SCENE7-4≪終王≫


「ユイっ! 姉さんの処置を頼む。救命パックとか、あるだろう?!」


「木藤君、それは…… 無茶ぶり。安定させる為に、R粒子炉と繋いでみる」



 背後でナインを救うために、ユイが作業をしているのを確認した上で。宗次郎は周囲に目を向ける。残敵数は2機程半壊しているが、未だ8機の量産機モノイーグル。そして終王黒機ザナクトが立ちふさがっている。



 「さぁて、ああは言ったが。真っ当な手でここからどうひっくり返す?」



 決して条件は悪くないのだ。これまでと比べれば敵の戦力は半壊状態。ただし未だに【リベリオン】に対する対応策は思いついていない。ならば、まずは何はともあれ、敵の数を減らしていく事が先決だろうか?。



「ユイ、振り回すぞ。姉さんの固定は?」


「終わってる。これ以上出来ることはない位。そしてちょっと待って」



 後ろの座席から、ユイが頭を超えて膝の上に降りてきて。そのまま腰を据えてこちらを見上げてくる。赤いセルフレームの内側にある碧眼の無邪気さに、慌てて宗次郎は目を反らした。



「ユイ……!?」


「これが、最適だと思う。後部座席はナインさんの為に使ってるから」



 多少動きにくいが、操縦桿を左右に動かして機体を操作出来る事を確認。多少心拍数は上がっているが許容範囲内。エネルギーゲインは100%、誘導弾格納槽ミサイルハイブは60発装填済み。右腕にはレーザーブラスター、左腕にはバーストインパクトと中型ブレード【隼】、サブウェポンとしてのストライククロー。


 そして膝の上に乗ったユイ。これが今この瞬間、木藤宗次郎の持つ手札の全て。


 息を吐いて吸う。灰色の右手と、腰に増設されたスラスターで継王蒼機ザナクトの蒼の純度は下がったが、間違いなく芯となる強さが上がった。


 3倍を超える戦力を前にして、だからこそ宗次郎は獰猛な笑みを浮かべる。



「――状況再定義、量産機モノイーグルをバンディット1から8のコードで呼称」



 その笑みで、ユイの緊張が少しだけ緩む。それだけでも笑った甲斐がある。


 灰色の量産機モノイーグルが次々と地に舞い降りて。包囲網が完成する、その直前にペダルを踏み込んだ。



「行くぞ、ユイ! ミサイル全弾発射ァ!」


「最初から? ――分かったA1からA30、B1からB30、発射」



 先制攻撃を警戒し、終王黒機ザナクトが場を離脱。代わりに3機の量産機モノイーグルが歩を進める。問題はない、必要なのは1対9の状態から一瞬でも逃れる事だ。ミサイルの弾幕で作られた防壁の内側。戦力比は1対3。未だ不利だが宗次郎と継王蒼機ザナクトならばひっくり返すことが出来る。


 継王蒼機ザナクトが躍る。大学の瓦礫を跳ね上げて、30mの巨体が刃を振るう。継王蒼機ザナクトの半径20mが、量産機モノイーグルにとっての絶対即死圏と化した。


 敵3機バンディット1~3のガンポッドからレーザーが吐き出される。威力よりも弾幕を目的とした。こちらの機動力とゲインを削る為の攻撃。だから――


 あえて消耗を恐れずに前に出る。


 防御障壁の上を閃光が走り、エネルギーゲインが減っていくが。距離は詰まった。



「ブレード、いけるの?」


「ああ、もう実戦で3度は剣を振るった。それで生きてるなら一人前!」



 胸に抱いたユイが後方座席から取り外したワイヤレスキーボードを叩き、モーションパターンをセット、選択、斬撃。見事な一文字切りで、眼前の敵機バンディット1を両断する。残りゲインは85%。



「ユイ、レーザーブラスター、頼む!」


「レーザーブラスター、セット。



 振り下ろした左手はそのままに、宗次郎は操縦桿を振り回し右手のレーザーブラスターを背後に向ける。ユイがそのままキーボード操作でターゲットをロックし発射。


 超高熱のレーザーが背後から襲い掛かろうとしていた、量産機バンディット2を撃ち抜いた。エネルギーゲインの残量。残り60%。



「木藤君、ゲインが厳しい……」


「いや、それでも数を減らす!」



 これまでの繰り返しの成果はゼロではない。宗次郎は戦闘経験を蓄積し、継王蒼機ザナクトは強化され、敵の戦力は確実に低下している。けれど、これ以上の繰り返しが期待できない以上。ここで下手に安い手を狙ってもジリ貧でしかなく。無理でも高い手を狙わなければ勝ち目はない。



「悪い、ユイ。振り回す! オレに掴まれっ!」


「……わか、った」



 白兵戦の攻撃範囲外ギリギリからレーザーを放とうとする量産機バンディット3に対し、左手で振り下ろした中型ブレードや、右手を後方に向けて放ったレーザーブラスターは1手で有効打にはなり得ない。ならば残った武器は、継王蒼機ザナクトの質量と速度だ。


 腰に追加されたスタビライザーの根元から、R粒子の輝きが解き放たれ。継王蒼機ザナクトが前方に向けて撃ち出される。崩壊した大学の瓦礫を吹き飛ばし、超音速×総質量150tの破壊力が量産機バンディット3に襲い掛かった。


 多少のレーザーは防御障壁で受け止めて、前に突き出した3本の黄金に輝く王冠ブレードアンテナのうち、中央の1本をモノイーグルの胴体に全力で叩き込む。


 灰色に染められた装甲を、研ぎ澄まされた金色が穿ち貫く。


 多少のレーザー程度なら耐え抜く量産機モノイーグルの防御障壁であっても。圧倒的な運動エネルギーと硬度を前にすれば紙屑に等しい。そのまま宗次郎は継王蒼機ザナクトの首を荒々しく振り回し、哀れな獲物をその質量をもって切り分けた。



「――エネルギーゲイン50%。残敵、量産機モノイーグル5、終王黒機ザナクト1」



 激しい戦闘機動に胸の中のユイが抗議の視線を向けて来たので、小さくすまんと呟いた。この状況下においてスマートな手段で勝てる程、木藤宗次郎は無敵の主人公ヒーローではない。


 けれど決して無力ではない。敵を分断し、量産機モノイーグルを3機撃破し、残った5機のうち2機はブルーバイパーで戦った時に中破した機体である。実質的に敵の戦力の半分近くを削ったと言っても過言ではない大戦果。


 そして空中でマイクロミサイルの群れが全て迎撃されて、散っていくのを視界の端に広がるステータスウィンドウで確認した。



「さて、そろそろ弾幕の効果は無くなるよ―― なっ!」



 闇よりもなお黒い影が迫る。マイクロミサイルの爆風を超えて、橙色の単眼モノアイから滲み出る憎しみが、大鎌デスサイズと共に継王蒼機ザナクトに向けて襲い掛かって来た。


 ブレードファルコンと比較すれば、その刃の速度は遅い。だが大鎌デスサイズという本来武器としてはあり得ない得物を、終王黒機ザナクトは、そしてそれを駆る外間は見事に振るっている。


 柄を指先で回し、大鎌デスサイズの刃をナイフの様に小刻みに揺り動かし、文字通り寸刻みで継王蒼機ザナクト装甲ゲインを削り取っていく。



「くっ! これは……」


「木藤君、不味いの?」



 一撃必殺の恐ろしさはない。単純な破壊力で言えばブレードファルコンの方が遥かに上であると断言出来た。けれどより強いのは、より勝機が少ないのは、間違いなく外間の駆る終王黒機ザナクトの方である。


 何よりここで勇んで攻めたとしても【リベリオン】で切り返されるのだ。


 更に離脱して仕切りなおそうとすれば、数による優位をもってそれを防ぐ。徹底的にミドルレンジを維持し続け。消耗戦に状況を落とし込んでいく。それは既に戦士の戦い方ではない、処刑人、いや獲物を追い込む狩人か。


 瓦礫の上で、蒼と黒が躍る。


 1手目はマイクロミサイルの弾幕で宗次郎達が有利を取ったが、2手目にして状況を詰みに向けられた。レーザーと大鎌デスサイズで作られた牢獄。あるいは断頭台がじりじりと継王蒼機ザナクトの首に迫る。



「ユイ、残りのゲインは?」


「35%。ボクが判断する限り、ここからの勝率はゼロ。このままなら順当に負け」



 エネルギーゲインが緑から黄色に切り替わる。ユイの判断を改めて精査する。絶対王権ロイアリティシップ【リベリオン】は恐らく因果逆転のカウンター。ユイの【リブート】や宗次郎の【リバース】と比べれば限定的ではあるが、戦闘においてこれほど恐ろしいものはない。


 ユイの【リブート】は相手との合意を必要とするが、外間の【リベリオン】にはそういった制約はなさそうだ。


 発動条件、必要な代価は不明。


 だからこそ、踏み込めない。高い技量と堅実な戦術によって宗次郎の駆る継王蒼機ザナクトを追い込んでいく。


 ジリジリと減り続けるゲインに心が焦る。けれど、だからこそ宗次郎はあえて笑おうとして、疑問にたどり着いた。そもそも絶対王権ロイアリティシップとは何なのか?


 継王機ザナクトを駆るものが振るう、絶対的な力。ユイの【再起動リブート】、外間の【反逆リベリオン】。そして自分が振るった【反転リバース】。恐らく、この力は機体にではなく個人に紐づいている。


 だから閃いた、R粒子炉を持つ継王機ザナクトというシステムを理解することは出来なくとも。人から理解する事では出来るのではないかと。


 つまるところそれは、に他ならない。


 終王黒機ザナクトの振るう大鎌デスサイズを防御障壁で受けて、息を吸う。抱きしめた状態のユイの香りが鼻をくすぐり、思わず赤面んしてしまう。その様子を見た彼女が、膝の上で微笑んで。終わりに向かって減り続けるゲインを前にして、宗次郎は自然体のまま言葉を紡ぐ。

 


「ユイ、俺を信じてくれ」


「わかった」


 

 言葉を思う。己が持つ力を再定義する。無味乾燥なコードメッセージにYで答えるのと導かれる結果と同じ。けれど思いを込める。、魂に刻み、、心に刻み。口元に浮かべた笑みと共に継王蒼機ザナクトに告げる。



ホロびよ、サカしまにめぐれ。世界セカイツムがれろ。スベては、イマこのナカに、絶対王権ロイアリティシップ



 そして世界は――





 継王蒼機ザナクトの右目が赤く燃え盛ったのを確認し、外間とのまは己の勝利を確信する。廃墟から瓦礫と化した大学の上、どこまでも広がる曇り空の下。かつてただ蒼かった王が咆哮する。



――【リバース】――



 即ち、継王機ザナクトが本質的に持つR粒子炉の作用を利用した、エネルギーを注ぎ世界を維持する機能の反転。あれこそが木藤宗次郎の本質、文字通り世界を己の感情をもって焼き尽くした破滅の炎。


 ああ、けれど。もうアレに世界を滅ぼさせはしない。歪んだケーブル、デジタル、アナログ構わずに埋め尽くされた計器の奥底で外間は赤いセルフレームをかけ直す。


 今、己の背で、培養液の海で揺蕩たゆたう彼女の為に。世界が木藤宗次郎きふじ そうじろうの暴走によって焼き尽くされた後。滅びた世界の崩壊を遅らせる為に、終王黒機ザナクトに魂を捧げた少女。


 外間の主観においてたった7日、あるいはこの滅びた世界においてそれは時間は意味を持たないのかもしれないが。それでもなお彼は広兼由依ひろかね ゆいという少女を愛して。


 そして、間違いなく愛されもしたのだ。


 その最後に頬に落とされた唇の熱さを今も覚えている。


 だから、けれど、世界は救われなかった。彼女の持つR粒子に対する適応はずば抜けて高かったが。それでもが引き起こした破滅は、の犠牲では終わらなかった。


 それで詰み、それで終わり。


 だから外間とのまはこの死の運命が確定した世界で足掻き続けている。一分一秒でも先に残すために、彼女が命を賭して守ろうとした世界を廻そうと足掻いて――


 その思いの全てをあの木藤宗次郎は嘲笑った。何度となく失ったものを取り戻し、支払った代価を踏み倒し、何度叩き潰しても蘇り刃と共に立ち上がる。


 ああ、だから何度でも殺すのだ。アレはもう、生きているだけで全てを焼き尽くす災厄なのだから。


 継王蒼機ザナクトが躍る。追加スタビライザーにエネルギーを注ぎ込み、強引な動きで離脱を試みて。そうして量産機モノイーグルの集中砲火の直撃を受ける。まだ形は崩れていない。だが確実にそのエネルギーゲインは0を通り過ぎマイナスだ。


 継王蒼機ザナクトが躍る。外間の大鎌デスサイズが届かぬ先で、灰色の右腕を掲げ、レーザーブラスターを薙ぎ払い、その余波で2機の量産機モノイーグルと共に熱線が大気を溶かし、世界は黄昏へと傾いていく。


 だが、それでいい。


 継王蒼機ザナクトが広兼教授の作り上げたR粒子炉で稼働する限り。絶対王権ロイアリティシップからは逃れられない。それは全能を縛るかせ継王機ザナクトと呼ばれるシステムは全て、万能の神に等しい力を、人の身のまま振るう為の器なのだから。


 木藤宗次郎が考え無しに止めを刺しに来たらそれで終わり。【リベリオン】は戦闘において、見切れる範囲においての敗北を全て勝利に変える。そして1度、2度と失敗しても構わない。


 くべる代価は幾らでも残っているのだ。広兼由依を愛した7日以外の全てが、彼にとって木藤宗次郎と継王蒼機ザナクトを倒すために使えるリソースなのだから。


 己が愛したユイが望んだ世界を続けていく、それ以外は全て些末事。


 ナインに求められた事も、加藤との戦いも、今なお己の配下として戦う三佐との出会いも。全て彼女に捧げることが出来る。



 継王蒼機ザナクトが、躍る――



 蒼い風の中に、一筋の赤。中型ブレードと、赤い爪によって生み出される暴風が、残った3機の量産機モノイーグルを切り刻んだ。



 継王蒼機ザナクトは、まだ躍る。



「何故―― だ」



 瓦礫の街を熱で焼き、辛うじて生きていた人々を殺し尽くしなお、継王蒼機ザナクトは――



「何故、まだ止まらない!?」



 既に外間の想定を超えたエネルギーは世界を燃やす。限界を超えた広兼由依が望んだ世界、いや―― 外間が王として君臨した世界に分割線ヒビワレが走り、砕けていく。



「まだ、まだっ! 奪うのか、貴様はぁっ!」



 世界が、砕けて―― 反転する。


 広がる虚空。綺羅星のように見えるのは、残された小さな世界。ある意味宇宙と近く、けれど空間も時間も存在しないは虚無と表現する事しか出来ない。


 けれどはあった。


 羽の如く背中から突き出した誘導弾格納槽ミサイルハイブ。頭を飾る3本の黄金に輝く王冠ブレードアンテナと、灰に歪んだ右腕を誇り、左手に持った刃を構え―― 燃え盛る右の赤眼せきがん、そして輝く左の碧眼へきがん


 本来、片目しか持たぬ機械仕掛けの王座スローン・エクス・マキナが拡張されて――


 双眼そうがん継王蒼機ザナクトが。今も過去も未来もないこの場所で、産声を上げる。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る