SCENE7-2≪対峙≫


 かつて頭痛警告で頭が割れそうになりながら彷徨った、鉄骨がむき出しになっている廊下。そこを宗次郎は全速力で駆け抜ける。多少の瓦礫など気にせず踏破して。ただ前に、前に、前に!


 自分が覚えている場所と構造的には変わっていない。ただ荒廃し爆発で一部が倒壊しているだけだ。ところどころ穴が開いている部分もあるが、構わずに飛び越えていく。過剰なアドレナリンで興奮する体は、自分が思う以上によく動く。


 半ば人の限界すら超えた速度のまま、研究室のある階に続く踊り場に突入。それと同時に直感で体を傾ける。


 直後、脇腹のすぐ横を亜音速で駆け抜ける弾丸。服が破れ、胴体をバットで殴られたのと同じ程度の衝撃が走るが、宗次郎は足を止めない。



「貴様ぁっ!」



 顔を上に向ければ、9mm拳銃を片手で構え、鬼の形相で自分を見つめる外間准教授の顔があった。さて、これにどう返すべきか。距離はまだ数メートル、間合いにして数歩、後1発は弾丸が撃ち込まれるかもしれない。


 当たれば死ぬ。間違いなく今の外間は終王黒機ザナクトとリンクしているのだ。


 常識的に考えるなら後退すべきだ。下がって別の道を探す。勝手知ったる母校である以上、いくらでも違う道を選べる。


 わざわざ本人が迎撃に来た以上。白兵戦で外間にとって自由な手札は少ない筈だ。あるのなら囲んで叩けば終わりなのだから。だから、逃げるべきだ。下がるべきだ。もう一度、チャンスを待つべきだ。



「――けど知るか、クソ喰らえっ!」



 宗次郎は自然に顔を上に向け、不敵に笑い階段を駆け上がる。


 ああ、カードが悪いからと場を流すのも一つの手段。けれど今はそんなクレバーな手は使いたくはなかった。テーブルをひっくり返してでも、やるべきことをやるほうが余程楽しいし、何より



「正気か!?」



 そう吐き捨てながら、外間は再び構えた拳銃を宗次郎に向け。階段にもう一度銃声が鳴り響く。けれど動揺と共に吐き出された弾丸は外れ、回避行動を取るまでもなく更に間合いを詰める。



「馬鹿め、っ!」



 ああ、間違いなく。今の自分は最高にイカれた顔で笑っている。少なくとも鉄火場でやる顔ではない。一秒でも、刹那でも、ただし時は止めることなく。前に進んで広兼由依彼女に思いを伝えたいのだから。


 だがそれを止めようと、外間准教授は己の前に立ち塞がる。馬に蹴られろと内心で悪態を零しつつ、宗次郎は左手で持った鞘に収まった日本刀の柄を、己の利き手みぎてで握りしめる。


 恐らく、いや間違いなく加藤と名乗った男の遺品。


 彼がどんな顔をしていたのか、宗次郎は知らない。どんな人生を送っていたのかも分からない。知っているのはその声と、あの鮮やかな太刀筋のみ。


 それだけで、信じられる。


 彼が人生を賭した一品というのなら、刀の良し悪しは理解できなくとも。それだけで信じるに値する。だからこうも易々と命を預けることが出来るのだ。


 直撃コースの弾丸、狙いは腹。頭を狙って仕留められる技量がないのか、あるいはこの場で殺すつもりではないのか。どちらであっても構わない、。だからあとは確信と共に刃を振るえばそれで終わり。


 日本刀で飛来する弾丸を切り裂けたとしても意味がない。たとえ2つに切り裂いたとしてもそれは分かたれた致命的な一撃として襲い掛かってくるのだから。


 発砲音が耳に届く、引き伸ばされた感覚が弾丸の動きを認識する。空気すら重みのある超高速の刹那で刃が弾丸に食い込む。


 けれど、ただ切り裂くだけでは不十分。だから手首を捻る、突き立った刃が回る。


 弾道が歪んだ、宗次郎の振るった日本刀に絡み取られた弾丸は明後日の方向に飛び去り、踊り場に光を取り込む窓ガラスを立て突き破る。その音を背後に聞きながら、宗次郎は刃を振るい切り広げた空白に飛び込み、更に前へ、前へ!



「――っ!?」



 外間が絶句する、それは文字通りの絶技であった。刃による弾丸の迎撃、人類史上で数えたとしてもそれが成功した回数は片手の数に及ぶまい。あるいはそれはただの偶然で、同じことをこの後100度繰り返せば、100回は死ぬに決まっている。


 だが、やり遂げた。今必要なただ1回をこの場で宗次郎はやり遂げたのだ。


 刃の届く距離。振るえば必殺とまではいかないが。有効打は与えられる距離。互いの吐息すら感じられる距離で赤いセルフレーム越しに互いの視線が交差する。


 自分はこの外間准教授をどう思っているのだろうか?


 彼は、自分が知っている。あるいは覚えている外間准教授とは別人なのだ。あるいは自分が知っている範囲では同じなのかもしれない。けれどどうしようもなく自分が知っている准教授とは違う道を辿っている。


 そうでなければ、そもそも今ここに自分はいない。


 これほどまでに憎しみを向けられていたのなら、間違いなく殺されている。だから自分の知っている外間准教授は、木藤宗次郎のことをここまで呪ってはいなかったのだと信じることにした。





 外間春雄にとって、今目の前に立つ木藤宗次郎は理解出来ない存在であった。何故量産機を組み上げなおしこの世界にたどり着けたのか。何故ああもあっさりそれを乗り捨て生身で研究棟に乗り込んできたのか。


 何故自分と出会った瞬間、逃げることを選ばずに前に進んだのか。何故弾丸を避け、それを切り払えたのか。


 何故、何故、なぜ、なぜ――


 常識を無視し、確率を蹴飛ばした彼が口にしたのは恋であった。


 愛にすら届かないひと時のまがい物。いつか笑い飛ばせる形で風化する軽い思い。断じて、その程度のものに負けるわけにはいかなかった。自分が愛した広兼由依ひろかね ゆいが愛と命をもって救ったこの世界は断じてそんなものに負けはしない。


 まだ手に持った9mm拳銃には弾丸が残り4発。距離はクロスレンジだが、継王機とリンクしていない。ならば日本刀など恐れるに足らず。たとえあれがこの身に届こうとそれがこの身を傷つけることはない。


 だから照準に意識を集中させ、気が付いた。予想している範囲に、木藤宗次郎がいない。その位置がずれている。分からない、分からない、何処だ、どこだ、どこ――


 視界の横を、影が通り過ぎる。


 刃はこちらに向けられていない。むしろ役割を終えたとばかりに鞘の中に。


 理解出来ない。こちらかこれ程までに呪っているのに、木藤宗次郎はこちらに刃を向けることなく。いや駆け抜けていく。


 どこを目指しているのかは動きで理解出来た。研究室に向かっている。奴の目には間違いなく自分の姿が映っていた。その上でなお彼は刀を振るうことではなく前に進むことを選んだ。


 扉が開かれて、その中に木藤宗次郎が飛び込んだのを確認してから、ようやく外間は自分の手に持っている物の意味を思い出し。この瞬間、彼の脳内には無防備にこちらに背を向ける敵に弾丸を撃ち込もうとする当然の考えすらなかった事に気付いて唖然としてしまう。


 そして、あの部屋に何があるのかを考える。


 命を失った広兼由依と、ナイン。そして木藤宗次郎達の世界コードEにおける広兼由依生贄だ。自分にすら手を出さなかった木藤が、保存されているユイとナインに手を出す可能性は低い。


 間違いなく奴の目的は広兼由依生贄だ。恋をしていると言い切ったのだから、ただそれだけの為に世界を渡ったのだから。ならばその恋を、その命ごとこの手に持った拳銃で撃ちぬこうと決意して、外間春雄は研究室に向かう。


 ただ木藤宗次郎を殺し、広兼由依生贄の心を完膚なきまでに砕く為に。

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