第08話「継ギ紡ガレシハ蒼キ王」

SCENE8-1≪継王≫


 瞳がたけり、胸が熱い。


 常識を超えた理によって、喰らいつくした世界が継王蒼機ザナクトの中で燃えている。


 

「――木藤君、なにを、やったの?」



 ユイが少しだけ不安そうに膝の上から問いかけて来た。信じてはくれている。彼女にも継王蒼機ザナクトという王座に座っているのだから。彼女もまたその力を振どう使うのか決める権利を持っている。


 つまり宗次郎とユイはザナクトを通じて接続されているが。だからと言って全てを共有出来る訳ではない。言葉を必要としない理解、それは人間には過ぎた力だ。



「前に進むためには、代価が必要なんだ」



 だから、宗次郎は口を動かし、あえて操縦桿を操作して。継王蒼機ザナクトの左腕に握りしめた【やいば】を、不気味な沈黙を続ける外間とのま終王黒機ザナクトへと向ける。


 だが、エネルギーゲインは減っていく。現時点で-35%。 たとえ無限の力を持っていたとしても。継王機ザナクトはそれに制約を与え、


 だから、間違いなく掛け替えのない思いを代価に、己の成すべきことをする。



「生きているのなら、いつか死ぬ」



 何も燃やさずに。何かを失わずに生きることは出来ない。それ以上の物を得ることは出来ても、それは絶対の理屈。故に命は輝くのだ。



「だから全能の力を持った存在が、生きようとした時点で全ては滅ぶんだよ」



 木藤宗次郎プロメテウスがR粒子炉という無限の可能性を手にした結果がそれだ。全ての可能性が同時に突き進んだ結果。全能であるが故、ただ進もうと思うだけで結末に辿り着くことが出来てしまう悲劇。


 すべての選択肢は過程を経ずに選ばれて終わってしまった。


 それはただ本のページの終わりだけをめくるように。


 あるいはセーブデータを改変し、ゲームをプレイせずにEDを迎えるように。



「けれど、それじゃあ。あまりにも悲しすぎるだろう」



 人がいつか滅びるとしても、全ての道筋が照らされたとしても――


 それでも、その道筋は


 だから継王機ザナクトは作られた。答えの出た世界を歩むために。


 全ての結果を出す過程を描かれ、滅びた世界。その余白から可能性をかき集め、そして世界を紡ぐ。文字通りの神の所業を、人の手で成すために。


 そして宗次郎は願ったのだ。広兼由依とある世界を。ただ幸せに暮らしましたという結果だけではなく、共に歩み、共に笑い、共に泣き、共に傷つくであろう旅路を。


 だから継いで紡ぐ為に、宗次郎は継王蒼機ザナクトを駆る。



「……そう、だね。ボクも。そう、思う」



 全能に限りなく近づいた今だから分かる。自分はその力に振り回され、世界と共に燃え尽きて。それでもなお、灰の中から歩み出したのだと。終わってしまった癖に、それでもと、もう一度を望んだのだと――



『許せる、か…… 許せる、ものかっ! お前のような、理不尽をっ!』



 終王黒機だれかが、咆えた。通信機を通して怨嗟えんさの声が吐き出される。


 単眼モノアイと声を震わせて、全力の慟哭を無限に、いや極小の、あるいはそのどちらでもないここに響かせる。



『理不尽に、奪って! 理不尽に、蘇って! 何故お前がっ! お前だけが!』



 終王黒機ザナクトが狂う。これまで1度もミサイルを吐き出さなった誘導弾格納槽ミサイルハイブ、その中から鈍いとう色のおぞましい光が噴出していく。それは翼の形を取った。


 詳細は分からないが、彼もまたR粒子炉の研究者なのだ。ミサイルの代わりに何らかのシステムをあのペイロードの中に仕込んでいたのだろう。



「あんたはぁぁぁっ!」


『木藤、宗次郎ぉぉぉっ!』



 何もないここで、猛り狂う終王黒機ザナクトは汚れたオレンジ色の翼で羽ばたきを詰め。その大鎌デスサイズを上段に構えて振り下ろす。これまでの繊細な攻撃と比べれば荒々しく、時間切れを狙うことなく、宗次郎をその手で殺す為の一撃。


 直撃すればそこで終わり。ブレードイーグルの居合切りに匹敵。あるいは凌駕する程の威力。特に先端に込められた圧倒的な運動エネルギーは継王機ザナクトの防御障壁を圧倒的な威力で貫くに足る。


 回避は不可能。現状において翼を広げた終王黒機ザナクトの方が早い。


 ならば、何が出来るか?



「ユイ、?」



 宗次郎が左手でキーボードを叩いて表示したウィンドウをユイが確認する。



「エネルギーゲインの隣? タスク進捗56%って出てる」


「ゲインは?」


「-35%だけど、これで?」



 それならば、どうにかなる。少なくとも今、継王蒼機ザナクトによって行われている作業が完了すれば。状況は大きく変わるのは間違いない。文字通り、世界が変わる。



「俺は、を―― 信じる!」



 だが、そこにたどり着くには、まず終王黒機ザナクトの攻撃を凌がねばならない。


 絶対必死の大鎌での一撃デスサイズ・ペネレイトに対して、左手に持った中型ブレード【隼】を向ける。あの加藤と名乗った剣士は、どちらの勝利を祈るのかと心の中で考えて、無駄なことだと宗次郎は口角を上げる。


 死人の思いは、生者が決める事。


 ならばこちらの勝利を望んでいると思った方がずっといい。


 サイズブレードが衝突し、虚無の中、綺羅星の如く散り広がる三千世界に衝撃が走る。

 

 2機の継王機ザナクトが、何もない虚無の中でぶつかり合う。


 誰もそれを見ることは無く、けれどそれは間違いなく区切られた世界の、あるいは可能性同士が己の存亡をかけて争う決戦であった。



『死んだなら、死んでいろっ! 神ならば、神らしく振る舞えっ! 』


「そんな風に、縋って…… 貴方はっ! ユイ、残りは?」


「タスク78%、ゲイン-48%」



 終王黒機ザナクトの攻撃は激しいが、けれどこのペースならばどうにかなる。気を抜けば終わりだが、抜かなければ良いだけの話。ジリジリと消えていく記憶に心が痛む。けれどこれでいい、こうすべきなのだ。


 薄れていく、薄れていく、ユイを忘れた時も、こうだったのだろうか?



『それだけの力と英知を、お前は得たのだろうっ! ならば、それを―― それをもって何故! 最初から世界の全てを救おうとしなかった! 世界を滅ぼせるのなら、世界すら救えただろうに!』



 外間ダレカの叫びに気圧される。確かに宗次郎は一度手に入れた。世界を救う英知と、それを成す力を。もしそれを振るえばもしかしたら世界を救えたのかもしれない。自分の記憶よりもより優れた世界を生み出すことで。


 全能の力を、人の心で振るう奇跡が成せれば。それこそあらゆる不幸を、あらゆる矛盾を消して成しえるかもしれない。だが、しかし――


 虚空の冷たさが、全ての責任を投げつけてくる目の前の男の言葉が、宗次郎の心を切り裂いていく。


 ああ、けれど――


 胸に抱くユイと、飲み込んだ世界の熱が彼に力を与えてくれる。


 だから、不敵に笑って叫ぶのだ。



「うるさいっ! ただのガキに、そこまで大人が、甘えるなよぉっ! 神を望むな! 救ってくれと情けなく縋るなっ! せめて手を貸す程度の、甲斐性位は見せろよっ!」



 無責任を吐き出す終王黒機ザナクトのパイロットに、全力の言葉を叩き込む。それでは宗次郎が壊れてしまう。人は神になれない。


 そう理解出来たからこそ、そこで得た英知を代価に宗次郎は人として蘇り。そして王として、責任を取ることを選んだのだ。


 それは全能に近い、今だから分かること。けれど全部捨てた事、今はただ。木藤宗次郎として、ユイと生きる為にやらなければならない全てをこなす。ただそれだけ。


 神は世界を救えない。いつだって世界を紡ぐのは人の仕事なのだから。


 ほんの僅かに終王黒機ザナクトの振るう大鎌デスサイズの攻勢が緩む。その隙間に、宗次郎は操縦桿を振るい【ブレード】を突き入れ。虚空に衝撃が走り再び2機の継王機蒼と黒の間合いが開く。


 

「ああ、けど。見せてやるよアンタに! 俺なりの責任の取り方って奴をな!」


『何を、するつもりだっ! 木藤宗次郎っ!』


「ゲイン-54%、タスク98、99%――」



 ユイの声が100を刻む前に、虚空に分割線パーティングラインが走る。


 継王蒼機ザナクトのつま先から、四方に、八方に、更に細かく。


 アオが、アオが、アオが・・・・・・ 円を超え無限に迫り、虚空を埋め尽くし――



拡張エクステンドっ!」



 世界が反転もどる。

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