイからの説明で理解している、今知りたいのは何故の部分。



『そして蘇らせる為には他の世界の可能性を喰わねばならん。この喰うべき他の世界というのは俗にいう並行世界とは少し違う。等価の世界が複数同時並行に存在するという過程はナンセンスだ。そもそも時空と空間は有限なのだからな』



 ここもある程度までは理解していたが。どうやら争う世界とは並行世界ではないらしい。あまり豊富ではないサブカルチャーとSF的な知識で考える限り、それが正解だと思っていたのだが。



『本質的には並行する世界ではなく、と呼ぶべきかな? 分かりやすくするために一つ装置を用意したから見て欲しい』



 ごそごそと後ろに手を回し、画面の中の教授が取り出したのは4つの電球と4つのスイッチが取り付けられた代物であった。シンプルな構造だがつくりは丁寧ていねいで。恐らくは外間准教授の仕事だろうか。



『この4つの電球が示すことが出来るパターンはOFF、OFF、OFF、OFFからON、ON、ON、ONまでの16通りだ。これが並行する可能性を表現している』



 頭が痛くなってきたが、ここまではシンプルな4ビットの表現でしかない。シンプルな2進数4桁、情報処理の基礎中の基礎。現代人として理解出来なければ不味いレベルの教養なのでどうにか食らいつく。



『そして、この装置。電球とスイッチの塊が世界だ。ここには16通りの可能性が存在しているが、



 その言葉でぼんやりとした理解が形となる。ユイから聞いた世界同士の争いを漠然とした並行世界同士の戦争だと思っていたが様相は全く違う。これは複数の可能性がたった一つの世界そうちを争う椅子取りゲームなのだ。



『恐らくこれで、君は理解してくれるだろう。そして次にこう思うはずだ。何故この並行する可能性同士が滅び、そして争うことになったのかと』



 確かに、ここまでは世界は1つで可能性が同時並行的に存在しているというだけの話だ。そして宗次郎の記憶が確かならば、世界の可能性は普通ならば互いに滅ぼし合ったりはしない。そもそもそんな与太話はSFの中に収まっていた。


 けれど今、自分は現実をSFに近づけるギミックを知っている。



『それは私の開発してしまったR粒子炉のせいなのだ……』



 画面の中で教授が顔を両手で覆い、そして力が込められた指先が皮膚を食い破る。余りにも凄惨な絵面にうっと宗次郎の肺の中から空気が漏れた。ところでようやく手を放し、説明を再開する。



『新しきエネルギー、事実上の永久機関。その可能性に私は、我々は狂喜した。それは君も知っているだろう。何せR粒子との支配力の高さからスカウトされた君は、研究の最盛期を我々と共に過ごしたのだから』



 ああ、そうだ。誰も彼も良い人ばかりだった。教授も、准教授も、所属している学生も。未だに顔があやふやな人間も多いが、理系ではない自分にもわかりやすく説明を行い楽しそうに研究を続けていた記憶が溢れてくる。



『だが、何事にも代価は必要で。R粒子機関は疑似的な永久機関ではなく、たったのだ。気づいた時には手遅れだった』



 目を見開いて告げられたその言葉が先程の、並行する可能性と結びつき。おぞましい可能性が宗次郎の脳裏に浮かぶ。



『火力発電所が燃料を燃やすように、R粒子炉は可能性を燃やす…… そしてああ、我々は燃やされたのだ。!』



 つまり今宗次郎が認識している世界とは、可能性の燃えカスであり。それをどうにか継ぎ合わせた結果がユイと共に海で見た分割線パーティングラインなのだ。



『詳しい事は説明すまい。私でも推測の段階だ。必要なら学び情報を集めた上で資料を読み込みなさい。それだけの基礎データーを我々は集積している』



 大量の理解できないファイルの内容を思い返す。確かにあれらを読み解ければいつか真実にたどり着ける。そんな予感があった。

 


『だが、我々の世界を滅ぼしたR粒子炉は希望でもある。可能性を燃やす機関はより高位のシステムの干渉を受けない限り。可能性を紡ぐことも出来る。限られた領域と可能性を循環させることで、疑似的な閉鎖世界を作り出すことが出来るのだ』



 教授は装置をバラバラと解体していき、一つの電灯にスイッチを入れる。つまりそれが現在の世界なのだろう。可能性と世界の一部を強引につなぎ合わせた蘇ったと呼ぶにはあまりにもお粗末な存在。



『そして君ならばそうやって紡いだ可能性を束ね、いつか世界を滅びから救えるかもしれん。そのための継王機ザナクトなのだから』



 確かにアレがこの世界を滅ぼした原因であったとしても。今は頼るしかないのだ。並行した可能性程度に己が生きて来たこの世界をはいそうですかと差し出せるほど、宗次郎は悟ってはいない。



『実質世界を滅ぼした私が、君にこんなことを言うのは筋違いかもしれないが。世界とそして、いや…… もう一つは頼む必要も無いな。それではもう会うことは無いだろう。さようならだ』



 机の上に切り離したスイッチを一つ教授は置いて、スマートフォンに手を伸ばし、画面がプツリと途切れて動画の再生は止まる。ふと机の上を確認すれば、スイッチが目に留まる。おもむろに手に取り押し込むと組み込まれた電球が点灯する。


 これはただの概念モデルで、スイッチを押せば電球が光るだけの代物でしかない。けれど宗次郎にとってそれは可能性である。教授が自分に、残したもの。


 そこでポタリとデスクに落ちた水滴を見て、ようやく宗次郎は自分が泣いている事に気付く。もうこの世界に教授はいないのだ、宗次郎は教授の研究を全て理解出来ていたわけではない。けれど彼にとって代えがたい恩師だったのだ。


 けれどその事実をかみしめる前に、スマートフォンのメロディが鳴り響く。誰からの連絡かと確かめる前に、ポケットにスイッチを放り込み。その代わりに取り出したスマートフォンに耳を押し当てる。



「もしもし、どうした?」


『そー君。今どこ?』



 微かに上ずったユイの声に、強引に袖口で拭って涙を押し込める。まだ彼女との記憶は思い出せていないが。けれど死んだはずの自分はどうやら随分と意地っ張りだったようである。



「大学だ、何か問題が?」


「コードT…… じゃ通じないよね。あの黒いザナクトと別の世界が攻めて来たの。今すぐにビジネス街で合流、出来る?」



 どうやら悲しんでいる時間は無いらしい。だから出来ると返してカツカツと研究室の外へ向かう。広兼教授の願いを叶えるために、世界を守ろうとするユイの助けるために。そして何より積み重ねた自分をもって彼女と向き合うために……


 まだ思い出せぬ事が多かったとしても、世界はまってくれないのだから。

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