SCENE8-3≪結末≫
ザナクトが、落ちていく。
蒼の右目は既になく、碧の隻眼のみに。
黒は頭部を失い、機能を停止していた。
「ユイ、エネルギーゲインは?」
「反転解除済、残量1%
モニターは雲で埋め尽くされている。機体のステータスはどこもかしこも悲鳴を上げていて。エネルギーが尽きればその時点で崩壊する。だから、もう足掻くことは出来ない。
後部座席で宗次郎は、血まみれのナインを見つめていた。まだ息はある。けれどそれだけ。ひゅーひゅーと呼吸はしているが頭部が砕けて歪んでいる。それでもなお、美しいと思える
また、エネルギーの尽きた
けれど、それは考慮に値しない。ユイとナインならば、
だから、ユイの命と引き換えに。彼女を救うことは意味がない。
あるいは、
彼も恐らく、自分にとって救いたい日常だったのだろう。それは記憶に空いた穴の大きさから推測できる。無意味ではない間違いなく、これは勝利だ。
だが、支払った対価の大きさを改めて見上げれば―― いや、そもそも自分たちの可能性において彼らは既に死んでいる。
だから、こうやって敵として出会い。命を賭けて戦った事すら、一つの奇跡。
そう、理解していている。けれども―― 心から、何かが零れ落ちた。
「畜生……っ!」
どうすれば、良かったのか? 何か歯車がかみ合っていれば、あそこで外間が納得していれば、あるいは他の可能性は―― 木藤宗次郎はなんだって出来る。けれどそれは全てを選べる事を意味しない。
彼が持つのは選ぶ力。愚かであろうと進む決意。ただそれだけ。
全てを選ぶということが、滅びであると。誰よりも理解しているのだから。
「木藤君、【リバース】を。使う」
「……ユイ、何を?」
不意にユイから告げられた予想外の言葉に、宗次郎の意識が混乱する。
これ以上、彼女に支払えるものはないはずだ。
「ボクの体が、まだ残ってる」
ユイの指が、操縦席で
「……出来るのか。そんなことが?」
もしも、それが成せるのならば。ユイはここに並べられた悲劇を、
けれどそれは詐欺そのもの。あまりにも都合がいい結末の意味を考えるが――
「うん、木藤君。ボクに任せて?」
前の座席から届いた声に、何も言えなくなる。彼女もまた彼らを救いたい。そう感じているのが見えなくても理解出来てしまったから。そこにあるリスクを超えたとしても、手に入れたいと願ったのだと。
だから止めることが、出来なかった。
「
声が響く。ユイの意識が
「あ――」
ユイの唇から、心が漏れ出した。
「ユ、イ?」
何かが変わる、音が聞こえる。呼吸が変わる、気配が変わる。
彼女の中に、何かが混じる。
「あぁ、あ…… なんで、ああ、そうだ。ボクはそー君と一緒に。けど、死んじゃって―― だから、だから、だから……っ! ああ、そうだったって、そうだったって、知っていたのに……っ!」
ユイが漏らした言葉を、理解するよりも先に変化が起こった。ナインの体を、ナインの傷の上にブロックノイズが走り。それが無傷の状態と切り替わっていく。
「恋していたんだ。ボクも…… そー君に」
切り替わる。切り替わる。目の前で失われていく
「そして、愛して、いたんだ…… 確かに、
ユイの口から零れたものに、宗次郎は胸を貫かれた。そしてようやく理解する。彼女は知ってしまったのだ。もう魂のない、別の
後方座席でナインの容態を見ている宗次郎には、ユイの顔は見えない。
見たくない、とすら思ってしまった。それは自分が選ばなかったもの。
あるいは、自分が捨てると選んだものだ。
嗚咽と共に、声が続く。
「ありがとう、そー君。春夫さんを殺さないでくれて」
それは、死んだユイの記憶。同じ魂を持つ故に、彼女は読み解けてしまった。
「ありがとう、そー君。ボクの大好きだった人―― だから、だから……」
ぼろぼろと、心が零れる音が聞こえる。言葉には喜びがあった。あるいは爽やかな別れがあった。けれどそれを語るユイは―― 木藤宗次郎と巡り合い、再び恋をすることを選んだ広兼由依は泣いていた。
それは奇跡と呼ぶだけの価値はあった。間違いなく手を伸ばさなければ届かなかったものが、彼らの手の中には握られている。
だから、それに意味はあるのだ。
そして、そして、そして。別れとも呼べない、どうしようもない遠くで、知らない少女が宗次郎に微笑んで。この世界から消えてしまって――
2機の、蒼と黒のザナクトは落ちていく。街と、そして人の間に。
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