第07話「終リ滅ビシハ黒キ王」

SCENE7-1≪降下≫



「ああくそ、あのクソジジィ! なぁ~にが高機動と装甲を両立した。だぁっ!」



 どこまでも暗い虚無と分割線パーティングラインを通り抜け、世界を超えた宗次郎に初めに襲い掛かったのは敵ではなく、大気の衝撃であった。


 確かにカタログスペック通りの性能は出ている。速度はマッハ3、継王蒼機ザナクトを遥かに超え、下手をすればこの広く遍く無限の、あるいは有限の可能性において最速の人型機動兵器と呼んでも間違いはなさそうだ。


 最も現状において、ブルーバイパーは歪ながら航空機形態をとっているのだが。


 問題はそこではなく、限界を超えた振動だ。継王蒼機ザナクトよりも狭い一人乗りの操縦席は文字通りカクテルシェイカーの如く、操縦服を着込んだ宗次郎を振り回す。間違いなく並の人間が耐えられる乗り心地ではない。



「乗用車並みとは言わないけどなぁ、せめて広兼が乗れる程度にゃ……」



 愚痴と並行して、上空から状況を確認する。ブルーバイパーの単眼モノアイが捉えた映像の解析度は低い。


 けれどもこの機体に登録されていた『コードS』と呼ばれる可能性、あるいはセカイが、自分達のものよりもずっと荒れ果てているのは見て取れる。


 おそらくこちらの世界は時間が経過しており、終わりのない今日を繰り返すのではなく一歩ずつ確実に破滅へ向かって進み続けているのだ。


 時を失い明日に進まない宗次郎達の『コードE』と、どちらが悲惨なのだろうか?



「しかしまぁ、お早い迎撃おでむかえで……っ!」



 このセカイコードSには海はない。空から見れば分割線パーティングラインがビルと街を区切っている。だが大学やオフィス街を見る限り、宗次郎達の世界コードEと同一の場所も含まれている。


 どうやら広兼博士が示した、世界の概念は単純な空間で分けられる程シンプルではないらしい。


 けれど細かい考察を行う前に、半ば廃墟と化した大学から10機の量産機モノイーグルが飛翔する。囲まれればそのまま敗北してしまうのは確定的。



「先手必勝、ミサイル発射ぁ!」



 継王蒼機ザナクトの物と同じマイクロミサイルが10発、ブルーバイパーの脚部に増設された装甲の内側から放たれる。これで敵をどうにかしようとは考えていない。宗次郎に必要なのは確実に敵を撃破出来る機会である。


 敵はミサイルの一斉射撃を危なげなく回避するが、それで隊列が乱れた。



「まずは、一機ィッ!」



 宗次郎は更にフットペダルを踏み込みブルーバイパーを加速させ、一番前に出た量産機モノイーグル相手に真っ向勝負ヘッドオン。そこから左右の操縦桿を強く前方に押し込む。


 蒼が花開はなひらいた。


 歪な飛行物体を形作る装甲が割れて展開し、駆動機関を剥き出し、機構を組み替えて人型を模していく。その隙を狙って敵機はレーザーを放とうとするが、この距離ならば既に


 ブルーバイパーの翼、その分離した一部を両腕で握りしめる。それはブレードファルコンの持っていた大太刀の一部。中型ブレード【隼】に加工する時に生まれた、5mの端切れを磨き上げた双剣である。


 レーザーの砲身よりも内側、接近戦を超えた文字通りの白兵戦で、高硬度の刃が超音速をもって量産機モノイーグルを切り捨てる。



「次ィ!」



 両翼を切り裂かれた敵機を足蹴にして、ブルーバイパーの落下を加速させる。


 敵が展開する防御障壁を切り裂く時に、十分な速度があれば、その分エネルギーゲインの消耗は抑えられ。未だにゲージは90%を超えている。残り9機を勢いのまま倒せれば最善だが、そう上手くいく保証はない。


 そして既に敵は連携を取り戻している。3機が格闘戦を、3機がその援護を、残りの3機がバックアップとして展開していく。



「そっちの都合に、合わせるかよぉ!」



 今度は両腕に握った操縦桿を全力で引き寄せ、ブルーバイパーを飛行形態に戻し、そこから加速しながらコースを大きく外れる。空戦において強引な機動変更は大きなリスク。だがそれでも、順当に負ける勝負を挑むよりは随分ましだ。



「ターゲット、ロック! こいつでぇっ!」



 そしてその状態で、右の操縦桿を押し込み、バイパーの半分だけを可変させ自由に動く右腕に構えたレーザーガンポットで2機目の量産機モノイーグルに照準を合わせて発砲ファイア


 撃鉄を押し込むのと同時に、無理な空力抵抗を受けた右腕の追加装甲が吹き飛ぶがエネルギーは消費していない。そのまま人型に変形しなおし、見栄を切るように首を動かし、腕を広げて機体の安定を取り戻しつつ戦果を確認。


 レーザーで翼を撃ち抜かれた敵機が地に向かって落ちていく。


 未だ敵は無軌道で、予想よりも遥かに高速なこちらに動きに対応できていない。せめて今のうちにもう2機、いや終王黒機ザナクトが出てくるまでに5機までは削りたい。



「って、余計な欲だな…… ったく、連携が良くて嫌になる!」



 こちらが態勢を立て直そうとした、ほんの僅かな時間で残った8機のモノイーグルも陣形を整え、失われた戦力を補完し包囲網を完成させた。生半可な練度ではない、それこそ宗次郎のように実戦の繰り返しではなく、規律と訓練によって成り立った、彼らは軍勢なのだ。


 そして、レーザー砲による包囲攻撃の幕が開ける。曇り空を閃光が貫き、その合間を縫ってブルーバイパーが舞い踊る。可変し、あるいは翼のように足を羽ばたかせ、継王蒼機ザナクト以上の高機動を武器にして敵の攻撃を耐え忍ぶ。


 

 いや、距離を詰める。



「っし! 潰れろォ!」



 両腕に構えた2丁のガンポットから放たれたレーザーが、前方に展開した2機に対して有効打を与えるが。しかしその結果、致命的な隙を他の6機に与えてしまう。周囲から回避不能なタイミングでレーザー攻撃が収束。


 ブルーバイパーの装甲が破裂し、空に爆炎が広がる。



「……ったく、爺さん。いい仕事じゃねぇか!」



 だが、ブルーバイパーの本体はのまま。いや一回り小さくなったフォルムが爆炎の中から飛び出し、更に2つキルマークを増やし。どこまでも光が差さない曇り空の下で、ブルーバイパーは文字通り軍勢相手に無双を重ねる。


 未だに強烈な振動は続いているが、どうにかミスをせずに綱渡りは続けられている。いや、むしろその綱渡りはここからが本番だ。何せ攻撃を防いでくれる追加装甲は既にない。


 エネルギーゲインは未だに70%を超えているが、だからといって安易に防御障壁で受ければそのまま動きが止まり、集中砲火を浴びで終わり。


 そうなれば、間違いなく。量産型とはいえ継王機ザナクトの火砲には耐えることは出来ない。


 ならば、どうする? 目的を達成するために、今何をすればよいのか――



「――忘れるな、世界を救うことも。!」



 故に、選ぶのは降下。眼下に広がる大学に向け、ブルーバイパーを超高速でダイブさせる。敵に背後を見せるのは完全なる悪手。けれども意表はつける、稼げる時間は数秒か?


 けれど、それでマッハ3の蒼き矢は地上に届く。


 轟音が響き、世界が揺れた。


 それを着陸と呼ぶにはあまりにも無様で、ありていに言って墜落と呼んだほうが実情に対して正しい。けれど絶対王権ロイアリティシップを持つものは、継王機ザナクトを駆るものでなければ殺せない。


 ボロボロになった操縦席の中で、宗次郎は口元を吊り上げる。ああ、この程度で死ねるものか。小さな声で大破したブルーバイパーにありがとうと呟き、目の前に広がる画面と共に風防キャノピーを蹴り、そしてそのまま飛び降りた。


 5mほどの自由落下、迫るレーザーのイオン臭が鼻をくすぐる。だが、まだ死なない、絶対王権ロイアリティシップを持つ外間とのまに出来るのならば、自分にも同じようにやれるはずだ。


 着地の衝撃が足を貫く。その直後背面のブルーバイパーにレーザーが直撃した。転がる。致命的な爆発が、継王機ブルーバイパーのR粒子炉から切り離された自分を襲う前に。


 背中を炙る熱、けれど曇り空の下ただ一人きり。状況は最悪、身を守るものは飛び出す時に取り出した使いこなせるかも怪しい日本刀一本のみ。いや――


 横目に蒼い巨人が見えた。その隻眼シングルアイに光はなく、膝立ちの状態で黄色のテープで手足や搭乗口が封印されているが、五体満足な姿で己を駆る王を待ち続けている。



「……来たぜ、継王蒼機ザナクト。ちょっとだけ、待ってろよ!」



 無理やり口元を吊り上げ不敵に笑い、大学の校舎に向かって走り出す。自分たちの世界と比べれば荒廃したそれは、間違いなく自分がくらくらとした頭で見た重なり合った


 理論も理屈もなかった、ただ駆け抜けてボロボロの建物の中に飛び込んでいく。そしてそのまま一直線に広兼研究室を目指して走り出す。そこが運命の場所で、そして自分が恋した少女がいるのだと分かっているのだから。





 カチャリと、赤いセルフレームがコンクリートの上で音を立てて落ちる。



「何故、貴様は……っ!」



 外間とのまは屋上から見ていた光景の非常識さに体を震わせる。木藤宗次郎という男は、何故前に進めるのだろうか? その先に何があるのか理解することなく、安易に、意地汚く。けれどあれほどに真っすぐに前を向いて突き進む。


 その眩しさが彼の眼と、心の闇を焼く。


 考えていたのだ。『コードE』から奪った広兼結衣を犠牲にする意味を。そこに主観的な意味があるのか、そもそも違う魂で駆動する同じ記憶を持った人間は、本当に同一の存在なのか?


 分からない。分からない。分からない。


 あるいは木藤宗次郎の力ならば、あらゆるパラメーターを【反転リバース】させ、世界すら滅ぼす力を借りれば死者すら蘇る可能性は否定できない。いや、それでも無理だ。


 絶対王権ロイアリティシップを稼働させる代価とはである。己が望んだ奇跡を、世界に刻み込む所業。あるいは全能に近いR粒子炉の持つ世界改変能力が、どのように振るわれたかの履歴。


 故に彼女の命を反転させて蘇らせることは出来ない。そうすれば彼女が命を賭して守ろうとしたこの滅びゆく世界が失われてしまう。そしてそうやって蘇らせた彼女は果たして同一のものであろうか?


 自分が望んだ世界が滅んだ時に彼女は、外間自分を愛してくれるのか?


 ああ、だから。自分のものではない彼女を踏みにじる以外に方法はない。そもそもこちらを見ず、自分以外の何かにすがろうとしている、自分が愛した少女と同じ姿をした彼女はどこまでも怖ろしい。


 だから、ナインにその処遇を任せた。彼女の魂を、己の由依に移植する研究を進めるのに必要な時間は恐らく1週間程度。ナインには口にしていないが、その程度の目途は立っているのだ。



「ああ、だから。お前は殺す。彼女を取り返しに来たんだろう? だから殺す、彼女の目の前でもう一度、殺して―― そうすればもう希望はどこにもなくなる。そちらのほうが何かと都合がいいからな」



 記憶や感情が強ければこの移植の難易度は上がる。ナインも知らない事だが、外間が個人的に行った人体実験の結果。それくらいのことは把握できている。だからアレは彼女の前で殺すのだ。丁寧に己の由依を汚さない、無色の魂にするために。


 外間は赤いセルフレームを拾い上げ、瞳を隠す。スーツの内側に入っていた9mm拳銃の安全装置を解除し、軽く構える。見たところ木藤宗次郎は何か刀のようなものを持っていたが関係はない。継王機ザナクトとリンクしていない状態であれば一方的にこちらが殺せる関係で、どうにでも料理できる。


 終王黒機ザナクトと接続している自分を殺すには、それこそ継王蒼機ザナクトと接続しなおすしかない。先に広兼由依の確保を選んでしまったのが木藤宗次郎の失策なのだ。


 そして外間とのまも運命の場所に向かう、ただ愛すべきもう死んだ少女の為に。

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