SCENE8-3≪結末≫

 

 ザナクトが、落ちていく。


 分割線パーティングラインで切り分けられた空の中、2機の世界を紡ぐマシーンが、すべてを使い果たして地に落ちる。


 蒼の右目は既になく、碧の隻眼のみに。


 黒は頭部を失い、機能を停止していた。継王蒼機ザナクトが、終王黒機ザナクトの手を握りしめていなければ、2機はバラバラに落ちていただろう。



「ユイ、エネルギーゲインは?」


「反転解除済、残量1% 終王黒機ザナクトを見捨てれば、着地は出来る。筈」



 モニターは雲で埋め尽くされている。機体のステータスはどこもかしこも悲鳴を上げていて。エネルギーが尽きればその時点で崩壊する。だから、もう足掻くことは出来ない。


 後部座席で宗次郎は、血まみれのナインを見つめていた。まだ息はある。けれどそれだけ。ひゅーひゅーと呼吸はしているが頭部が砕けて歪んでいる。それでもなお、美しいと思える笑顔かおで、彼女は笑っていたが――


 継王蒼機ザナクトから切り離されれば、いやそうでなくとも、数分で彼女の命は尽きる。


 また、エネルギーの尽きた終王黒機ザナクトのコックピットにいる男も落下によってその命を落とす。考える、二人をを救う方法を。一つだけ可能性があるのは【リバース】。


 けれど、それは考慮に値しない。ユイとナインならば、宗次郎じぶんにとって大切なのは間違いなくユイであり。そしてナインは自分達を助ける為に、その身を犠牲にしたのだと。そう宗次郎は信じている。


 だから、ユイの命と引き換えに。彼女を救うことは意味がない。


 あるいは、終王黒機ザナクトのを駆る外間と呼ばれた男はどうだろうか?


 彼も恐らく、自分にとって救いたい日常だったのだろう。それは記憶に空いた穴の大きさから推測できる。無意味ではない間違いなく、これは勝利だ。


 だが、支払った対価の大きさを改めて見上げれば―― いや、そもそも自分たちの可能性において彼らは既に


 だから、こうやって敵として出会い。命を賭けて戦った事すら、一つの奇跡。


 そう、理解していている。けれども―― 心から、何かが零れ落ちた。



「畜生……っ!」



 どうすれば、良かったのか? 何か歯車がかみ合っていれば、あそこで外間が納得していれば、あるいは他の可能性は―― 木藤宗次郎は。けれどそれは事を意味しない。


 彼が持つのは選ぶ力。愚かであろうと進む決意。ただそれだけ。


 全てを選ぶということが、滅びであると。誰よりも理解しているのだから。



「木藤君、【リバース】を。使う」


「……ユイ、何を?」



 不意にユイから告げられた予想外の言葉に、宗次郎の意識が混乱する。


 これ以上、彼女に支払えるものはないはずだ。



の体が、まだ残ってる」



 ユイの指が、操縦席で継王蒼機ザナクトを制御する指がキーボードの上を走る。即興の不正接続ハッキング。狙いは既に機能を停止した終王黒機ザナクトの中。その後部座席に据え付けられているであろう自分他人の体だ。



「……出来るのか。そんなことが?」



 もしも、それが成せるのならば。ユイはここに並べられた悲劇を、自分宗次郎と同じように救えるだろう。その上で2機のザナクトを無事に着陸させて。更に世界を少し良くしても有り余るだけのリソースが手に入る。


 けれどそれは詐欺そのもの。あまりにも都合がいい結末の意味を考えるが――



「うん、木藤君。ボクに任せて?」



 前の座席から届いた声に、何も言えなくなる。彼女もまた彼らを救いたい。そう感じているのが見えなくても理解出来てしまったから。そこにあるリスクを超えたとしても、手に入れたいと願ったのだと。


 だから止めることが、出来なかった。



マワれ、メグれ、サカしまに。キザまれ、クダかれ、モドらない。ササげし、イノりはワレらがムネに…… 継蒼王機ザナクトモトに、絶対王権ロイアリティシップ



 声が響く。ユイの意識が終王黒機ザナクトに介入していく。既に機能を失ったその奥にある己と同じ体に、彼女の指先意識が届いて――



「あ――」



 ユイの唇から、心が漏れ出した。



「ユ、イ?」



 何かが変わる、音が聞こえる。呼吸が変わる、気配が変わる。


 彼女の中に、



「あぁ、あ…… なんで、ああ、そうだ。ボクはと一緒に。けど、死んじゃって―― だから、だから、だから……っ! ああ、そうだったって、そうだったって、知っていたのに……っ!」



 ユイが漏らした言葉を、理解するよりも先に変化が起こった。ナインの体を、ナインの傷の上にブロックノイズが走り。それが



「恋していたんだ。…… そー君に」



 切り替わる。切り替わる。目の前で失われていく可能性可能性セイに。



「そして、愛して、いたんだ…… 確かに、彼女ボクは、春夫さんを……」



 ユイの口から零れたものに、宗次郎は胸を貫かれた。そしてようやく理解する。彼女は知ってしまったのだ。もう魂のない、別の自分ユイ。その中にあった別の可能性キオクを。



 後方座席でナインの容態を見ている宗次郎には、ユイの顔は見えない。


 見たくない、とすら思ってしまった。それは自分が選ばなかったもの。


 あるいは、自分が捨てると選んだものだ。


 嗚咽と共に、声が続く。



「ありがとう、そー君。春夫さんを殺さないでくれて」



 それは、死んだユイの記憶。同じ魂を持つ故に、彼女は読み解けてしまった。



「ありがとう、そー君。ボクの大好きだった人―― だから、だから……」



 ぼろぼろと、心が零れる音が聞こえる。言葉には喜びがあった。あるいは爽やかな別れがあった。けれどそれを語るユイは―― 木藤宗次郎と巡り合い、再び恋をすることを選んだ広兼由依は泣いていた。


 それは奇跡と呼ぶだけの価値はあった。間違いなく手を伸ばさなければ届かなかったものが、彼らの手の中には握られている。


 だから、それに意味はあるのだ。


 そして、そして、そして。別れとも呼べない、どうしようもない遠くで、知らない少女が宗次郎に微笑んで。この世界から消えてしまって――


 2機の、蒼と黒のザナクトは落ちていく。街と、そして人の間に。

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