SCENE1-2≪終幕≫



「それで、そー君はザナクトのこと、どれくらいわかってる?」



 ユイの静かな声をBGM にしてレーダーに目を落とす。残り1 2 機のモノイーグルの内3機が太ももからガンポットを取り外て、バレルを延長し。明らかに過剰なエネルギーをチャージしていた。


 確実にこちらを撃破する全力攻撃の構え。


 残りの9機は此方からの射撃を警戒し、戦闘軌道を取り、レーザー砲でザナクトに集中砲火を浴びせかける。ダメージは無いがジリジリと減少するエネルギーゲージを見る限り、このまま突っ立っていれば撃破されるのは時間の問題である。



「強いが、無敵じゃねぇって事は何となく思い出したぜ!」



 足元のペダルを踏み込み、背面と脚部、そして腰部にあるスラスターに推力を回し、甲高い音がビルを貫きガラスが砕けて宙に舞う。幸いな事に避難は完了しているようで、目に入る範囲で被害にあった人間は見つからない。


 それでも被害がないと思い込むことは出来なかった。けれど自分が戦わなければもっと多くの人が死んでいる。そう確信めいた何かが自分の中で響き渡り、無理やり思考を切り替える。



「対空可能時間は?」


「毎秒エネルギーゲインを0.1%を消耗。当然防御と攻撃でも減っていく」


「回復は?」


「毎秒0.05%、実質戦闘中の回復は期待出来ない」



 蒼い巨躯が宙に舞う。航空力学を無視した怪物が、物理法則をエネルギーで強引に捻じ曲げ、ビルを超え空を舞う単眼の鳥モノイーグルを目指して飛び上がる。灼熱した大気が歪み、無茶な飛翔に操縦席が小刻みに震え始めた。



「ああ、ミサイル以外に何か飛び道具は?」


「なし、大切に使うこと。リロードにはエネルギーと時間が必要になる」



 現状ではザナクトは速度は音速を超えられない。30m、120tの巨体が宙に浮き、戦闘可能な時点で規格外ではあるのだが。それでも超音速で飛翔する敵と格闘戦を行うには一歩足りない。



「ああ、要するに実質使い切りだな。ユイ! ミサイル全弾発射ァ!」


「――オートでA1からA30、B1からB30、発射する」



 あまりにも常識外れの指示に、一瞬声が止まるが。ユイの指が物理キーボードの上を走り抜け。ザナクトの背面に翼の如く突き出した誘導弾格納槽ミサイルハイブから片側30発、合計60発のマイクロミサイルが噴煙と共に吐き出され、空間を制圧する。



「いや、コントロールを! イージーイメージデータリンク!」


「姿勢制御は?」


「3秒、直進を維持!」



 宗次郎は機体制御を一時手放し、ミサイルの制御に集中する。60発の飛翔体を個別で制御することなど不可能。だからこそ大まかな群れとして3つのベクトルを与えて解き放つ。


 オートモードのシンプルな動きに意思が混じり、3機のモノイーグルを獲物を狙う猟犬の如く追い詰めていく。


 迎撃のためにレーザーを放つが、それすらも宗次郎が与えた揺らぎによって合間を縫って飛翔する。防空の為にまとまった3機のモノイーグルに対して、近接信管が起動しマイクロミサイルが数発纏めて爆発した。だがそれだけはまだ足りない。この可変戦闘機械ヴァリアブルバトルマシーンはザナクトと同じ防御障壁を纏っているのだから。



「だがよ、隙は出来た!」



 爆発に巻き込まれた3機の敵が形勢を立て直す前に、ザナクトが白兵戦の間合いに踏み込む。文字通り手が届く範囲、宗次郎の攻撃によって半径20mの間合いに押し込められた獲物に爪を振るう。本命は猟犬ミサイルではなく狩人ザナクトだ。


 右手のストライクローが1機の胴を切り裂き、左手が2機目を上から両断し、3機目は振り回した右足の先が上半身を蹴り潰す。



「状況再定義、敵機にバンディット1から13のコードで呼称」


「1から4まで潰せたんだよな?」


「そう、エネルギーゲイン77%、残敵数9…… このペースなら勝ち目はある」



 冷静に状況を分析してユイの声に喜びが混じる。だがここで得られたアドバンテージは強引にもぎ取ったものだ。エネルギーの消費だけを見るならこのまま戦えば勝てると思えるが。


 だが、唯一の飛び道具であるミサイルを全弾消費、純粋な速度では倍近い速度差があるのだ。敵がそれに気が付いて距離を取り、包囲攻撃を行うところまで持ち込まれれば完全に詰む。


 宗次郎がザナクトの全てを思い出せれば、打開策もあるのだろうが。ご都合主義はここまでらしい。頭の中をかき回してもこれ以上の知識はどこにも存在しない。



(ミサイルで場が混乱している間に、せめて1機。いや2機は潰す……っ!)



 三次元レーダーの光点を横目に、視線誘導で高度を更に高く。スラスターの出力は最大限に。高度優位を稼ぎ、速度と機動力の差を少しでも埋めようと足掻く。だが切り替えの早い1機バンディット5が追撃を開始する。圧倒的な速度差に任せてこちらの頭上を取るつもりなのが見え見えだ。

 


「どうするの、そー君。届く武器はもう手元にないけど」


「いや、バーストインパクト、セット!」


「セット、ユーハブ」



 敵は此方の間合いの外側で、戦闘機に変形しグングン上昇していく。ニヤリと機首に埋め込まれた単眼モノアイがザナクトを嗤う。だがまだ手はある、宗次郎がニヤリと不敵な笑みを返しトリガーを押し込めば。ザナクトの右腕に紫電が走り、圧倒的な物理エネルギーから放たれた衝撃が、大気を伝わりモノイーグルの翼を叩く。



「エネルギー効率は悪いが、なぁっ!」



 姿勢を崩した機体に爪を伸ばし、敵機バンディット5の胴体を握り込み全力垂直降下フリーフォール、内臓がねじ切れる程の超加速に宗次郎の体と、後ろに座ったユイの口から悲鳴が上がる。


 そして、衝撃。


 未だオロオロと低空を彷徨うモノイーグルバンディット6に対し、ザナクトと握りしめた敵バンディット5の合計150tの質量を叩きつけてやる。下敷きになったビルが砕け、2機の巨大ロボットが戦闘不能の鉄屑ジャンクと化した。

 


「残りゲインまだ60%オーバー、ペースは悪くない」


「……いや、ユイ。空気が変わった」



 ガチリ、と強引に"ナニカ"がはめ込まれる感覚。残った8機のモノイーグルは宗次郎達を取り囲み、けれど攻撃を仕掛ける様子はない、待っている。空が歪む、ザナクトと同じ青い空に、暗雲が広がり、世界から光が失われていく。


 影が集う、影が集う。ビルの谷間に、崩された瓦礫の隙間に。この街に存在するありとあらゆる日の当たらない場所から染み出した影が集って形を成す。


 即ち黒だ。


 鋭く赤い爪、羽の如く背中から突き出した誘導弾格納槽ミサイルハイブ。ただし頭部を飾る3本の闇に染まった王冠ブレードアンテナは半ばから折れ、橙色の単眼モノアイが怪しく蠢く。


 そして何よりも違うのは、無手の継王蒼機ザナクトとは対照的に邪悪な大鎌。命を刈り取る得物を握りしめたその姿は死神と呼ぶに相応しい。



「黒い…… ザナクト!」



 8機のモノイーグルを従えた、黒き王が舞い降りる。ギリギリの処で保たれていた戦力のバランスが一気にひっくり返されたのだから。終王黒機ザナクトの性能は未知数だが、同型機である以上。こちらとほぼ互角だと考えるべきだ。



「いいえ、大丈夫・・・。これなら戻せる・・・!」



 背後からユイの指がキーボードを叩く音が聞こえた。

 


「これならボクの権能が機能する」


「どういう意味だ、ユイ! 説明が足りない!」



 記憶が足りない。敵がいて、守るべき相手がいる。分かるのはただそれだけだ。高速でユイが何を仕上げようとしているのか分からない。その推論を埋められるピースが手元に無いのだから。



「明日するから、家に来て。正確に時系列を現すのなら明日とは呼べないけれど。主観的には明日で間違っていない。そー君はボクの住所はメモしているはずだから」



 その言葉でシャツの胸ポケットに突っ込まれたスマホの事を思い出す。持ち物どころか着ている服すらあやふやな状況であった事に気が付いて、自分がどこまで、何まで知らないのかふと疑問が浮かぶ。



マワれ、メグれ、サカしまに。キザまれ、クダかれ、モドらない。ササげし、イノりはワレらがムネに…… 継蒼王機ザナクトモトに、絶対王権ロイアリティシップ



――【リブート】――



 音が消え、時間が止まる。


 その感覚に驚き、宗次郎は声を上げようとするが体は動かない。彼女の祈りと共に再び世界が歪み。色彩と輪郭を失い、世界の幕が下りる。ゆっくりと解けていく自我のが消える直前に、後ろから延ばされた彼女の右手が背中に触れる感覚。その意味に気が付く前に全てが巻き戻り。そして――

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